う〜ん。
きもちわりぃ
頭もガンガン痛ーえし、てか、めちゃめちゃいたい。それに、なんだよ、この暑さは。
蒸し蒸ししてるし、汗が吹き出てくるぜ。たく、ケチケチしないでクーラー付けろよ!!

二日酔いの上に、この暑さはMAXに最悪だぜ。
あー気持ち悪りー。
脳みそ動かすだけでもつらいじゃんか。俺の少ない脳みそ、溶けるじゃないかよっ!!



「う〜〜〜〜ん……ひるや…くーらーつけろよ…。」
 体温と室温で温くなった頭の濡れタオルをどかしながら城之内は重い目蓋を開ける。
 夕べの蛭谷たちとの酒盛りの置き土産に、少々飲みすぎたと後悔しつつ蛭谷を呼ぶ。
「みずっって言ってんだろっ……!??……。」


 あれ?
 ここどこだ?蛭谷ん家じゃない?


 頭痛にうざったく歪む景色だが、そこは、見慣れたたまり場で無く、見たことの無い部屋のようだ。
 途切れた記憶と防衛本能に反射的に起き上がろうとしたけれど、
「−−−−−ッ!イタっ!!」
 動いた瞬間に頭に走る激痛に城之内は思いっきり顔を顰める。


「やっとお目覚めか。坊主。」
「  ?  」

 これまた突然の声に城之内は驚いた。
 全く気配を感じなかったからだ。あからさまに眉間に皺を寄せ、声のしたほうへ視線だけ移すと、壁にもたれてくつろいでいる一人の外国人がいた。


「あんた、誰?」

 日本人には無い、がっしりした体躯と天然色な黄色い髪の色。誰が見ても外国人と分かる風体に、城之内の思考が軽く混乱して、ひどく力の抜けた声が喉を通っていく。
「通りすがりの外国人さ。
 ま、目も醒めたことだし、身体は大丈夫だな。あと半日も寝てれば残った酒も抜けていくさ。それまでは布団を貸してやるよ。」
 男は城之内の質問に答えることなく、咥えていたタバコを灰皿に押し付けると、おもむろに立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。
 まだ、アルコールで朦朧としている城之内に、
「冷蔵庫の中のは適当に食っていいぜ。」
 と言い残し薄い玄関の扉がパタンと軽い音を立てて閉まる。
「ちょっ!!待てよっ!!おっさ……っ!!」
 取り残された城之内は男を追いかけようとするが、酷い頭痛に苛まれ、白旗を揚げて布団に沈みこんだ。
 この分だと夕方までは起き上がれなさそうだ。
「…たく、なんだよこれ?」
 自分の置かれている状況が全く理解出来無い上に、二日酔いの情けない姿に城之内は考えることを諦めた。とにかくどうしようもないのだ。

 知らない外人の部屋で、世話になるなんて無防備で楽天的すぎて笑ってしまう。


「クーラーくらいつけろっての……。」
 部屋の空気をかき回す扇風機のモーター音に文句を付けつつ、城之内は温いタオルを目元まで引き下ろした。
 


 もう、そこまで、睡魔がやってきているのだ。













『さくら2』

















「………。」








 それから目が覚めたのはもう太陽が西の海に沈んだ時間になっていた。



「−−−っと。」


 オレンジ色に染まる天井を眺めている内にやっと思考が戻ってきて、城之内は布団から起き上がる。
 汗をたっぷりとかいたようで、布団もシャツも湿っている。相変わらず回っている扇風機が首を振っていて、一人の空間を意識させられた。


 アルコールは抜けているが、代わりに喉がカラカラで城之内は冷蔵庫の中を覗いた。出掛けに男は好きにしていいと言っていたのをちやっかりと覚えている。
「……はぁ、何も、ないじゃん。」
 冷蔵庫の中に入っているのは、缶ビールが数本と水。そしてチーズくらいだ。
『勝手に食っていい』なんて気前よく言うにはお寒い中身に、肩を落としつつ、ペットボトルを捻ると、水を口にした。
「ん〜〜〜〜〜きく〜〜っ!」
 腸に浸み込む冷たい水に、ボトルが一気に空になっていく。


