懺悔



       
 今日は城之内君が学校に来なかった。本田君や杏子はいつものことだと気にしていなかったけど、僕はやっぱり気になって城之内君の家に行くことにした。
 放課後、さっそく城之内君の所に足を運ぶと、団地内の公園で子供たちを遊ばせながら井戸端会議をしているおばさんの集団がいた。いつもママが長電話をしているのと同じような内容だろうと、僕はその集団の脇を通りすぎようとした時に、「じょうのうち」という言葉が耳に入って、思わず足を止めた。
 「とうとう、病院送りになったんだよ!」
 「たく、朝から人騒がせな親子だよ。どうせなら昼間にしてほしいものよね。」
 「ほんと、救急車が来るから、子供が見に行って朝の時間がめちゃめちゃになったのよ。」
 「でも、そうとう具合が悪そうだったね。ぴくりとも動かないんだから。」
 「死んじゃうんじゃないのかい?」

 死

 という単語に僕は慌てた、まさか、城之内君が!!!
 「おばさん!!城之内君がどうかしたんですか!!」
 あからさまに嫌な顔と、野次馬根性丸出しの嫌な表情をするおばさん達は事情を口々に教えてくれる。
 「病院は?」
 日ごろの愚痴まで聞かされそうになって僕は、城之内が運ばれた病院を聞いた。


 城之内は自宅のある団地から少し離れた町外れの市民病院にいた。
 受付で部屋番号を教えてもらった遊戯は迷うことなくその部屋にたどり着く。
 部屋番号と下にさがっているネームプレートを確認してそこに城之内がいることを確かめると、入り口に一番近いところに陣取っている鶯色をしたしきり代わりのカーテンをそっと開いて中を覗き込んだ。
 「……城之内くん……」
 そこにはベッドには点滴を打たれている城之内の父親と、真っ青な顔でスチールの椅子に茫然と座り込んでいる城之内がいた。
 「じょうのうちくん。」
 遊戯はそっとカーテンのなかに身を滑り込ませると、城之内の隣に立つ。
 肩に置かれた手でようやく遊戯がいることを認識した城之内は、腫れて赤く充血した目を隠すことなく遊戯を見た。
 なぜここに遊戯がいるのかさえ気が回らないのだろう、城之内は再び視線をベッドに横たわる父親に戻した。
 たった1枚の薄っぺらい布で外界から隔てられた、そこには死の気配が満ち満ちている。
 やせ細り、生気のない父親の命はたった1つの点滴が支えているのだろうか?
 呼吸さえ今にも止まってしまいそうだ。
 ぽたぽた
 か細い呼吸の音しかしない空間に水が落ちる音が加わる。
 「……」
 城之内が泣いていた。肩を震わせて、声を押し殺して、涙は止まることなく真っ白なシーツにしみこんでゆく。
 遊戯は慰める言葉もなく、そこに立ち尽くすしかできないのだ。


 「ごめな……」
 どのくらいそうしていたのか、ようやく落ち着いた城之内と遊戯は病室の外に出た。
 「はい。その調子じゃ朝から何も口にしてないでしょ。」
 遊戯は自販機で購入した、ココアをそっと城之内に手渡す。
 「……ありがと…な…」
 ココアを受け取ると、一口含む。口の中に広がる甘い味。
 城之内は一息つくと、ぽつりぽつりと口を開いた。しかし、それは遊戯に聞かせるものではなく独り言のようだ。

 …朝、配達から帰ったら…相変わらずおやじが…酒をのんでて……
 つい怒鳴ったんだ、「いい加減にしろよ」…って…
 いつもなら……うるせえとか、どっかいけ…とかいうのによ、違ったんだ……
 テーブルに突っ伏して、唸って…いて……様子がおかしいと思って…
 近寄ったら…………きたねえ床に……倒れこんで……
 動かないん……だ…
 汗びっしょりかいてるし……腹を抱えて…痛そうにしてて……
 絶対に普通じゃなくて……あわてて、救急車よんじまった…


 床に倒れて動こうとしない父親。全身に広がる痛みの為に、声も満足に発することもできず、父親の意識は無くなっていった。
 城之内は救急車を呼ぼうとして、電話が止められていることに気がつき、早朝にも関わらず隣の部屋の住民を叩き起こして、救急車を呼んだのだった。
 救急車を待つ間、城之内は父を抱きかかえて初めて気がついた、父親が痩せ細っていることに。黄疸がでて全身が黄色に変わっていることに。
 一回りも二周りも縮んだ父親の意識は無く、城之内の呼びかけにも答えてはくれない。ただ、痛みにだけは反応しているのか、うめき声をともとれない声を発している。
 「とうさん。とうさん。とうさん。」
 変わり果てた父親の姿に城之内は父を呼び続けて、涙を流し続けた。


