くつみがき









 時は戦後の混乱期。
 裕福な人も貧しい人も、明日が来ることに安心しながらも、今日を必死に生きていた次代。


 街には人が溢れていて、忙しそうに行き交っている。そんな路上で、俺は朝から木箱に座って、客を待っている。
 俺の仕事はくつみがきで、金持ちのおっさんの靴を朝から晩まで磨いて僅かな金を得ていた。


 年?
 そんなの聞かないでくれよ。勉強が嫌いだからさ。
 なんてのはうそ。強がりさ。本当のこというと、俺だって普通に学校に行って勉強もしたいし、友達とも遊びたい。でも、諦めたんだ。
 だって家は空襲で焼けて無くなっちまって、今は近所の知り合いの納屋を間借りしてる。お世辞にも住みやすいとこじゃないけど、雨風を凌げるから、生きていくには十分さ。
 そんな家には、二つ下の妹と、戦地で片足を無くして復員してきた親父がいる。
 親父は足が無いから働けるとこもなく、一日中家で酒を飲んで意味不明なことをぶつぶつ言ってるか、寝てる。かわいそうでろくでなしの親父ってとこか。
 妹は体が弱くてすぐに熱を出すんだけど、親父の面倒を頑張ってみてる。
 母さんは、家と一緒にいなくなった。


 ま、そんなこんなで、俺たち家族が生きていくためには俺が頑張らないといけないのさ。
 俺がしっかりと稼がないと、みんな飢え死にしちゃうんだ。この時代、別に珍しいものじゃないけど、せっかく生き残ったんだ。死ぬなんて損だろ。




 どこかで流れてた流行歌を口ずさんでたら、でっかいおっさんが立ち止まった。客かな。
 ぬうってでっかい軍靴を突き出してきた。
 客だ。それもアメリカ兵みたいだ。

 思わず客を見上げてみたら、これ見よがしに星条旗のバンダナを巻いて、サングラスに無精ひげを生やしたおっさんがにやって笑っている。


 俺は椅子代わりにしてた木箱から商売道具を出して、地面にぺたっと座る。木箱に客の足を乗せて、靴を磨き始めた。
 磨きだして数分、おっさんの手が仕事をしてる手を握ってきた。











 ああ……そっちの客か。



 言い訳じゃないけど、この時代、売れるものはみんな売った。だって金がないと生きていけないんだぜ。
 ちゃんとした店を構えて、商売をしてる奴は運のいい人さ。
 そこに雇われて働いて食ってける奴も運がいい。
 家があって、金があって、ご飯が食べれて、勉強が出来る…なんて、幸せなんだろう。

 でも、どんなにうらやましがっても、俺にはそんなのはない。
 食べていくためには、なんでもするさ。俺はなんでも売るぜ?つまんないプライドなんてどぶに捨ててやるさ。



『いくらだ』
 おっさんが聞いてる。俺は会心の作り笑いで片手を広げて見せた。交渉は成立みたいだな。





*****





 木箱を小脇に抱えて、俺はおっさんとそこからあんまり離れてない、資材置き場に移動した。ここが俺のもう一つの仕事場さ。
 木材や、ドラム缶。大きな石や鉄板がところ狭しと積み上げられて一角は、絶好の死角で手早く仕事をこなすにはちょうどいい所だった。

 ずっと無言で付いてきたおっさんも既に興奮してるのか、歩いてる間中、背中とかを触りっぱなしになってた。たく、いやらしいなあ。そんで物陰に入ったとたん、シャツの下に手を突っ込んできた。
「うわ…ちょっと、まって……んんっ!!」
 予想外の手早さに、俺が身構えるまもなくおっさんに口をふさがれて、口の中を舐め回される。
 体と同じでっかい舌に、口の中はすぐに一杯になって息も出来ないじゃないか。
「、、、んふっ、、あぅぅっ、、」
 同時に、でっかい手が、ぺったんこの胸と、豆粒みたいな乳首をいじくってて、むずむずしてくる。

