lily
「ソー!髭っ!ひげっ…!」
「えっ、うわっ。一昨日剃ったばかりなのにな…」
同僚の褐色の肌を持つ女戦士に話しかけられ、あわてて指で剃り痕をなぞる。
「それにガニ股はやめなっていったでしょ!アタシ達は女族なんだよ!? 」
「わっ、分かってるって!こっ、こうだろ?」
他の女戦士にあわせて歩幅を変える。だが6フィートある俺の上背が女達の間で隠れる筈もなく、一人だけ巨人が混じった女戦士集団になってしまう。
「はー…」
自分のあまりに異質な存在に、思わず口からため息が零れ出る。子供のころからの夢だった伝説の女族ヴァルキリー。彼女たちのように髪を伸ばし、長剣での鍛錬も地道に続けた。何度入団を却下されても臆さず入団希望を繰り返し、そうしてある人物からの口添え込みでアスガルドの国王に嘆願することで、異例ながらも見習いとしてこの女族の集団に属することが出来た。
「あっ、またアンタの王子様来てるよ」
「…ッッ」
集団を柱の陰から見つめる陰鬱な男と目があう。入団に際して口添えしてくれた人物はあろうことか王の息子であるロキだった。ヴァルキリーに憧れる俺に奴は近づき、ある条件を呑むことで後ろ盾を約束してくれた。
『綺麗な髪だな』
そう呟いたロキの声を思い出す。酷くいい匂いがする奴の部屋。何も考えたくはなくて杯を重ねる自分の肩に触れる白い手。痛いと、何度いっても離してはもらえなかった。ロキは少し加虐的な性格を持つ男だった。褒められた黄金の長髪を乱暴に掴まれ、背後から伸し掛かられ"女"にされた。ヴァリキリーとして属し、白銀の戦装束を与えられてからは、その衣装を身に着けた状態で犯されることも多くなっていた。
「アッ、アイツとは知り合いなだけだ…!俺の王子なんかじゃ…」
「ふーん。顔真っ赤だよ。ま、いいけど」
自分の胸辺りまでしか背丈のない、集団の中でもっとも面倒を見てくれる褐色の同僚が柱の陰にいるロキを顎で指し示す。
「これから戦地に行くんだから挨拶位はしてきたら?出陣の時はいつもああやってアンタのこと心配そうに見に来てるし…」
「いっ、いいよ。別に」
「ソー、見習いは先輩のいうこと聞くもんなの!」
「……」
渋々集団から抜け、ロキの元へ向かう。向かってくる俺を見て嬉しそうに奴が微笑み、益々苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。
「ここで待ってる」
「ああ」
戦地に向かう若者へ娘がかけるような言葉をかけられ、羽のように軽い口づけを頬に贈られる。昨日の夜は"戦に敗れた女戦士ごっこをしよう"なんて言い出したくせに、酷くしおらしいと思ってしまう。
「皆はアンタがヴァルキリーになることを反対していたが…黄金の髪も青い目も真白い肌も酷くその衣装と似合ってるよ」
「……っ」
時折なぜかロキは殊勝な言葉をかけてくる。そうしてそんな事をいわれると、決まって自分の胸はどきどきと早鐘のように強く鼓動を打ってしまう。
「私のヴァルキリー…」
耳元でそう囁かれ、昨日の夜も奥深くまで貫かれたことを思い出す。いずれ帝冠が齎されるこの男は、自分を"王"と呼ばせることを好んでいた。"王様"、"王様"、俺は何度もそう奴を呼びながら犯された。身体を重ね合わせなくても、深く唇を重ねることがあった。口づけられると頭の中が熱に浮かされたようにぼんやりとしてしまう。抱きあうと不思議と安堵を感じてしまう。この感情が何に起因するものなのか。まだそれは考えたくはないことだった。
「ロキ…」
同僚たちが好奇と共に俺達を見ている。そう知っている筈なのに、俺は上方に結った赤い絹の髪飾りを揺らし、同じ背丈を持つロキに抱き着き、熱く別れの口づけを交わすのだった。