なあ、瀬人さんはゲイなのか?



 体温で暖められたシーツの上で、オレは聞いてみた。




『妻も、子供もいるぞ。』



 それが、瀬人さんの答え。
 奥さんがいて、子供もいて、なのに、オレみたいなの相手に勃つ。しかも、かなりのモノなのが悔しかったりする。
 なら、両刀(バイ)か。
 世の中にはいろんな趣味の人がいるもんだ。




 遊んでるんだ。オレは何人目?




『さあな。答える必要もないだろう。』




 瀬人さんは何を考えているのか全く読み取れない表情で淡々としている。
 慣れた手順に、瀬人さんは真面目そうに見えて、実は相当遊んでいるようだと想像してみる。





 自慢じゃないが、オレにだって舞っていう、れっきとした彼女がいる。
 なら、オレも、一時期の気の迷いだと、遊びだと割り切ればいい。





 時間つぶしのくだらない遊びだと。










ダブルベッド 4











 この前はごめん。まだ、怒ってる?
 次の日曜日に一緒にどこかへ行かないか?






「送信っと。あいつ、まだ、怒ってんのかな……。」
 昼休み。
 昼時の慌しい牛丼店に城之内はいた。携帯を片手に半券を店員に渡すと、牛丼が出てくる間に舞へメールを打った。
 週末にデートをしようと。


「機嫌、直ってたらいいな。」
 学生時代と違い、なかなか会えないことへのコミュニケーション不足にもどかしさを感じながら、城之内はため息をついた。
「ま、愛されてるってことか。」
 ふと、瀬人の言葉を思い出した城之内は、思わず苦笑した。
「瀬人さんだったら、こんな時どんな風にするのかな。」
 きっと、スマートな大人の対応の見本のようなことをするのだろう。


 城之内はそんなことを思いながら、カウンターに置かれた、注文の牛丼を胃の中へかきこんでいった。





*****





「ふー食べた食べた。ここは、金欠庶民のオアシスだぜ。」
 空っぽだった胃を満足させた城之内は大きく伸びをしながら自動ドアを出てくる。
「さてと、まだ、時間があるし、どうしようかな。」
 このまま、会社に戻ってもいいが適当にどこかで時間をつぶそうと、城之内は商店街を歩いてみた。朝の閑散とした街とは違う賑やかな風景になんだか街自体が生きているのだと感じながら、満腹のおなかも手伝って足取り軽い。


「城之内くんっ!!」


 行き交う人の中から、突然名前を呼ばれ、城之内の足が止まる。
 振り返ると、少しお洒落をしてる遊戯が手を振っていた。


「昼休みなの?」
「おお〜遊戯。学校は?」
「ん〜今日はね〜サボりかな〜。」


 いつも、春の日差しのように朗らかで暖かい遊戯が、今日は一段とニコニコとしている。
 大き目のウエストポーチをたすきがけに肩からかけるのも遊戯の面白い癖だ。細身の遊戯にはとても似合っている。



「なんか、いいことでもあったのか?うれしそうじゃんかよ。」
「わかる〜〜〜?」
「見ればわかるさ。遊戯は顔にすぐ出るんだぜ。」
「そうなんだ。」


 やはり、嬉しそうにしている遊戯。
 城之内は人の往来の激しい通りでは邪魔になるだろうからと、目に留まった喫茶店を指して、入ろうと促した。少々財布には痛いが、食後の楽しみだと思えばいい。


 クーラーの効いた店内は気持ちいいくらい涼しくて城之内は運ばれてきた水を一気に飲んだ。



「あのね。杏子が帰ってくるんだって。」
「おおっ!!何ヶ月ぶりかな。」



 遊戯がご機嫌な理由はそれか。


 城之内が舞と付き合うのとほぼ同時に、遊戯と杏子も恋人になっていた。ちょうど家庭のごたごたがある時期と重なっていて、家に帰りたくなかった城之内はよく4人で出かけていたのだ。
 卒業と同時に、杏子はアメリカに留学し遊戯も自分の進路へ向かって進んでいった。
 広い海原を隔てても遊戯と杏子の仲は相変わらずのようで、同じ街に住んでいながらも舞に振り回されている城之内は、思わず恋愛のコツを聞いてみたくなりそうだ。


