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東京の地下に足音が響く。
といっても、足音は地下街や地下鉄の駅から聞こえるわけではない。
東京であって東京でない場所、新宿区にある天香學園の地下に広がる、
未だ公に存在を知られていない古代遺跡から、その足音は発せられていた。
足音の種類は二つ。
そのいずれもが不規則であるのは、罠を確かめながら進んでいるのと、坂を上っているからだ。
足音の主、葉佩九龍と雛川亜柚子は、この遺跡の最奥部を目指して探索を進めていた。
本来なら最奥部はすなわち最下層であるのだが、何かの仕掛けが施されているのか、
二人がいる場所は上り坂となっている。
それも、明確な意図を持って作られた、外側から中心へと向かう渦状の通路だった。
「ぐるぐる回っている感じね」
「遺跡にはそういうのが多いんだよ。死とそこからの再生、誕生を意味するんだ」
「へえ……詳しいのね、凄いわ」
「仕事だからな」
専門家としての誇り、教師に講釈を垂れる優越感、年上の女性への憧憬、
それらを言葉の端にうっすらと滲ませ、九龍は鼻を擦る。
年下の青年、というにはまだ子供っぽさが表に出ている少年のそんな態度にも、
亜柚子は素直に感嘆した。
三年生の二学期という微妙な時期に転校してきた彼は、
勉学に関してはいささか不安な点が見受けられたものの、
彼が天香學園に転校してきた真の目的と、それを遂行するための専門知識と技術は
亜柚子の全く知らない分野であり、日本の教育者にありがちな学校教育以外の才能に
価値を見いださないという悪癖とは無縁の彼女は、
九龍達にとっては初歩の知識の開陳にも大げさなくらいに感心した。
そんな彼女の態度は、これまで海千山千の猛者に囲まれて容赦のない罵詈雑言を浴びてきた
九龍の鼻を伸ばすのには充分だ。
「あら、行き止まりかしら……?」
立ち止まる亜柚子に答えず、九龍は無言で奥の壁に歩み寄った。
素人ならば判らないかもしれないが、専門家には明らかな違和感が見て取れる。
ここでもうひとつ良いところを見せたい、という九龍の心理はプロにはあるまじきもので、
浮かれているのか、と言われれば必死に否定したに違いない。
だがそんな昂揚も、長くは続かなかった。
隠し通路があるに違いない、と九龍が壁を調べようと触れた直後、
世界そのものが震えているかのような大きな振動が襲い、壁がスライドする。
罠か、と飛び退った九龍の直感は正しく、そしてその規模は想像を遥かに上回っていた。
「……!!」
亜柚子は元より大きな丸い眼を一杯まで見開いたまま、立ちすくんでいる。
だがそれは九龍も同じで、目の前に迫る非現実的な光景に、
喉はその機能を一時的に停止し、呼吸さえも忘れてしまうほどだった。
前方の視界を覆い尽くす巨大な球。
一辺三メートルもある回廊をほぼ塞ぐ、コスタリカの石球ほどには表面は整えられていないが、
目的は充分に果たせそうな石塊が、二人の前に立ちはだかっていた。
目的、つまり、のこのこと上ってきた欲深な侵入者を撃退するため、石球はさっそく、
その重量にふさわしい地響きを立てて転がりはじめた。
自失から数瞬、生死を分ける早さで我に返った九龍は、迫りくる死から目をそむけ、
わずかな生を求めて踵を返した。
「……やべぇ、逃げろッ……!!」
ひりついた喉から絞りだした声が亜柚子に聞こえたかどうか、
確認する時間すら惜しく、九龍は亜柚子の手を掴み、有無を言わさず元来た道を走り始めた。
石球は目的、すなわち進路上にあるもの悉くを粉砕するために巨体を震わせる。
何千年ぶりかの仕事でまだ身体が錆びついているのか、動きは緩慢だが、
