贄 前


 ここは、エジプトにいくつかある街の一つ。
 ファラオのいる王宮のお膝元ということもあり、この国一番の規模と賑わいを誇っていた。

 照りつける太陽が大地を熱し、キツイ日差しが街に濃く陰影をつけている。
 日干し煉瓦造りの家が並んでいる表通りには屋台が軒を連ね、色とりどりの果物や食料品、生活用品が売られていた。
 威勢のいい掛け声や笑い声がたえない、ざわざわとした街中を、突然屋台の店主の怒号が響き渡った。



「泥棒!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 何事かと、一瞬静けさがあたりに満ち、それとほぼ同時にキャーッと甲高い悲鳴がそこらかしこからあがる。屋台のいくつかが倒れ、並べられていた商品が地面に転がる。

「待ちやがれっ!!!!おいっ!!誰かっ!!そいつを捕まえてくれっ!!!」

 でっぷりと盛り上がった腹を揺らして店主が泥棒を追いかけている。まだ、数分も経っていないのに、運動不足の賜物か既に息が上がっているようだ。
 
 泥棒はというと、対向する人の間を器用に潜り抜け、ときどき伸びてきた手や足にバランスを崩しながらも老若男女人を掻き分けて必死に逃げている。店主との距離はどんどん開き、後は適当な路地にでも逃げ込めば追っ手を逃げおおせるはずだった。
 頭からすっぽりと身体を覆った衣の下から横道を選別していると、足元を誰かに引っ掛けられた。


「うわっぁっ!!!」


 少し気が緩んでいたのと、長い衣が運悪く足に絡みついてしまい、泥棒は派手に地面で一回転をする。
 土ぼこりがあがって、泥棒が倒れた。しかし、すぐに起き上がると逃亡を図ろうとした。

「っくぁっ!!!」

 その足を再び強烈な一撃で払われて、泥棒は再び地面に沈んだ。転んだ拍子に砂を噛んでしまう。ざらつく音が鼓膜に直接伝わって泥棒は衣の下で顔をしかめる。
「うがぁっ!!」
 足払いをした人物が無駄のない動きで泥棒の背中を足で踏みつけ土の上に縫い付けた。
「くそっ!!離せっ!!馬鹿野郎っ!」
 泥棒は足の下でもがいて尚も逃げようと試みるが、急所を踏まれているのか身体を起こすっことすら出来ない。もがけばもがくほど踏みつける脚の力は強くなり、肺を圧迫されて息が詰まる。
「…はなっ…!!」
 不自然な体制の中、泥棒は自分を押さえつける人間を見ようと首をひねるけれど、濃い日差しのに遮られて輪郭しか捉えられなかった。太陽の眩しさに思わず目を瞑ると数人の気配がして更に両肩を両足を押さえられる。
「はなせっ!!!!頼む!!!離してくれ!!!」
 衣の下からでも、泥棒の周りに人だかりが出来ていることを察すると、泥棒は力の限り暴れだした。とにかく逃げたい一心で闇雲に身体を動かし、叫んだ。衣に隠れて表情は伺えないが、必死の形相をしているに違いない。


 逃げようともがいていると、被害にあった店主がようやく追いついてくる。店主は汗を滝のように流して、泥棒を捕まえた青い衣に身を包んだ長身の青年に深く頭を垂れた。
「セト様。ありがとうございます。セト様でなければ捕らえることは不可能だったでしょう。」
 店主はいやらしいほどセトを持ち上げゴマをする。汗だくの指が芋虫のように蠢いて、セトはかすかに顔をしかめた。
「さて。コソドロめ、その汚い面を出すんだっ!」
 そんなことに気づくはずもなく店主は押さえられている泥棒の衣を剥ぎ取るべく手を伸ばす。
「衛兵に引き渡してやるからな!!たっぷりと罰を受けるんだ。」
 被害者と加害者の優越感に酔い、店主の顔ががま蛙のように歪んだ。