 ゴクゴクと豪快に飲み干していると、扉が開いた。どうやら男が帰宅したらしい。

「!!!!」

 足音のさせないで開いた扉に、城之内はぎょっとして振り返ると狭い玄関には両手一杯に荷物を抱えた男がにんまりとして立っていた。
「おっ!その様子じゃ復活したみたいだな。」
「…っぇっと…!!」
 外人特有の大雑把な笑いと、英語が話せない日本人特有の劣等感で立ち尽くしている城之内に、男はおもむろに抱えていた袋の一つを投げて渡す。
「着るといい。」
「はぁ?」
「坊主の着てたのは汚れてて、着れたもんじゃないから、勝手に捨てさせてもらったぜ。それは代わりのだ。」
「はぁ?」
 城之内の思考が男の行動についていけずに真っ白になったままだった。袋を抱えたまま立ち尽くしている城之内の頭をぽんぽんと叩くと、
「早く着替えろよ。俺は別にそのままでもいいけどよ。」
 と、笑う。
 作りの大きい男が笑うと豪快に見えるから不思議だ。


「へっ?」
 城之内は男の指摘に初めて自分の姿に気付いた。


 だぼだぼの真っ白なシャツが太ももまで垂れててスカートのように見える。
 大きく開いた襟ぐりからは薄い肩が片方だけ出ていて、今にもずれ落ちそうになっている。着ていた服は男の言うように無くて、城之内のものは穿いていたトランクスだけになっていた。

「っちょっ!!」


 情けない姿に、城之内は一瞬で真っ赤になると袋を抱えて部屋の向こうに隠れた。

 大人の男とは違う、華奢な少年の体に恥ずかしさがこみ上げてくる。
 最近やっと伸びてきた身長もまだ160センチを越えたところなのに、相方の蛭谷はとっくに大台を超えていて、体格の良さも相乗してもっと大きく見えている。
 本田だって蛭谷ほどじゃなけれど平均値よりも上の身長に到達している。

 ケンカならば二人に負けない自身があるのに、並んで歩いていても年下にしか見られないのは、城之内のプライドを傷つけていた。密かに牛乳を飲んで涙ぐましい努力をしているのだが、一向に伸びる気配の無い身長とあわせた華奢な体つきは城之内にとって最大のコンプレックスだった。





 そして……





「ははっ!!今更隠しても遅いって。第一、男だろ?気にすんな。」
「るせっ!!!」

 隠れながら城之内は頬を膨らませて、男を摺りガラス越しに睨みつけた。


「俺の服はどうしたんだよ?」
「だからさっきも言ったろ?坊主のは血や泥で汚れてて洗っても落ちなさそうだから、もう、捨てちまったさ。無断で悪かったから、それがせめてもの侘びの気持ちだ。」
「………。」


 城之内は男との会話の中で、夕べの最後の記憶を手繰り寄せて、あの路地裏を思い出していた。

 あの大きな手の主がこの男なのだろうか。

 薄汚れた暗い場所で唯一温度のあった大きな手。情けないくらい死を渇望しつつ、生きることに執着した過去の自分に、城之内は手の中の袋を握り締める。



 やっぱ、見られたよな……。



 シャツの下に隠れている、内出血の跡や、いつ付いたかも覚えていない一生傷。
 不良のケンカ三昧の日々だけでは説明の付かない汚い体は、酔っ払ってべろべろの所を拾われたことよりも見られたくなかった。
 蛭谷も本田も知らない城之内の影を、初対面のしかも、外人に知られてしまい、恥ずかしさに城之内は爪を噛む。




「ちぇっ。どうせなら、ユニクロとかにしてくれればよかったのによ。ここの服ダサいじゃんかよ。」
「やなら、着なくていいんだぞ?」
「着るさ、着ればいいんだろっ。こんな格好で街を歩けるかっちゅうの。」
 凹んだところを知られたくなくて、城之内はなんともないように軽口を叩く。


 男のシャツを脱ごうとしたとき、シャツの襟ぐりが額に触ってズッキリとした痛みに思わずうめき声が出てしまった。
「…イった…!」
 二日酔いの酷さに怪我をしていたことを忘れていたのだ。
「頭の怪我も一応止血はしといたけどよ、あんまり動いたらまた、傷が開くと思うぜ。結構深いみたいだからよ。」
 台所でなにやら料理をし始めた男は、手を休めることなく声をかけている。
 城之内は大きな絆創膏が貼られた額をそっと指で触れた。
「多分…ってか、確実に跡が残るだろうな。それなりに日にちがたてば、目立たなくなるだろうけど、顔だからな〜〜男でよかったな坊主。こえが女だったら一大事だな。
 私の顔に傷をつけてっ!!
 ってさ、法律問題になりかねないんだぜ。」
「俺、女じゃねえし……。」
 傷を負った額が血流に合わせて鈍い痛みを発しているが、これくらいの怪我は日常茶飯事だから、取り立てて騒ぐほどのこともない。どうせ、普段は前髪に隠れてしまうだろう。
 額に極力触れないように気をつけながら、城之内は手早く着替えていく。その間にも香ばしい香りが届いてきて、一日まともに食べていない空っぽの腹が大きな音を立てる。



