セミ




  じーわ じーわ じーわ

 蝉が鳴いている。
 団地の緑地帯に植えられた樹にいる蝉が夏を伝えるべく
 いっせいに鳴いている。

 じーわ じーわ じーわ
 蝉がうるさくて俺は目が覚めた。
 
 「っるせー」

 こう、うるさくては寝てられない。
 枕元の時計を見ると、正午になろうとしている。

 「昼飯かぁ、めんどくせ。」

 いつからか、お腹が空く事が無くなった俺は
 食事をするとこを忘れるようになっていた。
 何日も食べることを忘れて、客の前で失神て以来
 専務とチーフから、飯だけは食えとしつこく言われるようになった。
 がりがりの骨と皮ばかりだと”売りもの”にならないらしい。
 値段が下がるぞ。と脅されて、俺は飯を食べるようになった。
 
 「コンビニでも行くか。」
 
 蝉の声以外物音一つしない家に、親父の気配はない。
 顔を合わせると、面倒な事になるから、今の内に外に行ってしまおうと
 散乱する、ゴミを器用に避けて、すり切れて汚れた靴を履いた。


 とんとんとん・・・

 2階…1階……
 俺の家と同じ色をした鉄の扉の向こうからは、母親の声と
 子供の笑い声が聞こえる。
 昼ご飯の臭いが俺の鼻についた。
 俺は無意識に耳をふさぎ、息を止めて階段を駆け下りる。
 
 下に到着すると設置している、集合ポストが目に付いた。
 マジックで「城之内」とかかれた文字が消えかかっている。
 その、ポストにねじ込まれるように詰め込まれている、
 チラシや督促状。
 俺はため息をついて中身を取り出していった。
 蓋を開くと中身があふれ出た。
 ばさっと、コンクリート落ちた手紙を拾う。
 ほとんどが、DMやピンクチラシや、ヤミ金いかがわしいものばかりだ。 

 「………あっ……」
 
 そんな中に埋もれるように、混じっている学校のプリントがあった。
 PTAのお知らせや、学級通信などで誰かが届けに来たのだろう。
 日付をみたら、1ヶ月前の物まである。
 中に、ご丁寧に修学旅行のお知らせまで入っている。
 
 「ばっかみてぇ。金はらっ手ねぇのによ。」

 こんな俺に学校なんて必要ない。
 向こうだって、必要としていない。

 俺はプリントを握りしめた。

「………城之内くん…?…だよね。」

 ふいに女性の声が振ってきた。

 「……誰だよ」

 記憶にない顔。
 にらみ付けると、びびってやんの。
 子供が怖いのかよ。

 「あなたの担任です。」

 「ふうん。」

 担任だから、なんだってんだ。
 俺には関係ないだろ。

 「学校にずっと来ていないでしょ。どこか体の具合でも悪いの?」

 あぁ、問題児の家庭訪問ってやつか。
 ご苦労なこった。
 体の具合が悪い?
 悪いぜ。めちゃめちゃ悪い。  おめぇらが聞いたら、びっくりするぐらいにな。

 「先生も、クラスのみんなも心配しているのよ。」

 先生よ。嘘は付いちゃいけませんって、教えてんじゃないのかよ。
 顔が引きつってるぜ。
 クラスのみんな?
 顔なんて知らないぜ。

 「お父さんは今いるのかな?」

 親父に会うのかよ。
 犯されるぜ。

 「なんでもかまわないから、先生に言ってみて。力になるから。」

 ばかだ。ばかだ。ばかだ。ばかだ。
 知ってるだろ?俺のこと。親父のこと。
 親父の会社はつぶれたんだぜ。
 母さんと静香は出て行った。
 みんな知ってるだろ?

 あぁ。こいつも同じ目をしている。
 かわいそうね。
 って、同情してオリの中にいる動物のように俺を見る。
 面白いだろうな。滑稽だろ。
 目の前にある、不幸は。

 目障りだから、どっかいけよ。

 「ね。城之内くん」

 俺はポストに中身を抱えると、階段を上った。

 「ちょっと、待って。」

 担任が追いかけて来るけど、無視して階段を登る。

 3階についた。
 俺は担任が追いつくのを待ってわざとゆっくりとドアを開く。

 「じょうの……っ!」

 担任が息を飲むのが分かる。
 俺の家の中を見たから。
 夏の暑さにむせかえる、異臭。
 と、目を覆いたくなるような溢れるゴミ。

 暗い室内と、ゴミを背後に
 俺は
 にやり
 と笑った。

 これで分かったろ。
 
 もう、来るな。
 二度と来るな。

 俺に係わるんじゃない。

 お前らとは違うんだよ。
 お前らには理解できねぇよ。
 
 そして、重い鉄の扉が閉まる。
 俺はオレの世界に閉じこもる。

 あーあ、飯。食べる気なくなっちまった。
 もう一回寝よう。
 どうせ、今夜も寝られないんだ。


 後日、担任は学校にこう報告している。
 
 本人、家族とも不在の為に会えず。

 と。



   あーあ。蝉がうるさいな。







拍手より移動してきました。
中学生くらいだと思います。グレてますよ。