城之内と海馬を乗せたリムジンが国道沿いを疾走している。
初めのうちは城之内も降ろせと騒いでいたが、何を言っても無駄だと諦めるとプイッと外の流れる景色を眺めることにした。
海馬は書類の束の中に挟んだままになっている封筒に何度も視線をやりながら柄にも無く落ち着かない様子だ。
どうすれば城之内を傷つけづに済むのかとそればかりを考える。
先ほどの城之内の言動からして、まだ何も知らないことは間違いないだろう。しかし、城之内の精神状態は不安定で、今は落ち着いて平静を取り戻しているように見えるが、未遂とはいえ父親の首を絞めようとするまで追い詰められていることもまた事実だ。
(悪戯に城之内を混乱させることもあるまいが、いつまでも隠しておくことでも無いだろう。嘘はいつかはバレてしまうものだ。)
城之内が好きだという気持ちに気付いてしまった海馬は、一刻も早くこの悪循環を断ち切りたい気持ちで一杯だ。ゆっくりと時間をかけて城之内の心を解していくつもりだったが、もう誰の手にも城之内を預けるわけにはいかないと、海馬は携帯を取り出しすっかり覚えてしまった番号を押す。
(……ませ。)
「私だ。今夜も城之内をたのむ。」
何度も携帯のボタンを押す海馬にいぶかしげな表情だったが、相手とのやり取りにどこへ掛けているか悟った城之内は、携帯を奪おうと身を乗り出す。
「てめぇ、何やってんだっ!」
城之内の手を交わしながら、海馬は会話を続けている。
「もちろん、他には客をいれるな。」
(……かしこまりました……)
「嫌がらせも、いい加減にしろよっ!しまいには怒るぜ?」
これ以上海馬に関わるわけにはいかないと、城之内は声をあらげる。
「嫌がらせではない。大切な話がある。」
「俺にはねーよ。営業妨害だぜ。マジで。」
「お前のためだ。」
「ふざけんなっ、俺のことなんてほっとけよっ!」
平行線のままの二人の会話に、海馬は携帯をポケットにしまおうとしたとき、着信音がした。
車内に携帯の音が響く。
「?」
遊戯からだ。
「…」
『海馬君?僕だよ。』
「なんのようだ。」
『城之内君が朝から学校に来ないんだよ。海馬君しらないかなあ?』
再び無断で学校にこない城之内を心配して、海馬に電話をかけてきたのだ。
海馬ならば知っているだろうと。
「………ここにいるぞ。」
『えっえ?ホントに?』
「ああ、たまたま会った。変わるか?」
海馬は遊戯の返事も待たずに、城之内に携帯を手渡した。
「うわっ?ちょっと待て!?」
城之内はあわてながら、電話に出る。
「もしもし。」
『城之内君なの?』
電話の向こうの遊戯は驚いている。
「うん…。」
『どこにいるの?どうして海馬君と一緒にいるの?』
「いや…その…ごめん…」
遊戯の質問に上手く答えられない。
『…ごめん。びっくりしちゃったから。つい。』
城之内が戸惑っていることに気付いた遊戯ははっとする。
「心配かけちまって、ごめんな遊戯。」
素直に謝る城之内。
『ううん。僕だってごめんね。なにかあったかと心配になっちゃって。それより、午後の授業は来れる?』
電話をとおして遊戯の気遣う声が聞こえてくる。海馬とは別の角度から城之内のもろさを見ている遊戯もまた、城之内のことが心配でならないのだった。
「ああ、行くよ。遅れるかもしれないけど。必ず行くよ。」
『必ずだよ。』
遊戯は念を押して電話をきった。
「サンキュ…」
城之内は携帯を海馬に返す。
「これから学校に行くのか?」
二人の会話を聞いていた海馬が城之内に聞く。リムジンはドミノ町に戻ってきた。
城之内は首を横に振ると
「教科書も鞄も家だからさ、それを取ってきてからだから、6時限目くらいしかでれないな。」
「なら、家まで送ろう。」
海馬は運転手に指示を出そうとすると、城之内が止める。
「いいよ。ここで。だいいちオンボロ団地に、こんな車で帰ったらみんなびっくりしちまうよ。迷惑だ。」
城之内は運転手に車を止めるように言う。
「わりいな。ここで降ろしてくれないか?」
ドミノ町の駅前辺りに来ていた車は静に横付けされるとドアが自動で開いた。
「じゃぁな。」
城之内が車を降りようとしたとき、海馬が城之内を引き止めた。