「腹減ったろ?俺様特性のチャーハンだ!上手いぞ!!」


 まるで城之内の状態を見抜いたような絶妙なタイミングで、男は皿をテーブルに置く。
 腹が空っぽの城之内は反射的に、生唾を飲み込んだ。

「ははは。食おうぜ?」


 名前すら知らない城之内を警戒することの無い男に、城之内は戸惑いを隠せない。
 どうして、そんなに無防備でいられるのだろうか。もしも城之内に悪意があって凶器を隠し持っていたりなんて考えないのだろうか。


 どっちにしたって勝てそうにないけどな……。



 男の半そでのシャツからのぞく筋肉の塊のような腕や、鍛えている身体に、中学生の城之内か敵うはずも無い。


「どうした、腹減ってないのか?」


 部屋の隅で固まったまま動けない城之内に男は豪快な笑顔で話しかけている。


「坊主か食わないのなら…っ。」
「俺は坊主なんかじゃない。俺は名前も知らない奴からモノを恵んでもらうほど安くないんだ。」


 こみ上げてくる食欲と生唾を懸命に飲み込んで、精一杯虚勢を張る城之内は、学校の先生でさえ怯んでしまう本来の鋭い視線で男を睨みつけた。


 狭い部屋の中で二つの視線が対峙する。
 城之内が敵意丸出しで今にも飛び掛らんとしているのに対して、男のものは緩い。のほほんとまるで檻の中の小動物を見るようなものに近いのかもしれない。


「こりゃ、まいったな。1本取られたぜ。弱っちいガキだと思ってたら、プライドの塊みたいな奴だな。
 ま、んなことはどうでもいいか。
 俺は、キース。キース バンデットだ。そんなとこで突っ立ってないでここに座れよ。腹が減ってはケンカも出来ぬって、昔から言うだろ?」
 にかっと白い歯をむき出しにして笑う。
「知らねえよ。そんなの。」
 あっけらかんとしたキースに城之内の緊張が緩む。人種が違うためにどうしても勝手がつかめない。促されるままにキースの前に腰を下ろすと、スプーンを渡された。
「上手いぜ。」
「ぐっ……。」
 お腹は究極に減っていて、久しぶりのまともな料理を目の前に目が眩みそうだ。お腹もぐるぐると鳴っている。でも、ここで大人しく言うがままにするのも気に入らない。
 知らない人にめぐんでもらうほど落ちちゃいないのだ。城之内はスプーンを握り締めたままほくほくと立ち上る湯気を目で追う。
「あー。マジ、食わないんなら俺がもらうぜ。」
 城之内の虚勢なんてお見通しのキースは、にやつきながら城之内の皿に手を伸ばしてきた。
「あっ……!!食うさ。食えばいいんだろっ!」
 空腹の限界に負けた城之内は皿を引き寄せると、涙目でチャーハンを口に運ぶ。
「素直じゃないね。好意は素直に受け取らないと、将来もっとひねくれるぜ。」
 初めは遠慮がちに食べていたのが、次第に貪るように食べる城之内にキースは笑いが止まらないようだ。皿が音を立ててたりご飯粒がテーブルに落ちたりとマナーなんて一片もない、子供のような城之内が面白い。
「るせっ!!」
 じりっときつい視線もより幼さを強調している。






(………くやしいけど…うまい…よ…な。)


 口の中に広がるコマ油の香ばしさと人の手で作られた味が城之内の心の端っこに切なく引っかかる。しかし、城之内はそれに気付かない振りをする。
 口いっぱいに米粒をほおばって、キースを睨む姿は小動物と変わらない。まるで餌付けのようだと思いつつも、食欲には勝てず、皿に山盛りだったチャーハンは瞬く間に城之内の腹の中に収まっていった。


 


