「ふぁ〜〜〜っ。」
 IDカードを端末に通しながら、大きなあくびが出てくる。
「朝っぱらから、もう、眠いのか?」
 本田は呆れ顔で、軽く城之内の頭を小突いた。
「〜〜〜〜っ!すみません。ちょっと寝不足…で。」
 涙を手で拭うと、城之内は照れくさそうに髪を掻く。そう、明け方まで瀬人の部屋で“起きる”羽目になった城之内はそのまま、朝刊の配達に向かいほとんど貫徹の状態だ。
「たく。若いからって、睡眠を甘く見ちゃダメだぞ。張り切るのもいいけど休めるときに休むのも社会人の務めなんだから。もっと自覚をもたないと。」
「はい。すみません。」
 口では厳しいことを言っている本田だが、その目はにやついている。恋人と夜を想像しているのだろう。
 半分は当たっていて、半分はまるで違うことに、城之内の額に汗が滲んでくる。
「今日は午後から、会議があるから気合入れろよ。」
「はい。」
 エレベーターフロアに向かいながら、城之内はひっそりとため息をついた。
 まだ、新入社員の城之内にとって、長い会議は苦行の何者でもない。しかも、今日は睡眠不足というお土産までついている。ただでさえ、睡魔との闘いの会議なのに、今日は耐えられるだろうかと、半ばあきらめつつ、こみ上げてくるあくびをかみ殺した。







ダブルベッド8









「はあぁ〜〜〜〜〜〜。やっちまったよ……。」
 バーのカウンターに突っ伏して城之内は一人落ち込んでいる。
 予想通り、今日の会議は散々で、眠気覚ましの栄養ドリンクを飲んだのにも関わらず、居眠りをしてしまった。本田に何度も肘打ちをされて目を覚ましたが、会議のあと、それはもう、うんざりするほど課長と本田に絞られたのだ。
「最悪だぜ。」
 こうしていても、まぶたがくっついてきそうになっている。
「悪いことをしたな。」
「…瀬人さんのせいじゃないっス。オレが未熟だからです。」
 眠気を飛ばすようにぶるぶると頭を振り、城之内はのっそりと顔を上げる。


「オレ、会議っていうのが苦手で…話を聞いているだけの時間だから、つまらない授業みたいで、寝ないでいるので必死なんですよ。」
 ぷうっと頬を膨らませて酒を口にする、子供のようなしぐさに、海馬は目を細めた。
「企画会議っていっても、新人のオレには発言権なんてないし、じっとしているのが苦手だからさ。」
「城之内らしくない発言だな。もっと骨のあるやつだと思っていたが…残念だ。」
「えっ!!」
 海馬のまさかの追い討ちに城之内は強張った表情でこちらを向く。
 海馬はわざと大げさに息を吐くと、
「なぜ、営業の人間が企画会議に出ているか、考えたことはあるか?」
 手にしたグラスをコースターに戻し、ぶるぶると城之内は首を振った。さっきまでの穏やかなだった瀬人の厳しい雰囲気に、背筋をぴんと伸ばし、手は膝の上に移動している。
「商品を売るのは営業なのだ。もちろんいい商品があってこそのことなのだが、店の棚をライバル会社と取り合い、しのぎを削り、店頭で一つでも多くの商品を並べられるのは営業の力があってこそなのだぞ。
 会社から、外に出て、世間が何を求めているのか、反響はどれくらいなのか、直に触れられるのは営業しかいないのだぞ。
 逆にどんなにいい商品があっても、営業がしっかりしていないと売れないのだ。
 だから、営業はどんな会議にもいるだろう?外の空気を知っている人間がいないと進まないのだ。」
「営業って、すごい、仕事なんだな……。」
 瀬人の説得力のある言葉に、城之内は真剣に耳を傾けている。飲み会のときに同じようなことを課長や本田から言われたような気がするけれど、瀬人の言葉のほうがずっと重みがあるように感じた。
「そうだ。その気になれば営業ほどヤリガイのある仕事はないぞ。次の会議ではそこのところを頭において流れを見ていってみろ。上司や他の部がどんなふうに考えていて、誰が熱心か、人間関係がどう絡んでいるか。安物のドラマを見るよりもずっと面白いものが見れる。」
「……はあ…。」
 入社して数ヶ月。高校を卒業したばかりの城之内に、思惑とプライドとしがらみが絡まりあった人間模様を解読するのはまだ、到底無理なことだけど、それも勉強の一つと思えばいい。


