聖夜に冷たい雨が降る〜12月20日〜




 街で見付けた、一つの腕時計。黒皮のベルトに銀色の文字板。12.3.6.9の数字 の位置に埋め込まれた青い石。アイツと同じ青い色。
きっと、アイツの腕にぴったりのはずだ。
誕生日には間に合わないけど、クリスマスに必ず渡すんだ。
心に決めた俺は夜の工場の仕事を増やした。時給は1050円。一日5時間。睡眠は 授業中。それでも足りない分は生活費を削る。
こうして、二ヶ月のクリスマスバイト生活が始まった。

*************

 
 出たばかりの給料を握りしめて、目当ての時計店に走る城之内。今日のこの日の為に睡眠時間を削って働いてきた。おかげで授業中は寝てばかりで期末テストは散々だったとか、担任から留年するかと脅されたとかは考えないでおこう。
はあはあと息を切らして、人並みに何度もぶつかりながらも、小さな時計店が見えてきた。自動ドアの反応がじれったいくらいで、開くのが待てずに飛び込んだために、ガラスにぶつかる。
 「って……すみませ〜んっ!」
 湧き上がる唾を飲み込んでいると、奥から丸メガネをかけた店主が顔をだした。
 「いらっしゃい。」
 人の良さそうな温和な笑みを満面にしている。つっかけの小気味いい音が城之内の耳をくすぐった。
 「あのっ、あそこに飾っている時計を下さい。銀色で青い石の入ってるやつ。」
 ショーウィンドウを指さす。
 「う〜ん。銀色の…石ねぇ…」
 店主は年相応の穏やかな歩みで、指定した場所に行こうとしてそれを止めた。
 「思い出したよ。あの時計はついさっき売れたんだっけ。」
 手をぽんと打ち合わせて店主が思い出した。
 「えっ!」
 一瞬で城之内は耳を疑う。
 「う…れた?」
 「午前中だったかな、若い男性が来てね…」
 メガネを鼻に押し付けて、その時のことを思い出す店主に、城之内は詰め寄る。
 「同じ時計は無いですか?在庫とかないですか?」
 「わるいねえ。あの時計は一つしか仕入れてないんだよ。」
 城之内の剣幕に押された店主が思わず一歩後ろに下がった。
 「他にもいくつかあるから、見てみるかぃ?」
 他の時計を進めようとしているが、城之内には聞こえない。
 「アレが欲しかったから…すみません。」
 城之内は頭をぺこりと下げると店を後にした。

 どうしよう……あの腕時計じゃないと駄目なのに…
 朝一番で来ればよかったんだ。

 後悔先に立たず。今頃は他の人物の腕で時を刻んでいるであろう、時計に思いを馳せた。
 一目見たときから気に入った腕時計。この時計が海馬の綺麗な腕にはめられるのを思い描いて、バイト代を貯めたのだった。
 他の店も探してみよう。もしかしたら見つかるかもしれない。
 目的の品はきまっているのだから、探しやすいはずだと楽観的に考える城之内。
 店を出たとたんに冷たい北風が商店街を吹きぬけていった。
 「さむっ!」
 季節は冬真っ只中。今朝の天気予報が今年一番の寒波が日本にやってくると伝えていたのを城之内は知らない。学ランだけを羽織る薄着の城之内は身を縮めながらも、海馬の驚く顔を思い浮かべ、時計を探していくつも店をまわっていった。
 

 夜の帳が下りて、クリスマスのイルミネーションが華やかに街を照らす下、城之内はため息を付きながら歩いている。
 あれから何件も思いつく店は回ったが、探している時計は見つからない。
 寒さは城之内をドミノ町を覆いつくし、吐く息は白く染まりポケットに突っ込んだ指先は冷たくかじかんでいる。
 「やっぱりないのかなぁ。明日は隣の町にも行ってみよう。」
 城之内は白い息を指先に吹き付けて時間を確認する。もう、バイトの時間だ。なさけない親を持つ身、悲しいが自分で働かないと食べていけない。もっとあちこちの店をまわりたいが生活の糧の仕事を休む訳にはいけなかった。
 「学校さぼればいいしな…」
 などと少々不謹慎なことを考えつつ、バイト先の道を急ぐ。

 くしゅんっ

 くしゃみが一つでた。
「さむっ。」
 暖かかった昼間とは違う寒さに城之内は、肩をすくめて暖をとるために少し歩調を速める。

 **********

 それから数時間後、バイトを終えた城之内は家路を急いでいる。
 夜もふけて北風はいっそう強くなっていて、紙ゴミや空き缶がカラコロと音をたてて地面を転がっていた。
 「くしゅんっ……まじで寒いや。まいったなぁ。」
 電気代節約のため目ぼしい暖房は万年布団の城之内にとって、これからの季節は正直辛いものがある。
 「はやく、寝よう。」
 ずずっと鼻をすする。
 
