「………では、その件は任せた。モクバの思うようにするといい……。」 本社の執務室で海馬はいつものように仕事をしている。ここでの海馬はイチ実業家の顔だ。厳しい目で書類に目を通す。 妥協は決して許さず、自分にももちろん他人にも甘い顔はしない。 城之内の知らない、海馬のもう一つの顔。 どちらかといえば、城之内と相対している海馬のほうが奇跡に近いのかもしれなかった。 一週間後に迫ったデュエル大会の会場に付きっ切りのモクバと、簡単な打合せをすると海馬は携帯を切る。 海馬にない、モクバの自由な発想は大会を形作っていく上で重要なポイントになっていた。モクバの副社長という立場を確立していくためにも、この大会の成功は重要な鍵だ。 「……ふぅ…」 携帯を机に置くと、海馬は大きなため息をついた。 弟の仕事ぶりを信用しつつも、ところどころに見え隠れする危なっかしいところに心労が耐えない。 『モクバなら大丈夫さ。アイツはああ見えても、結構しっかりしてんだぜ。』 ふいに、城之内の言葉を思い出す。 病室で、柄にも無く気弱なセリフを吐いたときに城之内が言っていた言葉だ。 制約された世界で成長してきたからか、天性のものか、城之内は人の本質を感じ取る不思議な力を持っているようで、何気ない会話をするだけで海馬の中の鬱積したもやもやしたものを拭い去る。 「情けない。逆に癒されているとは……相手は病人なんだ…立場が逆ではないか…。」 海馬は目頭を押さえた。 城之内と出会ってから、海馬の中から城之内の存在が消えることが無い。 一人自室に居るときはもちろん、仕事中でさえ城之内のことが気になって仕方が無かった。 今は何をしているだろうか 身体の具合はどうだろうか 昨日は疲れさせてしまってないだろうか 笑っているだろうか 泣いているのではないか こころ穏やかに過ごしているか 分厚いガラスの向こうにいる、決して触れることの許されない人に海馬は思いを馳せる。 城之内は気づいているのだろうか……… 冗談を言って 屈託無く太陽のように笑っているときでさえ 絶望を背負っていることに 光が濃くなれば濃くなるほど、影は色濃く張り付いていく。 あの部屋から出たいと切望しているのは、城之内自身。 でも、それがどんなに困難なことなのかは海馬にも痛いほど分かっていた。 いつ、途切れてしまうかもしれない、未来への糸を懸命につむぐ城之内の命。 海馬はどんなことをしてでも、城之内の手助けがしたかった。 戯れに城之内を傷つけてしまったことへの償いのために……… 「違うっ……そうではない…っ…償いではないのだ……俺は…俺は…城之内に生きていてほしい…あの部屋から連れ出して自由にしてやりたい……っ…」 海馬は立ち上がると窓から城之内のいる病院をさがした。 病室に映し出された宇宙で肩を震わせていた城之内。今までずっとああして誰も居ないところで、泣いていたに違いない。ただ一人孤独な空間で取り残されて。 その背中を抱きしめたい。 一人ではないのだと、孤独ではないと教えてやりたい。 二人を隔てる壁を越えて……… 「城之内……」 熱いものが海馬の胸一杯に広がっていった。 はちです。 短いですが、こんなので。 海馬さんいい人すぎですね。今日久々に原作を読んだらそう思いました。 ありえない? なんだか、忙しい8910月になりそうです。 背景はこちらでお借りしました。 LOSTPIA |