「しずかっ!!!!」 城之内は妹の病室に駆け込んだ。 「………………。」 信じたくない光景に、城之内の足ががくがくと震えてくる。崩れ落ちそうな足に鞭打ち一歩一歩と静香に近づいた。 ベッドに横たわる静香に繋がっていた点滴はもちろん、あらゆる医療器具が外されている。 父親は布団に突っ伏し、力のない静香の手を握り、肩を震わせ号泣している。 「……う…そだろっ?」 城之内はベッドの側までくると、眠ったようにしている妹の頬を確かめるように手を当てた。 あの事故以来一度も目を覚まさなかった静香は、眠るように鼓動を止めた。 「……しずか……っ」 まだ、生きていた証の残る体温を探すように城之内は静香を撫でる。 ****** モクバが目を覚ましたのは翌朝になってからだった。 柔らかい日差しがモクバと海馬のいる病室を一杯にしている。 「……?」 「モクバっ…。」 モクバの側で一晩を明かした海馬は、身を乗り出す。 「…に…いさま?」 まだ、記憶の混乱しているモクバは心配そうな顔をしている海馬をきょとんとした顔で見つめた。 「痛いところはないか?」 モクバの額に手を添え、体温を測る。 海馬のひんやりと感じる掌にモクバは昨日のことを思い出した。 「だいぶ、熱があるようだな…。」 海馬はナースコールを押すと体温計を探した。ベッドサイドの引き出しを開けている背に、 「にいさまっ!城之内は大丈夫だった?」 木の上で突然苦しみだした城之内の姿が脳裏に焼きついていた。あの苦しみかたは尋常ではない気がする。 「城之内に怪我はないの?」 ギプスで固定されているためにモクバは一人では起き上がれない。 「………城之内なら…大丈夫だ。」 海馬は振り返ることなく事務的に答えた。 まだ、城之内に対する怒りは収まっておらず、モクバの痛々しい姿とは対照的に怪我一つしていないことに苛立たしさは増すばかりだった。 「よかった。」 モクバの安心する声に、海馬の拳が握り締められる。 モクバは怪我のせいで発熱してしまった。 城之内のことが気がかりでならなかったけれど、薬の強制的な眠りがモクバを支配して、再びモクバが目を覚ましたのは、日も傾いたころだった。 「にいさま…城之内は本当に怪我してない?」 一日モクバに付きっ切りになった海馬は病室で仕事をしていた。簡単な書類には決済の判を押し、携帯やメールで仕事の指示をだしている。 相変わらずの兄の姿に、モクバは肩をすくめつつ、どうしても城之内のことが知りたくて仕方がない。 「していない。ぴんぴんしていた。」 海馬はキーを打つ手を止めずに答える。 「そう……なら…良いんだけど…」 モクバは白い天井を見上げた。 海馬は大丈夫だと言えば言うほど、モクバの胸の中がもやもやとしてくるのだった。 あの城之内がモクバの元に来ないはずが無い。 もし、海馬の言うとおり元気だとして、この場に城之内がいないことがモクバには不自然に感じてしまう。 おごりではないけれど、もし、城之内の身に何事も無ければモクバの側にいるはずだと、確信がモクバにはあった。 「あの男が気になるのか…。」 海馬はようやく手を止めた。 「うん。だってね…あの時、城之内が胸を痛そうに押さえたんだ。」 モクバは動かせるほうの手を、城之内がしたように真似る。 「俺から見ても分かるくらい、真っ青になって苦しそうにしていて…普通じゃなかった…」 モクバの大きな瞳から、涙がこぼれそうになっている。 「!!ちょっと、まてっ、モクバっ、今なんと言った?」 と、その時、病室の扉がノックされ白衣姿の医師がやって来た。 「瀬人さま、少々お伺いしたいことがあるのですが、お時間はよろしいですか?」 医者は丁寧に頭を下げ、海馬が頷くのを確認すると二人のほうへと歩み寄ってきた。 「昨日、モクバ様と一緒に搬送されてきた少年のことですが……。」 「城之内がどうかしたか?」 医者の深刻そうな声に、海馬の唇が乾いてくる。 「あの子は城之内というのですか。」 医者は固い表情のままだ。城之内を見失ってから医者は海馬のものに城之内のことを訪ねるのだが、海馬の指示がなければ教えられないの一点張りで名前すら調べることが出来なかったのだった。 「彼の連絡先を教えてはいただけないでしょうか?」 「わかった。屋敷のものに伝えておこう。城之内がどうかしたのか?」 医者の様子と先ほどのモクバの言葉に海馬の中に警鐘が響いている。 「どうかしただなど…瀬人様は彼の病気のことはご存知ではないのですか?」 「病気??どういうことだ!」 城之内はこれまで仕事を一日も休んだことがなかった。 海馬邸の仕事だけではない、早朝の配達も、休日のバイトも、勉強も… 城之内の生活のどこにも病気の影は見当たらない。 「彼は…重度の心疾患を患っているはずです。精密な検査をしていないのではっきりとは断言できませんが、彼の心臓はかなり悪いはずです。」 医者は心電図の乱れた波形と、不規則な心音に懸念を説明した。 「そんな馬鹿な。城之内には病歴も通院暦も無いぞ。」 海馬は城之内の履歴書と調査書類に書かれていたことを思い出す。 城之内は事故以来病気らしい病気はせず、医者にかかったことなど一度も無かった。 海馬は城之内の家庭の事情と、ただ単に健康な身体を持っているのだと思い込んでいたのだが、それが間違いだったのだろうか? 「ありえません。彼が何の薬も治療もなしに、病気と戦えるはずがない。彼には数日に一回もしくは日に何度も発作が起きているはずなんです。薬がないと到底耐えられる痛みではないはずなんです。」 医者は信じられないとでも言いたげに、海馬を見た。 どういうことだ? 城之内は健康ではなかったのか? 朝から晩まで働き、病気のそぶりなど一度も見たことがないではないか。 不注意で木から落ち、脳震盪でも起こしたのでは無かったのか? 誰がそう、俺に、言った? 誰も城之内のことを気にするものはいなかったのではないか? 俺ですらモクバのことばかりで、城之内のことを見ようとしていなかった。 混乱する海馬の中に、さっきのモクバの言っていたことを思い出した。 急に胸を押さえてくるしみだした城之内。 医者の言っていた 心疾患… つかみどころのない城之内。 どこか、感情をおさえていた城之内。 海馬邸での陽だまりのあの時、一冊だけあった真新しい医学書の表紙には「心臓」の二文字が書かれていなかっただろうか。 海馬のなかで途切れ途切れの線が一本になっていった。 「城之内は本当に病気なのか?」 海馬は医者に詰め寄る。椅子が倒れるのも気にならない。 「はい。今は薬で抑えてありますが、今度大きな発作が起きたときは、命の保障はどこにもありません。」 城之内には一刻も早い治療が必要なのだと付け加える。 俺は城之内に何をしたのだ!!! 「兄さまっ!!!城之内を早く見つけて!!!」 医者と海馬の会話を聞いていたモクバは悲痛な声で叫ぶ。 海馬はポケットの中から携帯を取り出し、城之内の番号を押す。 しかし、携帯から聞こえてくるのは空しい保留音だけだった。 続く。 |