「かいばぁ!〜てめぇ何考えてんだっ!」
バンッと勢いよく体育館の鉄のドアを開く城之内。
あれだけ、俺の事は放っておけと言ったのにいっこうに聞き入れようとしない海馬に対して、先制攻撃のごとくに城之内の大きな声が響く。
「ふざけんのも………????ゆ…うぎ?」
てっきり海馬だけがいると思って叫んだまでは良かったが、白と橙色の水銀灯が煌々とたかれた体育館の中央付近に並ぶ二つの人影に城之内は思わず開けたドアを閉めてしまいたくなった。
目を擦って見るものの、見間違えるはずの無い特徴的なシルエットは紛れも無く海馬と遊戯だ。
なんで、遊戯までいるんだよ〜
状況のつかめない城之内は今にも泣き出したい気持ちで一杯だ。
「遅いぞ、凡骨。何時まで待たせる気だ。」
「ばかやろう、5分遅れただけじゃないか!」
本当はもう少し早く着いたはずなのだが、人気の無い夜の校舎に踏み込むのに時間を取られてしまったのだった。
城之内は上履き変わりに、引っ掛けているスリッパをぺたぺたと鳴らしながら、二人の傍に歩いていく。
「遊戯はなんでココにいるんだ?」
「さぁ?俺は海馬にここに来るように呼び出されただけだぜ。」
もう一人の遊戯は大げさに肩をすくめて見せる。
「そうか…ぁ…。」
遊戯がいるからには生々しい会話を海馬とするわけにもいかず、今日こそ海馬と縁を切ろうと思いを決めて来ていた城之内は、最初から出足をくじかれて頭を押さえる。
そんな城之内の苦悩も知らず、海馬は足元に置かれている見るからに重そうな、ジュラルミンケースを開けた。そして、中から取り出したのは見たことの無い機械で、それを手際よく腕に装着する。
「今日、ここに貴様らを呼んだのは他でもない、我がカイバコーポレーションが開発する次世代デュエルシステムのテストをしてもらいたい。」
小気味良い音と共にそれは城之内と遊戯の目の前で鮮やかに変形する。
「はぁ?」
「へぇ。」
もう一人の遊戯は興味心身なのだろう、海馬の腕で鈍い光を放つモノに釘付けだ。
「これは以前のデュエルディスクを改良したものだ。子供から大人まで簡単にデュエルを楽しめるように操作性などを格段にUPさせてある。」
「そうだな、前のディスクだと子供や女子には扱いにくいかもな……で、俺たちは何をすればいいんだ?」
もう一人の遊戯はデュエルと聞いてすっかりやる気になっている。
「簡単に言えばテストだ。まだ開発中だからな。あちこちに不具合やプログラムだけでは気付かない見落としがたくさんある。それを実践で見つけてゆくのだ。」
海馬は遊戯にディスクを手渡した。
「今や、デュエルモンスターズは世界中に親しまれている。その人気を高めたのがデュエルボックスによる3D実体化だ。しかし、場所が限定される上にプレイヤーの人数も限られてしまう。それを補うのがこの新デュエルシステムだ…」
「だーっ!難しい説明はいらねぇ。とにかく、俺たちにデュエルをしろってことだろ?」
海馬の延々と続いてしまいそうな、説明に城之内が口を挟む。城之内とてデュエリストの端くれだ。デュエルと聞いて腕が疼かないわけが無い。早く新システムを拝んでみたいのだ。
「そうだ、凡骨のわりには察しがいい。」
「人のことを凡骨凡骨って……まぁ、どうでもいいけどよ、なんでテストをするのが遊戯と俺なんだ?」
城之内は素朴な疑問をしてみる。
「先ほども言っただろうが、新システムは子供から大人、男女全てのデュエリストが等しく使えるように作り上げるのだ。だから、お前たちを選んだ。」
「???」
「城之内君、要は初心者からそれなりに経験を積んだ者、そして城之内君のように体の大きい人から俺たちのように体のちいさ…っく、屈辱だぜ……そうだろう、海馬?」
海馬はにやりと唇を歪ませて頷いた。
どうやら、城之内は大人と初心者。遊戯は子供と練達者に見立てて、それぞれの立場からシステムの使い心地をテストするのが海馬の狙いのようだ。
