いつもの新聞配達を終えて城之内はようやく家路についた。鼻歌交じりに団地の階段を駆け上がり扉を開くと、玄関先まで占領したゴミの袋が目に入る。
ゴミを踏まないように靴を脱いだ拍子に転がっていた空き缶を蹴飛ばしてしまった。
「…やべっ」
カランと耳障りな音が部屋に響いて、台所のテーブルで寝ていた父親が目を覚ます。
「………つや…か…」
相当深酒をしたのだろう、呂律が回っていない。アルコール漬けの濁った目で城之内を見ている。
「親父…」
酔った父親がどう動くか予想がつかず、城之内は身がまえた。暑さだけではない汗が背中をつたっていく。
「こっちにこい。」
父親は手招きをして、ベルトに手をかけた。
ああ、今日はケツを要求しているのだ。
今までの気分はどこへやら、城之内は一気に現実へと引き戻された。
嫌だ。
と、心の中で叫ぶ。しかし、長年教え込まされた暴力に逃げ出す気力はもう持ち合わせてはいなかった。
城之内は導かれるまま父親のそばに行き、条件反射で父親の前に膝まづいた。
目の前には椅子に座り、ちょうど目線の高さになった、父親の股間がある。
「ほら…よ。」
父親は腰を浮かせてズボンを下げると、半立ちになったモノを取り出し鼻先に突きつける。
「かつや、おめぇの好物だろ?どうせ昨夜もくわえ込んでたんだ……やれ。」
「………」
城之内は無言で父親のペニスを口に含んだ。途端に口一杯に広がる汗とションベンと垢の混じった独特の味と臭い。城之内はこみ上げる吐き気を堪えて舌を這わせる。
俺は幸せになる権利はない。
夜毎、娼婦に身を落とし男たちを咥えてよがる自分は友を求めてはいけないのだ。
父親のペニスに奉仕を施しながら、悲鳴をあげる弱い自分を殺して、何度も呪文のように繰り返した。
求めてはイケナイ…と。
しかし、1度でも友との時間を味わった城之内の心は、貪欲にそれを求める。
「、、、、ん、、、ふっ、、、」
思い通りにいかない心を振り切るように、城之内は考えることをやめペニスを咥え続けた。
「…ぁんだ?今日はやけに積極的だな。克也、腰が動いてるぜ?もう我慢が出来ねえのかよ。」
「、、、っぐ、、、ん、、」
そんなことはないと、ペニスを口から外すことなく首をふった。こうすれば父親が喜ぶことは知っている。
「親に上品ぶんなよ。お前がどれだけ男好きかはガキのころから見てんだからよ。」
父親の足が城之内の股間を刺激する、興奮してきたのか息が荒く、アルコールの混じった息が城之内鼻にかかった。
「んんっ、、、くぁっ、、、」
数日ぶりのSEXに城之内の体が拒否する意思とはうらはらに反応していた。
「……たまんねぇな。親のちんぽは美味ぇのかよ。ちんぽをおったててよ、どうしようもない…餓鬼だ。」
「、、、、、っ、、、、ぁ、、、、」
父親の揶揄する言葉にすら体が勝手に疼いてくる。独特の味を丹念に舐めとり唾液の味しかしなくなった頃、大きく膨張したペニスから今度はしょっぱい味がにじみ出てくる。
「ケツを出せよ。どうせ欲しくてたまんねえだろ?」
城之内は言われるがままにジーパンを下着と共に下ろした。床にジーパンを投げ捨てるとその拍子にポケットの中からカードが散らばる。
「ぁっ、、、」
「ささっとしろ。」
急かされて、城之内はテーブルに手を着き尻をつきだした。
遠い昔、家族で囲んだ食卓で父親とSEXをする異常な日常の中で、城之内の心を繋ぎとめていたものはなんだろうか。
「、、、、あっ!、、、っ」
父親は指を唾液で湿らせると、後孔に躊躇無く埋めてきた。愛撫などではなくペニスを挿入するためだけの準備の行為。しかし、久しぶりの感覚に背筋を快感が駆け昇っていった。
