床に脱ぎ捨てたスーツのポケットが光ってる。
ブブブブブ。
携帯が鳴ってる。
「出なくてもいいのか?」
「………ん……いい。」
下から意地悪な視線を送ってる瀬人さん。
だって、誰からかなんて、判りきってるし……。
「まだ、鳴ってる。かわいそうではないか。」
「……いい…出ない……ぁあっ…!」
なんて、口ではいいながら瀬人さんのでっかいままで、動いてるし。取りにいけるわけないじゃないか。
あーあ。
電源切っとけば良かったや。
ダブルベット 10
「瀬人さんだったらどうした?」
「なんのことだ?」
「ん〜だから、さっきみたいに、もし、奥さんが他の男と歩いてるのと鉢合わせになったときはどうする?」
ひと時の情事の後、城之内は隣にいる海馬に質問をした。
「もし、などは、ありえんな。妻はそんなことはしない。」
「あーっ、だから、もしって言ってんじゃん。もし、だよ、もし。」
話を終わりにさせられそうなのを、無理に食いつき、城之内は海馬に詰め寄る。
その質問は城之内の純粋な好奇心だった。
もし、瀬人が同じ状況になったとき、どうその場を繕うのか知りたいのだ。
「仮定でいいんだ。緊急時の想定ってやつ。」
「同じようにするかもしれんな。」
「えっ!?」
「今夜にようならば同じようにしただろう。」
「………ふうん。」
あっけない海馬に、城之内はつまらなそうに口を尖らせるが、すぐに何かひらめいたように、ニヤリとする。
「じゃ、反対だったらどうする?瀬人さんが浮気相手と道を歩いているのを奥さんに見つかったら?」
枕を抱え込み、街の明かりの蒼い瀬人をじぃっと見つめる。
「きっと、オレだったら、舞にその場でブン殴られてるぜ。舞は気が強いから、一回じゃすまなさそうだよな。周りなんて関係なくバチンさ。んで、めっちゃ罵倒されて、フラれるよな〜。たぶん。」
ハハハっと笑いながら、城之内は想像に難くない場面を想像してみた。
ひじを突いて頭を支え、苦笑する。
と、天上を見ていたはずの瀬人が城之内を見つめていて、その色を見つけられない視線に鼓動が跳ねるのを感じた。
「俺は無様なヘマはしない。」
「…ぇっ……。」
城之内が一瞬、身体が凍りついたように動きが止まった。いつも考えていることを読ませない、オブラートのような膜が消えて、暗い水底の炎に思考が止まる。
「俺が浮気をしてれば、妻が悲しむだろう。だから、俺は浮気はしない。」
水の底にある炎は氷のように冷たかった。触れればそこから凍っていく冷気。
「……ぁっ………じゃあ……っ。」
…………
「……シャワー借りる。」
会話を拒絶する瀬人の気配に、城之内はざっと起き上がりバスルーム逃げるように駆け込んだ。
軽はずみな話題が瀬人の琴線に触れることをしてしまったことに、己の低脳さが嫌になる。
裸だったから、バスルームに飛び込んで、一気にシャワーを全開にした。凍りついた身体を溶かすため、頭から流れるお湯をかぶり続けた。
『じゃあ、俺たちってどんな関係?』
言えなかった言葉が頭の中で、回り続けている。
瀬人はヘマはしないと言った。
浮気はしない。
なら、俺とは何?と、聞きたかった。
男同士なのにSEXをして、これって、どうなのよ。
遊び?
遊びなんだろうか?
