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薄闇の中に、鈍い金属音と激しい息遣いが響いた。
剣が打ち合わされて火花を生じ、火球が炸裂して争う三体の人影を映し出す。
人間ほどの大きさの火球をもってしてもおぼろげにしか判別できない巨大な何かに、
二人の女性がめまぐるしく位置を変えながら闘いを挑んでいるのだ。
まるで演劇のように奏でられる光と音と舞踏のワルツは、しかし、もう終局に近づいていた。
ひときわ大きな火球が人影を捉え、剣が肉にめりこむ厭らしい音を立て、
一瞬、静寂が訪れる。
次の瞬間、地の底から響くような音を立てて、人影が崩れ落ちた。
「父を倒して自らが魔界の主となるか……それもよかろう」
片膝をついた人影は、片方の女性に視線を固定させてうめき声を上げる。
それが最後の力だったのか、人影は少しずつ薄れていき、やがて完全に消失した。
エアフォルクの塔に住むと言われる魔界の王。
マリーとキリーは今その伝説の魔王と相対し、死闘の末についに勝利を収めたのだ。
しかし、童話ならこれでハッピーエンドで終わる所が、
魔王は断末魔に聞き捨てならない一言を残していた。
「今……今あいつ、何ていったの?」
マリーが大きく肩で息をしながら、キリーに尋ねる。
これを確かめなければ、勝利の余韻に浸る事など出来はしない、という表情で。
しかし、キリーからの返事はなかった。
わざとらしく剣を振り、血を払い落とす。
無視された格好のマリーが再び尋ねようとすると、どこか投げやりな声が塔の壁に反響した。
「聞いた通りよ。あたしはあいつ……魔王が戯れに人間の娘と交わって出来た子。半妖なのよ」
「そんな……なんて、事……」
あまりに重い事態にマリーは言葉を失う。
一方、衝撃の告白を行ったキリーは、堰を切ったように話はじめた。
「もともと、魔界、と言われてはいるけれど、その正体は妖精の森に近い物なの。
もちろん人間は居ないけれど、
炎が逆巻いていたり、地表が氷で覆われている、なんて事はないわ。
だからそこに住む者達も、この世界のあなた達が魔物、
と呼んでいる物と大きく変わる訳じゃない。
今たまたま人間が住んでいないだけで、その気になったら問題なく人間でも住めるでしょうし、
逆にもし人間界と魔界を繋ぐ通路が誰にでも利用出来てしまったら、
魔界はとうに人間達の物になっているでしょうね」
意識してか否か、キリーは表情を消して淡々と語る。
「でも、たまにこの塔のように、魔界との接点が強い場所があるの。
そういう場所だと、うっかり魔界に入ってくる人間がいるかもしれない」
「……それで、魔……キリーのお父さんが見張ってた、ってこと?」
ようやく事態を半分ほど飲みこんだマリーが尋ねると、キリーは乾いた笑い声を上げた。
「まさか。そんな綺麗事じゃないわ。
魔族にとっても、この場所は人間界に出てこられる重要な場所。
父は……魔王は、ここを拠点にして好き勝手やってただけよ」
「好き勝手……って」
「愚かな冒険者を嬲り殺したり、近隣の村に出て女を戯れで犯したりする事」
「……!」
息を呑むマリーを無視してキリーは続ける。
その、落ち着き払っていながらも、本当にわずかに語尾が震えている口調は、
何かに急いでいるようでもあり、神父の前で懺悔するようでもあった。
「魔王の戯れで産まれたあたしは、母と追われるように村を出た。
着る物一つで追い出された母はその後すぐに亡くなったわ。
赤子だったあたしもそのまま死んでいれば良かったのだけれど、
魔王の配下の者に発見されたあたしは、魔王の所で15歳まで育てられた。
どういうつもりだったかは知らないけど、人間の村に使いに出される事もあったわ。
それで15歳になった時、あたしはこの塔を逃げた。
追手を予想したけれど、何故か来なかったわ。
それでザールブルグの街に辿り着くと、あたしは冒険者を始めた。
正規の教育も受けていない、親も親戚もいない女なんて、
盗賊か売春婦の他には冒険者しかなかった。
ザールブルグの人間はまだマシだったけれど、それでもあたしの扱いは酷い物だった。
どいつもこいつも、こっちが女だと判った途端に醜い欲望をさらけだす。
きちんと依頼を果たしても報酬を払わない奴、キャンプ中にあたしを犯そうとする奴。
どっちが魔物か判らなかったわ」
一気に話して軽く一息つくと、キリーはすみれ色の瞳に深い闇をたたえてマリーを正視した。
「それでも、あたしがザールブルグを離れなかったのは……マリー、貴女に出会ったからよ」
そのままマリーに近づくと、顎をつまんで持ち上げる。
そこで初めてマリーは自分が指一つ動かせない事に気付いた。
(う……動かない!? キリーが何かしたの?)