「狭いな…サボってんじゃねぇだろうな?」
筋肉を解すように父親が指を動かす。
「、、、、んな、、、ことっぉ、、ね、、、え、、」
初めは指を拒むように引き絞られている入り口も、指を深く突き入れられるたびに湧き上がる快感と共に緩く解けていった。
幼いころから覚えこまされてきた快楽に城之内の体は従順にしたがっていく。
「、、、んぁ、、、っ、、、、、」
「もう、これくらでいいか。」
骨ばった3本の指をぐるりと回して、ほぐれ具合を確かめると、唾液に濡れたペニスの先を後孔に押し付ける。
「っん、、、、、はぁっ、、」
解されているとはいえ、狭いそこを無理に押し広げるようにペニスが入ってきた。体の中に熱い塊を感じて、城之内の背中が反り返る。
「ぃっ、、やぁ、、、、まっ、、て、、」
父親は全てを中に収めると、城之内がその大きさに慣れるのもまたずに腰を使い始める。
「、、、はっ、、、、ぁ、、、、、、ぁっ、、、、」
一突きごとにペニスの体積は増していって城之内の狭い内臓を圧迫する。体の奥深くを擦り上げられて、そこから生まれる逃げられない快楽が城之内を攻め立てた。
「もうっ、、、や、、、ぁ、、、」
意思とは裏腹にどろどろに溶けた欲望が城之内を支配する。頂点を極めようとペニスを受け入れる内部は淫らにひくついて、性欲処理だけの行為であっても城之内のペニスも張り詰めて動きに合わせて揺れている。
父親の動きも次第に早くなって、終わりが近いことを告げている。
頂点を極めて吐き出してしまいたい欲求と、肉親とのSXEにおぼれる罪悪感が交互に城之内の精神を追い詰めていった。
(もう、いやだ。やめてくれ!)
心が悲鳴をあげている。
すがる物を探して伸ばした手はテーブルの端を掴むのが精一杯で、体重をあずけて城之内はただ終わりが来る事を待ち望んだ。
(タスケテ!)
声にならない声は助けを求める。
しかし助け手は現れるはずもなく、城之内は瞳を閉じた。
気がつくと背後の父親の動きが鈍くなり、ずしっと父親がのしかかってきた。
「、、、、っ、、???」
背中に感じる父親の重みに振り返れば案の定、父親が眠っている。
「……サイテー…」
身を起こして姿勢を変えると、ずるりとペニスが抜けて、下半身を出したまま父親が床に転がった。その上大きないびきが付いている。これでは当分起きそうにもない。
「くそ親父。」
はき捨てるように言うと、城之内は乱れた服を手早く整え、父親を見下ろす。
一晩中飲んだくれていたであろう父親は、熟睡していて起きる気配などまるでない。
こんなところで寝られていても邪魔なだけだと、城之内はため息をつく。
「風邪ひくぜ………」
風邪を引かれると後が面倒だからと、布団に運ぼうと身をかがめると、
「…………」
触れた掌から、父親の体温と鼓動が伝わって来る。
トクン
この男は酒とギャンブルに浸り、性欲処理のために気まぐれで城之内を抱く。血の繋がった息子を平気で売り飛ばし、金をせびる。
情けなくて苛立たしくて腹が立つが、捨てることは出来なかった。
城之内が逃げ出せば妹が身代わりにされるからか?
病気の妹を連れてでた母親に重荷を背負わしてしまうからか?
どれも違う気がする。
とくん
どうしようもない、世間から見るとゴミのような男でも城之内にとってはたった一人の父親だった。
とくん。
なぜ、この生きている価値のないような男を捨てられないのだろうか?
減らしても減らしても借金を作ってばかりの父親。
もし、この男がいなくなれば俺は自由になれるのだろうか?
