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新学期が始まって数週間が過ぎた春の日、
授業が終わって家に帰ろうとした拓也は校門を出た所で愛に呼びとめられた。
「榎木君、ちょっと用事があるんだけど、つきあってくれないかしら?」
「あ…うん」
今日は半日で学校が終わっているから、
一度家に帰ってから実を迎えに行こうと思っていたのだが、拓也は少し考えた後に首を縦に振った。
「いいよ。どんな用事?」
「着いたら話すわ」
そう拓也の問いをはぐらかした愛は拓也より少し前を歩き出す。
拓也が何か話しかけようと思っても難しく、
と言って隣に並ぶのもわざとらしさが出てしまう微妙な位置を保ったまま、
愛は町外れの方に向かっていく。
ようやく拓也がおかしいと感じたのは、もう堤防が見えてきた辺りだった。
(この先って、川しか無い…よね?)
どんな用事かは判らないが、川でしなければいけない用事があるとも思えない。
歩みを止めた拓也は、それでも疑っている事を声に出さないように尋ねる。
「槍溝さん、なんか隠してない? 川でする用事なんてあるの?」
「あれ、嘘。榎木君と歩きたかっただけ」
企みがバレた愛はあっさりと自分の嘘を認める。
しれっと言ってのける愛の表情に、拓也は怒る気もなくしてしまっていた。
それよりもあっさりと騙されてしまった自分に思わず苦笑いしてしまう。
「怒った?」
「ううん、そんな事ないよ。でもなんで川なの?」
「んー、なんとなく土手を歩いてみたかったんだけなんだけど。駄目?」
確かに、今の季節は温かくて、ただ歩いているだけでもなんとなく楽しいし、
家に帰らず直接実を迎えに行けば、少しくらいの時間はある。
それに、愛と一緒にいるのがちょっとだけ嬉しかったから、
拓也はそのまま散歩に付き合う事にした。
「いいよ。あんまり遠くまでは行けないけど、歩こうか」
愛はその返事に表情を和らげると、再び、今度は隣に並んで歩き出した。
なんとなく背筋を伸ばして歩く拓也の横顔に一瞬だけ視線を送ると、前を向いて話す。
「手繋いでもいい?」
「え? …うん、いいよ」
拓也が返事をするかしないか位のタイミングで、もう愛は拓也の手を握っていた。
途端に拓也の腕が棒のように固まってしまう。
「いやね、そんな緊張しなくてもいいじゃない」
「そ…そうだね」
しかし、意識すればするほど腕は固くなり、掌に汗が滲んでしまう。
愛の手が滑って外れそうになってしまって思わず強く握り締めると、
愛が驚いたように顏を見てくる。
「あ…あのっ」
何か言わなければ、と思って結局何も言えない拓也だったが、
愛は嬉しそうに手を握り返すと大きく腕を振って堤防を上りはじめた。
「あら?」
川に沿って三十分程も歩いた頃、愛が顏に冷たいものを感じて上を見る。
空は青く晴れ渡っていたが、気まぐれな通り雨が二人の邪魔をしようとしていた。
少し遅れて拓也も雨に気付くと、勢いが強くなりそうなのを感じて
急いで雨宿りの場所を探し始める。
「あの橋の下に行こうよ」
そう言って拓也が指差した所までは少し距離があったが、
他に良い場所も見つからなかったので愛も駆け足で橋を目指す。
雨は二人を急かすように急速に雨足を強めたが、
なんとかびしょ濡れになる前に橋のたもとに逃げ込む事が出来た。
コンクリートの斜面に座り込んだ拓也は軽く息を整えながら、
自分よりも大きく呼吸を乱している愛を気遣わしげに見やる。
「大丈夫? 槍溝さん」
「ええ…なんとかね」
拓也の隣に腰を下ろした愛は頭を軽く振って髪についた水滴を飛ばす。
しぶきがかかって軽く身体を反らせた拓也は、
濡れて黒曜石のような輝きを放つ愛の髪の美しさに息を吸いこんだまま固まってしまった。
「どうしたの?」
「な、なんでもないよ」
拓也は慌てて姿勢をなおすとその場を取り繕うが、
何気なく目を向けた先の物を見て再び動けなくなってしまう。
白い、清楚な感じのする服が、愛の肌に張り付いていた。
拓也の物より生地の薄いそれは、雨水を吸ってうっすらと下着が透けてしまっていた。
食い入るように肩先に覗く紐を目で追うと、頬が熱くなって、心臓がドクドク音を立てる。
あまりじっと見ていると愛にばれてしまうと思って、
顏は川の方に向けながら目だけをチラチラと動かす。
しかし、その動きはかえって不自然で、すぐに愛に何かあると気付かれてしまっていた。
悟られないように、拓也と同じく目だけを動かして
自分の格好を見た愛は拓也が急に恥ずかしがった理由を知る。
小さく髪を揺らして拓也の瞳を覗きこんだ愛は、
わざとらしく胸元を隠しながらため息をついてみせる。
「榎木君…見たいなら見たいって言ってくれればいいのに」
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