「そうよ」
キリーはマリーの考えを読み取ったかのように答える。
「邪眼……魔族の者が行使出来る闇の力の一つ。精神的な物だから話す事は出来るはずだけど」
「どうして……」
マリーが最後まで口にする前に、荒々しく唇を塞がれた。
相手の事など考えない、一方的なキス。
欲望のままに口腔を犯し、解放した後、マリーの眼には涙が浮かんでいた。
「ファーストキス、って訳でもないでしょう? そんなに嫌だった?」
「だって、こんなの……こんなの、おかしいよ」
自分でも涙の訳が判らず、ただキリーをなじるマリー。
キリーは、マリーが今まで見た事のない、冷たい表情を浮かべてマリーを見つめていた。
「別に、許してもらおうなんて思わないわ。むしろ、憎んで欲しい。
哀れみより憎しみの方が、永く記憶に残るでしょうから」
何かを払い落とすように剣を構えると、マリーの身体の中心に狙いを定め、一息に振り下ろした。
「……!」
キリーの剣の切っ先は、マリーの身体に毛筋ほどの傷もつけず衣服のみを両断していた。
もともと、布地が多くは無いマリーの衣服は、まだかろうじて身体にまとわりついているものの、
大きな乳房は大部分を露出してしまい、下腹部も金色の恥毛を晒してしまっている。
「お願い、止めて……痛っ!」
キリーは剣を収めると、無造作にマリーの乳房を握り締めた。
そのまま力を込めると、キリーの手の中で痛々しく形を変えていく。
「あなたに会うまでは、この世界を滅ぼそうとさえ思っていたのよ」
乳房を弄びながらキリーは独白する。
「出来っこないと思う? ふふっ、あたしの中に流れる魔の血を解放すれば造作も無い事。
ただ、人の姿には二度と戻れなくなるから使い所を考えていただけ」
マリーはキリーの言葉に二律背反するものを感じ取ったが、
乳房から伝わってくる痛みが思考を中断させていた。
「人間は、その日その日を暮らす事ばかり考えていて、自分の欲望には魔族もあきれるくらいに忠実。
いえ、よけいなへ理屈をこねない分魔族の方がマシかもしれない。
あたしは身体に流れる父の血も許せなかったけど、街で暮らしてみて人間の血も嫌になった。
だから、この世界を滅ぼしてから父を……魔族を滅ぼすのも悪くない、って思い始めた」
指で乳首をつまむと、軽く力を込めつつひねりあげる。
「ひっ……! 痛い、痛いよ……止めてよ、キリー」
マリーは痛みに眉をしかめながら懇願するが、キリーは全く耳を貸そうとしない。
もう片方の手で、マリーの乳房全体をわしずかみに握りつぶし、爪を立てる。
「そんな時だったの。貴女に出会ったのは。はじめはただの田舎くさい娘だと思った。
貴女があたしを冒険者として誘ってきた時も、あたしには気まぐれ以上の物は無かったわ」
「ところがこの田舎娘は、あろうことか『街の人々の為に』魔王を倒すなんて言い出した。
自分の身のほどもわきまえず」
「面白い、少しだけつきあってやろうと思った。魔王を倒せるまでになればそれで良し、
もし駄目でもあたしの盾くらいにはなるだろう、って」
「でもあなたと冒険を続けて、あなたの事を知って行く内、段々考えが変わっていったわ。
それは……好き、って感情かもしれない。いえ、きっとそうだと思う。だから」
キリーが口の中で何かをつぶやくと、黒い霧が彼女の下腹部に集まって形を為す。
それは男性器を模った、しかし一回り以上も大きいモノだった。
「これにはもちろん受精させる能力は無いわ……少し残念だけれど。
でもこれを通じてあなたを感じることは出来るし、人のモノでは与えられない快楽をあげる事が出来る」
マリーの陰部に固まったモノを押しつけると、一気に貫いた。
「いや、お願い、やめ……ぅぁあああっ! 痛い、お願いキリー、抜いて……抜いてよぉ!」