少なくともこれ以上借金がふることはない。
暴力におびえなくてもいい。
大の字に寝転がり無防備な姿をさらしている今、この男の生死は城之内の手の中だ。
包丁一突きで心臓はつぶせる。
この手で首を絞めれは呼吸もたやすく止められる。
ドクンッ
城之内の手が父親の首に絡みつく。
この父親の命は城之内の手に委ねられてた。
手の中のそれはとくとくと一定の鼓動を打っている。
少し力を加えればいい。
そうすれば全て終わる………
自由になれる………
城之内の中でどす黒い感情がわき上がってきた。
――殺意――
憎い。
憎い。
こんな奴が親であるはずない。
こいつが死ねば、俺はここから飛び出して行ける。
こいつさえいなければ、自由になれ………
城之内の手がぶるぶると震え、全身から汗が吹き出した。
父親の上に跨がったまま時間が止まったように城之内は動けない。
にくい
にくい
額を伝った汗がぽつぽつと落ちて、父親のシャツに染みこんでゆく。
自由に…………なれ………るの………か?
「ふごっ。」
「ぅわっ!」
父親がごろりと寝返りをうったひょうしに城之内は尻餅をついてしまった。
「……俺……は…何をしようと…してい…た…」
我に返った城之内は初めての感情にとまどい、一気に全身の汗が引いていく。
父親の首を絞めようとしていた両手を開こうとするが、強ばっていて上手く開かない。まだ、手の中に父親の鼓動と温もりが残っている。
俺は…おれは……なにを考えたんだ………親父を……殺そうと……
見つめる両手の先に父親がいる。
うわぁっ!!!
城之内は部屋を飛び出した。
城之内は夢中で走り続けた。
走って、走って、走って、
どこに行きたいのか?どこまで走ればいいのか?
考えることも出来なくて、
気がつけは海沿いの幹線道路に出ていた。
すっかりと登った太陽はアスファルトの道路に照りつけて、城之内の影をくっきりと浮かび上げている。
海からの潮の香りを含んだ風に城之内の思考が冷静さを取り戻していった。
とぼとぼと、影を追いながら長く続く海岸線を歩き続けるとバス停が見えてきた。
「……ここは……?」
城之内は足を止めて潮風でさび付いたバス停の表示を見る。
そこは両親が離婚する前に静香と訪れた海岸だった。
防波堤に身を乗り出して海を眺めるとかつて砂浜だった海岸は、テトラポットが取って代わりその姿を変貌させていた。
「かわっちまったんだ………」
ぽつりとつぶやくと、城之内は再び歩き出す。
この海岸は静香と最後に遊んだ場所だった。
日に日に激しさを増す両親の罵りあいに耐え切れず、城之内は静香の手を引いて家を飛び出した。どこに行けばいいのか困っている城之内に静香は海が見たいと告げた。
この頃になると、幼い兄妹は家族が離れ離れになる日もそう遠くはないと思い始めていたのだ。
バスを乗り継いで二人はここへたどり着いた。
目を閉じればあの時の静香の顔を思い出すことが出来る。
砂浜に取り残された貝殻を集めて静香にあげた。
少し欠けた貝殻を耳にあてて波の音が聞こえると、嬉しそうに笑う静香の声を忘れることはなかった。
静香が気に入った貝殻をポケットにしまうと宝物にするからと言っていた。
「ありがとう、おにいちゃん。」
ガラクタにしか見えないものを宝物だと言って笑っていた妹はもういない。
俺が欲しいものは豪華なものじゃない。
みんなが当たり前のように持っていたゲームや自転車でもなかった。
とうさんがいて
かあさんがいて
しずかがいて
おれがいて
それだけでよかったのに
ただそれだけあれば、ほかに望むものはない。
どうして
みんなが当たり前のように持っている、
気がつくこともないような、小さなものでさえ
俺は持っていないのだろう…
俺は悪いことをしたのだろうか?