「夕方には空港に着くから、これから、迎えに行くところなんだ〜。」
 運ばれてきたアイスコーヒーにシロップを入れてかき混ぜながら、遊戯は窓に切り取られた空へと視線を馳せる。
「そっか…引き止めて悪かったな。」
「ううん。全然平気だよ。まだ、時間もあるしさ。ちょっと早く家を出てきちゃって実のところこまってたんだ。」
 それとなく城之内を気遣う遊戯の細やかなところに、城之内はこのへんが距離を埋めるコツなのかなと考えてみた。
 きっと杏子にはもっと気遣いをするはずだ。


 遊戯はちょっとやそっとじゃ怒らなさそうだし……。



 舞との言葉のやり取りだけでイラついていた自分が馬鹿に見える。いくら仕事で疲れているからといって、舞に当たる必要などこれっぽっちもないのだから。
 城之内もいつもよりも苦く感じるコーヒーに口をつけた。




「杏子はどのくらいここにいるんだ?」
「えっと、1ヶ月くらいかな。」
 遊戯の頭の中は杏子のことで一杯になっている。季節はずれの蝶でも飛んでいそうだ。


「じゃさ、久しぶりに、4人で遊ぼうぜ!」
 4人とは、舞、遊戯、杏子……それと城之内だ。
「いいね。杏子も絶対に喜ぶよ。みんなで遊ぶなんて高校卒業して以来だもんね。」
 高校生のころに行った、デートを思い出して、遊戯の目が輝いた。
「城之内くんとも最近は遊べてないし……いつでもいいから、僕の家にも遊びに来てよね。」
「わりっ……まだ、仕事を覚えきれてないんだ。早く他の人の足を引っ張らないようになりたいから、なかなか、時間が取れないんだよ。」
 城之内は照れ隠しに頭を掻く。
「城之内くんらしいや。」
「そっか?」
「うん。でも、あんまり、無理しないでよ。城之内くんは夢中になると周りが見えなくなるからさ。忙しいのも分かるけど、ちゃんと舞さんと連絡とったほうがいいよ。」
「ぐぐっ……」
 遊戯に図星を疲れて、頭を抱えた。
 舞はきっと遊戯に相談していたのだろう。
 それとなく釘を打つ遊戯に、城之内は頷いた。
「杏子に一番で都合のいい日を聞くから、そしたら、遊園地とか、ドライブとか行こうね。はぁ、今から楽しみになってくるや。」
「オレもだぜ。」
 全身から幸せのオーラを漂わせている遊戯につられて、城之内も舞の笑顔を思い浮べた。
 そして、善は急げとばかりに、携帯にメールを打ち込んでいく。






 予定変更!
 杏子がこっちに帰ってくるんだ。また、4人でどっか行こうぜ!!
 



「送信〜っと。」
 城之内はボタンを押した。













*******













「社長。午後の会議の資料をお持ちしました。」
 カイバコーポレーションの最上階にある社長室。
 海馬付きの有能な秘書が、分厚い資料を手に、社長室へとやってくる。忙しない階下とは違い、ここは張り詰めた緊張感が漂う静けさがあった。
 仕事に厳しい海馬がそうさせているのであるが、その雰囲気に慣れている秘書は社長室に入ったとたん意外な光景に固まってしまった。



「社長……。」



 それもそのはずで、いつもなら黙々と仕事をしているはずの海馬が音楽を聴いていたからだ。
 両耳をイヤホンで塞ぎ、そこから流れてくる音楽に聞き入っている姿は、秘書の知る海馬ではなく、だが、海馬らしい姿に秘書は思わず緩む口元を抑えた。



