いつもの彼だ。
タイムズスクエアにあるGMAのスタジオで司会者と言葉を交わすクリスを見つめる。
堂々としていて陽気で、成熟した色気があって――Aリストスターらしい自信に満ちた振る舞いに目を細める。クリスによって紹介された僕に向けて観客から拍手が送られる。まだ彼らは僕がどういう作品を作るのか理解していないだろう。あくまで「ソー・ラグナロク」の監督としての紹介であって、ウディ・アレンやギレルモ・デル・トロのようにその名前自体が大きく有名な訳ではない。映画の公開が近付くにつれ、目まぐるしく状況が変わっていく。終始トレーラーに閉じこもる様な気難しい、あるいにはわざと奇行を繰り返すような人間が主演であれば、今回の撮影は難解なものになっていただろう。クリスは、新しい僕の恋人は、愛すべきチャーミングな男だった。僕にすべてをゆだねる訳ではない。だが衝突することなく、時に意見し、より良い物を作る為に切磋琢磨しあうことが出来た。彼の誕生日にも送った言葉でもあるけれど、こういう関係が築けるのは本当に稀なことだ。いつの間にか僕の心の中に彼は入り込み、そうしてどうしようもなく彼に惹かれてしまっていた。
キャスターである女性の質問に答えながら、時折恋人が目線を向ける。
今日クリスが着ている白いシャツにネイビーのスーツは僕が見立てた。
"パイナップルかスシ柄のシャツじゃないのか?"
僕独特のファッションを知る彼はそうおどけた。彼の身体の至る所にキスマークの痕があった。温かく滑らかな皮膚はついつい行為の間、ついばんでしまう。痕が多ければ多いほど、僕は満足した気持ちになった。青い目に優しく微笑まれるとどうしようもない気持ちを感じてしまう。愛情と執着が油彩のように混ざった心はあまり彼には見せたくはないものだった。年上として余裕ぶるつもりはなかった。ただ対等に、冷静に、穏やかに、関係を紡いでいきたかった。
"ハグは?"
あの低音の魅惑的な声で良く彼はそうねだる。それ以上の行為を僕がしたいと分かっていながらそうやってはぐらかす。メディアの前ではわざと冷たく彼に当たることがあるけれど、実際に上手なのはどちらなのだろう。僕には時々クリスから悪魔の尻尾が生えているように思えてもいた。悪戯好きで飼い犬のように無邪気に懐くかと思えば、時につれなくて――。そうやって何人もの男女を誘惑してきたのだろう。僕は敬虔なクリスチャンのようにその誘惑に乗るつもりはなかった。初めてキスする前までは。アルコールの味がするあのキスで僕はすっかり落とされてしまっていた。
生放送でのインタビューを終えたクリスが僕に近付いて来る。親し気な笑顔で。今日は彼が宣伝に来て、明日はマークがここにやってくる。先に封切られた世界規模での興収はここ全米での大きなヒットを予感させるものだった。僕の知名度も飛躍的に上がっていくだろう。もっと高みを目指してみたかった。そうして出来れば隣に彼がいて欲しかった――。