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「もう、まだ着かないのかしら?疲れちゃったわ」
アイゼルはすこし怒ったようにエリーに問いかける。
別に本気で怒っている訳ではなく、只の照れ隠しなのだが、
知らない人が聞いたら喧嘩でも始めそうな口調だ。
しかし、この1年でそれを見抜いているエリーは気を悪くした風も無くアイゼルに笑いかけた。
「えへへ、もう少しもう少し。だから頑張って歩こうよ。ね?」
(もう、いつもその笑顔に騙されるのよね。そんな顔されたらあたしに勝てるはず無いじゃない)
エリーの笑顔を正面から受け止めたアイゼルは少しどきっとしたが、
そのせいでつられて笑い出しそうになるのを堪えるのに苦労する羽目になった。
何も気付かないエリーに自分勝手な苛立ちを覚えながら、
アイゼルは目の前で朗らかな笑みを湛えている少女のことを考え始めた。
いつからだろう。
この笑顔をずっと見ていたい、と思うようになったのは。
最初は、ノルディスのそばにまとわりついているだけの娘だと思って相手にしなかった。
それが、気付いたら、瞳を閉じるとエリーの笑顔が浮かんでくるようになっていた。
どうしてだか、自分にも解らない。
ただ、エリーといると自分が自分らしくいられるのは確かだった。
エリーのほうも、貴族という、自分と全く異なる世界で暮らしていたアイゼルにいたく興味を持ち、
いつのまにか何かにつけて一緒に行動するようになっていた。
今回の事の起こりは、ザールブルグの街から歩いて二日ほどのところにあるストルデル川に、
エリーが、フェストを採取に行きたいからアイゼルに付いてきて欲しいと頼んできた所から始まった。
もちろんアイゼルは二つ返事でOKしたのだが、
エリーの「ノルディスも誘っていい?」と言う台詞を聞いて、始めは随分とがっかりしたものだった。
(考えてみれば、当然よね……)
別に熟練の冒険者な訳でもないアイゼルだけを連れて行くはずは無い。
ところが、エリーの誘いを受けたノルディスはすまなさそうに、
新しい調合に挑戦していてどうしても行けない、と告げたのだ。
他の冒険者も都合が悪く、またストルデル川ならそれほど危険も無い、ということで、
結局エリーとアイゼルの二人だけで行く事になったのだった。
(エリーと二人っきり……!)
望み得る最高の展開。
ストルデル川へは、どんなに速く往復しても四日はかかる。
それに、材料採取の時間をいれれば、1週間は二人だけの日々が楽しめる。
その幸せを考えれば、籠を担いで少々見栄えが悪くなる事など、大した問題では無かった。
ストルデル川に到着すると、すぐにエリーがフェストの採取の準備を始めた。
アイゼルは本当はしばらく休憩して、座っておしゃべりをしたかったのだが、
エリーの方は久しぶりの自然と言うことで随分はしゃいでいて、さっさとブーツを脱いでしまう。
フェストは川の中にあるので、どうしても川に入らなければならない。
アイゼルはもともとミニスカートだったので、ニーソックスを脱ぐだけで良かったが、
エリーはいつもの野暮ったい服装だったので、下着姿にならなければ川には入れなかった。
いるのが同性だけということと、屋外に来た開放感で、
アイゼルの目の前でどんどん衣服を脱いで行くエリー。
エリーの身体つきはまだ年相応でしかなかったが、アイゼルは食い入るように見つめる。
(ああ、あの細い足、まだ小さな胸、ほっそりとしたうなじ……!)