 おやじ……癌なんだって…末期で……全身に転移してて…どうしようもないんだ…
 医者はよくここまで放置したんだって言うけど……おれも…知らなかった……
 ……………ちがう……見ようと……しなかった…


 顔をあわせれば喧嘩ばかりしていた親子はいつしか、無視するようになっていった。
 腹のそこから湧き上がる、痛みを紛らわすために父親は酒を飲み続け、死期を確実に早めていく。
 城之内は酒を飲むことしかしない父親に嫌悪感を抱き反発する。
 埋めようとしなかった溝が、二度と埋らない溝になるまで親子は向き合おうとしなかった。


 ……おやじが…あんなに痩せている…ことさえ…気がつかなかった…
 夜中のうめき声は悪酔い…してるかと…思って…寝たふり…してた…
 もし……あのとき…ドアを開けて…いたら…こんなに苦しまずに済んだかもしれない…


 城之内は廊下の天井を見上げて涙を流す。
 「城之内君のせいじゃないから、自分を責めないで。」
 遊戯はハンカチを渡して、励ますように言う。
 どんな言葉も身内を亡くそうとしている、城之内には届かない。城之内はしばらく思いつめたように天井を見つめていたが、  「じゃ、行くか。」
 ココアを飲み干すと立ち上がった。
 「どこに行くの?」
 不安げな顔の遊戯にハンカチを返して、城之内は空になった紙コップをゴミ箱に投げ入れる。
 「金策。おれんち保険料払ってないからさ、保険証ないし…」
 あっけらかんと話す城之内の様子に、遊戯はなぜ死を目前にした人間が個室ではなく大部屋にいて、点滴1本だけしかなかったことに納得する。
 入院費の回収が難しい病人には早く出て行けとばかりに、必要な治療をしていないのだ。ただ、逃げられないようにベッドに繋ぎとめておく。
 「入院費払わないと、親父は死んでもここから出れないからな。」
 城之内は頭を掻くと、遊戯を取り残して病院を後にした。


 すっかり夜になった街を歩きながら、城之内は金策に悩まされている。
 この親子に金を貸してくれるところはもうない。
 親戚とはとうの昔に絶縁状態だし、マチ金で借りれても焼け石に水だろう。こうしているだけでも入院費は膨れ上がっていっている。
 新聞配達所の親父にも当たったが断られた。
 本田や遊戯にも借りれない。
 そうなると、
 金が有り余っていて、城之内が必要としている金額さえ、かすり傷にもならない人物は一人しか思いつかない。
 その人物は犬猿の仲で、嫌味なやつだから、すんなり金を貸してくれるのか分からないが、今の城之内にはそれしか選択肢はない。
 地面にはいつくばっても、プライドを傷つけられても耐えるしかないのだ。
 城之内はベッドで苦しむ父親の姿を思いながら、その男がいる屋敷へと足を向ける。



 どんなに罵られてもいい。

 馬鹿にされようとかまわない。

 何を言われようとも、どんな条件を出されようとも、耐えてやる。

 ただ、

 もう一度だけ

 とうさんに

 あやまりたい

 ごめんなさい

 もう一度だけ

 俺を

 見てほしい

 名前を

 呼んで欲しい

 もう一度だけでいいから

 とうさん

 と、呼びたいんだ。




 その夜遅く、息を弾ませた城之内は病院のドアを走り抜ける。
 その手には希望額の小切手が握り締められている。
 
 ごめんなさい


 その言葉はを聞くべき人はもうこの世の人ではなかった。


     



 うわっ、くらっ!!お礼の小話にもならないYO!どこが記念品なんだYO!
 って、世間の端っこに追いやられている城之内親子ってきふじんの大好物なんです。
 しかし、これは城之内に置き換えているけど、近い将来の日本の医療の姿かもしれないですよ。
 ちょこっとだけ警告も含めて、書いちゃいました。

 突発的に思いついたとはいえ、こんな救われない城之内もいいと思うきふじんこそ末期なんですね。(苦笑)
 次は、明るい話を書いてみたいなあ・・・って、早く連載モノをかけよ!!
 そういえば、えっちなのしばらく書いてないよな。禁断症状がでてきそうだわ。ほほほ・・・