「城之内、昼飯食いに行こうぜ!!」
「本田さんのおごりならいいっス。」
「てめ、先輩にたかるとはいい度胸だな。」
「先輩の懐の大きさ、見せてくださいよ〜」
午前中の業務に一区切りをつけた城之内は、書類をホッチキスで止めると大きく伸びをする。広いフロアを見渡せば、当番を残して、皆めいめいに昼を取ろうとしていた。
「いいぜ。期待の新人を落胆させないように、オレがおごってやろう。」
「ごちになります〜〜!!」
城之内はガッツポーズをしながら、ホワイトボードに昼食の札を貼り付けた。
「あっ、オレのも頼むぜ。」
「はい。」
本田のところも同じようにして、城之内は昼食を取るべく本田の後を追いかけていった。
「ラーメンでいいか?」
「もちろんです。徳盛りチャーシューかな〜」
「うわっ…オレの財布が〜〜」
「………醤油ラーメンでいいですよ。先輩。」
週末のデートに備えて、社員食堂かコンビニのおにぎりで昼を済まそうとしていた城之内にはまさに天の助けだ。
「午後は外回りに行くぞ。しっかり食っとけよ。」
「アポは取ってますから、ばりばり行きましょうね。」
城之内は午後の予定を頭で辿りながら、今日も暑いだろうなと窓の青空を眺めた。
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「はぁ〜。今日もやっぱり、遅くなった。」
外回りを終え、山のような伝票を処理し、いくつか報告書をまとめた城之内が仕事から解放された時、時計はすでに9時を回っていた。
営業フロアにはまだ、灯りが煌々と点いていて仕事と格闘している他の社員が忙しなく働いている。
「締め日前だからな。仕方ないやあ。」
納品日に合わせてラインの調整をしたり、海外の工場と連絡。とにかく、営業の仕事の範囲は多種多彩だ。
もちろん担当の部門は決まっているが、簡単に営業という括りにしていいのかと城之内はふと思う。
だからこそ、新人の城之内に覚えなければならないことが沢山あって、それが、舞との時間が取れない理由でもあるのだ。
「舞に定期連絡しとかないと……。」
遊戯と遊びに行く前に、舞の機嫌が悪くなってはいけないと、城之内は携帯を開く。
「相変わらず、がんばるな。」
「本田先輩もです。」
冷たい缶コーヒー2本と、カバンを持った本田が城之内の肩をたたく。目ざとくメールのディスプレイを見て、
「おっ、ラブコールか。相変わらず仲がいいな。」
「ま、そんなとこですね。」
「余裕かましやがって、……たく、若いモンはいいよな〜精力が溢れててよ〜〜。」
「本田さんだって彼女がいるじゃないですか。」
飲むたびに聞かされる、ノロケに城之内は苦笑した。
「まな。オレはラブラブだからよ。」
鼻の下をデレッと伸ばす本田。普段の締まった顔はどこへやらだ。
「夕飯がてら飲みに行かないか。もちろんオレのおごりだ。」
「あっ……おれ、ちょっと約束が…。」
酒の肴にノロケを聞かされるのは、たまらないと、城之内は言葉を濁す。
「彼女と飯でも食うのか?」
「ま、そんなとこです。」
少々残念そうな顔の本田。
「じゃ、給料が出たら飲みに行こうぜ。」
城之内に缶コーヒーを手渡すと、ひらひらと手を振り、本田が帰っていった。飲みの誘いを断ったのに、嫌な顔一つしないところが、本田のいいところだ。
「いただきます。」
城之内は心の中で謝りつつ、再び携帯の画面を開いた。
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カランカラン
「いらっしゃいませ。」
「ども。」
マスターの声に、ためらいがちに会釈をして城之内は店内を見渡した。
「………いないよな。」
瀬人の姿がない店内にほっとするようながっかりするような気持ちがして、城之内は小さく息を吐く。
瀬人さんだって忙しいんだ。当たり前だよ。
と、自分に言い聞かせると城之内は定位置のカウンターの端っこの席に腰を下ろした。
給料日前の舞とのデートのために、無駄使いはしたくないけれど、ここに来るのが我慢できなかった。約束をしたわけでもないけれど、ここにくれば瀬人に会えると思ったのだ。
息をつくまもないほど目まぐるしい日常で、静かになれるこの場所でなんとなく瀬人に会いたいと、会話がしたかった。
自分よりもずっと大人で仕事でも成功している瀬人。
自分とは別世界に住んでいる人と話題が合うなんて思っても見ないけれど、瀬人の隣にいたかった。
