『J』2







 翌朝

 静かな、静かな食事風景がそこにあった。
 

 静かなのはいつものことなのだが、今日は一段と兄弟に会話が無い。


 昨夜のデュエルを自分の部屋で観戦していたので、兄が敗北していたのは知っている。モクバは兄が負けたという事実に眠りに付く事が出来なかった。

 明け方近くにようやく、うとうとしたが寝不足になっている。海馬もまた眠れなかったのか、目が真っ赤に充血していた。
 
 モクバが何度目かのあくびをかみ殺していると、海馬は手を止める。そして、水で喉を潤すと、おもむろに口を開く。


「……『 J 』とデュエルをした……。」

「うん。見てたよ。」

「そうか……ならば、勝敗は知っているのか…。」

「うん……。」

 無邪気な好奇心からけし掛けたとはいえ、兄が負けるのは正直言い気持ちはしない。
 兄が言っていた、『たかが、ネットの世界』
 で、負けたという事実にモクバは罪悪感で一杯になってしまっていた。

「気にするな。」

 俯いてしまったモクバを慰める。

「でもっ…!…オレのせいで、兄さまが…」

「たかが、一度負けただけのことだ。次は俺が必ず勝つ。そして、必ず奴の正体を暴いてやる。」
 海馬の手が握り締められた。


「兄さまっ。」

 海馬がプライドが高いことは十分に知っているつもりだ。特にデュエルとなればその自信と、こだわりは天井知らず。
 その兄に勝ち、闘争心に火をつけた『J』


「モクバが気を病むことはないぞ。むしろ、俺はうれしいのだ。」
 青が深みを増している。
 海馬も凹むどころか、新しいデュエリストの出現に血が騒いでいた。

「夕べのデュエルの感覚からみて、『J』が相当の実力の持ち主だということが分かった。ネットでとはいえ、この俺を負かしたのだ。倒す敵は強いものほどデュエルは面白い。」

 

 世界トップクラスの実力の持ち主の海馬としては、最近のデュエルはつまらなかった。 大会を開いても、集まるのは手ごたえのないもデュエリストばかりで退屈だったのだ。
 ライバル視している遊戯とも、中々デュエルをする機会がなく、久しぶりの強敵の出現に、胸の高鳴りが収まらない。



「今夜こそ、必ず勝つ。」

「うん。兄さま。オレも応援するぜ!!」


 そう、今夜こそ無敗の『J』に記念すべき黒星をつけるのだ。

 


 二人の兄弟はまだ見ぬデュエリストに闘志を燃やした。








******








その夜―――




 予定より早く仕事を終わらせた海馬兄弟は、パソコンの前に陣取った。

 『J』と戦うために。







 やはり、夕べのように『J』はすぐに見つけることが出来た。そして、再度デュエルを申し込む。

 『J』はしばらく考え込んだ後、デュエルを受ける。


 
 『KAIBA』と『J』のデュエルに膨大な観戦者が集まってきた。その数はさながらデュエルの決勝戦のようだ。



 ネットの世界を通じて、再び対戦することになった二人。


 







 海馬は気が付いているだろうか。
 たかがネットの世界と蔑んでいたのに、その世界に引き込まれていっているのを。


『J』に惹き付けられているのを………










 一進一退の戦いを制したのは













『J』








*****





「そんな……。…ばかな……」
 自らの敗北が表示されているディスプレイを、信じられないと呆然と眺めている海馬。
 昨夜のように『J』を甘くは見ていない。反対に、遊戯以上の敵として戦ったはずだった。しかし、勝ったのは『J』

 カードの引きが悪かったという、言い訳はこの世界では通用しない。
 運も実力のうち。


 マウスから手を引き剥がすと、震えの納まらない手で、『J』に向けて、キーボードを打つ。




KAIBA : 貴様は誰なのだ。

J   : ………

KAIBA : 名前は明かせないのか。

J   : ………

KAIBA : 何故、貴様ほどのデュエリストが正体を明かせないのだ。






『J』さんが退出されました


KAIBA : 逃げるなっ!





『J』は姿を消した。


 まともな会話を交わす間もなく、消えた『J』に海馬はぎりりと、歯を噛み締める。









*****





 そして、




 その次の夜。海馬は再び、『J』を探してネットの中にいた。
 
 昨日と同じ場所に『J』はいた。まるで誰かを待っているかのように。

 海馬に連勝したということに、『J』の周りには沢山の人が集まっている。膨大な数の会話の中でも、『J』はやはり、言葉を発することなく、文字の海の中にいる。




KAIBA : 『J』今夜もデュエルを申し込む。

J   : …………

KAIBA : 『J』!

J   : あんたも、懲りないヤツだな。

KAIBA : しつこい性格なのでな。

J   : だろうな。デュエルをすればわかるぜ。

KAIBA : ついでに教えておいてやろう、俺様は待たされるのは嫌いなのだ。デュエルを受けるのか受けないのか、どちらだ。

J   : デュエル。やろうぜ。

KAIBA : 成立だな。その前に一つ。賭けをしないか?

J   : 賭け?

KAIBA : そうだ。俺が貴様に勝ったときには、名前を明かしてもらおう。

J   : なんだそれ?ルール違反じゃないのか?ここは偽名の世界だろ。

KAIBA : 貴様ほどのデュエリストが何をこだわっているのだ。明かせない事情でもあるのか。

J   : 俺が誰かなんて、どうでもいいことだろ……まあいいや、俺に勝てたら考えてやるぜ。

KAIBA : その言葉忘れるな。

J   : 自慢じゃないけどよ、俺は賭け事には強いんだぜ。






 傍観者たちにどよめきが走ったのは言うまでもない。
 『J』がここまで会話をすること自体が軌跡的なことだったし、上手く行けば正体まで分かるかもしれないのだ。
 

 海馬と『J』の賭けデュエルは一気に世界中を駆け巡り、今までにない人が見守るなか、二人の白熱したデュエルが繰り広げられた。







KAIBA : 賭けは強いのではなかったのか。

J   : ………

KAIBA : 勝利の女神かついたのは俺のほうだったようだな。

J   : ………

KAIBA : 約束だ。名を明かしてもらおう。





 『J』の正体を賭けたデュエルに勝ったのは海馬だった。
 これで、謎だらけだった『J』が誰なのか知ることが出来る。


 世界中が固唾を呑んで注目するなか、『J』は長い沈黙のあと、






「   J  : 一日考えさせてくれないか。   」




 


 ブーイングが上がる中、それだけを言い残し、夕べと同じように『J』は姿を消した。















 そして、次の日、カイバコーポレーションに一通のメールが届く。
 もちろん、宛名は海馬。

 差出人は『J』









「灯台もと暗し」とはこのことか。




 メールの内容を見て、海馬は苦笑した。






 
 こんばんは。JさんをUPしました。
 次回は『J』さんの正体が分かりますね……って、誰が見ても分かるだろっ(一人で突っ込んでおきます)
 と、最悪の男と同じように、都合の良いように設定を頂いてしまっています。
 中にある、胡散臭いネットの世界です。クレームは無しにしてください。
 『J』さんは誰ですかね……ふふふ…っ☆
 
 背景はこちらでお借りしました。
 LOSTPIA