最悪の男6



城之内がモクバの家庭教師になってから一月が過ぎていった。
 城之内の教え方が良いのか、モクバの飲み込みが早いのは、遅れていた部分のほとんどを取り戻していた。もう、いつ学校に戻っても差し支えはないだろう。

 海馬邸兄弟の諍いが無くなり、休日に居間で取り留めのない会話を楽しみ、また、お互いの気にせずにくつろげるまでに海馬とモクバの仲は修復されていた。
 モクバの笑顔が昔と変わらないものになるように、海馬もまた大切なものを取り戻していっていた。

 以前はしつこく学校に行くように怒鳴っていた海馬も、今では学校の単語さえ口にすることはない。城之内がそうしていたように、モクバが自主的に復学する気になるのを見守ることにした。
 モクバもモクバで学校のことは常に頭から離れたかったけれど、どうしても最後のふんぎりがつかなかった。モクバの中に何か決定的な自信かけていた。


 モクバの中から海馬瀬人の影を消す何かが必要なのだ。





 夕方の5時。
 海馬の携帯に城之内から定例の着信が入る。
 モクバ付きになってから欠かすことのない定時報告に海馬は携帯を開いた。


 携帯の向こうから今日のモクバの様子を的確に報告する城之内の声が聞こえている。
 初めのうち海馬は城之内のことを怪しく考えていたが、それは間違いだったとすぐに改めることとなった。要点を纏めて淀みなく話す話術はきっと、モクバに教えるときもそうなのだろう。
 そして何より、城之内は人の心の状態を敏感に捉えていた。
 モクバの不安や心配事をさりげなく聞き出し、海馬にそれとなく助言する。
 海馬の苛立ちまで気が付けば、城之内が吸い取ってしまっていた。

 城之内とは直接、顔を合わす時間は少ないけれど、毎日掛かってくる定時連絡を心待ちにしている自分に、海馬は思わず苦笑した。


『どうしたんだ?』
「…なんでもない。それより、これから時間はあるか?良い店を見つけたのだ。奢るぞ。」
『今日は遠慮しとくぜ。ちょっと都合が悪くてよ。』
「残念だな。」
 海馬は今日が給料日ということを思い出す。金に忙しい城之内の環境に海馬は無意識に眉間を押さえた。
『俺なんかより、モクバと行ってこい。たまには外食も良いもんだぜ。』
「ああ。そうしよう。モクバも喜ぶな。だが、次はお前も誘うぞ。もちろんモクバも一緒だ。」
『いいぜ。美味いとこを頼んだぜ。』
 海馬が変わるにつれ、城之内も以前のような海馬に対するとげとげしいものがなくなっていた。
『じゃ、今日はもう上がるから。早く帰ってやれよ。』
 今ではモクバだけでなく海馬のことまで注意を向けてくる。
「言われなくてもそうするつもりだ。では、明日も頼んだぞ。」
『了解。』
 と、携帯が切れる。
 海馬は携帯を机に置くと、椅子に深くもたれ掛かり天井と仰ぎ見る。


「城之内……変わった男だ。」


 分かりやすいようでいて、実はつかみどころのない城之内に海馬は興味がわいてきていた。中学でも、以前の職場や配達店でも城之内の評判は特にかわったと頃はない。だが、海馬には素行調査だけでは読み取れない何かがあるような気がしてならなかった。




*****




 翌日、たまたま仕事の予定にキャンセルの出た海馬はいつもよりも早い時間に帰宅することにした。
 まだ日の高い昼下がり、屋敷に戻った海馬は居間から聞こえてくる歓声に顔を綻ばせる。モクバが部屋から出るようになってから、屋敷の空気さえ柔らかく明るくなったように感じられた。


「いくぜっ!!俺の攻撃!!」
「うわぁぁっ!また、やられたぜっ…」
 春の柔らかい日差しの差し込む窓際で、城之内とモクバがなにやら見慣れないものを挟んで遊んでいるようだ。
「城之内が弱すぎなんだぜ。」
「ちげーよ…モクバが強いんだ…これで、5勝53敗か…はぁっ。」
 城之内は薄茶色の髪を乱暴に掻き、大きく伸びをした。
「城之内は頭は良いのにゲームは全然駄目なんだな。変なの。」
「ばーか。モクバに合わせてやってんだぞ。」
 モクバはジュースの入ったグラスを引き寄せた。
「負け惜しみは聞かないんだぜ。」