 眠りに付いた商店街を抜け、ちょうど公園に差し掛かったとき見慣れた1台の黒塗りの車が目に入った。
 「……ん?」
 思わず城之内の歩みの速度が遅くなる。この車種を見つけると、ナンバーを確認するのが癖になってしまっていて、少しずつ大きくなる数字に、車の持ち主を確信するのと同時に、後部座席のドアが静かに開いた。
 続いて海馬が姿を現した。
 「かいば。」
 ただ、車から降りるだけなのにこの男の仕草は優雅なんだろうと、思わず見とれた城之内の頬が赤くなった。
 がさつで粗野な言動の自分とは大違いだ。
 「仕事は終わりか?」
 「ああ。今日の分はな。」
 城之内は肩をすくめた。こちらに歩いてくる海馬もスーツ姿で同じように仕事帰りなのだろう。二人の歩幅分、距離が縮まっていく。
 「こんな時間にどうしたんだよ。忙しい時期じゃねぇのか?」
 クリスマスのこの時期は1年で1番忙しい時期で、こんなところで油を売っている暇はないはずだ。
 「ばかもの。お前を待っていたからだろうが。」
 恋人の間抜けな言葉に呆れた海馬は、ごつんとおでこを弾く。
 「ってーな。暴力反対。」
 大げさにおでこをさすりながら城之内は笑う。力は全然入っていないから痛くない。それよりも、目の前に海馬がいることが城之内の心を暖かくしていた。
 「いつもより遅くないか?働きすぎは身体に良くないぞ。」
 「その言葉そっくりそのまま返すぜ。人の心配してる場合かよ。俺はちゃんと昼間寝てるから大丈夫なんだよ。」
 自慢できないことを自慢している城之内の子供っぽさに、海馬は大きくため息を付く。
 城之内の家庭環境を知っている海馬は城之内のことを考えると気が気でない。消えきらないあざを見つけるたびに援助を申し出るのだが、城之内は頑なに首を横に振る。そして悲しげに微笑むのだ。「大丈夫だから。」と。
 もし、これがごく普通の友達同士ならば、城之内は海馬の助け手を素直に受け入れたかもしれない。しかし、周りには秘密にしている特殊な関係だからこそ、城之内は海馬の手を借りることはしない。
 こずかい稼ぎのバイトでなく、生活の糧を得るための仕事だ。つらくないはずないのに城之内は決して弱音を吐かない。いつも歯を食いしばって踏ん張っているのだ。
 なんともないから、大丈夫だよ。
 と自分にも海馬にも言い聞かせて、笑顔を忘れない城之内が愛しくてたまらない。海馬は城之内を抱きしめた。
 海馬の腕に納まる冷え切った身体。
 「俺のことはいい……頼むから自分のことを労わってやるんだ。」
 ここ2ヶ月間、お互いに忙しくてまともに会うことが無かった。でも海馬は知っている。城之内が一つバイトを増やしたことを。
 理由は聞かないが、労働の時間と学校に行っている時間を考慮しても無理をしていることは火を見るより明らかだ。少し細くなった身体が全てを物語っている。
 「大丈夫だって。ちゃんとメシも食ってるし、授業中に寝てるからさ。」
 暖かな腕に包まれた城之内は少しだけ目を閉じると、身体を預ける。
 「本当だな?大丈夫というその言葉を信じていいんだな?」
 城之内は無言で頷く。
 「ったく。海馬は心配しすぎだっての。」
 顔を上げると、すっと海馬の腕の中から抜け出る。人から心配されることに馴れていないので、背中がむず痒い。
 「それよりさ、俺に用事があるんだろ?」
 わざわざこんな時間に待ち伏せをしていたのだ、よほどのことがあるに違いない。海馬の休息の時間を割きたくないので、城之内は聞いてみる。あらかた海馬の言うことの予想はついているけれど。
 「………中国に行くことになった。」
 少しの沈黙のあと海馬が口を開く。
 やっぱり。
 「ふうん。大変だな。で、長いのか?」
 「いや、24日の朝には帰ってくる。」
 「大変だな……土産はいらないからよ。」
 数日とはいえ、海馬がこの街からいなくなることが淋しいと素直に伝えることの出来ない城之内は、わざと明るく振舞っている。
 「そう言うと思っていた。」
 海馬も城之内の調子に合わせる。
 「向こうも寒いのかなぁ。」
 星空を見上げ、冷たくかじかんだ指を思わずこすり合わせた。城之内は生活を雄弁に物語っている荒れた指にはぁっと白い息を吹きかける。
 くしゅん。
 また、くしゃみが出る。
 「ちょっと、待ってろ。」
