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「いけない、こりゃ一雨来るよ」
遠くの空を見ていたユーリカは、この地方特有の一過性の大雨が近づいている事に気付いた。
慌てて雨を凌げそうな場所を探す。
なんとか二人が入れそうな岩陰を見つけて飛びこんだのと、
最初の一滴が降るのはほとんど同時だった。
雨はユーリカが言った通りすぐに激しさを増し、お互いの声さえかき消す程の豪雨になる。
着いた時は楽園にも見えた島の景色も、
今は見渡す限り鈍色の雲が立ち込めてしまい、エリーは怯えたように空を見上げるばかりだ。
突然二人の身体が真っ白に染まり、やや遅れて鼓膜を破るかのような轟音が鼓膜を襲った。
雷が特別怖い訳では無かったが、かと言ってもちろん好きでもなかったし、
これほど近くに雷を感じるのは初めてのエリーは思わずユーリカにしがみつく。
「なんだい、錬金術ってのは炎とか雷だって自在に操るんだろう?」
「だってこんなに大きいのは初めてだし……怖い物は怖いよ」
雨の音でエリーが何を言っているかは判らなかったが、
表情でおおよその意味を汲み取ると、安心させるように笑いかけた。
エリーもつられて笑ったものの、本能的な怖さはぬぐいされず、
その表情は硬く、ユーリカの腕を掴む力を強くしながらなるべく外を見ないようにしている。
こういう時はいくら理を説いても無駄な事を知っているユーリカは、
苦笑いを浮かべながらしたいようにさせていたが、
自分に必死にしがみつくエリーが可愛くて、つい抱き寄せてしまった。
驚いて見上げる線の細い、卵型の顔に罪悪感を感じて、慌てて腕の力を緩めようとしたが、
エリーは自分から頬を彼女の身体に擦りつけてくる。
ユーリカはかえってどうして良いか判らなくなり、
とまどったようにエリーの方を見ると、彼女の茶色の瞳が自分のそれと重なった。
吸いこまれるように視界の全てがその瞳に奪われていき、やがて視覚以外の全てが無くなる。
そして世界が白く反転した時、ユーリカは腕の中にいる少女の唇を奪っていた。
触れている場所から体内に温かさが染み込んでいくような気がして、
ユーリカは唇を一寸も離したくなかったが、願いも空しくエリーはすぐに顔を離してしまう。
(やっぱり……やりすぎちゃったのかな)
しかしそう考える事が出来たのはごくわずかな間だった。
エリーは何か短く言うと、今度は彼女の方からユーリカの唇を求めてきたのだ。
ユーリカは近くに落雷の音を聞いたようにも思ったが、もうわからなかった。
力の限り腕の中の少女を抱き締めると、思いきり唇を吸い上げる。
エリーは少し苦しそうに呻いたがそれ以上嫌がる様子は見せず、ユーリカに身を委ねていた。
柔らかな唇の感触を、もっと味わいたい。
ユーリカはわずかに口を開くと、舌先でエリーの上唇をつついた。
焦らすように点々と、間隔をあけながら触れてくるユーリカがくすぐったいのか、
エリーは時折鼻にかかった声をあげる。
その声に煽られるようにユーリカは舌先を押しつけ、軽く上下に動かしながら唇を撫で上げ、
端まで辿りつくと、一度口を離して今度は下唇だけをついばみながら舌を這わせた。
時々食むように咥えると、唇の裏側の湿り気が心地よい。
少しだけ強く吸うと抗議するような声が漏れたが、
構う事無く針樹の果肉のように柔らかく、薄桃色をした唇の感触を楽しむ。
じっくりとエリーの唇を味わったユーリカは、一度顔を離してエリーにひと息つかせてやる。
口を薄く開いて吐息を漏らしたエリーは、やや呆然とした表情で自分の唇に指を当てると、
さっきまでのユーリカの動きをなぞった。
その仕種が可愛らしくて、ユーリカはその指先にそっとキスをする。
軽く咥えこんで爪を舐めてやるとくすぐったそうに指を引っ込めて、
たしなめるように指腹でユーリカの唇を塞いだ。