 太い指なのに器用に乳首を摘んだり、引っ張ったりして、一気に固くなってくる。シャツのサイズが大きいから、別に脱がなくてもいいんだ、便利だろ。

「くっ、、んっ、、、ちゅっ、、ぅっん」
 ぺちゃぺちゃと唾液が口の中で絡まって、すぐに一杯になる。俺はそれを喉を鳴らして飲み込んだ。そうするとたいていの客は喜んでくれる。
『いい子だ』
 この客も同じで、上機嫌にまた口に執心してきた。ああ、この客は上手い。手が大きいから片手だけで俺の頭を軽々と固定して、喉の奥まで舌先で突っついてくる。
「、、ぁっ、、、ふっんんっ、、」
 気持ちいいかも。なんてぼおっと感じてたら、角材の上に座らされてパンツもズボンも脱がされた。小さいけど俺のもしっかりと起ってて頭が皮からちょっとだけ顔を出してる。
『かわいいぜ。坊主』
 あー。なんか、英語で言ってる。わかんないけど、ま、いっか。どうせやることは変わんない。
 日本人もアメリカ人も、見た目は違うけどやることは共通なんだ。
 足をしっかりと開いて、尻の穴まで全部見せて、にこっと笑ってやる。大サービスだぜ。
 おっさんがヒューって唇を鳴らした。んで、早速とばかりに俺のちんこを舐めてきた。たく、このおっさんもスキもんだ。

「ぁっ、ぁんっん、ふっ、、ぁんっ、、」
 ちゅぱちゅぱ、すっごい音をたててちんこを舐められてる。薄い皮を剥かれて亀頭を飴玉みたいに舌で転がされて、すっげ腰に来る。尻の穴まで唾まみれになってて、ぐちゃぐちゃになってる。その尻の穴にはもう、人差し指と中指が差し込まれてて、ゆるく出たり入ったりしてる。
 おっさんの指だけで、もう、そこらへんのしょぼいおっさんのと変わらない体積だから、やってるのと変わらない。
 爪先で奥をひっかれて締め付けたら、腸壁をこすげとるように指が出て行く。そしてちんこに直接響くところを挟まれて揺さぶられたら、もうたまらない。
「ぃぃっんぁあぁっあっ、、」
 股の間で蠢く星条旗に思わずしがみ付いてしまった。口は閉じられなくなって、声が抑えられなくなる。見たことないけど、尻穴が熱い。きっとすっげえことになってるんだろう。
 やばい、いきそう。
「、、っ、、ああっああっ、、くっ、、ちょっ、、おっさんっ!」
 ちんこも尻も弄られて、ふぉあんとしてくる。やばいって。こんなんじゃ、仕事になんねえよ。
 慌てておっさんを引き剥がそうとするけど、それどころか反対に動きが荒くなった。
 イケッてことかよ。
「ああっ、、ぁあっぁぁあんんっ」
 腰を動かして気持ちいいところにおっさんのが当たるようにしてく。もうぎりぎりのところに来てるから、簡単さ。
「ああああーーーっ!!」
 ほらな。
 きゅうって尻穴が窄まって、それに押し出されるみたいにちんこからちょっとだけ精液が出た。大人と違ってまだ量は多くない。
「OH!!!」
 それをおっさんは喜んで、飲み干してった。でもまだ足りないみたいで中に残ってるのを吸い上げてくる。
「ぁあああっ!!!!」
 イッたばかりで敏感になってることろへの吸い上げは、感じすぎて苦手だ。俺は慌てて体を起こして腰を引く。んで、次は俺の番だと、角材から降りておっさんのズボンに手を添える。
『いいぜ。坊主』
 おっさんも待ってたんだろう、ズボンを下ろすのを手伝ってくれた。
「…………すげ……」
 下着のしたから出てきた一物に、俺は息をのむ。
 目の前でゆらゆらと揺れてるのはまだ、半起ちなのに見たこと無いくらいでかい。完全に勃起したらどれくらいになるんだコレ。
 日本人なんて足元にも及ばないサイズに、昨日の客を不憫に思う。
『でかいだろ』
 おっさんが自慢げにチンポを扱いた。でかいです。はい。見ればわかりますから。
 俺はそれに手を添えてすんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅いで、一気に口に入れる。だって今のうちにしとかないとすぐに咥えきれなくなるぜ。
「ふうんっ、、んっちゅうっ」
 口の中を唾で一杯にして、ちんこをしゃぶる。どこかのエロ親父直伝の喉の奥もちゃんと使うのも忘れない。それでも半分くらいも咥えられなくて、余ったところは手で扱いた。
 ワザと音を立てて舐めてたら、ちんこはすぐに完起ちだ。もう口になんか入らない。
 両手に余るサイズのそれに、俺は息を吐いた。

 誰だよ。白いのはふにゃちんって言ったのは。
 こいつのデカイだけじゃないぞ。カチカチなんですけど。
 ってか、これ入るのか?

