Oops!

 トニー・スタークは空母ヘリキャリアに向かうステルス戦闘機、YF−23の機内で興味深そうに眼前の二人を眺めていた。

「ロキ、何故あのような愚かしいことを…」
「愚問だな姉上。父上から王位とダークエナジーを受け継ぎ、王となるはずだった私を追放した貴女が理由を問うのか」
「姦計を図ったのはお前だ」
「はっ!私を深遠に落としたのは貴女だろう?ともあれ追放された宇宙空間での日々は過酷だったよ…だがそのおかげで私の体躯はアスガルドにいた頃よりも遥かに逞しく雄雄しくなった。異種族の男の厚い胸板に抱かれたければいつでもいってくれ」
「お前はッ…まだそのような世迷言を…」
「ああ、そういえばキューブの在り処か。それを知りたいんだろう?簡単さ姉上、わたしを陥落させるほどの深い口付けをすればいい。その後シールドの監獄で愛し合おうじゃないか。神々のセックスを見られるんだ。奴らも喜ぶだろう?」
 ウップス。思わず擬音語が口をつく。目の覚めるような美人だが明らかに戦闘能力の高そうな金髪美女が、ブルネットの暗い目つきをした優男の頬を思い切り打ち付けたからだ。彼女とわたしの秘書、どちらの方が気が強いだろうか。そう思いながら隣の時代遅れなヒーローを見ると、彼は赤らんだ顔でじっと異世界の女神を見つめたままだった。

「あー、キャプテン。さっきから彼女のバストばかり見すぎじゃないか?」
「なっ!君はなっ、なにを…っ!」
「シーッ。大声を出すなよ。邪神が君を八つ裂きにしそうな目でにらみつけてるぞ。まあアンタの気持ちも分かるよ。私だって実物を見るまで信じなかったさ。異世界の神がケイト・アプトン似のゴージャスな金髪美女だったなんてね」
「ケイト…?」
「まったく。本当に世情に疎いな…ああ、悪い。どうぞ続きをやってくれ」
 そういってこちらを見る神々にひらひらと手を振ってみる。だがすっかり興をそがれたのか、弟のほうは別の悪戯を試みようと女神の肩に自分の頬を弱々しげに擦り付ける。
「姉上…」
「ん?」
「ワームホールからの転送に身体がまだ馴染んでいないようだ…酷く気分が悪いんだ…」
「大丈夫か、ロキ…?お前がキューブのありかを告げさえすればすぐに故郷に戻れるからな…」
 そういって鎖帷子を纏ってはいるがすごいボリュームの胸に弟をぎゅっと抱き寄せる。
「ああ、姉上…身体の澱が流れていくようだ…」
「ロキ…」
 夢中で慰める姉をよそに弟の手が彼女の臀部に触れ、その肉感的で色っぽい大きなヒップを実に非紳士的な手つきでまさぐるのを見て思わずため息が漏れる。

 ”うらやましい”と明らかに顔に書いてあるタイトなスーツのヒーローの身体をぽんと叩くと彼ははっとしたように眼前の二人から目をそらす。
「キャプテン、あんたならどうする?ワイルドな金髪美女が終始自分を慈しみ甘えさせてくれるんだ。しかも不死身の彼は永遠に手のひらの上で彼女を愛でることが出来る。セクハラ込みでね。神様だからって不公平すぎやしないか…?」
「ミスター・スターク、彼らは姉弟だ。そっ、そのような不道徳なことは…」
「私たちに血のつながりなどない。姉上だけが気にしていることだ」
 こちらの会話を聞いていたのか冷めた顔でロキが口をはさむ。そうして豊満な女神の胸から頭をもたげ、愛憎をにじませながら美しい彼女の顔を眺め皮肉気に息をつく。
「姉上、いっそのことあなたのその卑らしい身体でわたしを労わってくれたらいいのに…」
「なッッ…?!」
「人間のあの男の上では何度もはげしい馬乗りを楽しんでいるのだろう…?”私の馬”もきっとあなたは気に入るはずだ…」
 狭い機内で窮屈そうに身体を折り曲げていた氷漬け男が鼻から血を流すのを眺めながら二度目の擬音語が口をつく。

 上腕筋の発達した女性にしては力強い腕がしなるようにうなり、ナード然とした弟の乱れた黒髪が宙を舞う。
 なんだ、奴はただ手に入らない物を手に入れようとして苦しんでいるだけじゃないか。そう思うと同じ男として同情心が湧いてくる。この目の覚めるような金髪美女もロキが愛しいのだろう。ただしその感情はあくまでも家族愛からくるものだ。奴のねじれた思慕がこの荒れ空のように禍々しいなにかを運んできそうで、思わず陰鬱なため息が口を出る。
 いまだ痴話げんかを続ける姉弟の神をながめながら、今回の任務が一筋縄では終わらない予感をトニー・スタークはひしひしと感じるのだった。