 目の前の男はそれをさらりとやってのけているのだろう。
 どろどろとした人間関係など、面白くもないと思いつつも、そうでなければ人の上に立つことは出来ないのだ。

 瀬人の深い蒼色は、何を映してきたのか。城之内の知らない時間と場所で何を見て、どこを見ているのか。
 もしかしなくても、城之内の思っていることなんてお見通しなのかもしれない。



 ずっと、年上の男。



 やっぱ………かっこいいな…。
 おれのために言ってくれてるんだよな。
 自惚れじゃなくて、そう思ってもいいよな。





「すっごく参考になりました。ありがとうござます。」
 城之内は大げさにテーブルに着くくらいに頭を下げた。でも、それはときどき営業で使うような、白々しいものではなくて、本心から出たものだけど。
「言うのは簡単だが、実践するのは難しいことだぞ………っ!?」
 素直で威勢の良さに気持ちよくなりながらも、頭を下げたまま動かなくなった城之内を、海馬は下から覗き込んで、思わず、
「…………ふっ…。」
 一瞬で夢の世界に旅立っていった城之内に、吹き出してしまう。
「まだまだ、子供ではないか。」
 よほど夕べのことが堪えたのか、深い眠りのようで起きそうにない。モクバも遊んだまま寝ることがあるがそれと同じようなものか。
 

 どうしたものかと苦笑している海馬に、グラスを拭いているマスターは肩をすくめて、連れて行くように眼で語っている。
 ここに置いていくわけにはいかないようだ。
幼さの残る城之内を抱た海馬は、タクシーを呼ぶようにとマスターに告げることにした。



 と、言ったものの、城之内の家が判らない海馬は
「さてと、どうしたものか。」
 城之内の座っていた周りに視線をめぐらせて、何かを探した。
 椅子に無造作に押されている薄い皮のカバン。
 後ろのポケットから頭だけ出ている、黒い薄い財布。
 このどちらかに、城之内の家や、働いている会社の情報があるはずだ。


 見るべきか、見ないほうがいいのか。



 タクシーが来るまでの間、城之内をどこへ送り届けようか思案する海馬だった。












*********







「  … ……ちょっと聞いてるのっ??城之内!!」


「んっぁあっ……聞いてるさ。」



 カチンと金属が陶器とぶつかる耳に付く音に、はっと顔を上げると、舞が眼を吊り上げて不機嫌になりつつあった。
「さっきから上の空じゃない。」
「そんなことない。聞いてる。」
 と、言いつつも全く話を聞いていなかった城之内は、グラスの水を口に含む。


 そうだ、舞と食事中だっけ。



 バーですっかり眠り込んだあの後、目覚めたのはやはり瀬人のベッドの中だった。
 隣には瀬人がいて、まるであの朝を、再生したような時間に、またしてもやらかしてしまった失態に、頭を抱えてしまった。
 アルコールに飲まれてしまう性質に、きっちり父親の血を受け継いでいるんだと、自己嫌悪に陥りつつ仕事をしているとき、舞から夕食の誘いのメールがとどいたのだった。




「……パパのこと、まだ、怒ってる……?」
「??」
 舞はこの前の食事のことを言っているようだ。
「その、城之内のお父さんのこととか、結婚とか、先走ったこと言ってたし。城之内の気持ちを考えてなかったから。」
「ぜんぜん怒ってなんかないさ。」
「ほんと?」
「本当だぜ。」
 瀬人を真似た笑顔を作ると、舞はほっとして胸に手を当てた。
「良かった。絶対に怒ってると思ってたから…よかった。」
「仕方が無いよ。舞は一人娘なんだし、心配になるのは当然さ。きっとオレだって同じ立場だったら同じこと言ったと思うぜ。」
「……うん。ありがとう。城之内。」
 慰めにもならないような陳腐な台詞に辟易する城之内だったが、舞には効果があったようだ。城之内の知っているいつもの舞の笑顔に、胸を撫で下ろした。