「ふぅ〜〜〜〜食った食った。」


 とりあえず腹が膨れた城之内は、コップの水を一気に飲み干してスプーンを置く。
「ごちそうさまでした。は?」
「………。」
「ただ飯を食ったんだ。礼くらいあってもいいだろ?たく、最近のガキは礼儀ってものがないんだな。」
 特に怒っている気配はないが、ぎろりと睨まれて城之内はつられたように
「………ごちそうさまでした。」
 と、小声で言う。照れくささを誤魔化すように頬を膨らませて髪を掻いた。
「そういや、坊主の名前を聞いてなかったな。何てんだ。」
「…………城之内。」
「で、年は。」
「14。」
「14……ってことは、中学生か??いいとこ6年生くらいにしか思ってなかったぜ…日本人は若く見えるっていうのは本当なんだな。」
「うるせ……。」

 がりがりで小さい城之内にとって、それは禁句なのだ。普通に自分よりも大きい小学生なんて、町に溢れていてちょっと前までは金を無心しようとする不良によく絡まれていた。もちろん、返り討ちにしていた挙句、財布をゴチになっていたのだが。

 今ではすっかり面が割れていて、ドミノ街で城之内に絡んでくる中学生はいない。
 肩で風を切って街を歩けば、それなりに道が開いていくまでになっていた。なのに、この男にはいや、大人には自分はまだ子供にしか見えないのだろうか。


「悪かったな。ガキっぽくてよ。そっちこそ、おっさんに言われたかねえよ。」
「おっさんとは失礼だな。こう見えてもまだまだ、20代だぜ?おっさんて年じゃねえし。」
 無精ひげをさすりつつ、キースがタバコに火をつける。部屋に広がる紫煙と共に城之内の鼻にタバコの香りが届いて、
「俺にも1本くれよ。」
 城之内がいつもの仕草でタバコに手を伸ばしたら、ぱしっと手の甲を叩かれた。
「っ!!んなにすんだよっ!!」
「ばーか。中学生がタバコをすってどうするんだ。しかも倒れるほど酒を飲むなんて。だからいつまでたっても身体が大きくならないんだ。」
 ふうっと煙を吹きかけられる。
「おっさんには関係ないだろ。俺が吸いたいから吸うんだ。」
「俺はやらねーぞ。欲しけりゃ、自分で買ってくるんだな。」
「うっ……。」
 キースの正論に反論出来ない城之内は、ぎゅっと唇を噛み締めて拗ねた子供のように下を向いてしまった。

「だいたい、坊主みたいな成長期に酒やタバコなんてとんでもないことなんだ。でかくなれなくてもいいのか?」


「………。」



 ありきたりの説教なんて、学校や警察で何回も耳にタコが出来るくらい聞いてきた。
 そのたびにうぜえとか、詰まんない。と、心の中で舌を出して聞き流してきた。なのに、どうして今ここでキースの説教を聞いているのだろうか。

 いつもの城之内ならば大人しく言いなりになんかならない。こんな見ず知らずの外人の家で面と向かい合ってご飯を食べたりなんかしない。
 こんなところ無視して出て行っている。



 なら、どうして出て行けないのだろう。



 それは、きっとこの男のせいなのだ。

 嗅ぎ慣れたタバコの匂いと、大きな身体。大きな手の全てが、大嫌いな人に繋がって、手を上げることも、振り切ることも出来ない。
 ただ、こうして黙っていることしか出来ないのだった。



「くそっ……っ。帰る。」
 そんな温い自分を振り払うために、城之内は立ち上がると玄関へ向かった。
 これ以上、ここにいたら帰れなくなると頭の中で警鐘がなっている。



「おいっ……?ちょっ……っまてっ……よ。俺の話は終わってないぜ!」
「説教はキライなんだ。じゃあな。もう、二度と会わないだろうけど。」
「待てって!!」
 引きとめる男の声を無視して、城之内は靴を履く。私物なんて何もないから、ドアを開ければそれで男とはさよならだ。

 馴れ馴れしい外人なんかと二度と会うことは無い。この胸の奥のぞわぞわした感じともおさらば出来るはずなんだ。


















 







 バタンと薄くしまる玄関。




























 客人のいなくなった部屋で、タバコの煙が薄く広がっていき、





「面白そうな……ガキだな。」



 キースが閉じた玄関に城之内の残像を追って、目を細めていた。














 そこには、さっきまでの日向のような明るさはない。


















『さくら 2』

 







今まで書いたなかで一番難しいかもしれない…(汗)
やば……