甘い生活
神様と暮らし始めて一か月がたった。
神様といっても勿論イエス・キリストじゃない。異世界から来たソーっていう神様だ。"エイリアン"と呼ぶ人もいるみたいだけどね。
人間じゃないけど彼はとっても人間味があるし、良い人なんだ。マイペースだし我儘だし、時に、というか大いに僕を困らせることもあるけどね。彼のにこにこした明るい笑顔を見てるとまあいいかって思えてしまうんだ。
そういえばこの前、彼の大好きなカボチャで料理をたくさん作ったんだ。彼自身、料理は不得手だし(部屋にある謎の肉塊が何よりの証拠だよね)、僕もただの独り身の会社員だから料理が得意な訳じゃない。出来上がったかぼちゃとベーコンのキッシュ、甘いバターナッツカボチャとココナッツのオートミール、シンプルなニョッキ。どれも上出来って訳じゃなかったけど彼はとっても喜んでくれたんだ。
『感謝するぞ!ダリル!!』
そんなやや古風な言葉とともに僕を強くハグして。その時、日焼けしたバタースカッチみたいな彼の肌からとっても良い匂いがしたんだ。
男らしいんだけど新鮮な蜂蜜みたいな香り。なんだかドキドキして、その日の僕はすごく変だったよ。
ハンサムで背が高くて本当に彼には"王子"って形容詞がよく似合う。それに慈善活動にも熱心で自分よりも弱い人達を助けることが当然だと思ってる。
僕はヒーローマニアじゃないから、一緒に暮らすまでソーのことを良く知らなかったんだ。でも今ではとても良く知ってる。ヒーローマニアの友人に負けないくらい、ソーのファンだよ。一緒にこのまま暮らすことは無理だけど(彼には救わなきゃいけない世界が九つもあるからね)、それが叶う間は我が家にいてくれたらいいのにって考えてる。
そういえばこの前すごくおもしろいことがあったんだ。ハルクに会うんだってにこにこしながらファッション雑誌を沢山抱えて帰ってきて、でもそれ全部女性雑誌で。
『カラフルでいいだろう?』
中のモデル達が来ている服を指さして彼は上機嫌でいってたけど、どうみても190cmはある彼に彼女たちの服は着こなせないよね。
アベンジャーズの仲間に会うから彼なりにお洒落をしたいんだろうって理解した僕はそれなりの服を用意しようとしたけど結局彼は断って…。まるで大昔のヴァイキングが着ていたチェーンメイルみたいな妙な服を買ってきて、紺色のすごく丈の短い花柄のスパッツと合わせて意気揚々と出かけて行ったんだ。チェーンメイル風の服はどうみても膝上のワンピースにしか見えないし、スパッツの柄も僕ら成人の男が履くようなものじゃない。のしのしと身体を揺らしながら嬉しそうに出かける彼はブロンドの長髪もあいまって、遠目に見るとまるで女装趣味の男みたいで、僕は笑いをこらえるのに必死だったよ。バナー博士もすごく困っただろうね。でもそういうずれた部分も彼の魅力のような気がしたよ。
それと一度だけ彼には怒られたことがあるんだ。
用事があって彼の部屋に入ったら彼は着替えている最中で。他意があった訳じゃないよ。でも彫刻みたいに見事な彼の裸体に見惚れてしまって。よく丈の短いハーフパンツや袖のない服を好むのに彼は全裸を見られることには抵抗があるみたいで(異世界では王子なんだから当然なのかもしれないね)、それ以来アスガルド語で彼の部屋の扉には"僕は入室禁止"って書かれたプレートが貼られるようになったんだ。僕は別にゲイじゃないけど、彼の裸は妙に艶めかしくて…。もう見れないと思うと少し残念だなって思わないでもなかったり…でもこれって本当に変だよね。異世界人と暮らしてる影響かな。
今日も僕は突然の会社訪問に備えてデスクに彼の大好きなカボチャのクッキーを置いてある。大好物のおもちゃを与えられた大型犬みたいに嬉しそうな顔で彼はそれを食べるんだ。いつ来てもいいように仕事も以前より頑張るようになったし、彼と同居したことで周囲が騒がしくなったけど、概ね神様との生活には満足しているんだ。彼を受け入れたことで政府から多額の援助もあったみたいで、会社自体も彼の存在を歓迎しているしね。
『俺とダリルはチーム・ソーなんだ!』
ドキュメンタリーの撮影で彼がそういってくれた時、本当に嬉しかったな。チーム・ソー。なんの超人的な力を持たない僕なのに、まるでスーパーパワーが自分にある気がしたんだ。これで至る所にムジョルニアを置く癖を無くしてくれれば最高なんだけどね。まあ、それ位は自由奔放な神様のルームメイトとして我慢しなくちゃいけないかもしれないね。
おっと、床が地震みたいに揺れてる。彼が来たみたいだ。あのにこにこの笑顔を見ながら今日は仕事ができると思うと嬉しいよ。退社後は彼と一緒にマーケットに行って大好きなカボチャとソーダも沢山買ってあげなくちゃね。それに超人的な力はないけれど、僕にだって大きなカボチャを幾つも持てるんだってことを証明しなくちゃ。いざっていう時は彼は僕を守ってくれるだろうけど、僕も自分なりの力で彼を守りたいからね。だって僕らはチーム・ソーなんだから。そうだろう?ソー。
END