『 ダブルベッド 海馬 』 私は会社が人生の全てだった。 会社を守るために、軽率な行為も、女遊びも、もちろん男など考えたことも無い。家と会社と仕事を繰り返して生きてきた。 会社の為に、結婚をして子供も儲けた。 会社の為だといいながらも、妻も子供も大切な存在だ。妻も子供も愛していると胸を張って言おう。 会社のことしか頭にない、つまらない人間にはもったいないくらいの大切な家族。 私を無条件に愛してくれる人。 それが家族。 でも、どうしてだろう。 時に、その存在が私の肩に重くのしかかってくる。 完璧な家族がとても遠くに感じてしまう時。 私は逃げるように、何もない、一人になれる場所に閉じこもることを覚えてしまった。 偶然に見つけた会社の近くのバー。 静かな店と美味い酒に、時間を見つけては足を運ぶようになった。 そこで出会った一人の青年。 着慣れていないスーツが青年にアンバランスで、新社会人だと雄弁に語っている。 一杯のグラスをかみ締めるように飲む姿は、楽しそうで、無意識に私はマスターにグラスを二つ注文していた。 使い慣れていない敬語は不完全で、不意に口から出るタメ口が私には新鮮に聞こえた。 きっと彼は私が、天下の泣く子も黙るカイバコーポレーションの社長だとは知らないのだろう。だから、こうして私の隣で酒が飲めるのだ。 私に臆することなく会話をし、私の話に真剣に耳を傾けている。 私の話すことの一つ一つを聞き漏らさずに吸収しようとしている。そんな、まっすぐな眼差しを私は体験したことが無かった。 こんなに近くで、他人と会話をしたことが無かった。 役員も、社員も、取引先の会社の社長でさえ、私に最大限の注意を払い、失礼がないようにとびくびくしている。『もしも』はそのまま、身の破滅を意味しているからだ。 しかし、城之内には『もしも』がない。 私のことを知らないのだから。 私のことを『海馬』では無く『瀬人』と呼んで、酒を飲む。 城之内のころころと変わる表情や、仕草が、人との繋がりの本質的なところを教えてくれているようで、私は引かれていくのを感じていた。 乾いた喉を潤すがのごとく、城之内が私の中に入り、染込んでいくのだ。 そして、ごく当たり前のように自然に城之内を抱いていた。同姓とSEXをする嫌悪感もなく、肌を合わせた。 城之内も私に応え体を拓いていった。 もちろん、何も無く、ただ酒と会話を楽しんでいくだけの夜もあるが、大半は私の部屋で夜を過ごす。 もう、酒の勢いという言い訳も成り立つはずもなく、私は焦がれるように城之内を求めていった。 城之内が何者でもかまわない。 複雑な家庭の事情も、年上の彼女の存在も私には必要の無いことだ。 城之内は城之内なのだから。 いつも遊びだからと言い訳をして私の腕の中にいる城之内。 それでもいい。 城之内にとってひと時の時間つぶしの遊びでも、酒を飲む相手でもいい。 私のこのいいようがない、空虚な部屋を埋めてくれればいいのだ。 だけど、彼は、城之内は私のことを知ったとき、変わってしまうのだろうか。 変わらないと確信があるのに、変わってしまいそうで、怖い。ならば城之内には真実を告げないでいよう。 私が『海馬瀬人』であるということを。 だから、私も城之内のことは聞かない。 城之内がどこの誰でもかまわない。 私にいつまでも、人懐っこく、おせっかいに、無邪気に笑いかけていてくれ。 ******** 「………?」 会議と接待で疲れ果て、後部座席に沈み込むように身をあずけていると、歩道にいた城之内が目に入った。 接待の途中なのか、4,5人の中年とともに酒に酔っているようだ。千鳥足になっている中年を抱え、なにやら楽しそうに笑っている。 立派に、営業の仕事をしているではないか。 いつも隣にいるときは頼りなさそうにしているのに、こうして、普段の様子を目の当たりにすると城之内がとても頼もしく見えた。 「社長……?」 「………。なんだ。」 気づかれないよう、窓の外から自然に目を反らして、いつもの顔を作る。 「何か気になることでも?」 「………いや。」 この秘書はとても優秀のようだ。 「自宅へ向かってくれ。」 あの分だと、城之内の夜は長そうだ。 私は家へ帰ることにする。 現実の城之内に私も現実へ帰らなければならないと感じたからだ。 緩やかに上がるスピードを体に感じながら、私は目を閉じた。 また、あの場所で会えることを楽しみにして。 約束は無いけれど………… 拍手からの移動です。 旅行までに上げようとしましたが、撃沈でした(滝汗) 続きは帰ってきてから書きます… |