「ま、こんな、オレなんかといても楽しくないだろうけど。」
初めて会った夜に愚痴をこぼしまくり、酔いに任せて寝たるような奴と酒を飲みたいなんて思う大人はいないだろう。
舌に残るアルコールの苦味に眉を寄せ、なぜ来てしまったのかと城之内は少し後悔をする。
そう感じながら、城之内のどこかで、なにか確信めいたものがあった。
もうすぐ、瀬人が来ると。
「……んな、わけねーよな。」
「いらっしゃいませ。」
「っ!」
誰かが来た。
マスターの決まりの言葉と、客の足音にグラスを握る手に力が入る。
瀬人さんかな……。
「ふっ。んなわけね……ょ。」
客がこちらへ近づいて来る気配を背中に感じつつ城之内は振り返らないでいた。誰が来たって俺には無関係なことだと、そ知らぬふりをしながらも神経は全て後ろを伺っている。
「となり…いいか。」
「………瀬…人さん。」
待っていた人に城之内はつられるように顔を上げる。
城之内を魅了する笑みに城之内は頷く。会いたくて待っていた瀬人を拒む理由なんてない。
「こんばんわ。」
顔が火照るのを隠すために、城之内は営業スマイルを作る。隣に瀬人がいるだけで心臓がどきどきしてきた。
瀬人がいない時はあんなに話がしたかったのに、いざ、隣にいたら何を話せばいいのか頭が混乱してしまう。一体何を話せばいいのやら。
「何かいいことでもあったのか?」
「……?」
言いよどむ城之内より先に、運ばれてきたグラスを手にした海馬が話題を提供してきた。やはり、海馬のほうが大人だ。
「顔がにやけているぞ。」
「へっ……?」
大人の微笑でグラスを口にする海馬をきょとんとした顔で見つつ、城之内も回らない思考をフル回転させていいことを探してみる。
「あっ!!!今週末に、舞とデートすることになったんだ。」
「それは、よかったな。」
「うん。ま、オレだけじゃなくて、遊戯っていう友達と一緒なんだけど、久しぶりだし、ちょっと前は良く、4人で遊びに行ってたんだ。」
楽しみな週末の予定ではあるけれど、それが顔に出るほどいいことだろうかと疑問にしながらも、あまり深く考えないことにする。
「でな、遊戯の彼女がアメリカに留学しててちょうど、こっちに帰ってくるんだって。それに合わせてみんなで遊びに行くんだ。きっと遊園地になるんだろうけど、今から楽しみだよ。」
「……そうか。」
海馬は相変わらず、目を細めて相槌を打つ。その指に光るリングが一つ。
「瀬人さんも休みはどっか行くの?」
携帯の向こうにいる海馬の家族。綺麗な奥さんと、可愛い一人息子。二人とも週末を楽しみにしているのだろう。
「……さて。」
海馬は城之内の質問に他人事のように聞き流し、答えを濁す。
「??仕事なのか?」
柔らかな印象を持たせる微笑が、冷たいものへと変わっていた。触れてはいけないことだったのか。
「そんなところだろう。」
「忙しいんだ……。」
「意外と忙しいのかもしれないな。」
「………。」
城之内は会話を合わせようとして、でも、黙り込んでしまった。
瀬人の言っていることの偽りがなぜか、城之内の胸にちくりと刺さる。
あの、マンションの冷たい部屋。
誰も待つ人のいない淋しい場所。
真っ暗で灯りの点かない部屋。
携帯の向こうにいる、家族。
きっと家族が待っているであろう、暖かい家と明るい場所。
「そうだったんだ………。」
城之内にかつて当たり前のようにあった、家族。そして、今、誰もいなくなった城之内の家。
城之内が海馬の子供と同じ頃には、いつもにぎやかな時間と空間があった。決して広くはないけれど、そこには幸せが詰め込まれていて、城之内が手足を伸ばしていられた家。
時の流れとともに、失ってしまったものと、残ってしまった残骸の両方を危ういバランスの上に、持っている瀬人。
その、淋しさと、帰る場所を持っている瀬人に城之内は惹かれているのだ。
こんなに年齢が離れているのにも関わらず、同じものをもつ瀬人に惹かれているのだ。
「今日はもう、家に……ううん。…家族のところへ帰ったほうがいいよ。」
ここ数日、ずっと頭を悩ませていたことの答えを見つけた城之内は、元来のまっすぐな気性で瀬人を正面から見る。
「…何を言い出すのだ。」
いきなり何を言い出すのかと、怪訝な表情になる海馬。
「一昨日も、その前の日も、瀬人さんは家に帰っていないだろ。何日も家を空けるなんて、やっぱ駄目だと思うんだ。きっとモクバも瀬人さんのこと待ってるぜ。」
「モクバはもう寝ている時間だ。」
