日曜日。
快晴と言っていいほど良く晴れた一日、俺は舞と遊戯と杏子の4人で遊園地に行った。
俺と遊戯は親友だし、舞と杏子も仲が良い。杏子のアメリカの話は興味深いものだったし、遊戯と舞の学校の話もちょっぴりうらやましいかったけど面白い。みんな別々の生活をしているけど、気の合う仲間だから、何をしていても飽きることがなくて、仕事に追われていた日々を忘れられくらい楽しかった。
絶叫マシーンにしこたま乗って、お昼を食べて、暗いお化け屋敷でこっそりキスをした。
楽しい一日は瞬く間に過ぎ、気がつけば夕日が沈んでいく時間になっていた。そこで俺たちは別れる。その先は恋人同士の時間だろ。
遊戯と別れて、二人でどこかで食事でもって言おうとしたら、舞の家で夕食を食べることになった。舞の両親が夕食を用意しているらしい。
俺はどこかのレストランでご飯を食べて、その後をことを期待していたので拍子抜けもいいところだ。久々のデートで親とご飯を食べるなんて考えもしなかったよ。
正直なところ舞の両親は苦手なんだ。
うれしそうにしている舞の機嫌を損ねたくなかったから、断れなくて、結局、乗り気のしないまま舞の家に行って、テーブルを囲んだ。
舞の両親は上機嫌で、話が婿養子がどうとか、結婚は早いほうが良いとか言っている。俺は結婚なんて考えたこともないのに。
舞は一人娘だから心配なのかな。
アル中の親父は専門家に任せておけば安心だって勝手なこと言ってるし。アル中はあまくないんだぜ。ものすごくデリケートなことなのに……なんだか、むかついた。
そして、会社のことをしきりに聞いてくるんだ。
仕事は覚えたのかとか、上司とはうまくいってるのかとか、得意先はどうだとか。
親父のことでごたごたしてるときは、舞と付き合うなって感じで怪訝な態度だったのに、俺がカイバコーポレーションに就職したら手のひらを返したように、夕飯まで用意している。
ちょっと前までは口も聞いてもらえなかったのにさ。
馬鹿でも理由は分かるさ。
俺がカイバコーポレーションに勤めてるから。だろ。
きっと娘の婿が、泣く子も黙る一流企業に勤めているのが、ステータスなんだろう。
俺は俺で変わらないのに。
もし、俺がまだ親戚に借金を返しているって言ったら、どうなるんだろう。
そのために、毎朝新聞配達を続けているって知ったら、この人たちはどうするんだろう。
以前のように冷たい態度に戻るのかな。
言わないけどよ。
営業で覚えた愛想笑いで誤魔化している俺を置いて、テーブルを挟んで舞と、舞の両親は勝手に盛り上がっている。
一瞬、この仲の良い家族の一員になった自分の将来を想像して………ぞっとした……
泊まっていけばいいと言う両親の誘いを振り切って、家を出た。
舞いが途中まで送ってくれて、その間、ごめんねと謝ってる。
別に謝ってほしくなんかないのに。謝られることなんて一つもないのに。
ただ、明日も配達があるし、仕事も待ってる。それだけなんだ。
別れ際にしたキスはなんだか、すき焼きの味がした。
******
「ただいまっ………と……って言っても待つ人なしか…。」
団地の3階の重い鉄の扉を開ける。誰もいなくなったこの家は真っ暗で、一日窓を閉め切っていたせいで、ムうっとした空気が城之内を出迎える。
ガチャガチャと鍵を掛け電気をつけて、リュックを部屋の隅に乱雑に投げ、城之内は流しで口をゆすいだ。夕飯の肉が酸っぱく口の中に居座っていたからだ。
手で生ぬるい水をすくって何度も口をゆすぐ。そして、顔も流した。
「ふうっ。」
やっと人心地ついた城之内は、冷蔵庫から缶ビールを取り出して、畳の上にごろんと寝ころんだ。
手の中にある冷たい缶を額にあてて、天井を眺めていると、薄いコンクリートを隔てて、階下の生活の音が聞こえてくる。
笑い声と、テレビの音。人の足音や、トイレを流す音。いろんな音と一緒に、人が生きている音があった。
反対に、城之内しかいないこの部屋には、今、音が無い。
テレビもつけず、声も発さず、寝転んでいるだけ。
数年前にはここにも『家族』がいたのだ。
家具や生活用品が所狭しと置いてあって、静香が自分の部屋が欲しいと不満を漏らしていた。お兄ちゃんとお父さんは男くさいからあっちへいけだの、母親にはちゃんと片付けをしろと言われて、生返事ばかりしていた。
狭くて、ごちゃごちゃしていて、物があふれていたのに、今は何もない。
母親と静香が使っていたものは、離婚と共にこの部屋から消えていった。父親のものはひとつの部屋に押し込んでいて、城之内がいる和室にはテレビとテーブルがあるだけだ。
愛すべき当たり前のようにあった家族が消えた部屋で、城之内は舞と家族を作れるのかとふと考えてみる。
舞と俺と子供との生活。
「………思いうかばないな……。」
髪をぐしゃっとかき回して、起き上がりプルタブを開ける。
まだ、結婚なんて考えられない。
考えたこともない。
「仕事と今の生活だけて、いっぱいいっぱいなんだぜ。」
ぐいっと中身を飲み干して、再び横になる。
「結婚なんて考えたこともないっちゅーの。」
耳について離れない、舞の家族の笑い声を消すために城之内は目を閉じた。
一日の疲れと、程よく回ってきた酔いが手伝って、自然と眠りの中へ引き込まれていく城之内。
意識がふっと途切れるときに、
『重いのだ』
瀬人さんの声が聞こえた気がした。
ダブルベット 6
6です。
城之内くんの一人語りになりました。お馬鹿じゃない城之内くんも好きなんです。
短いけれどこんな感じで。結婚に対して、夢を壊したら申し訳ない……
暑いけどがんばるぞ!!
素材はこちらからお借りしました。
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