「俺たちでいいのか?企業の最高機密だろ。もし、情報が漏れても俺たちじゃ責任をとれないぜ?」
遊戯の言うことはもっともだ。開発中の新システムが外部に漏れればカイバコーポレーションが被る被害は桁違いの金額となるだろう。
「ああ。凡骨の口の堅さは実証済みだ。遊戯……信用しているぞ。」
「決して口外はしないさ。」
遊戯は頷くと、腕にデュエルシステムを装着して海馬と距離をとる。
遊戯が海馬から離れたのを見計らって城之内は海馬のそばに駆け寄ると、小声で話しかける。
「なんだ、城之内。」
「何だとはこっちのセリフだっ、なんだよ、テストってよ!なんで遊戯がここにいるんだ。だいたい俺の仕事はな…」
「夜の時間を売っている。それだけだ、昨日は友として、今夜はモニターとしてだ。最先端の技術を扱う新商品の開発に関わるのさ。貴様の一晩の金額くらい安いものだぞ。」
「じゃあ、なんで今なんだよっ!」
「生憎、俺は忙しい身でな。限られた時間を有効に使っているだけだ。始めるから離れろ。邪魔だ。」
相変わらず海馬は冷静だ。というより、ライバルともいえる遊戯と非公式ながら行なうデュエルに戦闘体勢に入っているようだ。
「……ったく、むかつく野郎だぜ。」
こうなれば、城之内の言葉といえども耳には入らないだろう。城之内はため息をついて体育館の壁際に移動した。
「……遊戯、準備はいいか?遠慮はいらん本気でかかって来い。」
「強気だな。望みどうり遠慮はしないぜ。」
ーデュエルー
二人の宣言と共にデュエルが始まった。体育館のなかにはさまざまなモンスターや魔法が現れて、迫力ある映像に城之内は釘付けになっていた。
「すげえ…」
海馬と遊戯の繰り出すバトルもさることながら、空中に浮かび上がる映像の美しさに先ほどの怒りはどこへやら、心を奪われる城之内。
気がつけば二人のバトルは終わっていて城之内の番がやってきた。息の上がっている遊戯からディスクを受け取るとポケットの中からデッキを取り出す。
「次は凡骨か。使い方を説明しようか?」
「いらねぇよ。」
いつもの海馬の調子に城之内もあわせるように応える。
「初心者用にハンデをつけてやろうか?」
「言ってろよ。これでも成長してんだぜ?うっかりしてると負けるかもな?」
「頼もしいことだ。」
お互いシャッフルしたデッキを交換すると、城之内と海馬のデュエルが始まる。
海馬とデュエルをするのはあの島以来だ。同じデュエルのはずなのにあの時よりも流れる空気はやさしい。城之内は海馬が客だということを忘れてゲームに熱中していった。
「海馬君は相変わらず、すごいね。」
壁にもたれて海馬と遊戯のデュエルを見守る遊戯の隣に、表の人格の遊戯が現れる。
「そうだな。デュエルに賭ける執着心は脱帽するぜ。」
もう一人の遊戯の視線は相変わらず、体育館の中央でデュエルをしている二人から離れない。
「うん…で、なにかわかった?」
「……いや。まだだ。」
遊戯は海馬と城之内の関係について知りたいのだろう。海馬はここに来れば答えがあると言っていたが、遊戯にはハッキリとした答えは掴み取ることが出来ない。
「城之内くん楽しそうだね。」
「ああ。」
もう一人の遊戯も頷く。デュエルに熱中している城之内は本当に楽しそうだ。勝負は海馬に押されているが、カードを引くたびに表情が百面相のように変わっている。
「何を見ているの?」
真剣な眼差しで二人を見ているもう一人の遊戯。
「…相棒は何でもお見通しか。」
「そう?」
遊戯はいつものように、にこにことしている。
「相棒には見えないかも知れないが、俺にはデュエルをしている海馬と城之内君に子供の海馬と城之内君が重なって見えるんだ…」
「こども?」
もう一人の遊戯の目に映るのは幼いころの海馬と城之内だ。デュエルシステムの光の中に透けるようにいる二人の影。
二人とも目を輝かせて、ゲームをしている。
なぜ、こんな映像が見えるのだろうか?
何を意味しているのだろうか?