 

 誰だって、城之内の家庭環境を見れば、娘を嫁がせたくないに決まっている。
 離婚家庭。
 破産。
 酒乱の父親。
 いいところなんてどこにも無い。
 いくら城之内が一流企業に勤めているとはいえ、
 二の足を踏むのは当然のことで、今、こうして付き合っているだけでも幸運なのだ。
 舞を慰めていながら、自分を自分自身で卑下していて、客観的な城之内の評価に自己嫌悪に陥ってしまいそうになる。



「なんだか、すっかり大人になったね。」
「はっ?」
 運ばれてきたデザートに手をつけようとしていた城之内は、顔を上げた。
「就職してまだ数ヶ月だけど、頼もしくなったっていうか、学生くささがないっていうか、すっごく落ち着いた感じがする。」
「そうかな?」
「うん。素敵になったよ。」
 褒められて悪い気はしない。城之内は照れくさくてチーズケーキを口の中に放り込む。
 胸の中にある鬱々としたものを、口の中に広がる甘さで押さえ込んで城之内も微笑んだ。
「もう、一人前の男だね。」
「ありがと…な。」
 頬杖を付き城之内を見つめる瞳が照明を反射させて、潤んでいた。



 瀬人さんの前じゃ、てんで、子供なのになぁ。


 瀬人の前では、どんなに背伸びをしても、大人にはなりきれず、瀬人の洗練された物腰や考え方を追いかけるのが精一杯だ。
 でも、城之内はそのことが、瀬人の隣に入れる時間が楽しくて仕方が無い。ありのままの自分を受け止めてくれる瀬人の器の大きさに、憧れすら抱いていた。




 瀬人さんだったら、どんなふうに切り返すのかな。



 もし、舞のように恋人に褒められたとき瀬人はどう対応するのだろう。ただ、微笑むだけなのか。それとも遠慮するのか。もしかしたら、照れて赤くなるのかもしれない。


 瀬人さんの照れるところか…見てみたいや。




「くすっ…。」
「………どうかした?」
「ううん。なんでもない。」
 思わず笑いがこみ上げてきて、城之内は頭を軽く振る。今は舞とデート中なのだ。


「なぁ、舞。この後、時間、ある?」
 舞をじっと見つめる。
 仕事を終えてからの食事だったから、時計はゆうに9時を回っていた。このところ全くといっていいほど時間が合わなかったために、ずっとご無沙汰になっていた。この前のデートも結局はキスしか出来なかった。
 海馬とSEXをしているから、特に欲求不満ではないけれど、城之内だって男。恋人を前にして何も思わないわけではない。
「ぁ……っ。」
 城之内の意図を察した、舞の頬が赤くなった。
 ちらりと視線だけで時計を見ると、
「えと…今日は…時間が………パパももう、家に帰ってるころだし…。」
 城之内と視線を合わせない。
「ははっ。ごめん。だよな。舞ん家の門限、早いもんな。忘れてたよ。」
「ごめんね。城之内。」
 舌を出して舞が謝る。
「オレもちょっと雰囲気がなかったよな。ごめん。」
 がつがつしすぎたことが恥ずかしくて、城之内は上着とかばんを手にすると、伝票をくしゃっと握り締めた。
「家まで送ってもいいかな。」
 命一杯、瀬人を真似て笑ってみせる。
「もちろんよ。お願いしちゃう。」
 さりげなく城之内に腕を絡める舞の体の柔らかさに、やっぱり股間がズクンと疼いた。







 やっぱり、まだまだ、子供だよ。






 節操の無い下半身に苦笑いしつつ、無事に舞を家まで送り届けた後、


 自宅で一人、慰めたのは言うでもないこと。 




















 おまたせしました〜〜8デス。
 城之内くん、男の子ですね。
 男の子な城之内くんに、一人いいなぁ〜〜〜と思っているのはきふじんだけでしょうか。


 腐なのに、腐にアラズな城之内くんっていいかもです。




 ただ今、雷がごろごろしてます。
 停電しないうちにあげようっと。




 では。
 太陽が恋しいこのごろです。

 素材はこちらからお借りしました。