 この不思議な時間を崩すのが自分でもいいのだろうかと、思案しつつも秘書は忠実に仕事を進めていく。

 目を閉じ、耳を塞いでいる海馬は秘書が入ってきたのも気が付かなかったが、側まで来た秘書の気配にゆっくりと瞳を開く。



「珍しいですね。社長が音楽を聴くなんて。社長とのお付き合いは長いですが、初めて見ました。」
 秘書はあでやかな笑顔で、机の上に資料を置いた。
「ああ、たまにはいいではないか。気晴らしになる。」
 海馬はゆっくりとした仕草でイヤホンを外し、引き出しの中にしまう。何気ない動きでさえ洗練されていて、秘書も思わず立場を忘れてしまいそうになっていた。
「何をお聞きになっていたのですか。」
 泣く子も黙る、カイバコーポレーションの海馬が聞く曲だ。秘書は好奇心を抑えきれずについつい聞いみる。





「……………。コーヒーを入れてくれないか。」


「すみません……。」


 海馬の沈黙と返答の無い代わりに、コーヒーを所望され秘書は出すぎたことをしたのだと察し、すぐにコーヒーを入れるために給湯室へと向かっていった。



「濃いめのをたのむ。」
「かしこまりました。」



 淡々とした海馬に冷や汗を感じつつ、書類を手にした海馬はすでにいつもの海馬で、秘書はそんな海馬を横目にみつつ重い扉を閉めた。







 カチャと金属の部品の音がして再び静けさを取り戻した社長室に、海馬は音楽を聴くことが珍しいのかと苦笑しつつ、無邪気に音楽を聞くことを勧めていた、青年が頭をかすめる。








 やっぱ、社会人のたしなみとして一曲ぐらいお世辞でも付き合える曲があるほうがいいぜ。
 次までの宿題な。
 次に会うときまでに、必ず覚えとくこと!





「この俺に宿題とは。なんとかは蛇に動じずとは上手くいったものだ。だいたい、次に会える確証もあるはけではないのに。」


 海馬は自分よりもずっと年下の城之内に影響を受けていることに、ふとした新鮮さを感じつつ、
 城之内の歌声をもう一度聴きたいと思っていた。


「俺としたことが、ありえん……。」
 城之内の笑顔とベッドでの愛らしい乱れようのギャップに、海馬は今度はいつになるのかと想いを馳せながら、運ばれてきた苦いコーヒーで思考を覚醒させていった。 













*********












 
 ようやく仕事をひと段落させた城之内が会社を出たのは、終電間近の時間になっていた。
 タイムカードを押し、薄いカバンを手にしてふとメールが届いているのに気が付いた。


「全然気が付かなかったぜ。」
 履歴をみれば、舞と遊戯や他数件のメールが届いていて、城之内は帰りの道のりを歩きながらメールを読んでいった。
「舞も怒ってないみたいだな。」
 遊戯がそれとなく連絡をしたのだろうか、久々の4人でのデートの誘いをOK内容と今日の何でもないことが連ねられていて、城之内はそれを読んでいく。
 この何も無いメールがとても愛おしく思えた。
「あ、杏子もOKなんだな。今度の日曜日か…。返信、返信っと。」



 暗闇に浮かび上がるディスプレイを見ながら、城之内は返信を打つのに集中していて、お気に入りのバーを通り過ぎたのも気が付かなかった。





 








 城之内が通り過ぎて数分後、バーから海馬が出てきて、城之内とは反対方向へ歩いて、夜の街へと消えていった。







 あの冷たい部屋へ歩いていく。
 
 

  

 

 

 





  
 









 4デス。気が付けば4になってました。
 ノーマル(……自称)な城之内くんがどれくらい深みにはまってしまうのか……楽しみだ!!
 
 
 めずらしく普通の城之内くんに万歳です。