零人はその日、深夜の渋谷センター街で喧嘩を売ってきた相手をぶちのめしていた。
馬乗りになったまま、拳を振り下ろし何度も相手の顔面に叩きつけた。
殴った、殴った、殴った、殴った、ぶん殴った。
前歯がへし折れ、鼻がひっしゃげて、鼻腔から血が溢れ出す。
男の顔は裂傷を負い、赤い絵の具をぶちまけたように血みどろになり、すでに意識はなかった。
男の着ているグレイのスーツの襟首が血で汚れ、そこで零人は拳をストップさせる。
喧嘩をしたくて喧嘩をしているわけではなかった。
殴りたくて殴るわけでもない、己の身を守るためである。
否、それでも零人は暴力の陶酔をその身に感じていた。そしてどうにもならない己の狂暴性に零人は苦笑する。
そうだ。自分は暴力を楽しんでいるのだ。この漠然とした不満と鬱憤を、暴力で晴らしている。
零人は秀麗な顔立ちをした少年であった。
まっすぐに通った形の良い鼻梁、切れ長の二重の瞼。双眸は大きく、黒目がちである。
顔の輪郭はくっきりとしており、その凛々しい眉毛と鋭い眼光が少年に一種の野性味を帯びさせていた。
右の耳朶には小さな金のピアスが輝いており、バランスの良いショートヘアが良く似合っている。
美しい少年である。零人は昔からその容姿をからかわれ、悪戯をされることがしょっちゅうあった。
ホモ気のある人物であれば、間違いなく惹かれるであろう美少年。
今回だって相手が零人にちょっかいをかけてきたのだ。
最初は笑いながら、男は遊ばないかと零人に声をかけてきた。
零人は男の申し出を断った。男は執拗だった。
何度も何度も零人を誘い、その肩を掴んだ。
零人の身体に悪寒が走り、気分が悪くなってくる。
胸の辺りがむかついてしょうがない。
肩を掴んでいる男の手を払いのけ、罵声を浴びせた。
『薄汚ねえ手で気安く俺に触るなよッ、この変態ッッ!』
男は一瞬、呆気に囚われ、次に屈辱と怒りに顔を紅潮させて低く呻いた。
『なんだと小僧、優しくしてりゃつけあがりやがって……』
男の平手打ちが水平に零人の頬を襲った。零人は難なく顔をかわしてしまう。
渾身の力で男の向こう脛をつま先で蹴り上げた。
男がギャっと声を上げて苦痛に顔を歪ませ、たまらずに屈んで蹴られた脛を押さえた。
そこで顎にフックを叩き込む。
そして男に馬乗りになり、現在の状況に至る。
零人がゆっくりと腰を上げて辺りを見回した。騒ぎに集まった野次馬達がこちらをじっと見つめている。
誰かが警察を呼べば後々面倒である。零人は脱兎の如く駆け出し、その場を離れた。
走りながら拳にこびりついた男の血を零人は、リーバイスのジーンズにぬぐう。
Tシャツが汗を吸ってベトベトと肌に貼りつき、零人をなんとも言えぬ不快な気分にさせた。
最後に学校へ言ったのは五日前、家を出たのは三日前だ。零人は学校も自分の家も好きではない。
暴力を振るったあとは、零人はいつだって誰かに罰してほしくなる。
何故、罰してほしいのか、その理由は当人である零人にすらわからない。
繁華街を零人はただ、当てもなく彷徨う。
黒いTシャツの胸元には、銀製の十字架のアクセサリーが静かに揺れていた。
零人は今年で十三歳、中学一年生になる。学校でも問題児でほとんどの教師達は腫れ物を扱うように零人に接した。
零人のその獰猛さを知らぬ者は学校にはいなかった。零人が小学校の三年生の時の事だ。
六年生の三人組が零人をからかった。
上級生に組み伏せられ、ズボンと下着を無理やり剥ぎ取られ、自分を嘲笑う三人組に零人はキレた。
目の前の地面に転がった拳ほどの大きさの石を掴み上げ、グループのリーダー格に殴りかかった。
鼻を石で叩き潰してやると、相手は顔を血で真っ赤に染めながら失禁し、蹲りながら泣き喚いた。
零人はそれでも一切手加減せず、相手の耳朶に噛み付き、食いちぎった。
のこりの二人は、その光景を震えながら見つめていた。
その容貌からはとても想像できぬ零人の常軌を逸した凶暴性。
中学に入学して一ヵ月後、上級生ですら零人に逆らう者はいなくなっていた。