俺は、たくさんいる遊び相手のうちの一人なのか。
きっと、この部屋で遊んでいるのだろううちの一人。SEXをして、気持ちよく遊ぶだけの関係。
浮気の土俵にも上がれない。不毛な関係。
でも、それは俺も同じ。だって、おれも遊びだから。
気持ちの良い遊び。多分それだけ。
それだけだから、瀬人さんのことを知りたいと思わないのだと思う。多分、瀬人さんのことを瀬人さんの昼間を知ってしまったら、もう、遊べない。
絶対に。確信的な予感。
「……なっさけない顔…。」
濡鼠みたいな自分の姿を鏡に映して、城之内は笑う。
「瀬人さん……あこがれてるんだけどな……。」
大体、高校卒業したての城之内が、海馬にかなうわけが無いのだ。
「なんでかな……ここが痛い……。」
ひり。
と痛む喉元に手を添えた。
痛みの原因なんて、わからない。
わからなくていい。
わからないほうがいいんだ……。
*****
城之内が消えた部屋は蒼さが増して、部屋を押しつぶしてしまいそうになっている。
配達に行ってしまった城之内の背中を見送ってから、海馬はベッドに横になったまま動こうとしない。
天上を見つめてさっきの会話を反芻していた。
「無様だな。城之内の質問に何一つ答えられなかった…。」
もし、妻が浮気をすれば、仕方のないことだと見てみぬふりをするだろう。妻との関係はとうに冷え切ってしまっている。
男と女ではなく、父と母の名で繋がっている男と女。
なら、浮気を知ったときの妻はどうするだろうか。海馬と同じように知らない振りをするのだろうか。それとも侮辱されたと怒り狂うだろうか。
わからない。
自分の気持ちでさえ掴めないのに、人の心なんて判るはずもない。
「人の心はいつでも想定外。答えなどありはしないのだ……城之内。」
去り際の、泣き出してしまいそうに眉を歪めていた城之内が当分忘れられそうになくて、海馬は目を閉じた。
胸の奥が痛むのに気づかないふりをして。
**********
「本当に怒ってないの………?」
舞に呼び出されて城之内は喫茶店に来た。
いつもなら、遅刻するのは舞のほうで約束の時間なんてあってないものだ。でも、今日は違う。
城之内の仕事に合わせると言い、会社に押しかけてきそうな勢いだったので、城之内は昼休みに舞と会うことにした。
「城之内……。」
「ん?」
注文したアイスコーヒーはとっくに氷が融けてしまっている。
水滴がグラスに大きな珠を作る。それがくっついて重力に引き寄せられてコースターに染み込んでいくのを眺めて、もう何度も繰り返す言い訳を聞いている。
「嘘ついてごめんなさい。でもね、先輩とは何もないの。本当よ。」
睡眠不足なんだろう、化粧ののりが悪いみたいだ。憔悴しきっているところから、よほど携帯が繋がらなかったのが堪えたみたいだ。
それとも、つじつまの合う言い訳を考えていたのか。
「夕べは本当に、サークルの飲み会で、2次会はカラオケで、終電までにはお開きになったの……私もそれで家に帰って。」
「うん。」
「……うん。って、本当なのよ。城之内。信じてくれる?」
必死に事実説明をしてる舞に、嘘はないだろう。
先輩は置いといて、舞にそのつもりは無いみたいだ。
「信じるも何も。舞を疑うなんてしないさ。」
「城之内……。」
舞を責めるなんて、出来るわけが無い。
舞がカラオケをしてるときも、電話を掛けてきたときも、城之内は海馬と共にいたのだから。
いや、海馬に出会ってから、城之内は海馬とSEXをしてきたのだ。たとえそれが遊びだったとしても、浮気でなかったとしても、後ろめたさはあることに代わりが無い。
「本当?怒ってない?信じてもいいの?」
上目遣いの視線に、安堵の色があって、それでも何度も聞いてくる舞。
「うん。怒ってないよ。っていうか、もともと怒ってなんかいないし。」
「携帯に出てくれなかった……。」
舞はまだ、不安のようだ。
「寝てたんだ。酔っ払ってたから、気が付かなかっただけさ。それに朝一番に掛けなおしただろ?」
「………ん。」
浮気の疑惑を必死に晴らそうとしている舞。
浮気の現場に遭遇したはずなのに、
不思議と城之内に怒りが沸いてこなかった。
これが反対なら、そこで絶交だろうし、こうして弁明する機会さえ与えられないはずだ。
でも、城之内はこうしてここにいるし、舞もいる。
目に涙を浮かべている舞が滑稽で、かわいそうだとも、うっとうしいともなんの感情も感じなかった。
なんでだろう?
舞が好きだからか?舞のこと信じてるから、言い訳なんか必要ない?
舞が浮気するなんてありえないから?
「舞……信じてるから。舞のこと好きだから。」
「!!!城之内!!!」
こぼれてしまいそうな涙にハンカチを渡して、城之内はゆっくりと微笑んでみる。
だぶん、瀬人さんならこうする……。
好きな人だから、許せると思う。
ハンカチで目元を抑えている舞が、可愛く見えて、ああ、きっと舞のことが好きなんだと自分に言い聞かせてみる。
「週末は空いてる?デートしよう。今度は二人っきりでさ。」
指先が冷たくなっている手をそっと包んだら、舞が頷いた。
手の甲に落ちた涙が暖かい。
じゅうです。。
あまり語らないでいよう。
どう感じるかは、人それぞれですが、海馬の城之内もぶきっちょさんです。
舞は可愛いと思うのですがね。
意外とコメントがいただけて、書きがいがあります〜。
これも、一つの城之内くん弄りでしょうか…(腐)
さあ、次、行って見よう!!
素材はこちらからお借りしました。
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