「…………っ!」


 
 再び通りから音が消える。
 泥棒の姿を覆っていた衣の下から現れた見事な黄金に、店主だけでなくそこにいた野次馬達が息を呑んだ。もちろんセトも同じだ。

 セトの護衛に押さえつけられた泥棒は、太陽の光を集めたような金髪に同じ色の瞳と、この土地にはない白い肌を持っていたからだ。汚れた布意外に身につけているのは腰におざなりに巻かれた腰布だけ。
 まだ、15,6といった年頃だろうか。身体には無駄な贅肉は無く、程よく付いた筋肉がしなやかな身体を形成している。
 そして、白い背中には焼印が押されていた。


 
 まるで白い肌に食いついているような印。まだ、押されてから時間が経っていないのだろう、紅くただれ熱を持っている。
 金色の少年は焼印を隠すように身を捩るが、
「っくっ…」
 引き連れる痛みに唇をかむ。



「…こんな人は見たことがない……本当に人間か?」
 周りの野次馬も珍しい色の少年を見ようと覗き込んでいる。背中の焼印も手伝って少年の正体が人なのか、魔物なのかとかってな憶測を口々の言い会っている。

 手足は泥と垢で汚れているが、綺麗に洗い落とし身なりを整えれば見れるものになるに違いない。店主は溢れてくる唾を飲み込んだ。
 どこかの屋敷から逃げ出してきた奴隷ならば元の持ち主に返して、礼金をたんまりと貰えばいいし、化け物ならば見世物小屋へ売り渡してもいい。人間なら店主の元へ置いて慰み者にするのも一興。男を抱く趣味は無いけれど、この少年なら面白そうだ。と、少年の処遇を勝手に想像した店主の股間に熱がこもってくる。なんせ、この少年は店主の商品を盗んだのだ。


「この者の処罰は俺に任せてくれないか。」


 店主が少年の手を引くよりも先に、セトが口を開いた。
「へっ??セト様に……?」
 てっきり、自分に支配権があると思っていた店主は目を見開く。そんな店主を横目にセトは捉えられている少年の側に歩み寄ると、顎を持ち上げる。
 四肢を押さえられて逃げ場のない状況の中、少年は怯むことなくセトを真っ直ぐに睨み返した。
「めずらしい色だ。気に入った……おい、店主よ、この者が店から盗んだものは何だ?」
 少年を手に入れるという皮算用が、外れた店主は落胆の色を隠して答える。セトの絶対的な地位には逆らえない。
「りんごを一つでございます。」
「これだな。」
 セトは少年が握り締めていたりんごと共に、
「少し傷が付いてしまったな。これで足りるか?」
 セトは身に着けていた黄金で出来た腕輪を外し店主に渡した。職人の細工が施された、ずっしりと重い腕輪がそのまま価値を伝えてくる。その金額で店のもの全てを買っても余るほどだ。
「滅相もございません!十分です。」
 重い腕輪に店主は地面に頭を擦り付けた。






******



 

 市場で捕らえた金色の少年は、王宮から離れた山岳地帯にある神殿へ連れて来られた。


 

 王宮から馬で半日以上離れている神殿に付く頃には日もどっぷりと暮れ、夜空一面に満天の星が輝いている。
 しかし、少年にそんな夜空を眺める余裕は全くといっていいほどない。日が落ちると共に気温が下がり、身体が震えてくる。体を覆っている衣が唯一の救いだった。それと、昨日の夜から何も口にしていないため、お腹はぺこぺこになっているし、喉もからからに乾いて焼け付くようだ。

 少年は何度も逃げようと試みたが、市場でセトの青い瞳に見入られてから身体に力が入らず、金縛りにあったように指一本動かすことが出来なかった。声を上げることも出来ないまま、荷物のように扱われて、どこまでも続く砂漠をひたすら馬に揺られ、どこへ連れて行かれるのか分からない恐怖と寒さに少年の身体の震えが止まらなかった。





 
 切り立った崖を利用して作られたそこは神殿と呼ぶには余りにも質素なつくりをしていて、
外から一見するだけではそこに神殿があるとは思えない。それもそのはずで、ここには神官や王が封じた魔物が眠る石版が収められた特別な場所で、限られたものしか知らず、限られたもの以外足を踏み入れることを許されない処だった。