「今夜はいつものところに必ず来い。大事な話がある。」
城之内の腕を強く掴んで、海馬は何時になく真剣な表情をしている。
「かいば…」
青い瞳に射止められて城之内もしばらく動けない。
「大事な事だから、今夜で最後でいいから、必ず来い。待っているぞ。」
最後の夜だから。
「…わかったよ。これで最後だからな。」
最後との言葉に城之内は行くことを承諾する。
「ああ。待っている。」
城之内はかすかに震えているように感じる海馬の手をとると、微笑んだ。
「ありがとう……せ…と…」
強がりでなく、感情を隠すためでもなく、うれしそうなそれでいて悲しそうな微笑。
「!!!じょうの!!!」
一瞬だけ城之内の本当の顔が垣間見えたと海馬が思ったとき、城之内はするりと車から降りた。
「運転手さん行ってくれっ!」
城之内は開いたドアを勢い良く閉めると歩道に下がる。
「城之内!!!」
リムジンが発進する。
「止めろ!戻るんだ!」
海馬はあわてて指示を出したが、リムジンは車の流れに乗ってスピードを上げた。
「瀬人様、午後の会議に遅れます。参りましょう。」
「磯野!!命令だ!戻れ!」
「瀬人様、立場をお考えくだい。」
「……っ」
部下である磯野にたしなめられた海馬は、後方に小さくなる城之内の姿をただ追うことしか出来なかった。
一瞬だけ見せた城之内の本当の顔。
それは、海馬の胸に言いようのない不安をつのらせるに十分なものだった。
城之内、必ずだ。待っているぞ。
海馬は胸に広がる不安を打ち消すために、会議の資料に目を通すのだった。
ありがとう。せと。
俺のことを好きになってくれて。
海馬の暖かかった腕の感覚と、少し早く感じた鼓動を城之内はハッキリと覚えている。
海馬の気着心地のいい声も、空と海をあわせたような青い瞳も頭の中に焼き付けた。
海馬とのデュエルも、一緒に食べた牛丼の味も、
海馬と触れ合ったことは一つも忘れずに、心の中に仕舞った。
これで十分だ。
これ以上望むものは無い。望んではいけない。
ごめんな、もう瀬人とは会わないよ。
城之内はこの町から出ることを決心していた。
決めたからには未練がましく、海馬と会う必要は無い。決心を揺るがせないためにも、今晩町から出る。
行く当てはないが、組長や専務あたりに言えばどうにかなるだろう。なんなら、組長に囲ってもらえばいい。
ばいばい。
せと。
リムジンが見えなくなるまで見送ると、城之内は歩き出した。
いい思い出などないが、今日でさよならする街だ。少しでも記憶の中に留めておこうと周りを見渡す。と、幹線道路にかかる歩道橋が城之内の目にとまる。
城之内が身を投げ出そうとした歩道橋だ。そして、生きる決意をさせた場所でもあった。
ちょうどいいや、ココから俺の新しい人生が始まるのかもな。
城之内の足は遊戯達のいる高校へと向かった。
「わりいな、つけといてくれよ。月末に息子が払いにくるからよ。」
袋一杯につめたアルコールを抱えて、悪びれることなく言う中年の男がいる。
「城之内のだんな、もう少し酒は控えなよ。克也くんだって大変なんだから。」
店主は伝票に金額を書き込むと中年の男…城之内の父親に渡した。
「いいんだよ、ガキのことはっ!」
父親は伝票をひったくると乱暴にポケットにつっこんだ。
「だんなっ!!」
父親は店主の忠告に聞く耳は持たないと、店をでる。
そして、ちょうど向かいの車線をすべるように走る1台の高級リムジンが目にとまった。
金持ちは昼間から優雅なもんだ。
ぺっと唾を吐き捨てる。
「さて、酒は手に入れたし、帰るとするか。」
金持ちを見ていると、胸くそが悪くなると背を向けようとしたとき、リムジンのドアが開いて誰かが降りてきた。
高級車に似合わない、安っぽい服装で金髪の少年。
「あの、クソガキが!!!!」
抱えていた、酒を落としそうになった。
遠くからだから良く見えないが、車のなかにいるのは、海馬コーポレーションの社長のようだ。二人は親密そうに言葉を交わして、城之内が笑顔でリムジンを送り出している。
「昼間からさかりやがって!!いい身分してるじゃねえか…」
