『J』10


「う〜ん、似合ってるかな…」
 滅菌処理をした洋服を受け取った城之内はさっそく袖を通す。
「俺の見立ては完璧のようだ。良く似合ってるぞ。」
「本当か?おかしくないか?」
 立体映像とはいえ、初めて外に出ることになった城之内は緊張しっぱなしだった。
 あの会場でデュエルをすると想像するだけで胸がドキドキしてくる。城之内は胸に手を当てて落ち着こうとする。
「おいおい、まだ本番は先だぞ。今から緊張していてどうするのだ。」
「だってよ〜。お前と違うんだってば。」
 城之内は穿きなれないスニーカーの紐を結びなおした。
「大丈夫。城之内ならやれるから。」
 海馬はなかなか上手く結べない紐を結ぼうとして……
「……ぁあ、すまない…。」
 海馬の手が城之内の足をすり抜ける。
「自分で言うのもなんだが、上手く作りすぎたかもしれんな。こうしていると隣に城之内がいるように錯覚してしまうぞ。」
「………だな。俺もそう思うぜ。」


 今、海馬は本社の社長室にいる。
 城之内が着替えたから見て欲しいと立体映像を送ってきたのだった。海馬の目の前に現れた普段着姿の城之内。もちろん城之内の病室にも海馬がいる。
「さすが、海馬さまだぜ。理屈を解ってる俺でも錯覚しちまうぜ。」
 靴ひもをなおした城之内が立ち上がる。
 
 その姿はディスクを通しているとは思えないほど、完璧に再現されていた。



 でも、



 完璧であればあるほど、



 城之内と海馬の心に寂しさを募らしていった。



「明後日の本番が楽しみだよな。デッキは完璧だし、絶対に俺が優勝してやるぜ。」
「では、優勝商品を用意せねばならんな………っと、優勝するためには遊戯はもちろん俺様も倒さねばならんぞ。出来るのか?」
「なろっ!おれはやるっていったらやる主義なんだ。ぜってぇ、海馬に勝ってやるんだ。」



 勝って、優勝して、海馬に告白してやるんだ。



 優勝出来たら、病気にも勝てる………そんな気がする。
 ここから、出て自由な世界に飛び出してやるんだ。



 海馬と出会うことで、単調だった城之内の日常が色を変え世界が広がっていった。
 生きる希望さえなく、ただ、生きていただけの時から、
 少しだけ未来に夢を見れるようになっていた。
 あとは、その夢を掴むだけだ。



 城之内はひきだしの中から組み上げたデッキを手にすると、海馬にドンと突き出した。
「これで、海馬に勝つぜ!」
 

 海馬は子供のように笑う城之内に表情を緩める。
 こうして目の前にいる城之内はやっぱり病人に見えなかった。しかし、日に焼けたことのない白い肌。華奢な体つき、何よりも細い手首に巻かれたままの点滴の管が城之内の長い入院生活を示していて、海馬の胸を締め付けた。


「城之内………。」
「………………っ!」

 海馬がデッキを握る城之内の手をそっと握りしめる。
 もちろんすり抜けるだけで、体温も肌を合わせる感覚はないけれど、城之内に触れてみたかった。
 そこにいるのに触れられないもどかしさは、病室にいる以上に海馬の心をかき乱す。
 

「大会が終わったら、すぐに治療に入るぞ。必ず病気を克服しよう。」
「かいば………。」
 海馬の真剣な気持ちが城之内の中に染みこんでいく。諦めていた生への執着がもどってきた。
「ありがとう。俺、元気になりたい……ううん、絶対に元気になってやるんだ。」



 カードも握り締め、力強く頷く瞳に涙は無い。



*****



 夜になり病室は消灯となった。
 もと通りパジャマ姿の城之内は、窓から街の灯りを見下ろしていた。色とりどりの色が街を照らし夜空がぼんやりと霞んでいて、カイバコーポレーション本社ビルも灯りが点いている。
 海馬もまだ、仕事をしているのだろうか。

 いつか元気になって海馬と街を歩きたい。
 誰でも普通に持っていることが、城之内にとって一番の願い。
 城之内でさえ諦めていた治すことの困難な病気も、海馬とならは乗り越えることが出来るかもしれない。 
 城之内は丁寧にたたんでテーブルの上に置いた洋服とスニーカーを手にして、デュエルディスクのスイッチを押す。


 小さい軌道音と共に病室にデュエル会場が映し出される。
 非常等の灯りだけのがらんとしたステージに立ち、大きく深呼吸を一つ。
「へへっ。もう少しの我慢だもんな。ここでデュエルをするんだな。
 絶対に優勝して、で、もってここから出てやる。」
 右腕を高く突き上げる。





「あっ?」


 天井を見上げた城之内の目に光が映る。



「ははっ。
 バグ、見っけ。
 明日、海馬に教えないと。」



 大会会場の立体映像に映し出された天井の一部に穴が開いていて、そこから満点の星空がのぞいている。

 海馬と見た、無数の星が輝く無限の宇宙。


「おもしれ〜っ。海馬でもミスするんだな。」
 現実世界では見ることはない光景に城之内は、ごろんと仰向けに寝転んで切り取られた星空を眺めた。









 海馬



 大好きだぜ。






お前に勝ったら、告白してやるぜ。











琥珀の瞳がゆっくりととじた。 




 
 








 
 じゅうです。
 短文をずらすらと申し訳ない…
 あくまでもBLを目指しておりやす。
 
 台風がきふじんの家に向かってきています。直撃です。うはあ…
 
 背景はこちらでお借りしました。
 LOSTPIA