 この寒空に学生服だけの姿に気が付いた海馬は車の中からマフラーと手袋とコートを持ってきた。
 「風邪引くぞ。これを着ていけ。」
 「大丈夫だって。家はすぐそこだし、走っていけば寒くなんかないからさ。」
 コートを羽織らせようとしていた手を遮って、城之内はいつもの笑顔で拒否をする。
 「だめだ。身体が冷たくなっているぞ。」
 「本当に大丈夫だよ。体力だけがとり得みたいなもんだからな。これくらいで風邪なんかひかないさ。」
 こうなった城之内は頑なだ。何をいっても大丈夫の一点張りで受け入れよとしない。さすがの海馬も慣れっことなっているが、今夜の寒さはひと際厳しくてこのまま城之内を帰すわけにも行かない。
 「駄目だ。」
 手際よくマフラーを首にかけ、手袋を握らせた。
 「かいば…」
 困ったように見上げる城之内。
 「大人しくマフラーを巻いて帰るか、車で送らせるかどちらがいい?選ばなければこのままだぞ。」
 半ば脅しの海馬の態度に諦めた城之内は大人しく手袋をはめる。
 本当は両方とも遠慮したいが、言うことを聞かないと海馬が風邪をひいてしまうだろう。自分はともかく海馬に風邪を引かすわけにはいかない。
 「相変わらずだな。じゃぁ、遠慮なく借りとくぜ。」
 冷たい指先からじんわりと暖かさが戻ってくるようだ。
 あったかい。
 口には出さないが、海馬の強引だけど嫌じゃないやさしさに城之内の表情が緩んだ。
 目じりを下げて笑う子供っぽい仕草に、海馬はもう一度城之内を抱きしめた。
 「うわっ」
 「24日の夜は空けておけ。必ず迎えにいくから。」
 「無理すんなって。」
 海馬の忙しさを理解しているので、クリスマスの夜は一緒に過ごしたいなどという我がままは言わない。
 「大丈夫だ。俺を信用しろ。」
 冷たくなった金色の髪を指に絡めると、同じように少し冷たくなっている唇にそっと唇重ねた。
 「…か…ぃ…」
 深夜とはいえ、誰に見られるか分からない公道でするキスに城之内は抵抗するが、海馬は聞き入れない。抵抗を絡めとり、口付けが甘く深いものに変わっていった。
 「………」
 海馬の体温が城之内に移るころ、唇を解放する。
 「っのばかっ!」
 人は通らなかったが、リムジンの中では磯野か運転手がいるのだ。人前でしてしまった行為に顔を真っ赤にした城之内が海馬の腕を振りほどく。
 「誰かに見られたらどうすんだよ。」
 「だからどうした。それくらい構わない。」
 「俺が構うんだっ。」
 自らが広告塔となっているカイバコーポレーションにとって、海馬の醜聞は致命的なものだ。子供を対象にしている商品を扱っているのだから、クリーンなイメージを汚すわけにはいけない。
 「お前が無自覚すぎるんだ。もう絶対にやんなよ。今度同じことをしたら外では会わないからな。」
 海馬が好きだから。好きだからこそ、この関係を大切にしていたい。
 海馬が城之内のことを心配するのと同じように、城之内もまた海馬を気遣っている。
 「……わかった。すまなかった。」
 城之内の真剣な眼差しに海馬もしぶしぶ応じた。
 「…くしゅんっ」
 「車に乗れ。家まで送ろう。」
 「いいよ。すぐそこだから。大丈夫だって。海馬も明日は早いんだろ?」
 このままだと、リムジンに押し込まれかねないと察した城之内は条件反射で海馬から離れると、ぎりぎり海馬の表情が見える距離をとり振り返る。
 「これっ借りとくからっ!気をつけて行ってこいよっ!」
 「ああ。行ってくる。」
 海馬のため息交じりの返事を聞くと、手を上げて家へ向って駆け出していく。
 「じゃ〜なっ。」
 そして、城之内の姿は深夜の街に消えていった。

 「いじっぱりめ。」
 恋人の強情さにあきれつつも、そこが愛しいのだと自覚している海馬は城之内の足音が聞こえなくなるまで見送った。











始まってしまいました。クリスマス企画。企画と言うものは、初めての経験なのでドキドキしてます。クリスマスから外れてたらとか、面白くないと言われたらどうしよう・・・と思いつつも、最大のドキドキは現時点でまだラストまで出来ていないことです。すっごく心臓に悪いです。修羅場を迎えてしまいそうで、戦々恐々としています・・・
とりあえず、UPしたらまたラストに取り掛かります。
また、明日お会いしましょう…
  背景はこちらからお借りしました〜
NEO HIMEISM