「ん? アイゼルどうしたの?」
脱ぎ終わったエリーがじっと自分を見たまま動かないアイゼルに声をかけるが、
最早アイゼルの耳には届いていなかった。
(抱きしめたら折れてしまいそうな細い腰……柔らかそうな髪の毛……)
「アイゼル!」
大声で呼ばれてようやく我に返る。
「あ、あら、どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ、もう。呼んでも返事しないんだから、ビックリしちゃったよ。
大丈夫? 顔が赤いけど、どこか悪いの?」
「そ、そんな事無いわ。着替え終わったのなら、早く採りましょ」
「うん、行こ!」
急に現実に引き戻されたアイゼルの言動は露骨に怪しかったが、エリーは気付く気配もみせず、
アイゼルの手を取って川の中へと入っていった。
(あ……)
初めて握った手。柔らかい感触が心地よく、思わずぎゅっと握り返す。
少し力が入ってしまったらしく、エリーが驚いて振り向いた。
「? どしたの? 今日のアイゼル変だよ?」
これ以上手を繋いでいると、自分を押さえきれなくなる。
そう考えたアイゼルは名残惜しそうに手を離して、
邪念を振り払うかのようにフェスト集めに専念することにした。
どれくらい経っただろうか、エリーの呼ぶ声でアイゼルは我に返る。
「アイゼル……すごいや……けど、そんなに採っても、持って帰れないよ」
言われて自分の採取カゴを見ると、あふれんばかりのフェストがそこにはあった。
試しに持ち上げてみようとするが、ビクともしない。
「減らすしか、ないね……」
「……」
エリーが呆れ顔でつぶやく。
しかたなく二人で手分けして、持ちきれないフェストを川に戻した。
結局半分くらいも川に戻して、ようやく持てる量になったのを確かめ、岸辺に戻る。
疲れて草むらに座りこんでしまったアイゼルに、エリーが下着姿のままで近づいてきた。
「アイゼル、ほんとに大丈夫? 熱でもあるんじゃない?」
そう言って、自分の額をアイゼルの額に当てる。
間近に迫った唇と、陶器のような額の感触が、アイゼルの胸の鼓動を激しく高める。
「うーん、熱は無いみたいだね……」
しかし、エリーは熱が無い事を確認すると、すぐに額を離してしまった。
服の置いてあるところに戻って、着替え始める。
(ついばむように、優しいキスを繰り返すの。
そしたらエリー、だんだん力が抜けていって、あたしが耳元で「可愛がってあげる」って囁くと、
顔を真っ赤にして頷くの……)
「……ゼル?」
(ああ、そして二人は禁断の愛を貫くの……! なんてステキなのかしら)
「アイゼルったら!」
「な、なに?」
「なに、じゃないでしょ? もう、さっきからおかしいよ?」
まずい。エリーは本気で心配しているようだ。これ以上追求されたら凌ぎきれない。
危険を感じたアイゼルは取り敢えず矛先を変えることにした。
「う、ううん、本当に大丈夫よ。それより、そろそろご飯にしない?
あたし、お腹が空いちゃったわ」
「……なあんだ、アイゼルお腹が空いてたの? それならそうって言ってくれれば良かったのにー」
エリーは完全に勘違いをしていたが、アイゼルはその方が助かったので、そのまま黙っていた。
「だって、恥ずかしいじゃない。女の子がお腹空いた、なんて言うの」
「そう? あたしは別に平気だけど……いいや、ご飯食べよ?」
エリーは自分も空腹だったのだろう、あっという間に食事のしたくを始める。
といっても、エリーもアイゼルも料理が得意なわけではなかったし、
屋外ということもあって、調理済の簡単な物ばかりで、