「多分、パズルの力なんだろうな……」
「生憎、僕には君が見ている二人は見えないけどなんとなく判るような気がするよ。見てごらん海馬君と城之内君を。子供みたいな表情をしてるよ。」
「そうだな。楽しんでいる。」
「城之内くんがあんな表情をするなんて…ちょっと悔しいかな。」
おそらく海馬と城之内の間には、遊戯の知らない入ることの出来ない何かがあるようだ。海馬と城之内の間に流れる空気がそう伝えているようだった。
「これが海馬の答えか…」
「そうかもね。」
二人の遊戯は終盤に入ったバトルを眺める。
それからは、何度も何度もデュエルを繰りかえし、全てのデータはパソコンに記録されていった。いつ終わるとも判らないバトルは深夜まで続き、気がつけば時計の針は日付を越えている。
「データはこれくらい取れればいいだろう。」
海馬は満足げにパソコンを閉じ、ディスクをジュラルミンケースに閉まった。
「すっげぇ楽しかったぜ。」
遊戯がハンカチで汗を拭いている。蒸し暑い体育館の中で行なった長時間のデュエルで3人とも汗だくだ。城之内はというとシャツの袖で額の汗を拭いているようだ。
「海馬ぁ、腹減らねえか?」
5時間以上もぶっとおしでデュエルをやればおなかも空く。
「ほぅ、最弱初心者デュエリストが食べることだけは一人前だな。」
海馬の目が細まった。
「るせえ。減るもんは減るんだよ!さんざんテストとやらに付き合ったんだ。なにか上手いもんおごれよな。遊戯は何が食べたい?」
「えっ?何って…言われても…」
突然会話を振られて遊戯は答えに困る。
「残念ながら、どこかでゆっくりと食べている時間は無い。これからホテルへ場所変えだ。」
「はぁ?まだやることがあるのか?データはとれたんだろ?」
デュエルをすれば終わりだと勝手に考えていた城之内は不思議そうにしている。
「これからすることが肝心なのだ。城之内、何か気がついたことはないか?」
「う〜んそうだな…ディスクはもうちょこっと軽くならないかな?長時間のバトルだと腕がしんどいかもな。」
素直に応える城之内に、ニヤリとすると海馬。
「そういうことだ。データは取れたがこれから、ソフト面での調整をするのだ。他にも気になったことがあるだろう?それを見つけていくのだ。」
海馬は携帯を取り出すと、外で待機している磯野を呼び出す。
「食事はこちらで用意しよう。行くぞ。」
「え〜っ、飯の用意なんかするなよ!コンビニに寄ればいいんだってば…って、おい!聞いてねえだろ!」
城之内の言葉に耳を貸すことも無く海馬は、重そうなジュラルミンケースを軽々と持ち上げると先に体育館を後にする。遊戯も後に続いて、一人残されそうになった城之内もあわててついていく。体育館は何事も無かったかのように静寂がもどっていった。
城之内たちがデュエルに熱中しているその頃、深夜のドミノ町にあるファミレスの一角を見るからに柄の悪い2人の男が占拠していた。
長髪を後ろで束ねているのは蛭谷だ。そしてもう一人はあのマンションで城之内を犯した、ドラッグの密売をしているチンピラ風の若者だった。
二人ともビールを半分くらい飲み干している。テーブルの上には空になったジョッキとつまみが散乱していた。客も店の従業員も怖がって、このテーブルの側には近づいてこない。
「つまんねえな。」
蛭谷は鼻の頭に張り付いたままの絆創膏を弄った。先日、ゲーセンで城之内と鉢合わせになったときに、出来た傷だ。蛭谷の顔には鼻のほかに頬にも絆創膏が貼ってある。この時は城之内にも何発かお見舞いしてやったが、一緒にいた連れ達は蛭谷以上の怪我を負っている。城之内たった一人にこれだけの痛手を負わされたかと考えるだけで、胸くそが悪くなる。
「そういや、お前も派手な面してんな。誰とやったのんだ?」
チンピラ風の男はからかうように聞いてきた。
「…べつに誰でもいいだろ。」
蛭谷は全くおもしろくない。しけったポテトを口の中に放り込んだ。
「そういう、おめえはどうなんだよ?なんか上手い話はないのか?」
「…ねぇよ。」
チンピラ風の男がタバコを咥える。ライターを探してポケットに手を突っ込んだ。ポケットの中でフリスクのプラスチックのケースに指がふれる、もちろん中に入っているのはあの時入手した、挑発的な黄色のドラッグだ。
「くそっ…」
忌々しげに舌打ちをする。あの時、城之内という少年を抱いてからこの男の運はがた落ちだった。兄貴分から分けてもらったドラッグは全く売れず、しかも強烈なSEXを経験したからか、どんな女を抱いても満足しなかった。
SEXに慣れていた城之内を求めて商売女とやってみた。しかしただ媚びる演技をするだけで興奮するどころか興ざめもいいところだ。
抵抗する城之内を求めて強姦もしてみた。しかし、抵抗するだけで最後は人形のようになった女を見て興味は無くなった。
試しに男も抱いてみる……問題外だ。
