カラン
グラスの中の氷が綺麗な音をたてる。
静かな店内と一人の時間が、混ぜ越せになっていた思考をほぐしてくれていた。
一口、口をつけ、城之内は夕べのことを思い返していった。
「そうだ、夕べも一人になりたくて、ここに来たんだっけ…。」
ダブルベッド 2
城之内には彼女がいる。
名前は舞。
高校の先輩で、2つ年上の彼女だ。
今は大学に通っている、年上の彼女。
舞の飾らないあねご肌な気質は、城之内の好きなところだ。一見さばさばしているのに、時折見隠れする女性の繊細なところは抱きしめたくなるくらい、可愛らしかった。
付き合い始めて2年以上経ち、舞との仲はそれなりに上手くいっているほうだと思う。
が、最近は何かと喧嘩が絶えない。
城之内が就職してからというもの、時間のすれ違いが増えタイミングが合わないのだ。
城之内も忙しい仕事をやりくりしながら、舞との時間を作っているのだが、まだ、不満のようだ。ちょうど夕べも急な残業で、夜のデートをドタキャンする形になってしまい、舞と喧嘩になった。
仕事だから仕方がないのだという理由は通じず、携帯越しに派手な言い合いの末、城之内は謝りまくった。
ヒステリックに電話を切られ、どうして俺が悪いのかと釈然としない思いだけがつのる。そんなむしゃくしゃした気分を収めるために、城之内はこのバーに来たのだ。
いつものようにドアをくぐると、カウンターの一番端に長身の男が座っていた。
一目見ただけでわかるくらい、上質のスーツを嫌味なく着こなした男は、静かにグラスを傾けていた。
「あいつが先客だったんだっけ…。」
ひよっこの城之内とは違い、大人の男が酒を飲む姿はさまになっていて、城之内は無意識に店の一番奥のテーブルを選んだ。
なんとなく、男と同じカウンターで飲むのは気が引けてしまったのかもしれない。
運ばれてきた酒を口にしながら、城之内は男の広い背中をそっと盗み見る。何故だか、男から目を逸らすことが出来なかったのだ。
そんな城之内の視線に気がついたのか、振り返った男と視線が交わる。
「……っつ!」
その男の澄んだ蒼に、城之内の思考が少しの間停止して、気がついたときには新しいグラスを二つ手にした男が目前に立っていた。
「飲まないか。」
たぶん、それが男と初めて交わした、言葉だったと思う。
男は『 瀬人 』と名乗る。
城之内は珍しい苗字だと思った。
今になって思えば、
『 瀬人 』
を、名前ではなく、苗字と勘違いしたのが、すべての間違いの始まりだったのかもしれない。
もう、初めの礼儀的な挨拶や、どうでもいい話は思い出すこともできないけれど、男の落ち着いた物腰と、大人な雰囲気に城之内は惹かれた。
グラスを次々と開けていくうちに、アルコールの助けもあって、城之内は次第に饒舌になっていく。
「だろ?ひでぇと思わね?『また、残業なの?』だぜ、っていうかよ、あの時は残業自体を疑ってたんだぜ。ペーペーの俺に仕事を断るわけないじゃん。そう思わね?」
程よく酔っている城之内は、テーブルをバンと叩いて、一気にグラスを空ける。
「だからよ〜。俺は悪く無いんだぜ。俺は忙しいから無理だって言っただけで、舞はよ〜
『私と仕事のどっちが大事なのっ!』
だぜ?ひでえだろ?あいつは大学生で俺は社会人だっつうの。休みが合わなくて当然じゃないか〜〜〜。」
一言、愚痴が出てしまえば、あとは芋づる式のように、不満があふれ出してくる。
初対面を相手に話す会話ではないのだが、城之内の愚痴は止まらない。
「ドタキャンなら舞のほうが多いんだ。おればっか、攻めんじゃねえって、思わね?」
「それが女心というのもではないのか。」
「うっ…!」
「それだけ、大事に思われているということだ。幸せでわないか。」
照明に負けない深い蒼色にまっすぐみ見つめられて、城之内は言葉に詰まってしまった。
「くっー。やっぱ、大人な発言だね。」
にぱっと笑みをつくり、城之内はまた、酒を飲む。
「そうだな。貴様よりは人生経験は長いようだ。」
「ところで、あんた、いくつ?」
「さて。」
城之内は隣に座る瀬人をまじまじと見入る。