お世辞にも美味しいと言える物でもなかったが、
にも関わらずあまりにも幸せそうに食事をするアイゼルを見て、
エリーは不思議そうに首を傾げるのだった。
「そんなにおいしいかなあ?」
「ねえ、明日さ、ストルデルの滝に行ってみない?」
食事が終わって二人で並んで星を見ていると、エリーが切り出す。
「ストルデルの……滝?」
「うん、このもっと上流のほうに、滝があるんだって。
そこでしか採れない物があるんだけど……付き合ってくれないかな?」
「だけどあそこは確か、随分危険な魔物が現れるからって、立ち入り禁止になってるんじゃなかった?」
「あたしもそう思ってたんだけどね、この間ハレッシュさんに聞いたんだけど、
それはもう随分前に退治しちゃったんだって」
「だけど、まだ別のがいるかも……」
アイゼルは自分が戦闘ではほとんど役に立たない事を知っていたので、さすがに慎重になるが、
「そいつは群れないで一匹で生活するんだって。だから、もういないって、ハレッシュさん言ってた。
だから、ね? 行こ?」
そこまで言われては、アイゼルに断ることなど出来はしなかった。
「あなたがそこまで言うのなら……、しょうがないわね、付き合ってあげてもいいわ」
本当は1日余分にエリーと居る事が出来て嬉しいのだが、
素直にそれを伝えるのも恥ずかしかったので、ついもったいぶる口調になってしまう。
「うん、じゃあさ、明日早いからもう寝よっか」
「そうね、おやすみなさい」
「うん、おやすみ!」
アイゼルは言ってみたものの、空を見上げると星の海があまりにきれいだったので、もう少し眺めることにした。
自然の創り出す圧倒的な芸術に魅入られていたが、ふとアカデミーの女子生徒の間で流行っているおまじないを思い出した。
プレヤーデンの六つ星が全て見える時に、想い人と手をつないで声に出して願うと、
その人と両想いになる……
アイゼルは占いやおまじないの類はほとんど興味がなかったし、
そんなものが叶うともおもえなかったが、今日は何故か試してみる気になった。
「エリー……起きてるの?」
そっと呼んでみるが、返事は無い。
胸の鼓動が速くなるのを感じながら、アイゼルはエリーの手を握ると、プレヤーデンを探す。
ちょっと時間がかかった物の、なんとか見つける事が出来た。
自分の気持ちを確認するように、ゆっくりと想いを声にする。
「六姉妹の長女にして人々の愛を司るアルシオーネ、今汝に我が願いを告げん」
エリーを握る手に力がこもる。
「我が願い、そは我が心繋ぎしエルフィール・トラウムとの愛を成就せん事」
「汝が姉妹の名にかけて、我が誓い生涯をかけて守らん」
「汝アルシオーネの名にかけて我が誓い生涯をかけて守らん」
言い終えると、そっとエリーの方を見る。良かった。気付かれなかったようだ。
アイゼルは思った。あたしは一生今日という日を忘れないだろう。
たとえ願いが叶わなかったとしても。
急に眠気を覚えたアイゼルは小さくあくびをすると、満ち足りた思いで眠りについた。
次の日の朝、鳥のさえずりでアイゼルは目を覚ました。
こんなにすがすがしい朝は久しぶりだった。
軽くのびをして、ふとエリーの方を見る。
昨日の事を思い出して、少し顔が赤らむ。
(お願い……叶うといいな)
昨日まではおまじないなんてしたこともなかったのに。そう気付いてひとり苦笑した。
(…………)
しばらく愛おしそうにエリーの寝顔を眺めていたアイゼルだったが、
いつまで経ってもエリーは目を覚ます気配はない。
(もう、いつまで寝てる気?)
