聖夜に冷たい雨が降る〜12月22日〜
♪♪♪♪〜
……???
なんか鳴ってる…???
♪♪♪♪〜
携帯が畳の上に転がってる…?こんなところに置いた記憶はないのにな。
………って、部屋が明るい????電気付けっ放しで寝たっけ???
少しずつクリアになる思考が重大なことに気が付いた。
………!!!
「やべっえっ!!!!ぐっごほっ…っ…」
寝過ごした!完全に寝過ごした!!!今は何時なんだよっ!!!!
斜めのに転がっている携帯を掴み、飛び起きた。
「いてぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
後頭部にズキンと鈍い痛みが駆け抜けて、思わず大声がでてしまった。
「?????」
後頭部に手を当てると、痛みを訴えているところに瘤が出来ている。
「どこがでぶつけたっけ………あっ!!!」
思い出した!!!親父だっ!!アイツが俺に蹴りを入れて……!!!!!!
「あぁぁぁっ」
俺の給料を盗んでいったんだ!!!!!
畳の上にくしゃくしゃに握りつぶされた茶封筒がある。
痛い頭を抑えて、薄い茶封筒を拾い上げて中身を確認した。
覗いても、太陽に梳かしても、中身は空っぽだった……
「……んだよ…こほっこほっ…これっ……」
銀行から下ろした分も含めて、2ヶ月分の給料が……アイツのプレゼントになるはずの給料が、親父に全部捕られてしまった。
夜中によっぱらって帰ってきて、俺と言い合いになって…そして、そしてっ!!
「…しんじられねぇ…こんなことって、ありかよ…こん…こほ…」
2ヶ月間が全てパァになったことに、頭の中が真っ白になった…空っぽの茶封筒が空しい。
♪♪♪♪〜
まだ、携帯が鳴っている。
♪♪♪♪〜
ああ、この曲は海馬からだ。早く電話に出ないと、アイツ怒るんだよな…
♪♪♪♪………
切れちゃった…
……♪♪♪♪〜
また、かかって来たよ。出ないとな…
出たくない…今、アイツの声を聞いたら泣いてしまいそうだ。
悔しくて、淋しくて、悲しくて…どんなに我慢しても、泣いてしまうよ。
手のなかで震えている携帯を握り締めた。
「ごめん…かいば…」
♪♪♪♪〜
「ごめん…出れない…出れないよ…」
手の中の振動が無くなるまで、俺は動くことができなかった。
それから、数回携帯が鳴って、切れて、ようやく静かになった。
そして、俺は配達所に電話をして店長に謝った。
思ったより店長は怒ってなくて、反対に心配されてしまった。自分では気が付いていなかったけれど、声ががらがらに変わっていて別人みたいだったし、咳き込んでまともに会話にならなかったからだ。とりあえず、2.3日は様子を見るように言われた。
俺は何度も謝って電話を切った。
ごほごほごほごほっ
頭がガンガンする。
喉が痛い。
寒い。
寒くて寒くて……俺は冷たい布団の中にもぐりこんだ。
親父に殴られて、一晩部屋の隅に転がっていたために本格的に風邪をひいてしまったようだ。
冷たい布団が体温で暖たまるのを感じながら、身体を丸くして震えていると、嫌でも親父の顔が浮かんでくる。
アルコールに濁った目。内臓がいかれているだろう、腐ったような匂いのする息。昔から変わることの無い暴力。息子を奴隷と勘違いしているのか、思うように行かなければ、力づくで解決しようとする単純な思考。
こんな奴と血が繋がっているのかと思うと、正直怖気が背筋を伝った。寒気だけでない震えが俺をおそう。
「なんでだよっ…なんで、こんなんに、なっちまうんだ…」
海馬にプレゼントを渡したかっただけなのに、
アイツの喜ぶ顔が見たかっただけなのに。
いっつもアイツからはもらってばっかだったから、俺も何かアイツにあげたかったんだ。
その為にがんばって働いたのに…
腕時計は誰か知らない人が買って行って、バイト代はくそ親父に取り上げられて。
挙句の果てにこの様だ。
「ちっくしょうっ……ぅぅっ…ごほっ……んっ…ってぇ…」
馬鹿だよ。とんだお笑いだよっ!!!