 神聖な場所とも知らな少年は、神殿の奥深くへと運ばれてゆく。
 



 地下の奥深くへ………






*******





「っわっわっ!」

 乱暴に床に降ろされた少年の声が周りの壁に反響する。

「くっ…そっ!」
 
 床に転がったと同時に金縛りは解け、少年は辺りを見渡した。馬に揺られていた距離と時間で逃亡するには困難な状況であることを物語っていたけれど、諦めることは出来ない。

 視界に斜めに映るひんやりと冷たい床と高い天井。壁に焚かれている松明の炎では天井を見つけることが出来ない。壁一面にオブジェのように敷き詰められた異様な怪物の姿のレリーフがこの場所が普通ではない場所だと無言で語っている。
 冷たく張り詰めた空気が肌を刺すように痛い。



 長い衣の下で少年は筋肉を収縮させ、いつでも動き出す準備をした。地下につれてこられた時点で、セトの周りにいた護衛兵達は姿を消し、ここにいるのは二人きりだ。街では失敗したが次こそ逃げてやる。少年の太陽の色が長い前髪の下で輝きを増した。





「どこの館から逃げ出してきたのだ。」
「……っ!」
 瞬き一つの間でセトは少年を見下ろして立っていた。
 足音も呼吸の音も、気配一つ乱さずに数メートルを移動したセトの体術に少年は息を飲む。この男から逃げ出すことが出来るのだろうか。
「フッ……言いたくないか。だがな、焼印を見れば貴様がどこに飼われていたと一目で分かるぞ。」
「アッ!!!」
 少年の身体を隠していた衣をセトが剥ぎ取ると、オレンジ色の炎の下に少年の身体が露わになった。褐色のセトとは違う白い肌。太陽の下で見たときよりも、揺れる炎の照り返しによって一層淫秘さが増している。
 そして、白い肌とは対照的な焼印の跡。
 肌理細やかな傷一つない肌に赤黒く盛り上がる生々しさ。誰かの所有物だということを表す、人として屈辱のしるし。
「見るなっ!!!」
 少年は見下ろす視線から逃れるために身を捩った。
「隠さずともよい、その印はペガサスの館だな。」
「クッ!!」
 セトは少年の腕を一まとめにして床に縫い付けると、背中の印に爪を立てた。
「アアアッ!!!イッ……っく……」
 傷口を抉られる痛みに、少年は歯を食いしばって耐える。
「この様子では、日は経っていないようだな。まあいい。俺様は他人の手垢が付いたものは好まぬ。」
 セトは優雅な動きで腰に差していた黄金で出来たロッドを少年の背中にかざす。すると、ロッドを中心にして金色の光が辺りを包んだ。



「あ!!!!ぐっ……うう」



 と、同時に少年の背中が熱くなる。まるでもう一度焼き鏝を押し付けられたような温度に、少年の身体がのけ反った。


「ぁっ…がっぁ……ぁ…?……ぁっ?」

 しかし、苦痛の時間はたったの数秒で、光と熱が収まると背中の痛みが嘘のように消えた。そればかりか、焼印の跡もなくなり元の白い肌に戻っていた。
「えっ???」
 光に焼かれる熱さがひいた後、今まで背中に張り付いていた痛みが消えたことに少年は安堵する。しかし、ほっとしたのもつかの間だった。
「これで貴様の所有者はいなくなったな。」
 金色の少年を見下ろすセトの口角が上がる。
「えっ??」
 助かった?
 セトの微笑みに、救ってくれたのだと、少年の身体の緊張が抜けるが、
「早とちりするな。俺様は貴様を助けたのではない。」 
 セトの笑っていない暗い眼差しに、再び身体を強ばらせる。






「生贄だ。」








 生贄という言葉に少年が唾を飲み込む。
 金縛りはとっくの昔に解けているのに、セトのオーラに圧倒されて、少年は動くことが出来なかった。
 正体不明な恐怖と身の危険を本能で感じ取りつつも、少年に逃げだす術はない。砂漠の真ん中で逃げ切れる保障はどこにも無かったし、この男から逃げ出すことは不可能だろうと少年は直感する。そして、もとの主の屋敷から逃亡したことを後悔した。
 まだ、あの男のほうがマシだろうと。

 カチカチと歯の根が合わないのを懸命に隠しながらセトを睨み、僅かな抵抗をする少年。しかし、真っ直ぐな金の色はセトのどす黒い欲望の炎を煽ることになっているとは知る術も無かった。