どんな女を抱いても、あの時の興奮を得られることはできなかった。それどころか時間が経つにつれて欲望だけが増大していくのだ。兄貴分に城之内のことを訪ねても「関わるな」の一言が返ってくるだけで相手にされなかった。
ドラッグは売れず、残ったのは先払いの為に借金したサラ金の明細書だけだ。
「くそっ!」
チンピラ風の男は咥えていたタバコを噛み潰す。
「………の内の野郎、今度会ったらただじゃすまさねぇからな…」
蛭谷が独り言のように呟いた。
「ぉいっ、今、なんて言った?」
聞き間違えで無ければ”城之内”と聞こえたのだが。
「はぁ?城之内の野郎って、なにかあんのか?」
「城之内だと!?」
チンピラ風の男は興奮を隠せずにまくしたてた。
「城之内ってよ、金髪で生意気そうなガキのことか?」
「そうだけどよ……ぁんだよ?」
さっきまでは機嫌が悪いようだったのに、急にハイテンションになりやがってと、蛭谷は怪訝そうな眼差しを向ける。
(見つけた!俺にも運が回ってきたぜ。)
気持ちを抑えるために新しいタバコに火をつけると、紫煙を肺一杯に吸い込む。
「おもしれえこと、教えてやろうか?」
きっと、蛭谷なら乗ってくるはずだ。
こっちは城之内を手に入れて、しかも上手くいけばドラッグもさばけるかもしれねぇ。
ポケットの中のケースを触りながら、チンピラ風の男は下半身が熱くなるのを感じていた。
「耳、貸せよ……」
蛭谷にそっと耳打ちをする。
海馬と遊戯とホテルに移動して、俺たちは朝までデュエルディスクの駄目だしをした。
いつもなら、否定の言葉なんて受け入れるはずの無い海馬が大人しく、俺たちの言葉を聞き入れている。
コンビニで買ったお菓子を摘みながらの時間は修学旅行の夜みたいで、俺は楽しくて楽しくて仕方がなかった。
遊戯も海馬も俺も本当のトモダチみたいに沢山話をして……
俺が求めていた時間があった。
進む時計の針を見るたびにこのまま時間が止まって欲しいと思ったんだ。
だけど朝は無常にもやってくる。
「おれっ、配達の時間だからさ、もう行くよ。」
白み始めた外の景色に時間を悟った城之内が立ち上がる。
「えっ?もうそんな時間なの?」
遊戯も集中した余りに時間の経過に気がつかなかったようだ、あわてて時計を見る。
「ホントだね。徹夜になったみたいだね。城之内君は眠らなくても大丈夫?」
城之内はポケットにカードを突っ込むとポッキーを咥える。
「俺はなれてるから平気だぜ。それより遊戯はちょっとだけでもいいから寝とけよ。じゃないと、授業受けられないぜ?」
「僕なら大丈夫だよ。なんだってもう一人の僕もいるしね。」
交代で授業を受けるというのだろうか。城之内は難しい顔をして授業を受けるもう一人の遊戯を想像した。
「……じゃあ行くからよ。また教室でな。ぁと、海馬もサンキューな。楽しかったぜ!」
「そうか。」
パソコンの画面から目を離ずに海馬は応える。
海馬も睡眠不足なんだろうな。と思いながら城之内は配達に向かった。
城之内がいなくなった部屋は急に静かになる。
キーボードを打つ音がやけに大きく聞こえるようだ。
「答えは見つかったか?」
手を止めると海馬が口を開く。
「多分ね…」
「曖昧な答えだな。」
「一つだけ教えて欲しいことがあるんだ。海馬くんは城之内くんのことをどう思っているの?」
「どうだと?」
思いもよらない遊戯からの問いに、海馬は醒めたコーヒーを口に含む。
「そう、僕が気がつかないとでも思った?海馬くんは城之内くんの心の闇を知っている。そしてそのために何かをしようとしている…そうでしょ?」
二人の間には遊戯の知らない何かがあるはずだ。
そうすれば、海馬が必要以上に城之内をかまうのも、城之内の過剰な反応も理解できる。
そして、屋上に続く階段での出来事も、二人の間を流れる不思議な空気も説明がつくような気がするのだ。
海馬は気がついているだろうか。城之内を見る青い瞳に宿る感情の色を。
城之内を包み込む穏やかな感情の流れを。
人の心の動きに敏感な遊戯はそれを感じ取っている。
「奴とは、腐れ縁があるらしい…それだけだ。」
海馬はそれだけ告げると、再びパソコンに向き合った。
楽しかった。
嬉しかった。
海馬がお膳立てした時間といえども、友と呼ぶものと一晩中語り明かすなんて初めてのことだ。
お菓子を摘んで、時に大きな声で笑って、
こうしていると、自分の立場を忘れそうになる。
父のしがらみも、借金も、
何もかも無くなってしまえばいいのに。
これからもずっと楽しい時間が続けばいいのにと、
俺は自転車を漕ぎながらそう思った。
だけど……
やっと、デュエルがでてきましたね。遊戯王らしいかも・・・16を書く上で初めて原作を手にしました。そして読みふける。
傷痕も佳境に近づいてきたようですね。起承転結でいうと17くらいから転の部分になるのかな?これから大嵐が城之内君を待つ予定です。
城をどのくらい弄れるか今からわくわくいたしますわ。
背景はこちらからお借りしました。