 今まで拝んだことのないのを目の前にして、思わず手が止まってしまった。これからコレを入れなきゃならないんだ。さすがに慣れてる俺でも二の足を踏んでしまう大きさに、まじまじとそれに見入ってしまった。


『怖くなったか?ギブアップするか?』
 戸惑ってたら、おっさんの嘲笑と英語が降ってくる。何を言ってるか分からないけど、馬鹿にされてるのは分かるぜ。
 俺だって、コレで食ってるんだ。ちゃんとやることはやってやるさ。
 俺の唾でテラテラとしてる先っぽを舐めて、おっさんを見上げて煽るように笑う。
『後悔するなよ』
 おっさんがその気になったみたいだ。
 あー。なんて言ってるんだろ。英語が分かればいいのにな。
 頭を撫でる手を感じつつ、頭の悪いことをちょっと後悔してみた。おっさんのしゃべってることが理解出来たら、これ入れなくても金もらえたかもなんて考える。
 ま、そんなの関係ないか。


 俺は角材の上に体を預けて、おっさんに尻を向ける。薄い尻肉は簡単に左右に割れて尻穴を晒すことになる。おっさんがまた笑った。
「いいぜ」
 自分で穴を開いて腰をくねらせて、おっさんを誘う。
 上体を捻ったらおっさんがのしかかってきて穴が開いたとこに、熱い先っぽが当たってきた。
「んっ、、、、!」
 自分で大きくしたとはいえ、あの大きさに思わず緊張してしまう。
『力を抜かないと入らないぜ?』
「ふうっ、、、んんっ」
 じりじりと穴を圧迫されて、薄く開いたところに潜り込んでくるおっさんのモノ。まだ全然入ってないのに、圧迫感が尋常じゃなくて、体の力を抜かないといけないのに、上手くいかない。
「ぁぁあっ、、、、、んっ、、ふうっ」
 くそっ。上手く入んないぜ…
 ふうっと大きく息を吐いて緊張を解こうとしても、確実に怖気づいてるから上手く出来ない。まじ入んないかも。
「んんんっ」
 どんなに頑張っても、先っちょしか入らなくて、つま先立ちの脚がぶるぶると震える。
 焦れば焦るほど、体が硬くなる。
『手伝ってやろうか』
 入らないのに、背後のおっさんは全然気にしてないみたいで、腰を突き出したままじっとしてる。と、思ったらおっきな手がするっと動いて、萎びて垂れてたちんこを握ってきた。
「っぁあっ」
 くりくりと摘んだり弾かれたりして、血液がそこに集まりだしてきて、尻が少し解れる。
 でも、まだまだ、おっさんのを受け入れるには全然足りない。先っぽがちょっと進んだだけで、本体のほとんどが残っているんだ。
 どうしようと思ってたら、うなじに熱い衝撃が来た。
「っつ!!!」
 ああ、おっさんに噛まれたんだって理解する前に、尻から音がした。正確にはおっさんのちんこが俺の中に入ってきたんだ。
 本当に、ずるんって音を聞こえたんだ。と、同時にうなじに歯型が残るくらいの力で噛まれてる。
 でっかいおっさんに覆いかぶされて、首を噛まれた体勢のまま、どんどん中に入ってくるおっさんのモノ。
 カリの部分が入れば後は、押されるまま中に侵入してくる。っていうのは簡単だけど、実際はそうじゃない。
 体験したことのない最大級の大きさに、穴が裂けてしまいそうだ。ものすごい圧迫感に、ぎゅって角材にしがみ付いて絶える。
「、、、、、、、、ん、、、、」
 パクパクと魚のように口を開いても、声も出やしない。息苦しくて全身に汗が噴出して体がびくびくしてどうしようもない。
 肉を巻き込んで、どんどん中に入ってくるおっさんのモノ。万年栄養不足で皮しかない腹におっさんの形が浮かび上がってきてもおかしくないほど奥まで、ぐいぐいと遠慮なく突き込まれてくる。
「、、、、はっ、、、んっ、ぁ、、」
 身長は倍くらい違うから、おっさんの足が断然長い。つま先立ちになっても足りなくて、入ってくる力に押されて身体が角材の上にずり上がって、地面から足が離れてく。そしてやっと全部が入れることが出来た。
「ぁっはぁっ、、おっさ、、、んっ」
 めいいっぱい広がってる尻が熱い。おなかの奥まで広がってる感覚に目眩がしてくる。ああ、でも、こんなの序の口なんだよな。まだ始まったばかりだし……おっさんが射精しないと終わらないんだ。
「んぅっ、、」
 肉を摩擦しあって、奥を何回も突かれて、何回も経験してきた頭が真っ白になる感覚に、尻が期待に疼く。
 でも、未知の大きさに怖さもあるのも確かで、出来るだけ身体に負担にならないように、じっとしてたら、太い指が顎に廻ってきて後ろに向けられる。
「んあっ」
 振り返りざま唇を塞がれて、舌が潜り込んできた。分厚い舌が口の中を暴れてる。強引に舌を吸い出されておっさんの中に引き込まれたりもした。どっちのか判らない唾液が俺の頬を伝って木材に染み込んでく。
「んっ、、ふっん、、ああああっ」
 すき放題、俺の口で遊んでるおっさん。きっと俺の尻孔が慣れるのを待ってるのだろう。さすがに人種の違いを心得ているらしい……って、その前に大人と子供か。
 でも、時間もあまり無いみたいで、そろそろと腰を使い始めた。