「エリー、起きなさい。もう朝よ」
「う〜ん、ポエポエは、ロウを作って……、パティーは、東の台地へ……」
呆れた。あの時となんにも変わってないじゃない。
昨日お願いしたんだからあたしの夢くらい見たっていいのに。
勝手な事を思うと、アイゼルは本格的にエリーを起こしにかかった。
「ほら、今日はストルデルの滝に行くんでしょう? 早く起きなさい」
「ん……、あ、アイゼルおはよう、どうしたの? こんなに早く」
「……」
ひとつ小さなため息をつくと、アイゼルはひとりで朝食の準備を始めた。
「どうしたのアイゼル、そんなにお腹空いてるの? いいよ、先に一人で食べてて」
「……」
何て言ってやればこの子には効くのだろう。
アイゼルは何か言ってやろうと口を開きかけたが、気の効いた言葉を思いつけなかったので、
結局そのまま口を閉じる。
ようやく完全に目を覚ましたエリーは、のそのそと着替え始めた。
アイゼルはイライラしながら見ていたが、エリーのボサボサの頭を見ると、
怒っていた自分が馬鹿らしく思えて、吹き出してしまった。
「? どうしたの? 急に笑い出して」
「なんでもないわ。それより、あなたも一応女の子なんだから、髪の毛くらいきちんと手入れなさい。
そんなんじゃ男の子も振り向いてくれないわよ」
「一応って……いいよ、別に。振り向いてくれなくても」
(そうね、あたしがずっとそばにいてあげるわ)
そう思ったが、口にはせずエリーを手招きする。
「ほら、ブラシ入れてあげるからこっち来なさい」
「えへへ、ありがと。実はブラシ持ってくるの忘れちゃってたんだ」
「いい、化粧は女の子のみだしなみなのよ? 化粧道具くらいいつも持ち歩きなさいよ」
「ん? いいよ、アイゼルにしてもらうから」
「え……」
不意の言葉にアイゼルは思わず答えを詰まらせてしまった。
「いいでしょ? いつも一緒にいるんだし。アイゼルにしてもらった方がきれいになるし」
「え、ええ……それは、べつに、いいけど……ほら、こっち来て」
照れ隠しでそう言うのが精一杯だった。
(あら、この子、髪の毛、きれい……)
エリーの髪は全く手入れをしていない、と言う割には艶やかだった。
ブラシを入れてやるだけで、苦もなく髪形が整う。
「あなた……髪質がすごくいいのね。」
「え? そう? 初めて言われた、そんなこと。アイゼルってお世辞が上手いんだね」
「お世辞って……あなたにお世辞なんて言う必要無いでしょ?
でも、本当にきれい。ね、もう少し伸ばしてみない? きっとすごく可愛くなると思うんだけど」
「う〜ん、でも、調合する時に邪魔にならないかな?」
「あら、それはあたしに対する嫌味?」
「そ、そんなつもりじゃ……」
「冗談よ。でも、本当に伸ばしてみる気は無い? アカデミー中の男の子が振り向くわよ」
実際そうなったら困るのはアイゼルなのだが、
彼女は本心からエリーの髪を伸ばした姿を見たくなっていた。
「そうなっちゃったら、勉強が出来なくて困っちゃうね」
しかし、エリーは笑いながらその気が無い事を告げる。
「そう……残念ね。ま、いいわ。……はい、出来たわよ」
「ありがと、アイゼル!」
確かに、エリーを独り占め出来なくなるのは困る。それでなくてもアイゼルにはライバルが多いのに。
(ま……いずれ、ね)
何年か後には髪を伸ばさせてみせる。アイゼルはそう考えて楽しみを取っておく事にした。
アイゼルの早起きのおかげで、なんとか昼過ぎにはストルデルの滝に着けた。
「ここが……ストルデルの滝……」
二人は自然が創り出す芸術に圧倒されていた。
滝のしずくは陽光を受けてきらめいて夢幻の色彩の中に二人を誘い込み、
咲き乱れる花は甘い香りで春を奏でる。
「きれい……どんな宝石よりも、素敵だわ……」
「うん……こんな所があったなんて……」
二人はしばらく景色に魅入っていたが、やがてエリーが当初の予定を思い出した。
「ここにね、滝壷のしずくって言うのがあるんだって。それを探しに来たんだ」
「滝壷のしずく?」
「うん、滝のしずくが結晶化して出来るらしいんだけど……あたしも、まだ本物を見たことは無いんだ。
川底に出来るらしいんだけど……潜らないとダメみたいだね」
そう言うとエリーは手早く衣服を脱ぎ出した。
下着姿になると何かを考え込む表情になったが、すぐに決断を下したらしく、下着も脱ぎ始める。
「ちょ、ちょっとあなた、裸で入る気?」
いきなり全裸になったエリーを見て、アイゼルは激しく動揺していた。
「うん、ロブソン村に居た頃はこっそり泳いでたんだけどね。
ザールブルグに来てからはさすがに出来なくなっちゃったでしょ?
