「では、早々に見積もりをお持ちしますので。よろしくお願いしますっ!!」
「………。」

 威勢の良く城之内は頭を下げる。
 午後から、数社回ってきた現場周りのうちの会社の一つ。

「やる気まんまんじゃん。」
 一緒に外回りをしている本田は関心して、ポケットからタバコを取り出す。
「この前の会議でヘマしちゃったから、その分取り返さないとね。もち、それ以上を狙ってますけど。」
「その意気。その意気。おれも優秀な後輩を持てて助かるぜ。」
「本田先輩に早く追いつきたいです。」
 ライターを探そうとする城之内よりも早く、本田がタバコに火をつけた。肺一杯に煙を吸い込んで、大きく吐き出す。
 昨今の嫌煙ブームで、喫煙家の本田は片身が狭くなってきていた。
「こえ〜な。追い抜かれないようにしないと。」
「ははっ。俺なんて、本田先輩に比べたら、まだまだですって。」
「だな。」
「はい。」



 などと、軽口を言いながら、次の取引先に向かう本田と城之内。




 しかし、正直なところ、最近の城之内の仕事っぷりは目を見張るものがあった。会議での居眠りから、一転して仕事に対する姿勢が変わっていた。
 会議に対するものはもちろんだが、デスクワークから外回りまで、全てを吸収するかのごとく、全力で仕事に夢中になっているようだ。
 その熱意と誠実さが買われて、取引先でも顔が繋がるようになってきている。



 カイバコーポレーションの営業ではなく、
 カイバコーポレーションの城之内として。




「うかうかしてられないぜ。マジで。」
 本田はハンドルを握る城之内を横目に見ながら、タバコを灰皿で押しつぶす。
 新人で通じるのもあと良くて半年。気が付けば追い抜かれかねない。可愛い新人に喰われないように、気を引き締める本田だった。













『 ダブルベット 9 』











「もう、定時だぜ。気が付かなかった。」
 女子社員の浮ついたしゃべり声と、どこからとも無く聞こえてくる「お先に」「お疲れ」の声に、城之内はボールペンを走らせていた手を止め、時計に目をやる。
 書類の処理に手中していたので、時間が過ぎていることなんて、気が付かなかったのだ。夕方に帰社してきてからかれこれ一時間ほど経っていた。

「と、残りは……。これだけか。」
 机に置いている書類の枚数を数える。
「一時間半ってとこか。」
 あらかた処理に必要な時間を予想して、城之内は携帯を手に席を立つ。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ップ。



「あ、舞?俺だけど。今、大丈夫かな。」
 今頃はどこかでお茶でもしているであろう舞に電話を掛けた。数コールで繋がると、楽しそうな返事が返ってくる。
『ん。大丈夫よ。どうしたの?』
「今晩、空いてる?仕事があと少しで片付きそうだから。食事でもと思って……。」
 ロビーの窓際にもたれて、舞の大学のあるほうを見下ろした。
『……え……と…その、ごめん今日はダメなんだ。用事があって……』
 賑やかな声が一転、小さくなった。
『ごめん。城之内……。』
「なに言ってんだよ。謝らなくてもいいさ。予定があるなら仕方ないだろ。それに、俺のほうが急なんだからさ。」
『せっかく、誘ってくれたのに。』
 電話の向こうで、舞が本当に申し訳なさそうにしている。城之内は窓にもたれ掛かり、赤く染まり始める街を背にして、なんでもないのだと舞に言う。
「気にすんな。また、次に行こうぜ。舞の都合のいいときに合わせるから。な。」
『うん。ありがとう。城之内。』
「じゃな。またメールでもするよ。」
『私も。』


