傷跡2
その瞬間までは、交差することのなかった二人の道。

交わった瞬間から止まっていた時間が動き出す。

その先に何が待っているのかは、まだ、知る由もなかった。


 ドミノ町で一番高級で有名なホテル。
 城之内は静かにその中に入っていく。
 旅行客やビジネスマンで騒がしい1階をまるで自分の家のように通り抜けて行く。この仕事を始めてからもう何度も来た事のあるホテルだから部屋番号さえ分かればよかった。
 目的のエレベーターに乗り込むと目指すのは最上階の部屋。城之内の記憶が正しければその部屋はこのホテルで最高の部屋。チーフから聞かされていたように確かにVIPだ。おそらく宿泊料だけで城之内の一月分の生活費以上あるだろう。城之内はいやになるくらい立場の違いを思い知らされる。
 金にまかせて一晩の快楽を求める人。行為の代価として得られる僅かな金にすがり生活をつながなくてはならない自分。
 もうとっくにズタズタに引き裂かれたプライドが悲鳴を上げているような気がした。
 城之内はポケットの中にある黒い布をにぎりしめた。
 VIP相手のときは必ず目隠しを使用するのがクラブの決まりだった。もちろん素性も明かされない。城之内は一晩の情夫のことを何も知らないまま従順に体をひらくのだ。
 世間でもようやく同姓愛のことは認められてきたが、やはりまだまだ世間の風は冷たい。特に社会を動かすような人物ならなおさらだ。小さなほころびから地位を追われる弱肉強食の世界に住むものたちにとって、この徹底した秘密主義がこのクラブの売りだった。
 城之内は深く息をつくと、手にした布で目元を覆った。

海馬はひどく不機嫌だった。
 取引会社からの接待として用意された部屋。料亭での食事の後、営業部長から「今夜は趣向を凝らしたものを用意してみました。売れっ子を用意しましたから、楽しんでくださいませ。」と恭しく渡されたのが、この部屋の鍵だった。そして海馬はここにいる。ルームキーと売れっ子と聞いて接待の内容が想像ついたので帰ってもよかったのだが、あの部長の妙に自信ありげな顔が意味深で鍵を受け取ってしまったのだった。
 仕事柄言い寄ってくる女性にはことかかないし、それなりの経験も豊富だった。ここで、相手をする女の一人や二人どおってことないのだ。
 コンコンと扉をノックする音がした。海馬はため息をひとつすると扉をあける。ただ、この退屈な時間をどう切り上げようかを考えていた。
 開かれたとびらの向こうに現れた人物に海馬は目を疑った。そこにたっているのは魅力的な女性でもなく、清楚な女性でもない。いつも遊戯とつるんでいる、金色の髪をした少年。城之内克也だった。

 なぜ、こいつがここにいる?

 海馬は言葉を失って目の前にいる城之内を観察した。量販店で販売されているであろうシャツとジーパンに身を包んだ姿はこのホテルには不釣合いだった。しかし、その目は黒い布で覆われていて妖しい雰囲気をかもし出している。所在気無く佇んでいる姿はどこか頼りなくて、海馬の知る城之内とはかけ離れていた。
 海馬は営業部長の言葉を思い出した。
 …なるほど、これが今夜の趣向か…退屈しのぎには丁度いいか。
 海馬は城之内の背に手をまわすと中に入るよう促した。
 「しつれいします。」
 と言うと城之内は部屋の中に入っていく。背後の扉もしめられた。
 海馬は相変わらず無言だ。もちろん声なんてかけられるわけがない。城之内のことだ声だけで海馬だと気づいてしまうだろう。
 「はじめまして。かつやです。よろしくおねがいします。」
 城之内ぺこりと頭を下げる。これから行われるであろう行為に対してそれはあまりにも似つかわしくない挨拶だ。海馬が無言のまま触れてこないのを緊張のせいだと思った城之内はわざと明るく挨拶をした。なにせ相手は初めての客だ。
 「あの〜ベッドまでつれていってくれますか?何も見えなから、わからなくて。」
 海馬は軽く眩暈を覚える。未だに、目の前にいるのが城之内だとは信じられない。
 海馬の知る城之内は遊戯のそばにくっついて何かにつけて海馬に絡んでくるだけの存在だった。
 営業用であろうその言動があまりにも普段の城之内とあまりにも結びつかなくて、一瞬反応がおくれた。
 「それとも、ここでやる?」
 城之内は海馬の首に腕を回すと、耳元でささやいた。
 城之内の魅惑的な声に海馬はふっと口元をゆがめると、城之内を乱暴に抱え上げた。
 (そんなにやられたければ、やってやろう。)
 突然抱き上げられる浮遊感に城之内はあわてた。
 「うわっ。ち、ちょっと、シャワーとか使わなくても、いいのかよ。」
 (自分から誘っておいてなにを。)
 海馬は信じられないくらい興奮を覚えた。今までに感じたことのないくらいの衝動を抑えるのに胸が苦しくなる。同姓を相手にすることに対してのタブーからか、それとも相手が城之内だからなのか。野良犬のように噛み付くくらいしか脳のない人間でも、ひざまづかせるのは悪くない気分だった。はやる気持ちを抑えて無言のまま城の内を抱えて歩く。
 城之内をベッドの上に投げ下ろすと、海馬はネクタイをはずした。上等な絹のすれる音が部屋に響く。
 城之内もあきらめたようにTシャツを脱ぎ、ズボンに手をかけたところを海馬の手によって阻止された。
 (全て、脱がれてはおもしろくない)
 ゆっくりと押し倒していく。
 城之内は幾度の夜を重ねても身体を重ねることに抵抗を感じずにはいられない。これしか生きるすべがないと割り切っているのに心が受け入れなかった。しかし、心と裏腹に体は快楽を追って行く。熱くなる体とは反対に心は冷え切っていった。
 
