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『彼は美しい男だ。彼の目に引き込まれてしまったことが何度もあったよ――…』
新作の打ち合わせの合間、たまたま見かけた雑誌のインタビューで読んだ一節を思い出す。
彼、つまり僕の夫のクリスが主演したロン・ハワード監督の海洋映画。共演した俳優の彼に対する何気ない言葉。
クリスが美しく魅力的なのは知っている。スノッブと揶揄される階級出身の自分とは明らかに違う、島育ちで驚くほど野性的な部分も、優しくて温かな心も、ベッドの中での情熱も、すべて知っている。彼が誰のものなのかもハリウッドでは周知の事実だ。"マーベル映画の兄弟が結婚"、そんな刺激的な見出しがゴシップ誌を賑わせたのも記憶に新しい。にも拘わらず未だに男女を問わず、彼にモーションをかける者は後を絶たない。ましてや今回の人物は既婚者だ。しかも何度もオスカーを獲得した名女優の義理の息子。相手は多分、彼の美味な部分を家庭が不和にならない程度に味わいたいのだろう。幸いなことにまだクリスにはその秋波は届いていない。自分とは異なるものに興味を示す彼にとって、スタンダップコメディアン出身でもあるその俳優の機知に富んだ態度は大いに好む部分だろう。もしクリスにも不貞に対する興味が生じたら、僕以外の前で足を開いて、誰かを受け入れてしまったら――。
不安になるといつも同じフレーズが頭を過ぎる。
"大丈夫だ。驚くほど離婚の多いハリウッド・カップルの中に僕らが入ることはありえない。僕らは愛し合っている"
こんなに愛して、愛されているのに自信がない。いつでもプロムクイーンに一方的な恋心を抱く冴えない男子学生みたいな心境で、そんな自分が時折情けなくもなる。
『どうしても、その役が欲しかったんだ』
初めてベッドを共にした時、そう告白された。ショービズ界ではままあることだった。僕は彼の初めての男にはなれなかった。それはとても残念だったけれど、同性同士の行為が痛くてただ屈辱的なものだと思っていた彼の考えを良い方向に変えさせることはできた。セックスを重ねる内、クリスは段々と僕に染まり、僕自身も自分の予測通りに彼に深く溺れていった。
暫くお互いの仕事が忙しくて彼と直接会えてはいない。共同で購入したマリブの自宅も飼い犬と世話をするメイドが残っているだけだ。昨日話した会話の中で今日はシンガポールでのプロモーションがあると言っていた。母国でドラマシリーズの撮影が予定されている自分ももうすぐアメリカを発ち、会えない日々が更に増えていく。
『愛しているよ』
会話の最後でそう言うと彼は笑いながら同じ言葉を返してくれる。
でも不安で仕方ないんだ。演技者としての目標が互いにある以上、ステップアップを望む為には切り捨てる必要のある部分が生じることもある。それがもし結婚だとしたら僕らはどうするだろうか。円満な別れを望むだろうか。
行為が終わった後の満ち足りた彼の顔を思い出す。愛情に溢れた眼差しで自分を見つめる海のように深く濃いブルーの瞳。左手の薬指にはめた結婚指輪に口づけ、愛の言葉をそっと呟く。
今度会ったら思い切り彼と二人だけの時間を楽しもう。不安を払拭させるほどの幸せを、まるで急に降り出した雨みたいに沢山浴びて。
そうして誰よりも幸せな夫婦でいよう。せめて願いが叶う間だけでも――。