でも今日はアイゼルしか見てないからいいかなって。アイゼルも脱ごうよ! 気持ちいいよ?」
普段のアイゼルなら頑として突っぱねたが、
(確かに、歩いて汗かいちゃったし、気持ちよさそうよね)
そう考えると、アイゼルも大胆な気持ちになり、悩んだ末ではあったが、
結局エリーの再三の呼びかけに折れる形で衣服を脱いで川へと入っていった。
しかし、二人がかりで探しても、なかなか目的の物は見つからなかった。
もう小一時間も探しただろうか、さすがに疲れてエリーが岸に戻って行く。
それを見てアイゼルも戻ることにした。が、急に身体が重くなるのを感じた。
どうにか岸までたどり着く事はできたが、岸に着くとその場にへたり込んでしまった。
ぶるぶると震えるアイゼルに、異常に気付いたエリーが駆け寄ってくる。
「どうしたのアイゼル!」
「ちょ、ちょっと疲れちゃったみたいね。大丈夫、少し休めばよくなるわ」
「そんなこと言って、唇真っ青だよ?」
「本当に、大丈夫。だから、心配しないで」
エリーの足を引っ張りたくない一心でそう強がって見せたが、それが限界だった。
意識が遠のくのを感じると、その場に崩れ落ちてしまう。
「アイゼル、アイゼル!」
必死に呼びかけるエリーの声が聞こえたが、返事をする力は残されていなかった。
どれくらい眠っていたのだろう。アイゼルが目を開けると、あたりはオレンジ色に染まっていた。
焦点が合う。すると、目の前にエリーの髪の毛があった。
「あたし……?」
記憶がない。必死で思い出す。
(えっと、湖光の結晶を取りに川に入って……それから、岸まで戻ってきて……)
そこから先が思い出せない。状況を把握しようと視線を動かすと、
自分もエリーも裸で抱き合っていた。
(どういう事……?)
ますます混乱していると、エリーが目を覚ました。
「あ、アイゼル、気が付いたんだね! 良かった……」
目に涙を浮かべて喜んでいるエリーに、なんとなく事態を理解して、恐る恐る尋ねる。
「あたし、倒れちゃったの?」
「うん、長い事川に入って、冷えちゃったみたいだね。それで、ワインを飲ませたんだけど、
身体の震えは止まらなかったから、身体で暖めるといい、
っていうのをどこかで読んだのを思い出して……」
「……ずっと?」
急にエリーの顔が赤らむ。
「うん、だって、心配だったから……ごめんね、アイゼル」
「どうしてあなたが謝るの? あたしの方こそごめんなさい。
あなたの足を引っ張ってしまって……。滝壷のしずくを探せなくなっちゃったわね」
「ううん、そんなこといいよ。それよりアイゼルが無事だっただけで……。
アイゼルがいなくなっちゃたら、あたし……。あたしも、アイゼルのこと、好き、だから……」
突然の告白に、アイゼルは絶句していた。絶対に聞けないはずだった言葉。
叶えられないはずの夢が、叶った。あまりの嬉しさに、言葉が出ない。
が、ふと、我に返る。
「あたし「も」ってどういう事? なんであたしがあなたの事好きだって知ってるの?」
「そ、それは……」
顔を真っ赤にして口篭もるエリーだったが、アイゼルはあることに思い当たった。
「あなた……昨日、起きてたのね?」
図星をさされ、観念するエリー。
「最初から起きてたわけじゃないんだよ。
なんか、声が聞こえてきた、と思って目を覚ましたら、アイゼルがあたしの手を握ってて、
ああ、最近流行ってるおまじないしてるんだ、って……」
「…………」
アイゼルは恥ずかしさのあまり声が出ない。するとエリーが、
「あの……ごめんね。ほんとはずっと前から好きだったんだけど、
アイゼル、ノルディスの事が好きみたいだったし……女の子どうしなんて、
おかしい、って言われると思って……。
だから、昨日、アイゼルの告白を聞いた時、すごい嬉しかったの。
