昔むかしの話をしましょう。

 それは遠い遠い国。今はもう砂漠の砂の一粒にも残らない人のお話。

 記憶にも記録にも残っていない、今では居たかどうかでさえ不確かであやふやな…それでも、懸命に生きた人の話です。









『  愛しき……  』









 その少女はナイル川のほとりにある小さな村で生まれました。
 名前はジョーノ。
 家族は、漁師の父親が一人。

 母親はジョーノを生んだ時に死んでしまいました。
 だからジョーノは母親の顔を知りません。
 でも、ジョーノは淋しいとか悲しいとか一言も口にしませんでした。母の死を悲しんでいるのは父だからです。

 父は酔うとすぐにジョーノに手を挙げます。「どうして生まれてきた?お前が生まれてきたせいで母親は死んでしまった」のだと、怒りの形相でジョーノを殴りつけてきました。毎日、漁に出ている父親の手は大きくて硬くてジョーノの身体には痣がすぐについてしまいます。
 ジョーノは父親の笑っている顔を見たことがありません…いえ、正確には父親にやさしくされた記憶がありません。使用人のように扱われ、ただただ朝から晩まで怒られ続けました。


『どうして私を愛してくれないの』と、考える前に、
 ジョーノは、

 怒られるのも殴られるのも父に嫌われるのも、仕方がないのだとあきらめてジョーノは耐えることしか出来ませんでした。



 朝から晩までこき使われ、ご飯もろくに食べさせて貰えず、同じ年頃の友達と遊ぶことも禁じられて、小さな体は休むことなく働かされていました。

 疲れた身体はボロボロで傷だらけでした。着ている服はもっとボロボロです。
 常に空腹を訴える手足には全く力が入りません。
 それでもジョーノは歯を食いしばって懸命に畑の手入れをしながら、少しでも父のためになるように働きました。
 


 そんな毎日でした。
 


 



 多分、ずっと、同じ毎日が繰り返されると信じて疑わなかったある日………









 ジョーノの村が忽然と無くなってしまいました。


 父親も、村長も子ども達も…村人全員が消えてしまったのです。



 まるで神隠しにあったかのように、洗濯ものや作りかけの有ご飯を、遊び道具をそのままに、村人はいなくなってしまいました。








 たった一人…ジョーノを残して。








 広く感じる、小さな村の真ん中で呆然としているジョーノを砂漠の風がいつまでも吹き付けていました。






  
 









 すみません。さくらを置いてきぼりにはじめてしまいました……
 うっかり古代モノです。