波打ち際のテトラポットに腰を下ろして、城之内は海を眺めている。
何度も何度も繰り返し途絶えることのない波のしぶきは城之内の体を濡らし、照りつける太陽がそれを乾かした。
城之内の足元には空になった空き缶が散乱している。
ゴクッ
何本目になるのだろうか生ぬるくなったビールを胃に押し込むと、次の缶を開ける。
城之内はそのビールに口をつけようとしてやめた。
グシャッ!!
あっけなく缶を握りつぶすと中から泡が溢れだし、城之内の腕を濡らす。
ふと、泡だらけの腕にうっすらとはしる一筋の傷痕が目にとまる。
この傷をつけたのは誰だったっけ?
体に残る後を見れば何時、誰がつけた傷か思い出すことが出来るのに、この傷を作ったのは誰だったか思い出すことだ出来ない。
頭の端っこにあるのは、振り下ろされる包丁の切っ先と真っ赤な血の色。
『お前なんか………!!』
誰かが叫んでいたような気がするが…
「くそっ!」
城之内はつぶれた缶を海に投げ捨てると、膝を抱え、考えることを放棄する。
「瀬人さま、午後の会議のことですが…」
海馬は朝1番から予定してあった都内での会議を終え、会社に戻る車中にいる。助手席には磯野がいて大きな体に不釣合いな手帳を取り出して、スケジュールを海馬に告げた。
「それから、これが追加されていた城之内克也の調査書です。」
磯野は封筒に入った書類を鞄から取り出した。
「そうか。」
海馬はそれを受け取ると、内容を確認する。
A4サイズの封筒の中には数枚にわたって調査書がまとめられている。
「………。」
ほぼ、予想通りの結果に海馬は思わず目頭を押さえた。
城之内はどこまで知っているのだろうか?
もし、何も知らされていないのであれば、どう伝えればいいのか海馬は考えを馳せる。出来うるかぎり穏やかに城之内に事実を告げてやらなければならない。
海馬は眩しく太陽のい陽光を受けて眩しい海に視線を移した。
…………!?
「止めろっ!!!」
海馬の突然の大声に運転手はあわててブレーキを踏んだ。
「瀬人さま、どうかされましたか?」
磯野が怪訝そうな表情で振り返ると海馬は海をじっと見ていた。いや、何かを見つけたようだ。
「お前たちはこの場で待っていろっ。」
「瀬人さまっ!」
磯野の制止する声も聞かずに海馬は車から飛び出した。一気に道路を横断し堤防を乗り越えて海岸へ降り立った。
テトラポットの上に膝を抱えて丸くなっているのは、やはり城之内のようだ。ここまでくれば人違いではなさそうで、海馬は迷うことなく歩み寄って行った。
「城之内。」
海馬の気配に気がつかないのか、一行に動かない城之内を呼ぶ。
「じょうのうち」
「…ん…?」
それでも反応のない城之内に耳元で名を呼ぶと、ようやく顔をあげた。
「……か…いばっぁ???」
突然現れた海馬に城之内は驚いて大声を出す。
「な、な、な…なんでこんなとこにいるんだよ!!」
城之内が驚くのも無理は無い、名を呼ばれて顔をあげると海馬の端正な作りの顔がどアップであったのだ。
「俺が聞きたいくらいだ。どうしてこんなところにいる?今日は休日ではないぞ?」
海馬も正直驚きを隠せない。キラキラと輝く海の光にてらされて、浮かび上がる人影が城之内だと気がついたのは奇跡に近いことだろう。
足元に転がるビールの空き缶に、海馬は表情をしかめる。
「…飲んでいるのか?この国の法律では未成年のアルコールの摂取は禁止されているぞ。」
「だからどうした。」
まっすぐな青い瞳に耐えられず城之内は横をむく。
「酔っているのか?」
城之内の隣に腰を降ろした。
「服が汚れるぜ。高いんだろ?」
「気にすることはない。」
一応気を配ってみるがかまわない様子に、城之内は再び膝を抱える。
「なにか、あったのか…?」
いつもとは違う城之内の様子に海馬は不安が募る。