じきに九龍達に追いつくくらいのスピードは出るだろう。
亜柚子の手を掴んだまま九龍は駆ける。
ただ右手の掌が空でないことだけを認識しながら、
他の身体は疾走と目前に迫る危機から脱出する方法の探索を全力で行っていた。
角を一つ曲がり、二つ曲がる。
何回曲がれば分岐路に出られるか、確かに数えていたはずなのだが、
回廊内に轟く石の音と、首筋を叩く死の風に気を取られて思い出せない。
亜柚子の手を握り直して、九龍は三つ目の角を曲がった。
ほとんど同時に石球が角にぶつかる音がする。
そのまま止まって欲しいという期待はあえなく消え、音の圧力は数秒弱まっただけで、
再び狭い回廊全てに満ちた。
人間は石と異なり、勢いのままに下るわけにはいかない。
上るときも緩いとは思わなかった傾斜は、下りの際により脅威となる。
スピードは欲しいが出過ぎてもバランスを崩すし、角を曲がりきれなくなるのだ。
おまけに亜柚子は九龍の指示に従ってスニーカーを履いているが、
服装は裾の長いスカートのままで、これも速力に制限をかけていた。
罵る労も惜しみつつ、九龍は逃げる。
九龍達が四つ目の角を曲がる前に、石球が次の角に到着する音が響いた。
直線の距離からするとそれは正しいが、自分たちが角を曲がるより速く石が動きだす音が
聞こえるのは、九龍に焦燥という名の汗を大量に滲ませた。
振り向きたいという欲求をねじ伏せて、さらに走る。
ゴウン、ゴウンという規則正しい音は、一秒ごとに圧力を強めていた。
三半規管を狂わせるような独奏に、かすかな呼吸音が混じるのを、九龍の耳は捉える。
亜柚子の手を離せば楽に逃げ切れると囁いた本能をさすがに嫌悪して、
若き『宝探し屋』は唾と一緒に捨てた。
その、どちらかといえばマイナスの動作が九龍に光明をもたらす。
左手の前方、五つ目の角の手前に、大きな穴が開いていた。
上る途中、ここだけ反響音が異なったので調べたところ、壁の裏側に小さな部屋があったのだ。
中にはお宝どころかどんな設備もなく、貴重な爆弾を一発無駄遣いしたとその時は憤慨したのだが、
九龍は数分前の自分を褒めてやりたかった。
だが、喜ぶのは安全を確保してからだ。
亜柚子に告げる余裕などなく、九龍は穴に飛びこんだ。
「きゃッ……!」
亜柚子の悲鳴が聞こえた気がしたが、轟音が何もかもをかき消した。
五感のほとんどを失ったまま、九龍は壁に衝突した。
速力を一切殺さずに身体を無理やりねじ曲げたので、全身が悲鳴をあげる。
それに加えて玄室にはスピードを減殺させるだけの空間などなく、
肩から突っこんでいった九龍はしたたかに全身を打ちつけ、
もはや上下左右も判らぬほど部屋中を転がる羽目になった。
それでも亜柚子だけは守ろうとしたらしく、彼女と壁の間に己を押しこみ、
ジャイロのように彼女を同じ位置に保とうとした。
試みが成功したのは五割ほどといったところで、亜柚子も何箇所かは身体をぶつけている。
しかし痣やこぶ以上のものはなく、五メートルほどの背後に迫っていた死と比較すれば
取るに足らない程度の怪我だった。
轟音が去り、それに伴った振動も収まって、嘘のような静寂が訪れる。
それでも九龍も亜柚子も、自分が今生きているのかどうか判断がつかず、微動だにしなかった。
どこかで心臓が鳴っている。
外へ飛び出しそうなくらい激しく、速い鼓動。
確かな生命の律動をもっと強く感じたくて、九龍は腕に力をこめた。
すると、もう一つ、同じ音が伝わってくる。
先の音と激しさは同じで、より優しい鳴動は、世界で最もシンプルな合奏をしていた。
その心地よさに、九龍はささくれだった心をしばし委ねる。
「助かった……の……?」