突然の驟雨。水桶をひっくり返したような突然のどしゃぶりの雨。
零人は雨宿りのできそうな場所をずぶぬれになりながら探した。
雨宿りのできそうなマンションに入り、タイルの上に腰を下ろす。
冷たいタイルに臀部の体温を奪われ、尻がひんやりと冷えてくる。
ジーンズのポケットから取り出したパッケージのキャメルは、つぶれかけていた。
口に咥えると表面が傷だらけのジッポーライターで火をつける。
ゆっくりとタバコを吸うと、気だるげな気分に襲われた。丸一日眠っていなかったので、瞼が重い。
タバコの煙をくゆらせながら、零人は黙ったまま降りしきる雨を眺めていた。
「おい」
突然後ろから声をかけられた。零人は咥えたばこで声がした方向に振り向く。
そこには見知った顔の若い男の姿があった。
零人の中学の男性教師、名前は柏木幸一。
きりっとした精悍な横顔のハンサムな男である。
そして零人に対等に接してくれる数少ない人物でもあった。
零人はタバコを口から離すと片手を挙げ、ぶっきらぼうに挨拶する。
「よお」
「教師に対してそんな返事の仕方があるか。それに未成年のくせにタバコを吸うな。それも教師の前で堂々と」
零人がタバコを投げ捨て、睨みつける。
「放っておいてくれよ。俺が何を吸おうが俺の勝手だろう」
「口の減らない奴だな。それに濡れネズミじゃないか。とりあえず俺の部屋にこいよ」
「飯食わせてくれる?」
「図々しい奴だな。わかった、食わせるよ」
七階の五号室。そこが幸一の部屋だった。幸一が室内の電気をつけ、零人を奥へうながした。
3LDKのマンション。ミッドセンチュリーの調度品。悪くはない。
「とりあえず飯の前に風呂入りな。そのままじゃ風邪引くぞ。服も乾燥機で乾かしてやるよ」
幸一が零人をバスルームまで引っ張っていき、脱ぐように言った。
零人は脱ぎたがらなかった。汚れた下着を見られるのが恥ずかしいのだ。
「あっちいっててくれないか?」
「お前、俺に裸を見られるのが恥ずかしいのか?」
「裸じゃなくて、下着を見られるのが恥ずかしいんだよ……汚れてるからさ……」
幸一がクスクスと笑った。
「そんなことかよ、なんだったらパンツも洗ってやるよ」
幸一が零人の水分を含んだTシャツを脱がせ、微笑みながらジーンズのジッパーに手をかけた。
零人のブリーフは確かに汚れていた。黄色い染みと茶色い筋のコンラスト。
しかし、幸一は汚いとも不快だとも感じず、むしろ好ましいとさえ思えた。
零人は下着に付着した汚れを見られた恥ずかしさに顔を俯け、頬を赤く染めた。
零人を全裸にすると、次は幸一が自分の着ている衣類を脱ぎはじめる。
「一緒に風呂にはいるのか?」
零人が尋ねる。
「嫌か?」
「別に嫌じゃないさ……」
ふたりはバスルームの中に入り、幸一がシャワーの温度を調整する。
洗面器にお湯を満たし、スポンジを泡立て、幸一が零人の身体をお湯で濡らし、背中から洗い始める。
白く肌理細かい滑らかな肌に柔軟でしなやかな零人の肢体。
深い乳白色の光沢を放つ皮膚の下には、猫科の猛獣を連想させる鞭のように撓う筋肉の感触が幸一の指先に伝わった。
幸一がそっと零人の臀部に掌を這わせた。それでも零人は無言のままである。
「尻洗うけどいいか?」
幸一が零人に優しく尋ねる。
「……うん」
零人は静かに頷いた。尻の割れ目に幸一の指が伸びて、肛門をまさぐった。
人差し指と中指で丁寧に洗う。他の人間であれば、零人は拒んでいただろう。
幸一の指先使いに性的なニュアンスが含まれているのを感じたが、零人はこの教師が嫌いではなかった。
だからされるがままになった。指先が肛門に侵入してくる。
零人が思わず身体をビクっと硬直させた。肛門が収縮し、幸一の指を愉しませた。
全身を洗い終わると、幸一は零人にシャワーを浴びせ、泡を洗い流した。
排水溝にお湯が吸い込まれていくのを、零人はぼんやりと眺める。
「とりあえず綺麗にはなったな」
「俺、他人にそこまで洗われたの初めてだ……」
「毎日風呂にはいりなよ。じゃあ、とりあえずあがろうか」
「ああ」
応接室に戻ると零人は手渡されたTシャツを着た。
