プロローグ


 軽井沢の山奥深く。
 避暑地としてリゾート開発が進んだ土地だが一歩道をはずすとまだ、そこには自然が豊かに残っている。
 都会では夏真っ盛りだが自然の森の中には都会の熱も伝わってこない。永い時を重ねても歴史を刻んだ森の木々はひっそりと息づいていた。
 人の踏み込まないような森の奥にそれはあった。山道をひたすら進むと急に視界が広がって、重厚な門が現れた。時代劇に出てくるような瓦の屋根付きの門。主が到着するのを見計らったように扉は音も立てずに開いた。
 「すげーな。」
 城之内が感心したように言う。都会のコンクリートで出来た建物しか知らない城の内にとって、テレビの時代劇や修学旅行で行った古都の寺院で見たような建物が人里はなれた山奥にあることに驚いている。
 「こっちだ。」
 海馬に促されるように中に入ると、手入れの行き届いた庭が広がっている。ここにいると敷地の外に森が広がっているとは信じられなかった。
 石畳の小道を歩いてゆくと、平屋造りの家が現れた。白い漆喰の壁が眩しいそれは、表の門に勝るものだった。
 「ここに、泊まるのか?」
 「そうに決まっているだろう。ここは海馬家が代々守ってきた由緒ある別荘だ。1度剛三郎に連れられて来たことがある。」
 「・・・ふうん。・・古い造りだよな・・・でるのか?」
 城之内は建物の良し悪しにはあまり関心がなさそうだ。一番の心配はそっち方面。古い日本家屋といえばどうしても苦手としているものと結びついてしまうのだ。どんなに手入れが行き届いていてるとはいえ、どうしても気になって仕方がなかった。
 「さあな。詳しく調べると大正時代からあるものらしいぞ。トイレには一人で行けるか?」
 「馬鹿にすんな!トイレぐらい・・・行けるさ・・・うわっ!置いていくなよ。」
 海馬は玄関をくぐり靴を脱いで建物の中に入る。城之内も慌てて追いかけた。主の到着に着物姿の女性が迎える。
 「おかえりなさいませ。瀬戸様。」
 季節の花が生けられた玄関。奥へと続く長い廊下。ペタペタとスリッパのあたる檜の床の感触に城之内は裸足で歩いたら気持ち良いだろうなと思った・・・とほぼ同時に靴下を脱ぎはじめる城の内。
 「なにをしているのだ・・・おいてゆくぞ。」
 城之内の子供じみた行動にあきれる海馬だが、突拍子のない一連の行動ももうなれっこだ。時々年よりも幼い行動をする城之内に何故か愛おしさを感じずにはいられない。恋は盲目だ。
 「へいへい、行きますよ。」
 城之内はスリッパと靴下を手にすると、裸足の感触を楽しみながら廊下を進んでいった。
 
い草の香りがする和室に案内され、城之内は寝転がった。
 「うへ〜最高級の畳かあ。俺の布団より気持ちいいかも。」
 城之内はごろごろと畳を転がりながら和室を見渡す。
 雪見障子の向こうに見える庭には四季折々の木々が植えられている。今は青々とした緑と玉砂利の白がまぶしい。
 都会の喧噪から離れ、自然の懐に抱かれたことですっかりリラックスしたようだ。
 一息つくと城之内の好奇心が頭をもたげてくる。
 「なあ、海馬。」
 「何だ?」
 「さっき、外から見えたんだけど、この屋敷の奥に大きな建物があったよな?」
 「ああ、蔵のことか。あそこには蔵書や美術品が保管してある。先代達が収集した古美術品だ。国宝級のものがあるぞ。」
 芸術には全く縁のない城之内も、国宝級という言葉に触手が動いた。よく、テレビでやってるような壷や皿や絵があるのだろうか?・・・見たい!!無性に見たい・・・城の内は飛び起きると、海馬にせがんだ。
 「国宝級かあ・・・海馬っ!行ってみようぜ!どうせ時間はあるんだし、お前も見たいだろ!な!!」
 なぜ、「な!」なのか、この男ときたら・・・まあ、良いだろう。付き合ってやるとするか。
 「仕方がないな。」
 海馬も了承する。