「ああ」
か細い囁きに、九龍は努めて平静を装って答えた。
今は余計なことを言う必要などない。
亜柚子もそれは同じなのか、しばらく二人は衒いもなく抱きあった。
先に我に返ったのは九龍だった。
数ヶ月程度の関係とはいえ、教師と抱き合うのは良くないのではないかと
くだらない理性が警告を発したのだ。
とはいえ生の喜びをわかちあうという、秘宝を発掘した時にも勝る快楽はいかんともしがたく、
彼女が離れたら離れよう、と九龍は小ずるく考えた。
けれども、亜柚子は全く離れようとしない。
もう充分すぎる時間は過ぎたはずだ。
九龍はいくらか焦り、その焦りが呼吸を大きくし、充分に鍛えられた肉体を上下動させ、
その結果、亜柚子が身じろぎした。
「手が……離れないの」
生還した亜柚子の第一声は喜びでも怒りでも恐怖でもなく、困惑だった。
あまりに大きな衝撃は、一時的に恐怖を忘れさせ、
より巨大な揺り返しとなって襲ってくることを九龍は知っている。
いずれ亜柚子にも訪れるはずで、しかもそう先の話ではないはずだった。
「ああ……それじゃ、しばらくここで休もう」
九龍が返事をすると、にわかに亜柚子が震えだした。
来た、と九龍は思い、原因を生じさせた責任を痛感しつつ、
変な意図を感じさせない、ぎりぎりの力を腕にこめた。
亜柚子は驚くほど強くしがみついてきた。
その力は女性とは思えないほど強く、年上だとは信じられないくらいに弱々しく、
激しい息遣いの亜柚子を、より強い力で抱きしめた。
鼓動が、響き渡る。
機関銃の連射のような心臓の音を、九龍は彼女の音だと思った。
もう少しで首筋を掴まれるところだった恐怖から逃げ切ったことに対する、払うべき負債。
生命を取り立て損ねた死神の、悔し紛れの嘲笑は、容易には消えないからだ。
だから九龍は彼女が死神の軛から逃れたのだと知らしめるために、渾身の力で抱擁した。
しかし鼓動は、より強くなった。
反響にしてはいやにはっきりと感じると、疑問に思った九龍は、息を止めてみた。
数えようとする努力も無駄な、狂ったような低音の連打は、
亜柚子からではなく九龍から発せられていた。
その事実に気づいた九龍は、指先に彼女のブラウスを感じる。
汗ばんだ手と、それが触れるのにおそらくはふさわしくない柔らかな生地は、
全く唐突に九龍の気持ちに何かを芽生えさせた。
ガスを入れすぎた風船のように、あっという間に膨らんだ情動は、
なぜか割れもせずに心に巣くう。
割れたらもっとまずいことになると直感した九龍は、小さく喘いで情動をしぼませようとした。
「九龍……さん……」
その仕種がかえって仇となったのか、顔を上げた亜柚子と目が合う。
力のない声とは裏腹の、生命力に満ちた瞳。
教壇に立っているときでもこんなには輝いていない瞳を覗いた途端、
九龍の制御していた風船は離れ、勢いよく飛んでいった。
「んッ……!」
歯が当たる音は、歯車が動きだす音に等しかった。
生きているのだと確かめるため、狂ったように口を吸い、舌を挿れ、貪りあう。
灼熱した頭が弾け、赤く染まった。
唇の感触も、息苦しさも、荒い鼻息も、全てが生きている証だった。
亜柚子が九龍の後頭部を鷲掴み、爪を立てる。
おかえしに九龍は亜柚子の尻を掴み、ブラウスの内側に乱暴に手を入れた。
背中を撫で、下着に触れるとそれに沿って前へと手を回す。
両手に収めた二つの異なる膨らみを、夢中で揉みしだいた。
「ふぅ……ん……」
胸と尻を明け渡した代わりに、亜柚子は九龍の口を支配する。
齧りつくように紅色の唇を開け、彼の舌を蹂躙した。
「ん……ふッ……んぅッ……」
もつれる舌を追いかけ、搾る。