流石にズボンはブカブカで穿けず、Tシャツも零人の膝頭まで覆うほどの大きさだった。
ほとんどワンピースである。
幸一が黒革のソファーに腰をかけ、隣に座るように零人をうながす。零人は素直に座った。
「お前、最近学校に来てないみたいだけど、何やってるんだ?」
零人は首を軽く揉みながら答える。
「別に何もやってないよ。繁華街ぶらついて、ゲーセンいったり、ナイトクラブで踊ったり、それくらいかな」
「親はお前に何か言わないのか?」
「別に何も言わないよ。だから俺は俺で好き勝手にしてるのさ」
零人にとって、親は神経を苛立たせる不要な存在でしかない。出来ればさっさとくたばって欲しかった。
「ふう……頭痛くなってきた……」
「大丈夫か?」
零人が他人事のようにすました顔で尋ねた。そして突然、零人が話を切り替える。
「先生さ……俺の身体洗ってる時、勃起してたでしょ……?」
幸一の表情が少し歪み、それから五分程の沈黙が続いた。
「俺、先生の事……嫌いじゃないよ……だから、抱きたいなら抱いてもいいよ……」
零人の言葉に面食らい、幸一は思わず咳き込んでしまう。
「ゲホっ、ゲホっ、お前自分で何言ってるのかわかってるのか」
「俺、結構本気でいってるんだけどな」
「このマセガキ。尻引っ叩いてやろうか」
零人が麝香猫の如く煌々と輝く瞳で幸一を凝視する。
「いいよ……先生が叩きたいなら……」
零人にとって、嫌いではないという言葉の意味は、好きと同義であった。
「……本当に叩くぞ?」
零人は無言のまま頷き、ダブダブのTシャツの裾を捲りあげ、小ぶりの水蜜桃を思わせる瑞々しくも美しい尻を露わにした。
その横顔には羞恥の表情が浮かび上がり、零人は少し照れている様子であった。
心臓が早鐘を打ち、喉がヒリついてくるような高揚感覚を幸一は覚えた。
そのまま自分の膝の上に零人をうつぶせに乗せ、汗ばんだ掌で臀部を撫で回す。
「そういえば、お前の履いてたジーンズ、血で汚れてたな。何かあったのか?」
「ああ……ちょっとイザコザがあってね」
「あんまり無茶するなよ」
「別にやりたくてやってるわけじゃないさ……」
突然、手を振り上げ、渾身の力で零人を尻肉を打つ。
乾いた鋭い打擲音が室内に響き、激しい衝撃が零人の双臀を襲った。
痛みがじんわりと肌に広がり、熱が余韻の如く皮膚に染み渡る。
幸一の平手が零人の尻たぶを交互に打ち据え、その度に零人が眼をきつく閉じ、下唇を噛んで耐えた。
パシーンッ!パン!パン!
白磁のように白かった零人の尻が赤紫に熟れた牡丹杏のように色づいていく。
「ううんッ……アぁッ……」
何度も同じ箇所を叩かれ、零人は堪えきれずに呻き声をもらしてしまう。
幸一は零人に対する尻打ちに興奮していた。
額に汗を滲ませ、荒い息を吐きながら、それでも止めることなく規則的に叩き続ける。
「せ、先生……」
痺れるような痛みが零人の臀部を責めたてた。
双臀の皮膚の表面が赤く腫れ上がり、爛れたように変化していく。
幸一はその赤く染まった尻を感嘆たる面持ちでじっと見つめた。
熱を持った幸一の掌で時折、尻を撫でられる。
零人の体が発熱したかのように火照り、幼い性器が硬く屹立し始める。
零人と零人の硬くなったこわばりが擦れあい、ふたりはそこから生じる感覚に耽溺してしまいそうになる。
痛みとも快感ともつかぬ不思議な感覚に零人は翻弄され、軽い眩暈を覚えた。
オナニーくらいならした事があったが、今味わっている感覚は初めて経験するものだった。
百回は叩かれただろうか。
それでも幸一は止めようともぜず、尻を打ちつづける。
「くふうぅッ……ああッ」
零人が悲痛とも嬌声ともつかぬ叫びを上げた刹那、ふたりの膨張したペニスが脈打ち、熱くたぎった精を勢い良く放出する。
頭の中が空白になり、射精の余韻に零人は瞳をトロンとさせたまま、肩でぜえぜえと息を吐いた。
「何か癖になりそう……先生、また遊びにきていいかな?」
幸一が零人の頭を撫でながら答えた。
「ああ、かまわないよ。いつでも遊びにきてくれよ 」