「ぁっぁっぁっ、、、んっ、、ふぅんっ」
 最初は小幅な動きで出入りして俺の様子を伺ってる。
「ぁっあああつ」
 ぴっちりと伸びた孔がまくれて、おっさんの引き出されそうになったら、次は中に入ってくる。
 切れないように注意してるからか、俺の頑張りが通じたのか、徐々に尻がおっさんのをなじんできたみたい。粘膜を守ろうとする生理現象もあって、次第に速度を幅が大きくなってくる。
 限界に広げられた尻孔が、おっさんのを頬張って、抜き差しにあわせて形を変えて、真っ赤に充血してる。
『いいぜいいぜ。日本のガキが俺ので壊れないなんて初めてだ!』
 息の荒くなったおっさんが口笛を吹いて、腰使いが激しくなってきた。それに合わせて宙ぶらりんの脚が力なく揺れてる。
「あっあっああっんんんんっおっさぁっ」
 摩擦で腹の中が痺れてくる。気持ちいいとことを全部押しつぶされて、圧迫されて、頭の中がパチパチしてくる。
 尻がから腹の中、そして背筋からせり上がってくる衝撃に、俺は角材にしがみ付いて耐えた。
「ああっああっあっあっ」
 快楽にだらしなく垂れた涎が頬を汚す。
「ぃっぁっ」
 今まで誰も入ったことの無い奥の奥を捏ねられて、腹の中を拡張されて苦しいのに、それ以上の快感があって、頭の中が真っ白になってしまいそうだ。これじゃ、仕事になんないぜ…
「ぁっ、、、ぃっくっ」
 ちいさく主張している俺のちんこもおっさんに合わせて揺れてて、限界はすぐそこだ。
 でかい肉に摩擦されて、尻から広がる快楽に、下腹全部が溶けていく。
「んっ、、あっ、、早くいって、、くれ、ああああーーっ」
 木材に白い体液が飛び散ってった。
 潤んだ視界の向こうで、おっさんが唇を片方だけ吊り上げて笑ってるのが見えた。
 まだ、尻の中にいるおっさんはイク気配が全然なくて、俺は泣きそうになった。


 でも、それから、おっさんが満足するまで俺は本当に何回も泣くはめになったんだけど………





 辺りが夕闇色になるころ開放された俺は、交渉した倍の金とチョコレートをもらった。

 手の中にあるチョコレートを木箱にしまって、金は丸めてポケットに突っ込んだ。
 これで遊戯に家賃が払えるし、静香には鉛筆とノート、新しい洋服も買ってやれる。
 いつも、杏子のお下がりだったり、遊戯の勉強道具を借りてばかりだから、勉強もしづらかったはずなんだ。アイツは俺と違って頭がいいから、どんなことをしても学校に行かせるんだ。
 働けない親父の変わりに、静香には恥ずかしい思いなんかさせないぜ」


 だから、こんなことどうってことな………い。


 こんな、泥水を飲むような屈辱も、平気さ……



「魚でも買って帰ろう。みんな待ってる」
 ずずっと鼻をすすって、一番星が出てる空を見上げた。











******








 そして、


 俺は、また今日もくつみがきをしてる。路上に座って壁に持たれて、行き交う人を追う。
 この前の金はもう無い。
 さて、今日はどのくらい稼げるかな。

 物欲しげにおっさんを眺めてたら、反対車線に座る兄弟が目に入る。

 茶色い髪の背の高い少年と、真っ黒な髪の小さな男の子。あいつらも俺と同じように木箱に座ってるくつみがきだ。
 弟はいつも兄貴にくっついて、遊んでる。たぶん小さすぎて兄貴のしてる意味も分かってないだろう。ああして、兄貴に本を読んでもらったり、石を並べたりして、日がな一日あそこにいるんだ。