「我々神官は神に仕えるが故、人との交わりを禁じられている。」
「けっ…ご苦労なこった…」
 無駄な抵抗だと知りつつも、少年は悪態を付かずにはいられない。
「だが、我とて人間。欲望はある……抑制されることによって普通の人よりも増大したものがな。」
 セトの歪んだ口から欲望の色に染まったような真っ赤な長い舌が覗く。
「ハハッ!変態度割り増しですか。」
 言葉では強がりを言っていても、もう、少年にはこの先にまつ運命は容易く予想出来た。逃走本能のみで少年は強ばる筋肉を懸命に動かして身体を起こし、剥ぎ取られた布を肌を隠すように身体に巻きつけた。
「何とでも言うが良い。イキのいいほうが長持ちしそうだからな。」
 セトの紅く濡れた長い舌が黄金のロッドの柄を舐め上げる。

「げっ……」
 その余りにもの卑猥な仕草に少年は目を逸らそうとしたが、セトの次の行動に凍りつく。


「うわあぁああっ!!!」


 舌が巨大なナメクジように黄金を這い、濡れた跡を残しつつ尖った先端まで来ると、そのままロッドを飲み込んでいく。




「!!!!!!!!!!!!!」



 少年が驚くのも無理は無い。セトは細い柄の部分はもとより先端を残してほぼ全てを飲み込んでしまったからだ。。
 身体の内部の構造などないのか、残すのは丸い球体の部分だけになっている。



「ぁっアアッ!!!!」



 そして、セトはおもむろに飲み込んだロッドを引き抜いていった。





 ゆっくりと。




 
 徐々に黄金の柄が現れていくと、少年が悲鳴を上げた。
 男なのにとか、叫ぶだけセトを煽ることになるとか考えも浮かばない、一目をはばからない大きな声が地下神殿に響き渡って何度も木霊していった。



 柄が半分ほど姿を現すと、そこに巨大な巻きついていた。
 セトの口が人のものとは思えないほど開き、黄金に吊り上げられるように、蛇が体内から引っ張り出される。

 
「わあぁぁあああ!!!へ……へびっぃ!!!」
 余りにもの異様な現実に、腰が抜けてしまった少年は手足を不恰好にバタつかせ、後ろへとずり下がった。
 少年がもがく間にもセトは蛇を引き出していく。
 その数、3匹。


 一番最初に顔を出した蛇が一番大きくて、大蛇と呼ぶに相応しい大きさだ。残る2匹は普通のサイズの蛇だったが、3匹とも身体全体が粘液にまみれていて、ぬらぬらと絡みあい、明かりを不規則に反射している。

 セトは3匹の蛇を身体に巻きつかせると、少年のほうへと向き直る。


「ひぃっ!!!!やめろっ!!!くるなっ!!!」
 がたがたと身体を震わせて、少年は上ずった声で叫んだ。
 しかし、それで済むはずもなくセトが一歩一歩と間を詰めてくる。

「やめてくれっ!!!助けてっ!!何でもするからっ!!!」
 少年は恐怖に頭を上げることも出来ず床に額を擦りつけ、両手を合わせて、さっきまでの強気はどこへ行ったのか、少年は懇願した。

 セトが近づいてくるのが気配で分かる。冷や汗が全身から噴出し、少年の手足が恐怖に冷たくなっていた。


「ァぁぁ…やめて…く………ぁっひっぃ????」
 床にひれ伏して固く目を瞑る少年の頬を湿った生冷たい蛇の舌が這った。
「うわっ!!!]
 腹の奥からくる寒気に少年は思わず顔を上げ、固く瞑った目を見開くと、頭上から見下ろすセトと視線が合ってしまった。


「よかったな。気に入られたようだぞ。」
 震える少年の側に屈んでカタガタと歯の根の合わない、顎を掴み固定した。間近に見たセトの顔は酷く歪んでいた。
 
 裂けたように開いた口から、真っ赤な長い舌が覗いていた。


 後へ続く…














 
 すみません。また、寸止めです。
 後ろはお楽しみです。(そうして、自分に宿題が溜まる……)
 
 もうすぐお盆ですね。上京する人多いんだろうな〜〜〜
 うらやましい。
 
 背景はこちらでお借りしました。
 写真素材 キワモノ