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『アルカトラズ』 ドミノ町の遥か沖合いに建設された刑務所。 周囲20キロの小さな人工島はコンクリートの高い壁に囲まれ、見るからに物々しい風体だ。 殺人・窃盗・傷害・強姦…… さまざまな罪を犯した人間が送り込まれてくる場所。 主に更生不可能とされた凶悪犯が多く収容され、この島で人生を終える者も少なくない。 近年、社会不安から犯罪者が激増し、既存の刑務所の収容能力に限界が来ていた。そこで、政府は民間に委託することを考えた。 いくつかの企業と自治体が名乗りを上げ、そのうちの一つがカイバコーポレーションだった。かくして、『アルカトラズ』が生まれる。 見渡す限り360度を、海に囲まれたそこは決して脱獄をすることは出来ない。 泳いで逃げようにも、海には人食いサメが待ち、空を飛んで逃げようにも人の背中に羽ははえていない。 ここに入ったが最後、大人しく刑期を全うするしかないのだ。 「城之内ですが、父を…」 何度目のことだろう。親父がまた、事件を起こしやがった。 入り浸っていた酒場で他の客とトラブルになり派手な乱闘騒ぎになった。 悪酔いした者どうしの諍いとはいえ、警察に通報されて親父は一晩留置所にお泊りだ。警察も常連の親父になれているのか、俺の配達範囲にドミノ署が入っていたからか新聞を届けたついでに、親父のことを教えてもらった。 「君も大変だね。」 受付の警官がこれまた、いつものごとく同じセリフを言って親父を連れて来る。 「……帰るぜ…」 酔いが醒め、申し訳なさそうに背中を丸めた親父。そう、この父親はしらふだと少しだけまともな思考を取り戻す。 「すまん…な。…克也…」 親父のトラブルに付き合うたびに聞かされる謝罪。耳にたこが出来るくらい聞き飽きている。 悪いと思ってんなら、酒やめろよ。 喉元まで上がってきている、言葉を諦めとともに城之内は飲み込んだ。 アル中で酒乱の親父に何を言っても意味がないと、城之内自身が一番知っているから。 しらふの時は気の弱い情けない性格なのに、アルコールが一滴でも入ったとたんにその性格は一変する。 おふくろもこれで、出てったんだよな。 ふぅ。 ため息をつくと、父親を自転車の後ろに座らせて城之内はペダルに足をかける。一組の親子は日の昇ったドミノ町に紛れていった。 酔っ払い同士の喧嘩とはいえ、相手に全治数週間の怪我を負わせて、店にも損害を与えてしまった。 警察ざたにはならなかったけれど、それと引き換えに親父には治療費やら、店の修繕費やら、慰謝料やら莫大な金額の請求書が送られてきた。 駄目ダメ親父はまともに働くことをしないから、返す当てなどあるはずもなく、必然的に家族の俺が、連帯責任とか御託を並べられて払わなければならない羽目になる。 日々の生活だけでも精一杯だったのに、7桁の請求額は途方もない金額だ。どんなにがんばっても高校生の城之内に与えられる時給はたかが知れている。請求書を手に城之内は、いっそのこと親父が逮捕されれば良かったのにと考えた。 「あ〜ぁ。なんか、良い仕事ないかなぁ……俺が女だったら即エンコーだな…はは。」 7桁の金額を稼ぐには何人と寝るんだろうと、いけない事を考えつつ配達所で折込の求人チラシをため息まじりに眺める城之内。幸い、もうすぐ夏休みだから一日を労働に当てることが出来る。所詮、焼け石に水でしかないが、少しでも良い時給をさがして一つ一つ会社をチェックしていった。 くるくると器用にボールペンを回して、チラシを見る様子は悲しいことに年季が入っていた。 「いいとこないかなぁ………っぁ！」 数枚目のチラシにある会社に目が留まった。ボールペンを持つ手が震えるのが分かる。
「まじかよ…やったじゃん。上手くいけば返済できるかも…！」 城之内は基本給と、日当、時給の金額を確認すると、卓上の計算機を弾いた。夏休みだけでは足りないが、もし、採用されて長期の契約が成立すれば、冬までには返済出来るはずだ。 「やったっ〜！」 城之内は思わずガッツポーズをする。 しかし、その求人が地獄行きの片道切符になるなど思いもしなかった……。 「たくよ〜っ。くそ親父のせいでなんで俺が、こんなとこで働かないといけねーんだよ。」 城之内は船に揺られて潮風に吹かれている。当然のことながら、周りは海だ。 求人広告を見たその日に履歴書を送って、数日後には採用の通知がきた。 