 二人は蔵の前にいた。
 鉄の扉は重厚で歴史を感じさせる一物だ。いかにも貴重な物がありますよという空気を醸し出している。
 「あれ、鍵はどこだ?」
 城之内は海馬を見た。海馬の手には城の内が想像するような鉄製の大きな鍵がない。
 「・・・鍵はこれだ。今時、錠前なんて物騒だ。俺様を誰だと思っているのだ。」
 海馬は扉の横にある基盤に掌をかざす。ピピッという電子音と共にガチャッと鍵のはずれる音がする。古い蔵に最新のシステム。時代を混ぜ合わしたアンバランスさに城之内は頭をかいた。
 (はは・・時代劇の見すぎか。)
 見た目よりも軽く扉が開いた。と、同時に蔵の中に灯りが灯される。
 海馬の後ろから蔵の中を覗き込んだ城之内は所蔵品の量に目を見張った。
 日本画や版画はもちろん、中国の山水画や大きな壺。はたまた、遠くギリシャやインドの古美術品もある。
 「お前んちってさ、やっぱ金持ちなんだな。」
 城之内は改めて金持ちのスケールの大きさに感心した。
 「じゃあ、お宝拝見と行きますか!」
 気を取り直した城之内はここぞとばかりに、目につく箱を開けて中を見ていった。そのたびに上がる感激の言葉・・・城之内のボキャブラリーだから、すげーやうわーなどばかりだが。
 一方海馬は、棚の奥に潜り込んで美術品を物色している城之内の様子に微笑みながらも、芸術家や職人の残した遺物に時折歩みが止まる。
 元々は武器商人として軍需産業で成長したカイバコーポレーションだ。この一つの品物を手に入れるのに、いくつの命が犠牲になったのだろうか。そう思うと胸がちくりと痛む。
   

 二人は何かに引き寄せられるかのように、蔵の奥へ奥へと進んで行った。
 城之内はホコリだらけだ。時々くしゃみをしている。しかし、棚の奥を探ることをやめない。探す事を止められないのだった。
 「あれ・・っ?これはなんだろう?」
 城之内の手を伸ばした先には紫色の布に包まれた物があった。明らかに他の物とは異質な物に、城之内と海馬はそれを明かりの下に運ぶ。
 紫色の布が海馬の手によって取り払われた。
 中から姿を現したのは肖像画だった。
 その絵を見て二人は驚ろきのあまり言葉が出なかった。
 「・・これ・・・海馬・・・?」
 二人が驚くのも無理はない、そこに描がかれていたのは海馬にそっくりだったのだ。
 真っ白い軍服を着て胸の辺りに帽子を掲げ、もう片方の手には白い手袋を持っている。ピンと背筋を伸ばして立つ姿は凛としていた。
 「いや、俺ではない・・よく見てみるが良い。髪の色も俺より濃いし目の色も違う。それに俺より年は上のように見える。」
 城之内は絵の中の海馬―――に似た人物に目を奪われていた。
 今にも語りかけてきそうな表情に見ているだけで顔が赤くなる。海馬とは違いブラウンの瞳だが、情にあふれた視線に落ち着かなくなる。まるで、耳元で愛をささやかれているようなくすぐったい気分になった。
 「ははは、そうだよな、他人の空似だよな。」
 城之内は赤くなる顔を隠そうと大げさに頷いた。と、その拍子に絵が床に落ちた。絵を守っていた額はずれる。
 「うわああっ!ごめんっ!」
 「何をあわてている。」
 城之内が慌てて絵を拾い上げようとした。しかし、よけいに絵と額は分離していった。
 「へえええ?!うわわぁ!」
 すでに、城之内の言葉は日本語になっていない。海馬も見ていられずに屈んで絵を元の状態にしようとした。
 「・・・・・なに?・・・これ・・・?」
 絵を持ち上げると下からもう一枚絵が出てきたのだ。まるで、表の絵に守られていたかのように。
 その絵を海馬が拾い上げ、息を飲んだ。
 「―――!!!」
 その絵も肖像画だった。
 しかも、その絵には城之内そっくりの人物が描かれている。年は同じくらいだろうか。違うといえば目の色だけだ。
 金色の髪をなびかせて、こちらを見て微笑んでいる。桜色の唇も大きな青色のの瞳も艶やかに描かれ、湖畔にたたずんだ姿は今にも動き出しそうだ。
 青い空の色と湖面の青に、
 城之内――に瓜二つの人物の金髪が映える。
 慈しむ様な安らぎを与えるその微笑みは、首に架けられている十字架のイメージと重なり聖母を連想させた。
 「・・・なんなんだよ。これはっ!?」
 城之内が驚きのあまり腰が抜けたようにへたり込んだ。
 海馬の絵だけならまだしも城之内そっくりの絵まで現ればこうなっても仕方がない。
「絶対、俺じゃないぞ。」
 城之内は頭を何度も振って否定する。
 それもそうだ、海馬の知る城之内はこんな微笑みはしない。もっと快活で子供っぽい。
「確かにお前ではなさそうだ。こんなに艶はないしな。」
 海馬はいたずらに視線を送る。子供扱いに頬をふくらます城之内だが、絵の後ろに文字が書かれているのに気がついたようだ。
「あれ?なんか書いてあるぞ。えーっと・・」
   

そこにはこう記されてした。



海馬に似た肖像画には

 「最愛の友に送る    昭和20年5月」


城之内に似た肖像画には

 「永遠に愛する     昭和20年7月」



「昭和っていつの時代だよ・・」
 海馬も城の内も改めて絵に見入った。


その絵が何を意味しているのか、二人にはわからない。

長い年月を経て再び姿を現した遠き日の二人。



ここにもう一つの物語が始まる。
 
とりあえず、はじまりということでエッチなシーンはありませんが、これから出ますよ〜(笑)
話は最後まで出来てるけど、時代物なので図書館へ資料を探しに行こう・・・

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