『J』6




海馬は次の日も病室にいた。
 愛用のパソコンと、夕べ持ち込んだ機材を調節して立体映像の精度を上げる作業を黙々とこなしている。

 パソコンと機材の間を行ったりきたりする海馬の様子を、城之内はニコニコ顔でガラス越しに眺めている。
 専用の工具を使う整えられた長い指先や視線を落したときに出来る長いまつげの影を追い、病室にいることも忘れて真剣な表情で作業に取り組む海馬に鼓動を高鳴らせていた。

 小一時間ほどの作業が終わると、調節が済んだようで海馬の手が止まる。

「終了だ。」

 そう言うと海馬はポケットから携帯を取り出し、モクバを呼び出した。二言三言、電話の向こうに指示をだすと、キーボードを押した。


「わあっ!!」

 夕べと同じように病室が、会場へ姿を変えた。
「モクバがいるぜっ!!」
 会場の映像と共に城之内の目の前には、手を振るモクバが現れる。
「ようこそ。城之内。待ってたぜ。」
「ははは。やっぱすげえや。夕べより断然すごいぜ。」
 城之内は興奮を隠さず周りの景色を見渡す。

 城之内が驚くのも無理は無い。
 立体映像に映し出された会場は、大会の設営をするスタッフが忙しそうに行きかい、話し声や大工仕事の音など、本物そっくりに再現されている。
 スタッフの熱気や空気の流れまで伝わってくる臨場感に、神経が高揚してくる。

「当たり前だ。俺は海馬瀬人だぞ。不可能は無い。」
 と、言う海馬もまた、予想以上の出来栄えにうれしそうにしていた。

「こっちからもばっちりだゼ。城之内の影まで綺麗に写ってる。ぱっと見じゃ、立体映像なんて分からないぜ。」
 モクバは城之内の周りを何周も回って確認する。我が兄ながら短時間でここまでのものを作ってしまう才能に感嘆した。
「これなら、いつ本番になっても大丈夫。
 良かったな。城之内。俺も今から楽しみダゼ。」

「ありがとう。モクバ。海馬。」

「これくらい、当たり前だろ。城之内は大会を楽しめばいいんだぜ。」
「そうだ。城之内はこの大会のスペシャルゲストだからな。」


「ありがとう…」


 海馬とモクバの心使いに、城之内の喉の奥がつんと熱くなる。





*********






 会場の映像からもとの病室に戻ると、二人はいつものようにガラスを挟んで向かい合う。先ほどの熱気は嘘のように覚めやり、病室はいつもの静けさに戻っていた。
 


「ところで、城之内はまだエントリーしていないだろう?」
 城之内は肝心のデュエル大会の申し込みがまだしていなかった。
「……。」
「ネットでも出来るから済ませておくんだ。まぁ、してもしなくても、城之内はスペシャルゲストとしてエントリーしてもらうから、どちらでも構わないが。」
 ガラスの向こうで海馬は脚を組みかえる。
「……だってよ……最後の『願い事』が書けなくてさ……」
 城之内は困ったように頭を掻いた。



 毎年7月7日に行われるカイバコーポレーション主催で行われる七夕デュエル大会の優勝者には、優勝商品としてなんでも一つ願い事を叶えてもらうことが出来た。
 七夕の笹飾りにちなんで始まったことなのだが、これが非常に評判を呼んで毎年参加者が増えていた。



「何を迷うことがあるのだ?城之内の願い事を書けば良いだけではないか?」

 〜願い事を書く。〜

 簡単なことがどうして出来ないのかと、首をひねる海馬。


「願い事っていってもなぁ……。」
 やはり城之内は困っている。
 長い闘病生活の中で全てを諦めてきた城之内に『何か』を願ったことが無かったからだ。
 


 もしも、願いが叶うなら……

 その願いは叶うことは無い。



「でもよ、何でも願い事を一つ叶えるって、大丈夫なのかよ。
 もし、優勝した奴が、カイバコーポレーションの社長になりたいとか、世界征服がしたいとか買いてたらどうすんだ?」

「そんな心配は無用なのだ。
 第一、邪で不順で荒唐無稽な願いを持つものが優勝するはずない。
 それに、万が一決勝まで勝ち残ったとしても、この俺様が、いるからな。そうそうに実現できるものではないのだ。」

「ははっ。すっげえ自信なんだ。」

「海馬瀬人だからな。それに、遊戯もいる。ライバルでもあるが心強い時もある。」

「ちょっと他力本願だぜ。」

「しかし、今年からは遊戯より頼りになる奴が現れたわけだから、俺は安心して大会運営に回れるぞ。」

「ふうん。へぇ……よかったな。」
 テーブルに頬杖を付いて、にこにとこ微笑む城之内。

 誰のことを言っているのか分かっていない鈍感な城之内に、海馬はふうっと息を吐く。
「ばか者が。頼りになる奴とは城之内のことだ。」



「    えっ    俺  ?   」



 手て支えていた顎がずれた。



「城之内意外に誰がいるのだ?この俺と対等にデュエルをする人間はそうはいない。」

 海馬の真摯な眼差しが城之内を真っ直ぐに見て、

「…………。」

 顔が赤く染まる。



「よほどのツワモノが出てこない限り、決勝に残るのは俺と、城之内だろう。だから、願い事を決めておけ。」


 海馬はベッドサイドに置かれている、ノートパソコンを指差した。



「わかった。考えておくよ。決まり次第、エントリーする。」

 海馬の青い視線に、動悸が治まらない城之内は、思わず時計に目をやった。いつも海馬と過ごす時が楽しくて、時間も気にならないくらいなのだが、今日は居心地が悪い。


「もう、こんな時間だぜ。海馬、仕事は平気なのか?」


 機材の調整に時間がかかったために、とっくに会社に戻らないといけない時間を過ぎてしまっていた。海馬も腕時計を見て時間を確認すると、座っていた椅子を壁際に立てかける。


「すまない。社へ戻らないといけない時間だ。また夜にくるから。少し休んでおけ。」
 

 海馬の手がガラスに触れ、そこに城之内のが重なった。

「それから、願い事に“病気が良くなりたい”とは書かなくていいぞ。
 城之内の病気は俺が治す。
 今、医者を集めてチームを編成中だ。大会が終わり次第、本格的な治療をする。」

「えっ……?」


「俺は約束は守る男だ。必ず城之内をここから出してやるからな。」





「ありがとう。」
 城之内は精一杯笑顔を作った。
 城之内の病気を治すために、大会に出れるようにするために一生懸命の海馬に対して、今の城之内に出来ることはそれしかなかった。


「気をつけて仕事してこいよ。」


 その笑顔を崩さず、城之内は海馬を見送った。







***********





 城之内はベッドへ戻ると、パソコンを立ち上げる。





  


 そして、願いごとを打ち込んでいった。




『優勝したら、家族を旅行へ招待したい。』





と。








「ま、こんなところが無難かな。」
 城之内は窓から見える、カイバコーポレーション本社ビルを見た。 
 あそこに海馬が居る。








『俺の本当の願いはきっと叶わない。』

 




 城之内はまだ海馬の体温を記憶している掌を合わせた。










 
 ろくです。
 たぶんあと数話で終わると思います。
 いろいろ、たまりごとがあるのですが、本日は撃沈させてください。
 なばりさん!!バトンは受け取ってますから!!
 では。
 
 背景はこちらでお借りしました。
 LOSTPIA