我漫が出来なくなったユーリカが再び邪魔な指に愛撫を加えてやろうとすると、
エリーがその前に彼女の唇を奪った。
不意を突かれたユーリカの口を舌でこじ開けて、歯を一本一本ゆっくりとなぞりあげ、
そのあどけない顔からは想像もできない舌の動きでユーリカを虜にしていく。
エリーの舌先が口腔の異なる場所を捉えるたび、
ユーリカは自分が彼女の物になっていくような錯覚に囚われて、
だらしなく口を開いて彼女を求め続けた。
外の雨は変わる事無く轟音を叩きつけ、湿気が二人の肌にまとわりつく。
いつもなら不快に感じるはずのそれも、今は何故か心地よかった。
存分に堪能したエリーが舌を引っ込めようとすると、まだ足りないのか、ユーリカが追いかけてくる。
エリーは誘うようにその舌先をつついてやり、ためらうことなく口内まで入ってきた
ユーリカの舌が伸びきった所に自分の舌を根元から絡めて思いきりねぶりあげた。
強烈な快感に、ユーリカの口の端から涎が零れる。
二人のキスに勝敗というものがあるのなら、この瞬間に勝負がついていた。
ユーリカは形だけはエリーを抱き締めていたが、
背中に岩壁が無かったら崩れ落ちてしまっていただろう。
もうエリーの舌技についていく事も出来ず、いいように弄ばれる。
エリーはぐったりとしてしまったユーリカに更に大胆に口を押し付けると、
いつまでも飽きる事なく彼女の口腔を愛し続けていた。
雨宿りを終えた動物達の声に、
キスをしたまま彫像のように固まっていた二人はようやく我にかえる。
しかし、二人とも気が付いていないふりをしながら
お互いの温もりを求め続けてなかなか離れようとしなかった。
更にどれほどの時が流れたのか、顔を照らす西日にエリーは仕方なく唇を離す。
それでもなお抱きあった腕はそのままで、額を合わせたまま話はじめた。
「今日はこの島に泊まりだね」
「……もう、雨降らないかな?」
目の前の少女が与えてくれたこの世のものとも思えない快感にまだ囚われたまま、
ユーリカは意識して事務的に話す。
エリーに少しでも続きをされてしまったら、もう彼女の傍を離れる事が出来そうになかったから。
「大丈夫、だと思うよ。遠くの星が見えているし」
「降ったら……またこういうのしてくれる?」
「うん……本当はね、雨が降った方がいいかな、って思ってる」
しかしそんな決意も、目元を赤く染めながら悪戯っぽく笑うエリーが愛しくて、
あっさり揺らいでしまう。
なんとはなしにエリーの顔に触れながら、ユーリカはふと、
二度目の、エリーからキスして来る直前に彼女が何か言っていたのを思い出す。
「……ねぇ、あんたからキスしてくれた時……何か言ったよね。何て言ったの?」
「知りたい?」
「……まあね」
何気なさを装って聞いてみたが、エリーに軽い優越感を込めた瞳でさらりとかわされると、
そう強がってみせるのが精一杯だった。
「じゃあね、ザールブルグに来てよ。そしたら、何て言ったか教えてあげる」
ユーリカは返事をしなかったが、エリーはそれを了承の印と受け取る。
「決まりだね! 泊まる所はあたしの工房にすればいいよね」
「……いいの? あたしが行って」
ユーリカは膨大な想いを、短い言葉に込めて吐き出す。
余計な事を言ってしまったら、どんな表情になってしまうか判らなかったから。
「ザールブルグはあんまり雨降らないけどね」
「関係ないよ。降っても降らなくても、毎晩抱いて寝るからね」
さりげなく告げるユーリカに、エリーは嬉しそうに頷き返す。
「いいよ。でも強く抱いてくれないと嫌だからね」
「まかせときなよ。海で鍛えた腕っぷしを見せてやるよ」
言った事を証明するかのように、ユーリカは再び腕に力を込める。
夜の帳が、倒れこむ二人を一つの影にしていった。
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