 お決まりの内容で会話を締めると、携帯をポケットに入れる。


「さて、もうひとがんばりしますか。」


 ふうっと、大きく伸びをして、今夜もあそこに行こうと、決めた。




 もしかしたら、瀬人がいるかもしれない――――。













********







 意外と手間取った仕事を終えた城之内がバーにたどり着くと、そこにはすでに瀬人がいた。

 いつもの席でグラスを傾けている後姿に、城之内の顔が自然と緩む。



「こんばんわ。瀬人さん。」
 マスターにお気に入りを注文しながら、海馬の隣に座った。
「今日は早いようだな。」
「もう少し、早く終わる予定だったんだけどなぁ…。」
 瀬人が来ていると判っていれば、もっと気合が入ったのにと、城之内は頭をかく。
「仕事はそんなものだ。全てが予定通りに行けば苦労しない。」
「……はい。」
 重みの違う瀬人の台詞に、城之内の背筋が自然と伸びる。社会のことをわざわざ教えてくれる瀬人に対して城之内に出来る姿勢だ。
 瀬人のうんちくをメモとるなんてしない。瀬人に失礼だと思ったからだ。だから、こうして瀬人の話を聞き漏らさないように、脳みそに焼き付けている。
「すまない。どうも、説教になってしまうな。」
 緊張した城之内の眼差しに、海馬は苦笑いでグラスを手にする。
「そんなことないです。瀬人さんの話はものすごくタメになります。参考っていうか……俺の足りないとことか、足りないところがあるから、説教とかじゃないです。反対にもっと聞いていたいっていうか。」
「本気で言っているのか?」
「はい。」
 ぴくりと動いた指先と、瀬人の少し驚いたような表情に、気に障ることを言ったのかと不安になるが、
「…………面白いやつだな。」
 少し間を置いて、海馬の唇が小さく笑う。




 変なこと言ったのか………おれ?
 真面目に答えたと思ったのだが……。城之内の手にじわっと汗がにじんでくる。




「酒の席で、説教なんぞ、つまらないだろうに。変わってるな。」
 くるりと向きを変えて、城之内を正面に対する海馬が見たことも無いくらい、うれしそうな顔をしていて、顔が赤くなるのがわかった。
「えっ、!えっ!もう、ぜんぜん、そんなことないっス。瀬人さんの話はめちゃくちゃわかりやすいし、その、えっと、仕事の出来る男っていうか……おれも、早くいっちょまえになりたいし…ダッー。おれ、何、言ってんだ……。」
 暗い照明の下で、瀬人の蒼い色に見つめられて、しどろもどろになってしまう。
 真面目な話をしているのに、こうして瀬人の側にいると、思わずベッドの中を思い出してしまって、城之内はおしぼりで手を拭いた。



 ど、ど、ど、ど……やばい。絶対にやばい。んで、こんな時に、あっちを思い出しちまうんだよ。


 しわの無いスーツの下には、城之内の描く理想の身体があって何度も何度もその腕に抱かれた。
 一人でも、舞とでさえ得られない、頭が真っ白になるくらいの快感を与えられて、時間を忘れて瀬人に溺れてきた。



 落ち着け。俺。
 変なこと考えんな。今は真面目な話してんだ。


 火照る顔を温くなったお絞りで拭き、運ばれてきた酒を一気に飲み干す。
「と、とにかく、俺、瀬人さんのこと尊敬してるから、話を聞いているだけで、楽しくて…それで…っ!?」
「それで。それだけ?」
「!!!」
 瀬人が意地悪く、足を組みかえる。
 海馬の動く気配に、顔を上げると、真っ直ぐに城之内を見る視線とかち合って、大人のずっと大人の瀬人が艶やかに微笑んでいた。


 城之内の考えていることなど、やはり、お見通しだ。


「ん?」
 静かに続きを促されて、蒼い色に迫られれば、城之内は嘘がつけない。
「………っ…。」
 まっかっかに顔を染めて、首を横に振る。





「場所を変えようか。」
 海馬は財布を取り出し、城之内の肩を叩く。










 触れたそこから、熱がともっていくような、そんな倒錯する錯覚に城之内は眩暈を覚えた。











******







 店を出て海馬と街を歩いている。
 いつもなら、すぐにタクシーを拾うのに、今夜はなぜか、つかまらなかった。

 たまには、歩くのも良いかもしれないという海馬に合わせ、少し早い歩調で歩く城之内。
 これから、あの、部屋に行ってSEXをするんだと。SEXをするために歩いているというだけで、とてつもなく気恥ずかしくて、頭がぼうっとしていた。
 深酒をしたみたいに足元の感覚が無くて、ちゃんと歩いているかさえ自信がない。