必死こいてバイトして、風邪引いてぶっ倒れて、肝心の腕時計は手に入らなかったなんて、俺はこの2ヶ月間なにやってきたんだろう……
熱が身体の中に篭って、身体中が痛い。
喉が渇いているけど、水道まで行く気力も沸いてこない。
「くそっぉぉっ…」
目頭が熱くなって、涙がこみ上げてくる。
「くそっ…ごほっ……こほっ……ごほごほっ…」
溢れ出てきたものは押さえが利かなくて、堰を切った涙がシーツに染み込んでいった。
布団を頭まで被って、止まらない涙を止めようとギュッと瞼を結ぶ。
閉じた視界の中に形にならない色が交じり合っていて、やがてそれはアイツの姿になった。
夜の公園でのアイツ。あんまり会えないけど学校の制服姿のアイツ。休日に公園を一緒に歩いたときのアイツ。
アイツは知ってるかな?自分が思っているよりも考えていることが顔に出ていることを。
俺にはよくわかるんだぜ。
アイツのことたくさん見てきたから分かるんだ。テレビや雑誌に出てすまし顔のアイツとは違う、もっと、こう穏やかで、年相応の顔を見せるときのアイツは表情が豊かになるんだ。
人の心配ばっかして、おせっかいになるのが玉に瑕なんだけどな…
「かいば…」
会いたい。今すぐ会いたい。
ううん。声だけでもいいから聞きたい。
手の中でぬるく温まった携帯を開く。ディスプレイの青白灯りが暗い布団の中を照らしだした。
ボタンを一回押すと、アイツと繋がっている数字が現れた。
「こほっ……かい…ば…」
もう一回ボタンを押せば、アイツと繋がれる。きっとアイツは出てくれるだろう。
でも掛けれない。ガラガラの声、止まらない咳。アイツにいっぺんにばれてしまうよ。そしたらアイツに余計な心配をかけちまう。仕事の邪魔をしてしまう。
アイツのお荷物になっちゃうよ……
「ごめん…」
夕べ帰ってきてから、首に巻いたままになっているマフラーに頬を寄せた。ポケットの中から手袋も取り出した。
マフラーに顔をうずめると、アイツの匂いがする。
手袋を握っていたら、アイツの手の温もりを思い出すことが出来る気がして、遠い国にいるアイツと少しだけ繋がっている感じがした。
「かいばぁ……」
悔しくて、淋しくて涙が止まらない。
俺はいつからこんなに弱くなったんだろう。
これくらいの風邪、昔ならなんともなかった。
風邪だけじゃない、親父との諍いも、ごろつきどもとの喧嘩も、心が動かされることは無かった。感じるものは何一つ無かった。
刃物の傷も、殴られた痛みも、侮蔑の言葉も、何もかも
平気だったんだ。泣いたことなんて無かったのに…
風邪で動けなくなるなんてありえないよ。
それなのにどうしてなんだ。どうしてどうして、こんな風になっちまったんだろう…
俺は強いのに…強いはずなのに…強くなくちゃいけないのに…
強くないと生きていけないのに。
ああ………アイツだ。
アイツに海馬に出会ったからだ。
アイツがやさしいから、側にいてくれて、
こんなどうしようもない俺を「好き」だと言って、俺を抱きしめてくれるから、
こんな俺でも側にいてもいいのかもしれないと、俺にも居場所できてしまったから、身体を休めるところを見つけてしまったから、
俺は弱くなっちまったんだ。
駄目だ。しっかりしないと駄目だ。
アイツに依存してたら駄目だ。
俺が俺でなくなっしまう…
立ち上がれなくなってしまうよ……
でも、
海馬に会いたい。
アイツの声が聞きたい。
「かいば…」
携帯のディスプレイに表示されている、11個の数字にアイツを重ねていると、俺の身体は限界を越えたようで、疲れきった身体を休めるために睡魔に引きずりこまれていった。
**********
ピンポン ピンポン
城之内が浅い眠りについてから、どのくらい時間が経過したのか、玄関のチャイムがなった。
うるさいな…
チャイムが鳴ってる…誰だ?
借金取りだったら、やだな…居留守、使おうかな…
ピンポン ピンポン
まだ、鳴ってる。しつこいなぁ。
『城之内く〜ん?』
ん?俺の名前を読んでるみたいだ?この声は遊戯?
来訪者が遊戯だと分かった城之内は、重く感じる身体を布団から引き剥がし、玄関の扉を開けた。
「 !!!どうしたの?じょうのうちくん??凄い格好だね。」
遊戯が驚くのも無理は無い。扉を開けた城之内の姿は、家の中にいるのとはかけ離れた格好だったからだ。
「… ゆ … ぎ… ごほっ 」
ドアの隙間から姿を見せた城之内はジャンバーを着込み、首にはマフラーを巻いている。そして片手をポケットに突っ込んでいた。
ごほごほごほごほ
発作のように城之内が咳き込んだ。
「大丈夫????風邪???昨日と今日と学校に来ないから、心配で来たんだけど、大丈夫?」
「ごほごほごほっ……わりぃ…ちょっとな…風邪みたい……なんだ…こほこほっ 」
熱のせいで紅く染まっている頬。今まで寝ていたために寝癖がついて乱れた髪。覇気が無く潤んだ瞳。
「風邪って…病院は行ったの?」
背中を丸めて苦しそうに息をしている姿は痛々しくて、
「ただの……風邪だか…らさ、大丈夫。寝てれば治るからさ。」
「大丈夫って、大丈夫そうじゃないよ。今からなら午後の診療に間に合うから行こう。僕、いい先生しってるからっ。」