「でも、朝は顔を見れるだろ?『おはよう』って言えるじゃないか。奥さんはまだ起きてて、瀬人さんを待ってるだろうし。」
「あいつは出来た妻だ。私がいなくてもしっかりやってくれる。」
海馬の指輪が照明を鈍く反射させている。
「そんな……。」
海馬の暗い瞳の色で。
「妻は取引先の娘で、結婚もそういう意味を持っている。もちろん、向こうも了承済みのことだ。」
「うそだろ?ひと昔じゃあるまいし。」
あんなに幸せそうに笑っているのに…。恋愛は自由の世界にいる城之内は旧態依然な結婚に信じられないと首を振る。
「一番有効的な手段はいつの時代も変わらないものだ。驚くほどのことではない。」
「じゃ、奥さんや瀬人さんの意思は無かったかよ。子供がかわいそうじゃないか。」
家と会社のための婚姻で、愛の無い両親の間に生まれてきた子供はどうなるのだろう。世間の目は誤魔化せても、子供の純粋な心は鋭くキャッチするだろう。
城之内がそうであったように。
「出来た妻だといったではないか。モクバの前では良き母。私にとっても良き妻なのだ。私にはもったいないくらいの出来た人なんだ…。」
「でも…でも………。」
冷静な海馬とは対照的に、城之内のほうが泣き出しそうな顔をしている。
瀬人が言うようにどんなに表面を取り繕っても、そこに愛情があるかないかは分かってしまう。城之内が見てきた両親の姿に、瀬人が重なり、父親を待ち続けているであろう、モクバの心が痛いほど分かってしまう。
「仕事は順調で、モクバも可愛い。家には出来た妻がいて、今の私は誰の目から見ても幸せなのだろう。だが、それが重いのだ。息が詰まってしまうくらい重く感じるときがある……と、言えば理解できるか。」
目の前の男の暗い影に城之内ははっとする。
あの、冷たい部屋に、瀬人はどんな気持ちで帰るのだろうか。押しつぶされてしまう孤独がひしめいている誰も待つ人のいない暗い部屋に、瀬人は何を求めているのだろう。
城之内の帰る家にも待っている人はいない。かつての家族の面影の無い家は変わり果ててしまっているが、城之内は一度も暗いとか冷たいなんて感じたことは無い。
ただ、少しの寂しさがあるだけだ。
「なら、余計に帰らなきゃダメだよ。ちゃんと家に帰って子供の顔を見て、会話をしないと。
それに、奥さんだってそうさ。結婚した理由はどうであれ、夫婦なんだろ。なら、ちゃんと側にいないと。」
壊れた関係は元に戻すことは難しい。なら、まだ、瀬人ならば取り戻せるかも知れない。
「舞と仲直りをしたからこそなんだけど、やっぱ夫婦とか恋人とか、ちゃんと会話をしないといけないんだと思うんだ。くだらないことや小さなことを話して繋がっていくんだと思うんだ。」
瀬人ならば取り戻せるだろう。
「絶対に、瀬人さんのこと待ってるさ。な。」
「城之内……。」
おせっかいだとか、世間知らずだとか十分に分かっている。もしかしなくても出すぎた言動に海馬に嫌われてしまうかもしれない。
もう、ここにこなくなるかもしれない。
でも、そんなことは瀬人と家族にとっては他愛も無いことだ。
城之内にだって家族も恋人もいる。
それでいいじゃないか。
「城之内は不思議なやつだな。貴様の話を聞いていると家に帰らなくてはならない気がしてきたぞ。」
「当然さ。家族のところへ帰るのが当たり前だろ。」
「そうだな。」
海馬は一瞬遠くを見るようにふうっと苦笑して、グラスを一気に空ける。
「今夜は城之内の言うとおり早めに帰ることにしよう。」
「家に帰るんだぜ。」
「もちろんだ。約束する。」
「じゃな。」
城之内はまだ半分以上中身の入っているグラスを、かかげて片目を瞑った。
「また。」
海馬も軽く手を挙げ、それに答えて勘定をすませて店を後にしていく。城之内はその後姿を見えなくなるまで追っていく。
「また……だってよ……はっ…。」
手の中のグラスの氷がカラリと小さな音をたてた。
少しだけ胸が痛んだ………
理由は分からなかった。
ダブルベット 5
5です。(ごっずにあらず…)
まだ、海馬も城之内も自覚はございませ〜〜〜ん。微妙に海馬は意識していそうですが。
城之内くんはどのへんで自覚してくれるのかな〜〜〜などとうきうきしつつ、6の構想を練らなければ…。
ラストまではざぁっとは出来ているのでもうしばらくお待ちください。
素材はこちらからお借りしました。
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