マリーの絶叫が迷宮内にこだまする。
予想以上に入り口に抵抗感を感じたキリーがふと心付いて
自分とマリーが繋がっている場所を見ると、幾筋か鮮血がマリーの太腿を伝っていた。
「あなた……始めてだったの?」
しかしマリーは生まれて始めての、それも異形のモノによる想像を絶する痛みで
キリーの問いにも答えるどころではない。
「うぅ、ひっく、ひどいよぅ……ひどいよ、キリー……ぅむっ」
キリーは、幾らかの胸の痛みと、それ以上の黒い恍惚感に酔いしれながら、
ひたすら号泣するマリーの唇を自らの唇で閉じる。
涙と涎と鼻水が一体になった物がキリーの口の中に流れ込んできたが構わず舌を貪った。
「ぅぁ……んん、うぐ、……ぷあ、っ、……む、んぅ……」
無論感じる訳などなく、呼吸が苦しくなっただけだろうが、
とにかくマリーが静かになった所でキリーは抽送を始める。
「! ……んんんー! んん、むぅむむ、んんー!」
再び襲ってきた激しい痛みに悲鳴をあげるが、キリーは口腔で全てを受け止めた。
(マリー、あなたの痛みも、快楽も……この身体に染み込ませて頂戴)
キリーの意思と共に形も、大きさも変えるそれは、マリーの中で縦横無尽に動き回る。
作り出されたモノに男性器としての芯のようなものは存在したが、
そこから更に触手のように枝分かれしてマリーの体内を探るように犯していく。
同時に何百と与えられる刺激に、
ついさっきまで処女だったはずの身体は快楽を受け止めて反応し始めていた。
「う……あ……ん、ぁん……」
キリーの抽送にあわせて大きく揺れるマリーの胸の頂も、いつしか硬く尖っていた。
キリーは揺れを押さえ付けるように掌全体でマリーの乳房を掴むと、
先端をつまんで鋭くひねりあげる。
「ひっ……いたっ……!」
たまらずマリーは声をあげるが、絶え間無くもたらされる下腹部からの快感が、
痛みと快楽をひとつに溶かしていた。
「これも」
キリーが背中に爪を立てて背骨に沿って指を振り下ろすと、
赤い筋が肩口から臀部の割れ目まで鮮やかに跡を残す。
「これも」
わずかに腰の動きを緩めると、思いきり尻に平手打ちをした。
肉付きの良い尻肉が震え、手の形がくっきりと残る。
「これも、あたしの徴」
耳朶を咥えると、歯を立てて噛みついた。
少し皮膚が破れたのか、キリーの唇の端に、口紅とは違う赤色が付着する。
「なんで、これ……痛いよう、痛いのに……ぁぅ、どうして、熱い、熱いよ……!」
マリーは、もはや痛みさえも快楽の支配下に堕ちてしまったかのように喘ぎ声を続けざまに発する。
「そろそろ……ね」
キリーはマリーが程なく絶頂を迎える事を感じ取ると、下腹部のモノに意識を込めた。
マリーの子宮にまで達していたモノは、キリーの意思に応じてそこで溶け、胎内を満たしていく。
「いや、お腹、熱い、だめ、何か、来る……! 来るの……! いやああああああっ!!」
モノを通じてマリーを達しさせた事を確認したキリーは、ゆっくりと身体を離した。
そこにはさっきまでマリーを貫いていたモノは無く、
愛液と破瓜の血が混じった物がいやらしく垂れているだけだ。
キリーはマリーの身体を抱きながら邪眼を解いてやると、
ずしり、と腕に彼女の体重がかかった。
そのままゆっくり身体を横たえてやると、気を失ってしまったらしいマリーの唇にそっと口付けた。
「ん……」
マリーが目覚めると、キリーの膝の上だった。
目が合ったキリーの瞳はいつもと変わらぬ美しいすみれ色をしていたが、
さっきまで行われていた事を思い出して飛び起きた。
何もまとっていない自分の身体を見下ろす。キリーが拭いてくれたのか、
下腹部に汚れは無かったが、鈍い痛みが悪夢が夢ではなかった事を実感させる。
「マリー」