これで借金がなんとかなると一安心したのもつかの間、同封されていた業務案内に城之内は愕然となり、隣にいた親父は笑い転げた。 「監視員って、刑務所だったのかよっ？信じられねぇ。」 「はははっ、父親の代わりにきばって、ご奉公してこいや。」 「ったくよっ！誰のせいで苦労してるとおもってんだよっ！このくそ親父っ。」 借金の元凶の親父の代わりに息子が刑務所行きだなんて、ふざけすぎだ〜。 世の無常と安易に履歴書を送った行動の浅はかさに嘆きつつも、生活のために仕方がないと城之内は荷物を纏めていった。 「くそ親父っ、今度こそ施設にいれてやるっ。」 城之内は苛立ち紛れに海に叫んだ。 めいいっぱい稼いで、父親のアル中を治すんだと、見た目以上に健気な高校生は少しだけ未来に思いを馳せる。 視界の先に『アルカトラズ』は異様な風体を現し始めた。 「すげっ…！」 『アルカトラズ』を目前に、城之内は圧倒されている。 見上げなくてはならないほどの、高さのコンクリートの塀。ところどころに監視用の小窓がある。 要塞と呼んでもふさわしいほどの巨大な建築物に、思わず息を呑んだ。 「よくこんなの作ったよな…どこから入るんだ？」 城之内が疑問をもつのも無理はない。砂浜や、港といった風景がどこにも見あたらず、延々とコンクリートの壁が島をかこんでいる。 「島…？って呼んでいいのか？これ…？」 生まれてからほとんどドミノ町から出たことのない城之内は、映画や本から得た貧相な知識を呼び起こして、初めてみる島を観察する。 船は徐々にスピードを落とし、島に沿ってえい航していった。すると船の到着に合わせて、壁の一部がゆっくりと動き出すと、ぱっくりと切り抜いたように入り口が現れる。 「うわぁっ！開いたっ！」 音も無く静かに動く壁…正確には壁と見せかけた門なのだが、目の前に広がるＳＦのチックな世界に城之内は口を開けて、魅入られる。 「すげぇ。かっこいい…」 罪人として島に来たわけではないというお気軽な心理が働き、城之内はすっかり観光気分になっている。船は門の中へ進み、やがてドッグに停船する。 「おっと、荷物、荷物っと。」 軽い衝撃が到着を伝え、城之内は当座の荷物の詰まったリックを背負った。 「さてと、いっちょ、稼ぎますか。」 ぱんっと頬を軽く叩いて、気合を入れ下船していった。 「紹介しよう。本日付けで業務につくことになった、城之内克也君だ。」 船を下りると上司らしき人が待っていて、城之内は落ち着く間も無く施設内へ移動していった。ちょうど、午後の引継ぎミーティングがあるということで、着替えることもままならないままに、職員一同が集まる部屋に連れられていった。 フロアには80人ほどの職員が整列している。後で教えられることだが、これで全体の三分の一の人数らしい。 「城之内です。よろしくご指導をお願いします。」 フロア全体に通る声で城之内は挨拶する。 「では、君の指導は本田に任せるとしようか…本田っ、前へ。」 「はい。」 職員の列の先頭に立っていた、青年が一歩前に出る。 「新人だから、そのつもりで指導するように。」 「はい。」 本田は背筋をぴんと伸ばし、敬礼する。 （うわぁ……決まってるなぁ…） 本田のさまになる仕草に見とれつつ、城之内はにっこりと営業スマイルを浮かべ頭を下げた。 「先輩、よろしくお願いします。」 「ああ。こちらこそ。」 城之内の紹介が終わると、引継ぎが淡々と進行し、それぞれが持ち場へと散っていった。 「本田先輩、よろしくお願いします。」 解散後、城之内は改めて本田に話しかける。 「……ああ。じゃ、案内するから行こうか。」 リュックを手ににこにこする城之内を一瞥すると、本田はぶっきらぼうに答えた。 緊張の解けない城之内には、本田の舐めるような意味深な視線に気づくこともない。数あるバイト暦を持つ城之内だが、経験したことのない職場の空気の中で正常な思考がやや欠けているようだ。 「うわっ……！」 意外と足早な本田に追いつくべく、城之内が追いかける。 まず初めに連れて行かれたのは、城之内にあてがわれた部屋だ。 重々しい収容施設とは別に立てられたワンルームマンションのような建物。社員寮のようなもので所員にそれぞれ個室が用意されていた。 「わぁっ！…ここ使ってもいいんスカッ？」 個室まであるなんて……城之内は待遇の良さに驚いた。ワンルームとはいえ、広さはゆうに16畳はありそうなフロアに家具も完備され、とりあえずの生活には困らないように出来ている。