「…………。」
返事は無く無言のままだ。
波の音が二人を包む。
ざざ……ざんっ…
ざざ……ざんっ…
ざざざざ……ざんっ…
ざんっ…
「……人を殺そうと思ったことはあるか?」
城之内が膝を抱えたままポツリと独り言のように呟く。
「……なんだと…?」
思わず海馬は聞き返す。
城之内は顔を上げると海馬に問いかける。琥珀色の瞳が太陽の照り返しを受けてその色味を増しているようだ。
「殺してしまいたくなるくらい、人を憎んだことはあるか?」
「……。」
ある。と即答したいところだが海馬は言葉に詰まる。何故こんなことを聞くのか城之内の意図することが読めないからだ。
海馬の答えをもともと望んでいなかったのか、城之内は口元を歪めて笑みを作る。その笑みは自分自身を卑下しているようだ。
「親父の首を絞めたんだ。」
「っ!!!」
城之内は震えている両手を広げる。
「まだ、親父の鼓動の感触が残ってる…気がついたら親父に馬乗りになってて、首を絞めてた……こいつが死んだら俺は楽になれるのかって考えた……」
「まさか…!」
城之内の言葉に海馬は青ざめた。まさか、城之内は父親を手にかけてしまったのか?
城之内は首を横に振る。
「お気楽にいびきをかいて……寝てる親父が……憎くて憎くてどうしようもないくらい憎くて、殺してやろうと……思ってよ…生きててもしょうがないくずだからさ………だけ…ど……だけど…いざ絞めようとしたら……できねぇんだよ。」
新しいビールを開けると、城之内は一気に飲み干す。
「なんでなんだよっ…くそ親父なのに……殺せなかった……働かねえし…借金ばかりふやすし……ろくなことしねえのによ……消しても消しても昔の親父しか出てこないんだ…親父の笑い声とか…一緒にキャッチボールしたこととか……憎いはずなのに、嫌いなはずなのに……………大…好きなんだ…」
ぐしゃり。と空になった缶が握りつぶされた。未遂とはいえ父親を殺めようとしたのだ、恐怖心からか城之内の体がぶるぶると震える。波のゆらめきをうけて光る姿が脆くてこのまま波に溶けていきそうだ。もし、この場に遊戯がいれば城之内の心の糸が細く切れてしまいそうな状態になっていることを見て取れただろう。
城之内が縋るように、海馬の腕を掴む。指先を白く色を変えてしまうほど、スーツにしわが出来るほど強い力で握り締めている。
「じょうのうちっ!」
「おしえてくれ!これは罰なのか?俺は悪いことをしたのか?男と寝るのが悪いのかっ…?…生きるためには仕方がなかったんだ!……それとも、俺は生きていることさえが罪なのか?………海馬なら知っているだろ!教えてくれよっ!!」
誰に許しを請おうとしているのか、何を許してもらおうとしているのか、城之内の混乱が触れ合った処から海馬に伝わってくる。
「城之内。」
海馬はただ城之内を抱きしめる。傷ついた城之内にかける言葉を海馬は探し出すことが出来なかった。
誰にも頼ることも出来なくて苦しんで苦しんで生きてきた体は海馬の胸に容易く収まるくらい細い。
「落ち着け。大丈夫だから。」
「かいばっ…」
強く強く海馬は城之内を胸に抱く。
「お前は殺してはいないのだろう?」
腕の中にいる城之内はこくりと頷いた。
「なら、お前は大丈夫だ。何も悪いことはしていない。何を怖がることがある?」
海馬は養父を殺した。
直接手を下したわけではないが、自殺をするように追い込んだ。
形はどうであれ、殺したこととなんら変わりは無い。
はらってもはらっても、亡き養父の亡霊は海馬を苦しめる。許しを請うても声が届くはずも無く、答えも聞こえない。
海馬を責め続ける後悔と懺悔。
城之内にそんな思いをさせたくは無い。
「大丈夫だ…大丈夫。」
海馬と触れ合った処から直接聞こえてくる声。初めて抱かれた夜から変わらない香り。そして、城之内を包むやさしい腕。
