最悪の男12



海馬が城之内の元へたどり着けたのは、その日も日がとっぷりとくれた時間帯だった。

 ドミノ町の外れにある小さな斎場で妹の通夜が行われていて、読経と焼香の香りのする、独特の空間の前列に城之内がいた。
 ごく近しい親族と、知り合いだけで行われている通夜は参列者も少なく海馬が最後の参列者となってた。


 呆然として椅子から立てない父親の代わりに、城之内が弔問客に挨拶をしている。
 父親とは対照的に一人ひとりに頭を下げ挨拶をする城之内は、気丈で涙をこぼすことはなかった。


 海馬の姿を見とどめた一瞬、表情が強ばったが他の客と同じように深く頭をさげる。




*******



 時間にして数十分の短い通夜が終わると、会場の一番後ろに座っていた海馬のもとに、城之内がやってくる。


 どうして海馬がここにいるのか、どうして最後までここにいるのか、海馬の考えていることが分からない城之内は海馬と向かい合うが何を言っていいのか、言葉が見つからない。
 そんな城之内の心を読み取ってか、先に口を開いたのは海馬だった。
「……。」
「モクバの手術は成功したぞ。神経も傷ついていなかったから、後遺症の心配も要らないそうだ。」
「……よかった…」
 ずっと気がかりだったモクバの容態に城之内は胸を撫で下ろす。しかし、そうなれば余計に罪悪感が城之内を包む。
「すいませんでした…。」
 病院の廊下でそうしたように、床に膝をついて謝罪しようとする城之内を、慌てて静止すると、
「もう、謝らなくてもいい…むしろ、悪いのは俺のほうだ。」
「……?」
 肘を掴む海馬が苦しそうに顔が歪んでいて、
 海馬の激昂はどこにいってしまったのかと、城之内にはやはり分からなかった。


「それよりもだ…っ。」

 
『お〜いっ。克也くん』
 親戚の誰かだろうか、遠くで城之内を呼ぶ声がした。


「あっ、はい。」
 城之内は弾かれたように海馬の腕を振り切ると、
「後でちゃんと謝りに必ず行くから。償いは何でもするから…今日は来てくれてありがとう。」
 城之内はもう一度、深く頭を下げると呼び声のしたほうへと駆けていく。

「待てっ!!話を聞けっ!!」
 海馬の静止の声は空しく消えるだけだった……


 肉親の葬儀という一種の特別な時間と空間と雰囲気に、海馬はためらってしまったのだ。


 打合せをしている城之内の横顔を追いながら、海馬は席を立つ。





******





 海馬との会話の後、城之内は斎場の隣に建てられている、部屋で近しい人たちと夕食を取った。
 しかし、食欲は全くなく、用意された食事にもほとんど手をつけることは無かった。


 親戚に酒を注ぎ、
 親戚から「父さんを頼んだぞ。」「気を落とさずにがんばれ。」と励まされては、頷き「がんばります。」と言いたくもない言葉を口にする。


 親戚たちが帰ると残されたのは、城之内親子と、遊戯親子だけになった。
「城之内くん。大丈夫?」
 最後の親戚を入り口で見送りネクタイを緩める城之内に、心配そうにしている遊戯が声をかける。
「おぉ。遊戯か…大丈夫だぜ?」
 外したネクタイをポケットに突っ込むと、城之内は相変わらずの笑顔を作った。
「ご飯…ほとんど食べてないよ。昨日の夜も、朝も昼も…忙しいのは分かるんだけど、何か口にしておかないと、城之内くんまで倒れてしまうよ。」
 ドミノ高校の制服姿の遊戯が、何か食事の残るテーブルへと城之内の腕を引っ張った。



 遊戯は城之内を半ば強引に座らせると、食べれそうなものを皿に取り分ける。
「これ、食べれる?」
 城之内のことを気遣う、代わらない遊戯がありがたい。
「ありがとう。食べれるぜ。」
 城之内は箸を探した。




「遊戯。悪いな…。迷惑ばっか、かけちまって…。」
 食事を済ませた城之内は箸をおくと、遊戯に謝った。
「ううん。迷惑だなんて無いんだよ。」
 遊戯は首を振る。
「あの日、以来、遊戯ん家には助けて貰ってばっかだからさ。おばさんにも、おじさんにも…」
 城之内は視線を、テーブルに突っ伏して泣いている父親に移す。
 酒を片手に泣いている父親を介抱しているのは、遊戯の父親し、散らかった座布団を遊戯の母親が片付けている。
「ありがとうな。今まで本当にありがとう。」
 城之内はテーブルに額が付くくらい深く頭を下げる。
「わわわ、やめてよ。城之内くん。僕が困ってしまうよ。」
 まるで別れの挨拶のように聞こえてしまった遊戯は慌てて手を振った。
「それに大変なのはこれからなんだからね。」
「そうだな。」
 城之内は父親のほうを見た。




 静香という、父親と城之内を繋ぐ糸が切れてしまったこの先
 父親との関係はどうなってしまうのだろうか。






*****






 翌日、真っ青な空を見上げる城之内がいた。


 葬儀が終わり静香を火葬するために場所を移した城之内たち。



 こうして穏やかな空を見ていると、何もかもが現実感を失っていくようだった。

 
 本当に静香は死んでしまったのだろうか…?
 あの日の事故ですら、無かったのかもしれない。


 しかし、城之内が着ているのは真っ黒な喪服で、静香にすがり付いて泣いていた父親の声が耳から離れない。

 
 悲しみの感情のままに、泣ける、父親がうらやましい。
 城之内もどうしようもない感情を抱えつつ、何故か涙が出てこなかった。一粒も。



 どこにもやりきれない感情が城之内の中で渦巻いていたが、
 胸の中で打つ、鼓動は、今までにないくらい、穏やかだ。
 自らが招いた罪をあざ笑うかのように、静かに規則的に脈を刻む。



「なんでだよっ…なんで、俺のここは動いてるんだよっ…」


 

 城之内は空に向かって叫んだ。





















 
『early』 柚馬さまの喪服の城之内くんです。ああん。もう、ステキです。ボキャブラリーの無い自分が嫌になりまする。ありがとうございました。