落ち着いた仕草や、物腰から想像するとかなり年上のような気もする。
だが、決め細やかな肌や、生命力を感じさせる雰囲気では、そんなにいってないよう感じだ。
実年齢を推測しにくい瀬人に首をかしげると、苦笑交じりに、瀬人が
「今年で32になる。」
と、教える。
「えっ!!マジ!!」
「不満か?」
大げさに驚く城之内に、瀬人はピーナッツをつまむ。
その指にきらりと光るリングが目についた。
「結婚してんの?」
「ああ。」
「かっこいいな。」
「そうか?」
「うん。かっこいい。大人の男って感じがするぜ。」
自分よりもずっと年上の男。
城之内は自分が瀬人と同じ年になったときには、こんなに落ち着いた男になっているのかと想像しようとして、やめた。
きっと、同じようにはいかないだろうから。
「褒め言葉として受け取っておこう。」
瀬人は小さく笑い、グラスを口にする。
ただ、酒を飲むだけなのに、その優雅な仕草は熟成された男を感じて、城之内は目が離せない。
酒を嚥下するときに動くのど元や、綺麗な指先がセクシーだ。
「瀬人さんの奥さんって、幸せだろうな。」
城之内はぼそりとつぶやいた。
嫌味じゃない体躯に、人を惹き込む笑み。
耳心地の良い低音も、
仕草の一つ一つが洗練されていて、
城之内の理想とする男の像がここにいた。
最高級の男を伴侶とした、女性はどんな人なのだろうか。
「そう、見えるか?」
「うん。そう思わね?俺が、もし、女だったら瀬人さんに惚れてると思うぜ。たぶん一目ぼれだな。」
「………?」
いぶかしげに目を細める瀬人に、城之内は慌てて、両手を振り、言葉を続ける。
「違うぜ、例えばの話さ。変な意味じゃない。男の俺から見てもかっこいいからさ。奥さんも気が気じゃないと思うぜ。浮気とか心配してるんだろうな〜」
「なるほど。」
瀬人は一つ頷くと、自嘲気味に唇をゆがめた。
「???」
そんな瀬人の表情の変化に、地雷を踏んでしまったかと思う城之内だったが、
「面白いやつだ。」
瀬人は静かに微笑み、
「俺の家で飲みなおさないか?」
と、城之内を誘った。
あぁ。そうだった。
おれ、そのままついて行ったんだっけ。
てっりき、奥さんがいると思ってたのに……。
誘われるがまま、ついていった先に待っていたのは、高級マンションの最上階だった。
瀬人曰く、ここはプライベート用の住まいで、家族がいる本宅は別にあるのだそうだ。
プライベート用と言い切る瀬人の経済力に、ぽかんと開いた口が塞がらなかった。
とんでもない人と飲んでしまったのかもしれない。
だが、広い占有スペースを持つ部屋は、一人で住むには広すぎて、がらんとしている。
狭いアパート暮らしの城之内にとっては別世界なのだが、無駄に広いだけに、寂しそうだという印象が強く残ってしまった。
もしかして、瀬人も寂しいのではないだろうか……。
先ほどとは違う瀬人の内面を覗いてしまった気がして、城之内は帰ることが出来なかった。
あいつの部屋で飲みなおして、
何、話したっけ?
注がれるペースに合わせて、酒を飲んでいたのはおぼろげながら記憶にあるが、やはり途中からは見事に覚えていなくて、目覚めたらベッドにいたのだ。
おれ、
とんでもないことやらかしたよな。
いまだに、ジンジンしている部分に、羞恥で顔が熱ってくる。
男として、とんでもないことをしたのだと、城之内は自分の軽率さを呪った。
顔を赤くして、自己嫌悪に陥っていると、透明な鈴の音とともに、入り口のドアが開いて、客が一人はやって来た。
「あっ!!!」
その、記憶に新しい姿に、城之内は思わず、グラスを取り落としてしまいそうになった……
はい。2。です。
城之内くん、夕べのことを思い出し中です。
ここまで、読まれればお分かりですが、社長、結婚してます!城之内くんも彼女がいます。今まで書いたことのない設定に、どきどきしながら書きました。
社長おっさんだし、城之内くんも18オーバーだし。難しかったですが、ものすごく燃えてます。
今度ML風味を目指してみたいのですが〜〜どうなることやら。
原稿が、(ちび城)エロばっかだから、反動かもしれません(苦笑)
背景はこちらでお借りしました。