「いい……寝てれば…ごほっ…大丈夫…ごほっ…」
正直、こうやって立っているのもつらい。
「駄目だよ。病院に行こう?風邪じゃなかったら大変なことになるよ。」
遊戯のやわらかな声もガンガンする頭に響いて痛みが増す。
「ごめん…ごほっ……大丈夫だから……もう帰れ。遊戯に…まで…こほ…うつしちまう…」
「城之内君っ!僕、このまま、帰ること出来ないよっ!」
締まる扉を掴む。風邪だとしても、放っておくわけにはいけなかった。力づくでも城之内を病院に連れていかなければならない。
「…ゆうぎ……ごめんな…心配かけて。大丈夫、一晩寝れば治るから…じゃな…」
「じょうのうちくんっ!!」
遊戯の指を挟まないように注意して、鉄の扉を閉め鍵をかける。
チャイムと遊戯の声を背にして、城之内は再び布団の中にもぐりこんだ。
新聞配達は休んでしまったけれど、夜のホールの仕事は行かなければならない。もうすぐ、クリスマス。1年で一番忙しい時期だからだ。
「ごめんな…遊戯…」
遊戯の好意を邪険にしてしまったと、城之内は詫びる。
「マスクいるかなぁ……」
あと、どのくらい眠れるのか、マスクはどこに売っているのかと考えていると、自然と瞼が重くなった。
*********
がだん。
重い音をたてて締まる鉄の扉。
名前を読んでも、チャイムを鳴らしても、中の住人は答えてくれることはなかった。
「城之内くん……」
しばらくその場に遊戯は留まっていたが、自分では城之内をどうすることが出来ないんだと、ため息をつくと階段を下りる。
『城之内君…一人にして、大丈夫だろうか。』
遊戯の側にもう一人の遊戯が姿を現した。心配そうに上を見上げる。
「う〜ん…たぶん大丈夫だとは思うけど、やっぱり気になるな。でも、僕じゃ駄目みたいだね。」
友達の限界と己の無力さを実感しながら、遊戯は携帯を取り出す。
『アイツにかけるのか?』
「うん。海馬君は城之内くんが、風邪引いてること……知らないよね。」
『城之内くんが教えることもないだろうな…全く、困った二人だ。』
第一、今の城之内の状態を知っているならば、海馬が放っておくはずかないと、二人の遊戯は顔を見合わせて肩をすくめた。
見ているこっちがハラハラするよ。
城之内君も海馬君の不器用なんだからさ。
二人とも…ううん。城之内くんは隠そうとしてるけどさ、海馬くんへの対応ってさ、不自然だもんね。分かりやすいというか、なんというか…意識しすぎだよね。あれじゃぁ、なんかあるって言ってるようなものだよ。
海馬君は海馬くんで過保護だし。
もっと素直になればいいのにね。
二人をからかって楽しんでるのは相棒だろ。
別にいいじゃない。減るものじゃないし。
僕の城之内くんを捕った海馬くんに少しくらい意地悪してもいいんじゃないかな。ね。そう思うでしょ。もう一人の僕。
にっこりと、笑顔を作る遊戯。
その表情からは悪意を微塵も感じさせない。穢れの無い天使のような微笑といったところだろうか。しかし、もう一人の遊戯は背筋を冷たいものが駆け巡っていくのを感じた。そして、遊戯を敵に回さなくて良かったと本気で考えるのだった……
「さてと。ちょっとだけ良いことするかな。癪に障るけど…城之内くんの為だから我慢しようっと。借りは海馬君から返してもらえばいいしね…ふふっ。」
携帯を操作しながら、遊戯はどんなふうに海馬をからかおうか考えを巡らしている。
その姿は天使から悪魔に変わっていた。
あっ、海馬君?
ちょっといいかな。
話があるんだけど………
*****
夜
熱くほてる重い身体をひきづり居酒屋へ向かった。
来月の生活がかかっているのだから、働かないといけなかったけれど、店長からご丁寧に帰って寝ろと説教されて、渋々帰宅した。
朝から何も口にしていないから、腹が空いてどうしようも無いけれど、財布の中身は空っぽになっている。仕方がないので水道の水を腹に入れて我慢する。
金を親父に捕られ、風邪をひいて働くこともできず、もちろん海馬のプレゼントも手に入れることが出来なくなった…
もし、他の誰かより早くあの腕時計を手に入れることが出来たのならば……
たら、れば、の仮定は空しくなるだけで、布団を頭まで被る。
最悪の一日だ。
冷たい部屋に、硬い布団。
電気を消した暗い部屋のなか、北風が窓を震わす音を聞いて、俺は再び眠りにつく。
淋しくなるから、自分が情けなくなるから、アイツのことは考えないようにした。
本当は側にいて欲しいけど、ここにいて欲しいけれど、望んでも仕方のないことだから、アイツの仕事の邪魔はしたくない…
今の情けない俺に出来るのは、じっとしていることだ。
じっとして、朝を待つ。
配達の時間まであと少し。
アイツがこの街に戻ってくるまであと…2日…
こんばんわ。聖夜〜も早いもので3夜目になりました。楽しんでいただけているでしょうか?
クリスマスらしくないので、不安ですが呆れずにお付き合いただければうれしいです。
進行状況は日記に書いておこう・・・(滝汗)
背景はこちらからお借りしました〜
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