 時計を見ればちょうど3時の休憩の時間なのだろうか、居間で遊んでいるモクバと城之内のほほえましい様子に海馬はなるだけ静かに扉を閉めた。

「あっ!!!!にい様!!どうしたの?こんなに早くにさっ!!」
 海馬の気配を敏感に感じ取ったモクバは、すぐに気が付いたようだ。
「たまたま、予定がキャンセルになってな。今日の仕事はもう終わりにしたのだ。」
 海馬は着ていた背広を椅子にかけると、城之内とモクバの側に腰を下ろし、先ほど二人が熱中していたゲーム盤に目をやる。
「なんだ?これは?」
 盤の上や周りに無造作に置かれている小さな人形を手に取った。
「カプモンっいうんだ。」
「かぷもん?」
 海馬は改めてそのゲームを見た。
 チェスに似た盤にはジオラマのように山や岩が再現されている。そして、盤の上には個性的なキャラクターが乗っていた。
「初めて聞くゲームだな。」
 総合玩具メーカーの海馬にさえ知らない玩具があったのかと、海馬は首をかしげて記憶を探ってみたが、このようなゲームは記憶にない。

「そりゃそうさ。カプモンはモクバが考えたゲームなんだからよ。」
 考え込む海馬ににやりとした城之内は、自慢たっぷりに言った。

「!!!!!!!!!!!なにっ???」
 海馬は耳を疑ってしまった。言われて見れば確かに手作り感の否めないものだが、まさか、モクバが考えたものだとは想像しなかった。

「まさか……?」
「本当だゼ。」
 城之内につられてモクバの顔を見れば、頬を真っ赤にしたモクバが恥ずかしそうに俯いていた。この掌サイズの人形一つ一つをモクバが作ったというのだろうか?
「この人形とフィールド盤を作ったのは城之内なんだぜ。」
「城之内がか?」
 またもや、城之内の意外な一面に海馬の目が丸くなった。
 精巧に作られた人形の一体一体を作ったというのか?
「まぁな。びっくりしたか?」
 いつもはすました海馬の顔を驚かすことの出来た城之内とモクバは顔を見合わせてにししと笑いあった。

「モクバ、俺にもルールを教えてくれないか?俺も混ぜてほしい。」
「にいさまっ!!!」
 何よりもの海馬の褒め言葉にモクバの声は弾む。そして、ざっと書き出してあったルールを海馬に見せる。
「このゲームはね…」
 モクバは説明書と実物を動かして、海馬にゲームのルールを教えていき、やがて居間では海馬対モクバの熱戦が日が暮れるまで繰り広げられていった。


 城之内は相変わらずで全く歯が立たなかったが、このゲームに夢中になったのは意外にも海馬のほうだった。


 モクバと一進一退の戦いに向きになる海馬と、うれしそうに笑い声を上げるモクバをどこか遠くに見ていると、今も病室で眠っている静香が脳裏かすめ城之内は頭を振った。
 静香のことは忘れたこともなくて、考えないようにしていてもモクバが静香と重なってしまうのだ。あまりにも違う残酷な現実に城之内の胸がきゅんと締め付けられた。




******




 気が付けばすっかり日も落ちていて、城之内の勤務時間も過ぎてしまっていた。
 時間の過ぎるのも忘れてゲームに夢中になっていた海馬は、いつの間にか用意されていたジュースで喉を潤した。冷たい氷が海馬の興奮を少し冷ましたようだ。
 一息にグラスを開けると、海馬はモクバにこう告げる。




 このゲームを商品化しよう。


 と。





 この一言でモクバの生活が一変していくこととなった。




 続く。

 








 ようやく、移します。間が開いてしまいました
 忙しさも、もうひとがんばりで落ち着きそうです。
 ぼちぼちいくぞ〜〜

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