 周りの仲間が言うには、あの兄弟には両親がいないようだ。しかも外の血が混じってるらしく、頼る人もいなくて、橋の下をねぐらにして生活をしてる。
 だから、小さい弟を連れてるんだな。確かにあんなに小さいのを一人にするわけにはいかないな。もっとも、連れてくるのも気が引けるけど。


 こうして道を挟んで、客を待つ俺たちは不思議なことに一度も会話をしたことがない。というより、なんとなくいつも兄貴に睨まれてるような気がするのはどうしてだろう。

 目が合うと、すっとはぐらかされるのだけど、しばらくすると、やっぱり視線を感じてしまうんだ。


 同属嫌悪って言葉が頭をよぎる。多分、俺とアイツは似すぎてるんだと思う。生き方も信念も考え方も全然違うと思うけど、根っこの部分は同じなんだろうな。
 たぶんそう思う。
 変だけど。


 少し前に弟を話す機会があった。
 くりっと大きい翡翠色の瞳で笑う弟はモクバという名前で、外人のおっさんにもらったチョコレートをあげるとうれしそうに笑った。穢れのない天使みたいな笑みに俺の胸がぎゅっと痛くなる。


 こんな次代でなかったら。親が死んでなかったら。戦争なんてなかったら。この兄弟はどんな幸せに満ちた生活を送ってこれたのだろうか。
 もし、くつみがきなんてしてなかったら、学校で机を並べてたら友達になれてただろうか。

 どんなに考えても、虚しいだけなのにそんなことを考えてしまった。
 モクバの瞳があまりにも綺麗だったから。


 もっと話をしていたかったのに、兄に呼ばれて駆けて行くモクバ。
 その小さくなる後姿と、それを待つ兄貴の燃えるような青い色がいつまでも頭に焼き付いて離れない。

 そういえば兄貴の名前、聞きはぐったな。




『よお!』
 名前を聞けなかったことに後悔しつつ、道の向こうの兄弟のことを考えてたら、すうっと頭上が陰る。
 忘れもしない英語が降ってきて、顔を上げたら、おっさんが笑ってる。モクバの清浄さと正反対の欲望にまみれた嫌な笑いだ。
「……いらっしゃいませ」
 センチな思いに逃避しても現実は変わることなくやってくる。仕事だ。頭を切り替えて、おっさんの手を取る。
『坊主があんまり具合がいいもんだから、また来ちまったぜ』
 たばこ臭い息を吹きかけながら、上機嫌で話すおっさんが俺の背中に手を回してくる。路肩にジープが停めてあってどこかに行くみたいだ。
『乗れよ』
 やっぱり何をしゃべってるか分からないけど、背中を押されて俺は大人しくついて行く。

 さ、SEXしようぜ。
















 翌日、同じ場所に、あの兄弟の姿は無い。
 次の日も、その次の日も、兄弟は姿を現さなかった。ただアイツの居たところに木箱だけが取り残されていて、主を待ってるみたいにちょこんと置物のように置かれていた。


 俺は意を決してその箱を開くと、そこには仕事道具と、いつも読んでいた本が入っていた。
 何度も読まれた本は端が擦り切れていてたけど、汚れていなくて、アイツがどれだけこの本を大切にしてたかが伝わってくる。




 そして、裏には綺麗な文字で、『 瀬人 』と書かれていた。





 ああ、アイツは瀬人っていうんだ。
 アイツらしい綺麗な名前だな。

 にらみ合ってばっかじゃなくて、話をすればよかったかな。そしたら、友達になれたかな。
 同じ兄貴つながりで、話はいくらだってあったと思うぜ。


 なんてな。
 あれ、どうして涙が出るんだろう。

 路上から、子供が消えるなんてよくある話なのに、なんで、涙が止まらないんだ。


 後悔なんかしてないのに………



































 それから、瀬人とモクバはどこか金持ちの家に引き取られたって、風の噂が俺の耳に届いたのはずいぶん後になってからだ……
















 俺は今日も路上で客を待つ。










 瀬人からもらった本を手に。








 おしまい。

 







とりさまに捧げます