父親はギリリと口をかみ締めた。
高校の門扉まで来た城之内は、授業の真っ最中の校舎を眺めている。
もうちょっと、授業を真面目に受けとけば良かったかもな。
教室では遊戯たちが高校生活を送っている。少し前までは城之内もそこに混じっていた。短い間だったがここでのことも忘れることは無いだろう。友と呼ぶ者たちと笑いあった日々。
ばいばい。
さよならも言わずにごめんな。
城之内は遊戯たちと決別するかのように、学校に背を向けると家へと再び歩き出した。気がつけば空は一面に雲に覆われていて生暖かい風が次第に強くなってきている。遠くでゴロゴロと雷鳴もかすかに聞こえる。
会議を終えた海馬は、本社ビルの最上階にある社長室へと戻ってきた。執務机には秘書の入れたコーヒーと城之内に関する調査書がある。
海馬はその書類の綴りに目を通す。
そこには城之内の母親のことに関する記述がある。
今から17年前、城之内の父親と母親が恋人という仲だった頃、母親は喫茶店で働いていた。そこは米軍の軍人の溜まり場になっていた。
ある晩、母親は帰宅途中に何者かに強姦される。強姦した人間は日本人ではなかったらしい。そして、間もなく二人は結婚し、城之内が生まれた。
城之内は二人の子供として、出生届けが出されている。
DNA鑑定の結果、母親とは親子関係が認められるが、父親との親子の関係の可能性はゼロ。
長女の静香は両親との親子関係は認められる。 |
つまり城之内は母親が強姦されたときに出来た子供ということになる。と結論付けされていた。
「城之内…」
海馬は深く椅子にもたれ掛かった。
「どう説明すればいいものか…」
ガラス張りの窓から町を見下ろす。このどこかに城之内がいるからだ。
空はすっかりと雨雲が多い、大きな雨粒が落ち始めている。
「うわ〜降ってきたよ。」
城之内が自宅のある団地に到着した頃には、雨は土砂降りの様相をていしていた。雷もまじりごろごろと雷鳴も轟いている。
「びしょびしょになっちまったな。とりあえず着替えよう。」
当座の荷物と台所に落としたカードを取りに城之内は帰宅してきた。父親がいるかどうか微妙な時間だが、落ち着くまでは顔を見ることは無いだろうと思えば少し心が軽くなった。
極力、音が鳴らないように玄関のドアをそっとあけた。
雨水が入ってぐちゃぐちゃ音のするスニーカーを脱いで、自分の部屋に入ろうとしたとき、
「優雅に朝帰り…いや、昼帰り…いい身分だな、克也。」
電気も付けずに、暗い台所で飲んでいる父親が呼び止める。
「ぅっわっ!!!!!…おや…じ…」
いたのかよ。という言葉を咄嗟に城之内は飲みこんだ。部屋が暗くて表情は良く見えないが、重低音の声がいつもにもまして機嫌が悪いことを物語っている。
「…………。」
部屋はアルコールの臭いが充満している。父親の周りに転がる新しい酒瓶の数がかなりの量を飲んだことを城之内に知らせていた。
「新しいパトロンはいいのかよ。」
「何…言って…」
怒気を孕んだ声に城之内は思わずあとずさる。今日の父親はいつもにもまして危険だ。長年の勘が警鐘を鳴らしている。
「海馬社長はいいのかって、きいてるんだろうがっ!!」
手にしていたグラスをテーブルに叩き付けた。大きな音と同時に城之内の体がビクッとひくつく。
「かいば…って?」
「海馬瀬人。だよ。てめぇと同級だろうがぁ。」
浴びるほど酒を飲んでいるだろうに、父親は全く酔っていない。というよりいつもと酔い方が全然違うようだ。目が据わり、アルコールの勢いを借りて理性の箍が外れているようにも見える。
「…海馬…な……ん…関係…な…っ…!」
海馬は関係ないと言いたかった。何故、父親は海馬との事をしっているんだ?
「とぼけるのも大概にしとくんだな、こっちは何もかもお見通しなんだ。昼間から乳くりあいやがって、金になるなら誰でもいいのかよっ。」
昼間…!まさか?見られたのか?城之内は青ざめる。
「大した色ガキだ。見境なく男を漁りやがって…あの女にそっくりだ…」
グラスを持つ手が城之内からも判るくらい震えている。テーブルとあたる部分がカラカタと音をたてていた。
「…親…じ…?」
あの女?