しばらく沈黙が二人を包み込んだが、意を決してキリーは呼びかけた。
「……たし」
しかし、キリーが話しかけたようとした時、
俯いたままのマリーが、聞き取れないくらいの声で何かを言う。
「あたしだって、好きだったわよ! あなたのこと、好きだったわよ!」
不意にキリーにしがみついてマリーが激高する。
「魔族とかなんとか、全然関係無いわよ! あたしが好きになったのはキルリッヒ・ファグナーよ。
それ以上でもそれ以外でも無いわ! だから!」
「………だから、酷い事されたなんて思ってない。
ほんのちょっと、痛かったけど、でも、憎んでなんか、ない」
キリーの肩口に顔を突っ伏して呟く。
「お願い、この世界に残って」
「……それは、出来ないわ」
数瞬の沈黙の後、キリーの口から流れ出たのは老婆のようなしゃがれ声だった。
「……どうしてよ」
マリーは顔を起こして、キリーの頬を両手で挟みこんで視線を固定する。
マリーの瞳の奥には、キリーの瞳が。けれど、キリーの瞳には、闇。
「どうしてよ! 残ればいいじゃない! 人として、あたしが好きになった人として、残ってよ!
この世界に、この街に、あたしの所に残ってよ!」
「そう……あなたはそういう人だったわね。だからこそ、あたしはあなたを好きになった」
キリーはマリーの髪を撫でながら、幼子に諭すように優しく語りかける。
「でも、だめよ。ここで残ってしまったら、去った時以上に後悔するわ。
あなたは、魔族などと関わりを持つべきではない。
その力を、錬金術の力を、人々の為に使いたいというのなら、
あたしの事は忘れなければいけないわ」
「どうして……どうしてよ……」
「あなたの力はあなたの才能によって手に入れた物でなければならないからよ。
あたしがそばに居れば、あなたの力は闇の力になる。
それが、どれだけの努力を払って手に入れた物でも。人間とはそういうものよ」
「う……ひっく、嫌だ、嫌だよ、キリー……行っちゃ、いやだ……」
遂に子供のように泣き出してしまったマリーにキリーは衣服を着せてやりながら、そっと立たせる。
「いい、マリー。あたしは魔界からいつでも貴女の事を見ているわ。
だから、泣かないで。貴女は前を向いて笑っているのが似合うのだから」
いくらキリーになだめられても、涙となって溢れ出した想いを止めるには時間が必要だったが、
やがて小さな嗚咽に変わっていく。
「キリー……お願い、最後に、キス、して……」
「……わかったわ」
キリーは頷くと、そっと愛しそうにマリーの唇を指でなぞって、
触れるか触れないかの淡いキスをした。
「これで、さよなら」
再び瞳をうるませはじめたマリーを後にすると、キリーは魔界への扉を開く呪文を唱えた。
先ほどマリーを犯したモノにも似た、黒い霧がキリーの前に現れる。
「キリー」
マリーの、命を燃やして発したような最後の声にも、もうキリーは振り返る事は無かった。
ゆっくりと、霧の中に溶け込むように姿を消していく。
「キリー!」
しかし、マリーの声に応えたのは、キリーでは無く、霧の方だった。
キリーの姿を呑みこむと、マリーの想いを断ち切る様にあっという間に霧は消えてなくなってしまう。
その場に崩れ落ちるマリー。ふと、はらり、と音がして何かがマリーの手にあたった。
「……これは……」
それは、キリーがいつもしていたバンダナだった。
「キリー……」
マリーは、もう逢えなくなってしまった想い人の、
最後の思い出を握り締めると全身に意思を込めて立ちあがる。
「さよなら、キリー」
バンダナを大事そうに荷物袋の中に入れると、
マリーはもう振り返らず塔の出口に向かって歩き始めた。
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