父親の待つ自宅の何倍も住みよさそうだ。いっそのこと父親をここに住まわせたいくらいの気になってくる。 城之内は靴を脱ぐと部屋の中を見て回った。クローゼットを開けたり、トイレや風呂場を覗いてみた。 「先輩っ、すごいですね。」 「まずは、着替えろ。ほら、制服だ。着替えたら施設内を見てもらうから。」 本田は手にしていた制服の入った袋を渡す。 「はいっ。すぐに着替えます。」 城之内は着ていた洋服を脱ぐと、手早く制服に着替えた。 背後に本田がいることも気にならないほど……城之内は完全に舞い上がっている。 シャツとジーパンを脱ぐと、日に焼けた健康そのものの肌があらわになる。程よい筋肉とキメ細やかな手触りの良さそうな肢体に本田はごくりと唾を飲み込んだ。 「似合わね〜。」 着替えを済ませた城之内が帽子を手に鏡の前に立つ。 のりの効いた制服は借りてきた衣装のようで、少々恥ずかしい。 「気にすんな。そのうち見慣れるさ。まぁまあのもんだぜ？」 城之内のに帽子を被せると、ポンッと頭をはたく。 「そんなもんかな〜。」 もう一度帽子を被りなおす。 「今日からお前もここの職員の一員だ。取り合えず生活必需品はそろえてあるから、ここにあるものは好きなように使っていいぞ。」 「はい。」 待遇の良さに、城之内は押されっぱなしだった。たかが、監視員ごときにしては扱いがよすぎる。それとも今までのバイトが待遇が悪すぎたのか？ 鏡に映る自分の姿に照れている城之内は、１枚のカードを渡された。 「ＩＤカードだ。そこにはお前の情報の全てが登録されている。身分照明であり、施設内の鍵でもあり、財布でもあるんだ。なくすと再発行は難しいから、絶対になくすなよ。 カードをパソコンの端末に差し込むと、勤務シフトや給料明細の確認も出来るからしっかりと使い方をマスターしとけ。他に通常の業務や施設内の案内が書かれているから、おいおい目を通しとけよ。覚えないと施設内で迷子になるぜ？」 「はい。」 と、返事をするがたくさんの情報に頭から煙が出そうになっている。とても一度では覚えらそうにもない。ぺらぺらの軽いはずのカードが重く感じる。 「ははっ。深刻な顔をすんなよ。平気だって。すぐに覚えるさ。」 戸惑いを隠せず、表情のこわばる城之内の肩を叩くと笑いかけた。 「俺だって初めの頃はびびったぜ？なんせ、ここは刑務所だからな。殺人犯からこそ泥まで相手にするんだからよ。まぁ…そのうち慣れるから心配すんなよ。意外と働きやすいところだぜ。給料もいいしなぁ…な？」 「ありがとうございます。」 先輩の言葉に、城之内も肩の力を抜いた。 「じゃぁ、行くか。さっそく仕事を覚えてもらうぜ？」 「はい。」 部屋の扉が静かに閉まる。 雑居房、独房、作業所、食堂、運動場１度に覚えられないほどの広さを持った施設に城之内の口は開いたままだ。 「こりゃ、一回は迷子になるかもしれないぜ。」 いくつもある巨大な収容棟が迷路のように見えて仕方が無かった。島の半分は収容所が占めている。残りの半分を職員の寮や、ヘリポート、職員用の娯楽施設が占有していた。 収容棟は刑期の長さ、重さ、犯歴、年齢に応じて入る場所が分かれている。何よりも城之内を驚かせたのは、想像していたごく普通の刑務所とは違い、ここには鉄格子が見当たらない。また近未来的な施設からは刑務所独特の陰気な空気が感じられなかった。本田に訪ねると強化ガラスで出来ているから鉄格子は必要ないらしし、『アルカトラズ』は新しい刑務所の姿を模索するために実験的な意味もあるらしかった。 要するに、最新式の刑務所は清潔感がモットーらしい。 「刑務所とは思えないです。」 俺の家のほうが刑務所みたいだよ。と付け加えて感想をいうと、本田はけらけらと笑う。 「おもしろいやつだな〜。好きだぜ。そういうの。」 「そうですか？」 面と向かって言われる気恥ずかしい言葉に頬が赤くなる。照れ隠しに窓の外を見るとちょうど運動場が目に入った。囚人服に身を包んだ者がそれぞれ思い思いのことをして体を動かしている。 「あっ、テレビで見たのと同じだ。」 ドキュメントかドラマで見たことのある光景に城之内の目が輝いた。 「行ってみるか？」 本田が誘うと城之内は頷いた。 野球にサッカー、鉄棒など、囚人たちはそれぞれに好きなことをしているようだ。時々歓声が聞こえてくる。しかし、ここは刑務所、運動を楽しむ囚人とは対照的に、監視の目を光らせた城之内と同じ制服を着た人間が配置されていた。 