MILK
「えっ!ソーがここに来てるの?」
NY北部にスターク・インダストリーズが移設してから一か月が過ぎた。
僕はアベンジャーズのメンバーとして記者会見することを辞退し、今もご近所を守る庶民的なヒーローとして活躍してる。
「そうだ、だがあまりはしゃぎ過ぎるなよ」
スタークさんの運転手兼個人秘書でもあるハッピーの忠告を聞き流しながら彼がいる部屋へと向かう。
この前のキャプテン・アメリカとアイアンマンの内部抗争で彼とハルクだけが参戦していなかった。ハッピーの説明によるとソーの父親であるオーディンが行方不明となり、ここ地球にあの"ロキ"とともに捜索に来たらしい。オーディンやロキに会えないことは残念だけど、生でソーに会えるなんて興奮を抑えることが出来なかった。部屋に入ったらなんていおう。"やあ、僕は新しいメンバーなんだ"。それか、"僕は最近NYで鳥人間を倒したんだけど君しってる?"がいいかな。色々と考えながら彼に用意されたゲストルームに足を踏み入れる。
「……」
捜索での疲れがあるのか、大きなベッドの上で横向きにソーは寝入っていた。
初めて生で見る彼はすごく大きかった。着古したジーンズの上にカーキ色のタンクトップ。近くのソファには無造作に脱いだパーカーとジャケットもあった。鎧姿でいるとはさすがに思わなかったけど、普段の服装は15歳の僕とそんなに変わらない。髪はとっても綺麗なブロンドですごく長かった。リズが彼と寝たいっていってたのも頷けるほど顔は酷くハンサムで、力強い眉、伸びた口ひげ、長くて濃い睫毛。どこからどう見てもネットやTVで何度も見かけたあの"ソー"だった。
「やあ、ソー」
おずおずと近寄り、眠る彼に声を掛ける。近づくと彼の身体、いや髪からは良い匂いがした。焼きたてのパンケーキの上に垂らされる新鮮な蜂蜜みたいな香り。こんなにハンサムでいい匂いまでするなんて、何て彼はずるいんだ。そう同じ男として思わず嫉妬してしまう。
「んっ…」
起こそうと伸ばした手の前で彼が僅かに身じろぐ。
「っ……」
仰向けになった彼の胸元に思わず目がいってしまう。それが筋肉で作られたものだってことは十分に理解してる。でもすごく彼のそれ――胸は大きかった。タンクトップを押し上げるようにして大きな胸があり、その頂には小さな突起があった。胸自体も張りがあってむちむちして、触ったらすごく心地が良さそうな――スタークさんが今の僕を見たら憐れな童貞だと嘆くような事を考えてしまう。
「……」
少し後退って眠る彼を観察する。良く見ると胸に負けないくらい、彼のお尻は大きかった。もしソーが女性だったら、少し年上で胸とお尻が大きな美人だなんて僕らを刺激するもの以外の何ものでもなかっただろう。でも実際、女性じゃなくても今目の前にいる彼は僕のなんらかの部分を刺激しそうになっていた。このまま離れた方がいいかも。そう考えているのに思わずまた近付いてしまう。
「わッッ!? 」
不意に大きな手が伸びて僕を捕まえる。そのままベッドに引きずり込まれてしまう。
「あっ、あの、あのっ、ソー…ッ」
混乱する僕に抱き着きながら眠ったままのソーが声を掛ける。
「お前も疲れただろう?眠っておけ、ロキ…」
自分の弟と勘違いした彼がまた深く眠りについてしまう。身長差から彼の大きな胸が薄い布地越しに僕の顔に密着する。弾力のある肌からは温められた蜂蜜の香りがして、益々頭の中が混乱してきてしまう。
「ソーってロキとこんな風に寝たりするんだ…」
思わず感じたことがそのまま口に出る。数年前、NYを襲ったチタウリとの戦いはスタークさん曰く"迷惑な異星人兄弟の痴話喧嘩"だったらしい。ロキを捕縛し、アスガルドに戻ってからも色々とあったみたいだけど、こうして今も彼と弟は共に行動している。血の繋がりはないけれど兄弟で、ロキはいつ敵に寝返るか分からないトリックスターで。でもいつもソーは弟を突き放すことがないように思える。
(きっと面倒見がいいんだろうな…)
そう考えながら何とか力強い腕の中から抜け出し、衣服が投げ出されたソファの端に座ってみる。あのまま一緒に寝たら、上手く言えないけど何だかこう、色々とまずい状況になってしまう気がしていた。でも折角ソーと話せるチャンスを逃したくはない。明日ネッドに会ったらなんて言おう。今着てるパーカーにでもサインしてもらおうか。ナードな15歳っぽく浮かれる僕の前でベッドの上の彼が大きく身じろぐ。重たげな瞼が開き、灰色がかった澄んだ水色の瞳が僕を見つめる。
(彼ってなんてゴージャスなんだ…!)
ありきたりな感想を間抜け顔のまま考える僕に気さくな雷神が微笑みかける。なんていおう。考えてたことをいうんだ。焦る僕の前で彼が上半身を起こし、あの太い幹のような腕が伸ばされる。
大きな手との握手。完全にはしゃいでしまった僕は次の瞬間、矢継ぎ早に話しかけるのだった。