「てめぇの尻の軽さはあの女にそっくりだ!!」
「………おや…っ!」
「このっ、クソガキがぁっ!!!!!!!」
ガツッ!!!
父親が持っていたグラスを投げつけてきた。
父親のいつにない怒気に気負わされて城之内の体は金縛りにあったように動かなかった。グラスは城之内の額に当たり、鈍い音をたててゴミの袋の間に落ちる。
「てめぇは俺の子じゃないんだよっ!」
オレノコジャナイ
「 」
城之内は耳を疑う。今、父親はなんて言った?
俺の子供じゃない
「おやじ、なに言ってるんだ…」
父親の暴言に足がガクガクと震えだして、力が入らない。城之内はその場に崩れ落ちそうになるのを必死に堪える。
稲光を背にして、父親がゆっくりと立ち上がり、城之内に近づいてくる。
一瞬、稲光に照らされて部屋が明るく光った。
その明かりに浮かびあがる、父親の顔は今までに見たことが無いくらい形相。
鬼
悪魔
どんな言葉でも言い表せないくらいの
くらく
おもく
いかり
苦しみ
にくしみ
かなしみ
うらみ
が混ざり合って、人間の顔はこれくらい醜くなるものなのかと、城之内は他人事のように感じていた。
ゆっくりと、一歩一歩大きくなる父親から逃げることが出来ない。
逃げなければ、すこしでも此処から離れなければと経験が教えるが、すくんだ足は動こうとしない。
城之内のまん前にたどり着いた、父親の腕が音もなく振り上げられ……振り下ろされる。
どがっ!
人形のように城之内は殴り飛ばされ、ゴミの山の中に沈んだ。衝撃でゴミ袋は破れ、中から腐った食べ物やゴミが飛び散った。
「てめえはな、俺の子供なんかじゃねぇんだよっ!てめえのかあちゃんが、どこぞの男とヤッて出来た子供なんだっ!!」
父親は茫然としている城之内の胸倉を掴んで引きずりあげると壁に押し付けた。
「ぐっ…」
気管を絞められて息が詰まる。額はグラスが当たったときに切れたのか血が流れている。
アルコール臭い息がかかる目の前に父親の顔がある。城之内は瞬きもできずに父親を見た。真っ赤になっている父親とは対照的に、城之内は青ざめて寒くないはずなのにガタガタと震えている。
「てめえなんか、生まれてこなければ良かったんだ。」
ウマレテコナケレバヨカッタ
父親の底からの叫びは雷音に重なってかき消されたが、唇の動きで分かった。
うまれてこなければ
目の前が真っ暗になって、音が消えていく。
生まれてこなければ
城之内の存在の全てを否定する言葉は、何度でも繰り返し城之内を打ちのめす。
「金のためなら誰かまわず寝て、男を漁りやがって、恥知らずがっ!」
父親と呼ぶには違いすぎた男は、汚いモノをみるような目でかつては息子と呼んだモノを見る。
「淫乱で尻軽なところはあの女とそっくりだ!海馬さまは優しいのか?気持ちよくしてくれるのか?いい、パトロンを見つけたもんだな。」
父親の罵声が遠くて聞こえる。
そして、
頭の隅っこに追いやられていた記憶が蘇ってくる。
今日と同じように轟く雷鳴。
天井と共に見えた包丁の切先。
「あんたなんてうまなければよかった」
甲高い声と母親の狂った顔。
咄嗟にかばった腕がぱっくりと裂けて、赤い血が視界を埋め尽くした。
なにをいっているの
おれはとうさんのこどもじゃないの
なぜ
かあさんはおれをすてたの
どうしておれはうまれてきたの
おれは
だれ
「出て行け。二度と此処へ戻ってくるな。」
無抵抗な城之内を引きずって、外へ投げ出すと父親は鉄のドアを閉めた。
がだん。と重い音をたてて閉まる鉄のドア。
負の感情の巣窟でありながら、唯一城之内の帰る場所だったそこは閉ざされた。
どのくらいそうしていたのか、茫然と冷たいコンクリートの上に転がっていた城之内は、のそりと緩慢な動きで起き上がるり止む気配さえない、スコールのような雨にうたれる街のなかに消えていった。
やっとの更新です、ご無沙汰でした。さてさて、やっとここまできました。自分のひねくれ度を実感した18でした。そして、20では終わらないことが決定しました。ははは。あまり語らずにいましょう。
背景はまたまたまたこちらからお借りしました。