とくんとくん。
海馬の心臓の音が波の音と重なって聞こえる。
ざざ……ざんっ…
ざざ……ざんっ…
ざざざざ……ざんっ…
ざんっ…
「かっこ悪いとこ見せちまったな。」
どのくらい時が過ぎたのか、我に返った城之内が恥ずかしそうに顔を上げた。
「多分…酔ってるんだ…忘れてくれ…」
照れ草そうに海馬の傍を離れようとする城之内をもう一度抱きしめる。
「馬鹿者が。忘れられるはずがないだろう。」
海馬の指に城之内のやわらかな金色の髪が絡む。
すきだ。
その言葉は極自然に海馬の口から紡がれる。
腕の中の城之内が強ばるのが判った。
「……なに…いって…?」
予想もしていない告白に琥珀色の瞳が見開かれる。きつく抱しめる腕から逃れようと、城之内が身を捩った。
「好きだ。お前が好きだ。」
聞き間違えることのないくらい海馬がはっきりと告げると城之内を逃すまいと腕に力を込める。
今、海馬は確信した。
昔の約束ではなく、同情でもなく、興味でもなく、
今腕の中にいる城之内が好きなのだと。
悩み苦しみながらも、必死に命を繋いできた城之内が好きだ。
海馬に無い強さと、やさしさを持つ城之内が好きだ。
どんなに汚されようとも、決して屈することなく輝きを失わない心を持つ城之内が好きだ。
城之内にもっと触れていたい。
もっと近くで城之内を感じていたい。
純粋に城之内を求めていた。
他人をこれほど愛しいと思ったことは無い。
でも、この気持ちを上手く伝える手段を海馬は持っていない。
「好きだ。」
伝えきれない想いを伝えるために、海馬は何度も城之内に言った。
「ばっかじゃないの?」
城之内は何とか海馬の腕から逃れると真っ赤になって叫んだ。
「てめえは、自分が何を言ってるのかわかってるのか?俺は男だぜ?気持ち悪くないのかよ?」
「人を好きになることに性別は関係ない。」
海馬の迷いのない青い瞳が城之内をまっすぐに捉えた。
「俺は金の為になら平気で男と寝るよなやつなんだ。親父とだってやれるんだ。」
「それがどうした。城之内は城之内に変わりはないだろう?全てひっくるめて、好きだ。」
城之内の恐れていたことがおこってしまった。
海馬から離れようと決心していたのに、欲していた言葉を投げかけられると城之内の決意が揺らいでしまいそうだった。
ここで海馬の手をとれば楽なるだろうが、それ以上に海馬に迷惑をかけることになるだろう。
駄目だ、これ以上踏み込んでくるんじゃない。
城之内は首を横に振ると、悲痛な面持ちで海馬に答えを返す。
迷惑だと。
「……そうか。」
今にも泣き出してしまいそうな顔をした城之内を見て、これ以上は何を言っても無駄だろうと悟った海馬は立ち上がる。
先ほどまで照り付けていた太陽は湧き上がる灰色の雲にすっかり隠れて、次第に風も強くなってきている。この分だと嵐がきそうだ。
「町まで送ろう。雨が降りそうだ。」
海馬は城之内に手を差し出す。
「一人で帰れるからいい…って!痛いってば!!」
「ここからドミノ町まで何キロあると思っているのだ。遠慮することはない。好意は素直に受け取れ。」
拒む城之内の腕を無理やりひっぱって、海馬は待たせていたリムジンに城之内を押し込んだ。
海馬が乗り込んだことを確認すると、リムジンは音も無く走り出した。
おつかれさまでした。ココまで読んで頂いて有難うございます。やっと海城がでてきたような気がします。
かなり強引に話が進みましたが、強引な社長だから。と許して下されませ。
次でとうとう18か…終盤ですね。ラストスパートをかけないといけないですね☆って息切れしたりして(汗)
しばらくお待ちください。
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