いつかきっと


市営住宅の一室。部屋の中は酒瓶と空き缶、総菜のパックが散乱している。
女房がこの家を出て行ってから、ほとんど窓を開けた記憶のないこの部屋は、アルコールと腐敗臭が漂う、見るも無惨な部屋と化している。
一人残された息子が時々ゴミ出しはしているようだが、俺がそれ以上に散らかすために意味がないようだった。

時計の針はもう昼を指している。
この時間になるとようやく昨日の酒が抜けて目が覚める。
喉の渇きを覚えて水道から水を直接飲んだ。生ぬるい水を胃の中に流し込んで俺はようやく活動すべく、背伸びを一つする。

ぐう。

腹が鳴った。
何か食べるものはないかと、冷蔵庫を開けた。
オレンジ色に照らされた庫内にはやはり何も買い置きがあるわけではなく、
賞味期限が切れてどのくらいたったのか解らないような代物ばかりだった。

ちっ

舌打ちをして、コンビニにでも食料を調達しようとポケットを探ると、手に触れるのは小銭ばかりだ。
俺はもう一度舌打ちをすると、金を調達すべく息子の部屋に向かった。

男2人しかいないこの家では息子が1番の稼ぎ頭だ。
親の借金を返すばかりでなく、親を食わしている。
息子の金の隠し場所など、手に取るようにわかっていた。
この時間だと、息子はいないだろうと部屋の引き戸を開けた。

…………

いないと思った息子が敷きっぱなしの布団の上で眠っていた。
昨夜の仕事がよほど堪えたのでのだろうか、父である俺が入って来たことにも気がついていないようだ。
規則正しい寝息に俺はそっと近づいた。
うつ伏せで、枕の下に片手をつっこんで寝る癖は相変わらずで、やわらかな金色の髪をはらうと、幼い頃と変わらない寝顔があった。

年頃の子供なら今の時間は学校に通っている。しかし、息子は学校に行っていない。
行かせない訳ではないのだが、この家庭環境では行く気にならないだろう。

俺は、その頬にそっと手を添えた。

まだ、仕事が順調だったころ息子の寝顔を見るのが俺の日課だったときがある。
なかなか、時間に帰ってこれなくて、待ちくたびれて眠ってしまった子供を布団に運んで、頬を良くなでたものだった。

いつからだろうか、全てが上手くいかなくなったのは。
いつから、息子を殴るようになったのだろうか。

俺は金色の髪を梳く。
何度も何度も。

寝顔を見ていると、このままではいけない、変わらないといけないと
考える事が出来る。しかし、いざ行動を起こすことは出来ないのだ。
しかるべきところに相談に行けば、借金がなくなる事は解っている。
新しい生活を送る事が出来る。
なのに出来ない。一歩が踏み出せないのだ。
そうやって何年も年月を重ねてきた。
頭では解っているんだ、ちゃんと働かなければならないと。
どうして出来ないんだろうな。

自分のふがいなさに嫌気がさして、又俺は酒を飲む。
アルコールは俺の人格を容易に変えていくのだ。
気がつけば息子を殴っているんだろう、傷だらけになっている。

寝顔を見ていると、愛しさが込み上げてくる。
かわいくてかわいくて仕方がない。
しかし、顔を合わせると憎くてどうしようもなくなるんだ。

何故、こんな気持ちになるのか俺自身でさえわからない。
お前は悪いことなんて一つもしていないんだ。
悪いのは全て父さんなのに・・・

すまない。

寝ている息子にはちゃんと言えるのに、
起きている息子には悪態しか言えない。

すまない。
俺はもう一度謝った。

こんな父さんを許してくれ。

聞くもののいない謝罪は宙に拡散していって、息子の寝息だけが残る。

すまない。

いつかちゃんと息子に伝える時が来るだろうか?

いつか伝えてやらなくちゃいけないだろうな・・・


そして、今日も酒を飲む。










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センチな親父に乾杯。