すぐに起きて返事すれば良かったんだけど、アイゼル恥ずかしがるかなって。
それで、今日は言おう、って決めてたんだけど、アイゼルがこんなことになっちゃって……
でも良かった。好きだよ、アイゼル。ずっと一緒にいてくれる?」
「そんなの……当たり前じゃない。あたし達は、これからずっと一緒。約束よ」
「うん。約束する。だから、二人だけの時は素直になって」
「もちろんよ」
「じゃあ、誓いのキスをしてくれる?」
見つかった。あたしを受け止めてくれる人が。これからは、エリーに甘えよう。思いきり。
今まで意地を張っていた分も。そう思いながらアイゼルはエリーにそっと唇を寄せた。
二人が触れ合った時、アイゼルの目から涙があふれた。
「どうしたの、アイゼル。そんなに嬉しい?」
エリーがからかうように聞いてきたが、アイゼルは素直に頷く。
「ええ。だって、初めてはエリーと、ってずっと思っていたから……」
それを聞いてエリーの表情が微妙に変わった。
「あ、あの……実は、今のは二回目なんだよね……えへへ」
「どういうこと?」
「ほら、さっきワインを飲ませたって言ったよね。あの時……」
「あ!」
「ごめんね、あの時は必死だったから、そんな事考える余裕無くって」
「あなた……なんてことするのよ! 女の子の大事なファーストキスを、
意識の無い時に奪っちゃうなんて……!」
自分を助ける為にしたことだから、アイゼルも本気で怒っているわけではないのだが、
エリーを困らせようと怒っているふりをする。
エリーも、自分に非はないことは解っているのだけれど、
さすがにアイゼルの人生初めてのキスを奪ってしまった罪悪感からか、謝ってしまう。
「ごめんね……どうすれば許してくれる?」
不安げな表情を浮かべるエリーに、アイゼルは悪戯っぽく微笑むと、背中に回した腕に力を込めた。
「そうね、とりあえずあたしがいいって言うまでこのままで居てくれる?」
「あー、アイゼルえっちー」
「そうよ。知らなかったの?」
意地悪な質問にもすまして答えるとアイゼルはエリーに頭を抱き寄せた。
二人が気が付けば、あたりはすっかり夜の帳を下ろしていた。
エリーが小さくクシャミをする。
二人とも、今まで裸だったことを思い出し、軽く口付けを交わすと衣服を着る為に起きあがった。
先に起きあがったエリーが、湖の方をみて、声を上げる。
つられてアイゼルが見ると、湖の底が所々淡く光っていた。
「きれい……あれが、滝壷のしずく?」
「そう……みたい」
川に入っていって、拾い上げてみる。
「夜にならないと、光らないのね……」
「あのまま帰ってたら、見つからなかったね」
「なによ、それじゃまるで倒れて良かったみたいじゃない」
アイゼルはいつもの意地悪な口調でなく、甘えるように軽くすねてみせる。
「うん、だって、アイゼルが倒れなかったら、アイゼルとこんな風になれなかったかもしれないし、
あたしは倒れてくれてありがとう、って思ってるよ」
「……そうね、あなたの言うとうりね」
アイゼルの素直な反応に、嬉しそうにエリーが微笑む。
「あ、アイゼル素直だ」
とたんにアイゼルの顔が赤くなる。
「なによ、あなたが素直になれ、って言ったんじゃない」
「ごめんごめん。……好きだよ、アイゼル」
「あたしも。ね、今日の思い出に、これに名前を彫って、湖に沈めない?」
思いつきで言った言葉だったが、エリーはすぐに賛成してくれた。
「うん、やろう!だけど……」
「だけど、何?」
「服を着てからにしよう?」
顔を見合わせると、同時に笑い出した。
むつら星が、二人を優しく照らしていた。
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