城之内はその背に腕を絡めながら、名も知らない、顔も見ない客を観察してゆく。

 こいつ、若いなあ。贅肉なんてついてないし、肌にもはりがあるし、ぶよぶよのおっちゃんたちとはぜんぜん違う。鍛えてるのかなあ・・・うん、鍛えてる身体だよ。声が聞きたいなあ。どんな奴なんだろう。って、こいつさっきから一言もしゃべってないぞ。なんかはらたつなあ。だけど、いい香りがする。
 城之内は海馬の体温と重さを感じ取りながら、閉ざされた視界の中でそこまで訪れている快楽に身を投じる・・・





「ありがとうございました〜またのご利用をおまちしています。」
 ホテルから出ると梅雨独特のねっとりとした空気が肌にまとわりついてきた。
 城之内は大きく伸びをするとうっすらと明るくなった空を見上げた。
 「う〜ん。さすがに疲れたな。さてと、配達にでもいくか。」
 まるで、何事もなかったように城之内はまだ日の昇らない町にまぎれていった。


 すっかりと日が昇り、町が起き出すころ城之内は家に帰ってきた。
 朝の配達で体は汗だくだ。早く風呂に入ってさっぱりとしたい。首に巻いたタオルで汗をぬぐう。なかにいるであろう父親をおこさないように重い鉄製の扉をそっと開ける。
 ぎっ〜と耳障りな音をたてて扉が開いてゆく。足音を立てないように静かにスニーカーを脱いで…いつものように台所のテーブルで突っ伏している親父の脇を抜けようとしたとき腕を掴まれた。
 「っ・・!」
 城之内に緊張が走る。親父が起きてる。いつもは酔いつぶれているのに。
 「・・・かつや。やらせろ。」
 「親父・・・」
 親父の欲望と狂喜の表情を見て城之内はあきらめて服を脱いだ。

 いつものことだ。すぐに終わる。どうせ、親父は一発だ。城之内はそう自分に言い聞かせると、酒瓶の転がるテーブルに手をつき、父親に尻を差し出す。いつからだろうか、こうして体をつなげることに抵抗を感じなくなったのは。
 「へえ。もう、ならす必要もないってか?女みてえだな。」
  父親は城之内のそこに高ぶったものを突き入れた。先ほどまで男を受け入れていたそこは柔軟に飲み込んでゆく。
 「・・・くっ・・」
 城之内は机に突っ伏しながら、揺さぶられる体を支えていた。揺れる振動に耐え切れずビールの空き缶が転がってテーブルから落ちた。カランと軽い音を立てて床を転がってゆくのを城の内はぼおっと目で追った。


 父親にされるときはどうしても昔の事を思い出してならない。
 公園でキャッチボールをしたこと、頭をなでられるときの大きな暖かかった手。真面目で働き者だった父親が大好きだった。しかし、ある日を境に酒とギャンブルにおぼれてゆく父親。容赦なく暴力と暴言が繰り返され、母親と妹が家を出て行った。もう、あのときの家族はいない。残されたのはどうしようもない父親とどうしようもない俺。
 どうして、俺だけ置いていったのか?一緒に連れて行って欲しかったのに。
 何度も、何度も繰り返す疑問。
 俺は悪い子だったの?母さんには重荷だったのだろうか?
 いくら考えても答えは見つからない。
 城之内は記憶を押し流すために快楽に身をゆだねた。   

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