むすこへ


見慣れた町並み。
騒がしい雑踏。

私は何度も迷ったあげく、この町に足を踏み入れた。

置き去りにしてきた、子供を迎えるために。



なるべく、知り合いと顔を合わせたくなかったから、
日が落ちるころを見計らって、改札をくぐった。

かつての主人は、この時間になると酒におぼれている時間だ。
はやく、子供を見つけないと。

まだ、日が落ちたばかりの空は赤みを残している。


私は帽子を深く被りなおすと、子供を探した。


団地近くの公園まできた。
私は人のいなくなった、公園を覗いてみる。


いた・・・・・


誰もいない公園に一人、ブランコに揺られている息子を見つけた。
寂しげな横顔に、胸がぎゅっと締め付けられて
息子を一人、最低の父親の元に残してしまった罪悪感が
私を苦しめる。

なぜ、この子を一人残してしまったのだろうか。
この子にはなんの罪も無いのに。

ごめんね。
と、謝って親子3人で暮らそう。
贅沢は出来ないけど、つつましく暮らせれば
それでいい。
娘と息子とささやかな幸せを作ればいい。

私は一歩を踏み出そうとした。
子供を迎えるために・・・・

「克・・・・っ」




「待ったかい?」


私が声を掛けるより早く、誰かが私の子供の側に立っている。
息子は顔を上げると、その男にっこりと微笑んだ。

「ううん。」
首をふる。ブランコがキイと鳴った。


それからの光景に私は目を疑ってしまった。

男は身をかがめると、あろう事か
息子に顔を寄せ、口付けをするではないか。

息子は嫌がるそぶりも見せず、
唇を開いて、男の舌を招きいれ
腕を首に絡めた。

舌を絡め、
お互いの唾液を混ぜあう
濃厚で、淫らな
その、行為。


母の私には二人を引き剥がす権利があるはずだ。
母親なんだから、息子を助けないと。
でも、
私はその場から、動けない。
悪夢の光景に
がくがくと身体は振るえて、立っているのがやっとだった。

やがて、息子は男に促されて公園を後にした。

息子が乗った車が私の横を通り過ぎる。
車の中は濃いガラスに阻まれて見ることが出来なかった。





ジリリリリリ・・・・
電車の発車を伝えるベルが鳴る。
ドアが閉まり・・・・


私はこの町を後にした。

もう2度とくることはないであろう、
息子のいる町。

窓の外は日がくれ、色とりどりの灯りが流れている。


早く、娘の待つ家に帰ろう。


太陽のような笑顔をした、私の息子はもういない。
最悪の父と暮らす、最低の息子。
それだけだ。

私の頬を一筋涙が流れる。

もう少し早く声を掛けることが出来たのならば、
二人を引き剥がす、勇気が私にあれば、
私の隣には息子がいたはずなのに・・・

流される息子を受け止めることが
どうして出来なかったのか。


弱い母。
情けない母。


ごめんね・・・・克也。




私はその言葉を胸にしまう。
2度と伝える機会はないはずだから。






そして、
長い月日を経て、
青い目をした青年が現れた。

私の罪を償うようにと

彼は言った。


克也・・・・ごめんね。
おかあさんをゆるしてくれますか?











拍手より移動してきました。
駄目な母親に喝