 が、










「     舞    ?」

 そんな思考に冷や水を差す恋人が、文字通りばったりと目の前に現れた。





「……!城之内!?」
 舞もかなり驚いていて、ぽかんと口が開いたままだ。



「        」
「        」



 互いに無言で相手を見つめあう。

 それもそのはずで、舞の隣には学生風の男がいた。しかも、その腕は親しげに組まれている。



「……ま……。」
「あ、あのね、今夜はその、サークルの飲み会だったんだ。前から決まってて…この人ね、サークルの先輩なの。これから、2次会に向かうところで、先輩がバイトで遅れてて、私が迎えに…。」
 城之内に言う間も与えず、舞が言い訳をしている。組んでいた腕は離れていて、かばんをぎゅっと握っている。
「その…ごめんね…本当に今夜は…」


「楽しんきなよ。飲み会なんだろ?」
 滑稽なくらいの舞の仕草と、かばんを握る手が震えていて、城之内の浮ついてい熱が一気に醒めていった。
 舞の言っていることに嘘は無いだろうし、飲み会の話も本当だろう。でも、長い夜。それだけで終わるようではなさそうだ。
「他の人も待ってるんじゃないか?」
 “先輩”の視線が痛い。
「………うん。」
 舞もこの場から早く離れたいのか、目を合わすことなく頷いて、ふと、城之内の隣にいる海馬に気が付いた。


「その人は…?」
 女の第六感は鋭い。
「会社の取引先の部長さんだ。瀬人さんっていうんだ。偶然、一緒になってこれから、仕事の話も兼ねて飲みに行くとこなんだ。」

 まさか、瀬人に話を振られるとは思っていなかった城之内だったが、営業で鍛えた作り笑顔を前面に貼り付けて、海馬を紹介する。




 嘘ばかりだったけれど。




「そうなんだ。大変だね。城之内も。」
「ま…な。でも、飲むことには変わらないからさ。気兼ねなく、舞も楽しんできなよ。」
「うん。」



 つらつらと口を付いて出る嘘に、自己嫌悪に陥ってしまいそうだ。



「じゃ、また、メールするね。飲みすぎには気をつけてよ。」
 先輩のわざとらしい咳払いに、舞が慌ててその場から離れようとした。
「俺もするよ。じゃな。」
 人ごみに消える舞に軽く手を振り、小さくため息を付く城之内。



 所詮は同じ穴の狢…ってか、俺のほうが悪いか。
 俺なんか、瀬人さんとSEXをするために移動してるってのにさ。
 ま、瀬人さんは男だから、そんなこと考えも付かないだろうけど。なんか変な気分だぜ。


「彼女か。」
「ああ。可愛いだろ。自慢の彼女さ。」
 頭上からする低い声に、自嘲ぎみに返す。
「これから飲み会だってさ。学生は気楽でいいよな〜。と、舞も遊んでるなら、俺も気兼ねなく遊べるみたいだぜ。」
 にかっと、子供のように笑った。
 そう、城之内にとって、海馬とのSEXは遊びの延長線上にある。
「遊びか。」
「そ、遊びだ。気持ちよくて、すかっと気の晴れる大人の遊びさ。瀬人さんもそうだろ?」
「同じく……だ。」





 瀬人の暗い瞳が、街の照明を受けて鈍く光っていた。
 一種の修羅場手前の状況でも、動じることの無い大人の男。






 さりげなく背中に回された手のひらの大きさにドキリとしながら、
 もう、城之内の中には、さっきまでの熱にかかったような高揚感はなかった。
 後ろめたさと、やり切れなさ。言いようの無い感情が混じった中で、身体の奥だけが熱くなっている。
 城之内にも、この、感情が何なのかわからない。
 名前のない感情を突き詰めるのが怖くて、目の前にぶら下がっている快感にすがり付いた。






「今夜は、目一杯遊ぼうぜ。」









 その夜の城之内は今までに無いくらい、淫らに遊びを楽しんだ。
 
 
















 やっとこさ9まできました。
 舞さんに浮気疑惑浮上(腐ふ)
 城之内くん、軽くショックを受けているようです。


 昨日の拍手に続いてのダブルの更新ですが、拍手文との本文的なつながりはないので、単品で楽しんでいただければいいかと。
 ただ、こちらでは現れない部分を書いたので、合わせていただければ、また、感じ方がわかるかもです。



 さて、城之内くんは舞さんのことをどうするのでしょうか〜〜〜vv
 あ、殺人ちっくなどろどろにはならないのでご安心を。




 では。
 3連休が終わってしまう……

 素材はこちらからお借りしました。