「楽しそうだな。」 楽天的な城之内は運動場を眺めている。 「…そう、見えるか…」 「はぁ？」 本田の小さな呟きが良く聞き取れなくて城之内は返答に困る。 「わり…独り言だよ。気にすんな。」 ぽんと城之内の帽子を叩くと、目が合った職員と挨拶を交わす。 ぴっと指先まで伸ばした、敬礼に城之内は思わず見とれてしまう。当分はかっこいい仕草に慣れそうにもない。 「あれっ…？」 城之内は挨拶を交わす一人の職員の様子がおかしいことに気が付いた。具合が悪いのか息が荒く、熱があるのか頬も赤いようだ。 「大丈夫？調子が悪そうだけど…？」 犯罪の猛者を相手にするには、ちょっと小さすぎる体格を持つ職員は立っているのもやっとのようで、体が小刻みに震えている。城之内は心配気に声を掛けた。 「ん…ありがとう。僕は大丈夫だよ…」 無理に笑顔を作っていることに、どこが大丈夫なのか。と思った時、職員の体がぐらりと膝が抜けたように傾いだ。 「あぶなっ！！！！」 「遊戯っ」 城之内が手を出そうとする前に、本田が遊戯と呼んだ職員を抱きかかえる。 「……限界…か？」 城之内には聞こえないよう遊戯の耳元で囁くと、遊戯がぶるっと身体を震わせ、否定するように首を振った。 「………はぁ…っ」 ため息とも吐息ともつかない息を吐く遊戯。城之内からは本田の身体の影になって見ることが出来ないが、ただ事ではなさそうな空気に目が離せない。新人で部外者の身ではただ傍観することしか出来なかった。 「情けないな。遊戯。」 唐突に背後から声がする。 「？？？」 頭上から見下されるような声に城之内は反射的に振り返ると、そこに囚人服に身を包んだ長身の男が立っていた。 「誰……？」 逆光になり表情は伺えないが、鋭い青い視線に射すくめられ城之内は動けなかい。 長身の男は城之内の脇を通り過ぎると、遊戯に傍らに膝をつき、本田と無言で頷き合うと遊戯を軽々と抱えあげた。 「俺が運ぼう。」 「かい…っ…僕は…まだっ…」 長身の男の腕の中で遊戯が力なく身を捩るが、長身の男に睨まれるととたんに大人しくなる。 「行くぞ。」 低い男の声はまるで死刑宣告のように聞こえた。遊戯はびくっと身体を竦ませ俯く。 城之内など存在していないかのように、その場を立ち去ろうとする長身の男。その時、何か低い唸るような音が城之内の耳を掠めた。 「？？」 何の音だ？ 聞きなれない微かな音が城之内の中で形になる前に、長身の男に意識が集中する。 「おいっ、待て…よっ！」 囚人に職員を預けてもいいのかという素朴な疑問に、声を掛けようとする城之内を本田が遮る。 「良いんだよ。気にすんな。」 「でも、病気かもしれないし…第一、変じゃないか？もし、何かあったら…」 「あぁ、あいつなら大丈夫さ。俺が言うから間違いないさ。」 自信たっぷりの本田の答えに、どこが大丈夫なんだよ！と突っ込みを入れたいが、周りの職員も運動場を立ち去る二人に何の反応も示さないので、大人しく本田の言うことに従うことにする。 「本田先輩、あいつは誰ですか？」 どうしても腑に落ちないので、せめて名前だけでもと聞いてみる。 「あいつ？」 「ちこっこいのを連れて行ったのです。なんか…凄みがあったから…」 冷たくて鋭い刃物のような気配を漂わせていた男…どうみてもただ者ではない。 視線で人を殺すことが出来るのはあんな視線ではないだろうか？ 青い視線を思い出すだけで、城之内の背筋があわ立った。 「ははは…そのうち分かるさ。嫌でもな〜ってか？」 本能で身の危険を察知している城之内に本田は曖昧に言葉を濁す。 「その内って、なんかやな感じだなぁ。」 はっきりしない、もやもやした感じに城之内は爪を噛んだ。 「じゃぁ、次にいってみようか。」 城之内の疑問を払拭するように肩をぽんと叩くと本田は足早に先を行く。 「うわっ、待ってくださいよ。」 慌てて本田を追いかけるが、先ほどの青い視線が城之内の脳裏に絡みついたように離れなかった。 １０，０００打のキリリクを消化中です。リクエストは確か海城で愛なしの「拘束陵辱監禁ネタ」という、きふじんの大好物なものでした。とはいえ、まだエロにいたらず……しかも終わらない……師匠でボスな松澤さま、とりあえず冒頭ですが、ＵＰしました。２ではエロ魂が発動するはずです。（平謝） たぶん本田は年上だろうな。遊戯も。城之内はあいかわらず高校生です。 ぎっくり腰中なので半泣きになりつつ、次をお楽しみに。 エロが出てこなくてすみませ〜ん。 |