息が続くまでねぶりまわし、呼吸が限界に達すると一度動きを止め、
口を合わせたまま息を吸った。
吸った息の熱さがそのまま身体を熱し、亜柚子は、狂おしいほどの昂ぶりを覚えた。
「はぁッ、ぁぁ、九龍さんッ……!」
股を押しつけ、頭皮を掴み、牡を求める。
九龍は正しく応じ、パンティごと尻肉を握り、力任せにブラジャーを引き上げ、
直接乳房を手中に収めた。
「あンッ」
満足げに喘いだ亜柚子は、同時にまだ足りないと身体を擦りつける。
下腹を強く押すものに気づくと動きは一層悩ましいものとなり、腹を使って刺激を与えた。
清楚な女教師が尻を揺らすさまは、数十メートル上で行われていたなら
見る者を愕然とさせただろう。
だが地下の密室で九龍以外に痴態を見る者はなく、唯一の見学者はむしろ好ましげに
彼女と身体を密着させ、熟しきる一歩手前の果実を思うがまま貪った。
「はぁッ、はァッ、はぁっ……」
さすがに息が続かなくなった亜柚子が、口を離す。
口の端に糸となった唾液を拭いもせず、犬のような喘ぎを九龍に浴びせながら、
呼吸が回復するのを待っていた。
その間にも彼女の濡れた瞳が九龍から片時も逸れることはなく、
愛撫が物足りないとばかりに挑発的に輝いている。
その輝きに応えるように、九龍は亜柚子の下着の上から秘唇を擦った。
「んッ……う……」
手順が決められている儀式さながらに自然にその部分を這った指は、
濡れた布地の不快な感触を嫌って直に蜜源に触れる。
たっぷりと粘水をたくわえた裂け目に潜り、洞穴へと入っていった。
「あぁ……」
深い吐息は小さな部屋で反響することなく消えていく。
けれども昂ぶった二人をさらに興奮させるには充分な音量で、
九龍は亜柚子のより奥へと愛撫を施し、亜柚子は中断していたくちづけを再開させた。
「くっ、ふ……ん、ん……」
濡れた舌を落とし、顎と言わず鼻梁と言わず舐める。
舌先が熱を捉えるごとに亜柚子の下腹からぬらりと染みるものがあった。
それは九龍の指に触れることで新たな熱を灯し、
芯の周りで踊る炎のように亜柚子の身体をくねらせる。
腹の上でのたくる女体の動きは止めず、九龍はスカートに手をかけた。
ホックを外し、手探りでずり下げる。
だが、丈の長いスカートは、片手だけでは脱がしきれない。
手間取っていると亜柚子が腰を揺すって手伝った。
片足を抜き、残った足からもわずらわしげに脱ぎ捨て、
さらにそれだけで飽きたらず、九龍のズボンも脱がせる。
それらの全ては舌を絡ませたまま行われ、泡だった唾液が二人の口の周りに、
髭のように付着していた。
それでも二人とも口を拭おうともせず、湧き起こる情動をぶつけ、
浴びせられる欲情をその身に被った。
「んッ……はッ、はァッ、はァッ」
下着のみになった下半身を激しく絡ませる。
優に手に余るサイズのヒップを両手で抱えた九龍は、作陶家が土を捏ねるように柔肉を揉み、
掌に吸いつく感触に溺れた。
「あ……あぁ、ン……」
亜柚子が漏らす淫らな咽びは掠れ、うわずっている。
それは地上では聞けない、この東京の地下何十メートルでしか耳にすることができない音色で、
九龍の屹立は導かれるように脈打ち、亜柚子の腹を叩いた。
「ああ……九龍さんッ……!」
九龍の唾液を啜った亜柚子は、蝶が蜜を吸うように彼の口内へ舌を挿しこむ。
粘液をまとわりつかせた二つの同じ器官は飽きることなく交わり、
一つの塊と化したかのような錯覚をもたらした。
「んッ……ん、んっ、んっ……」
舌を捏ねあいながら、九龍と亜柚子はお互いの下半身をも触っていた。
熱く猛った部分を、濡れそぼった箇所を、反発する磁石さながらに円を描かせ、
直接触れあえないもどかしさをむしろ愉しむように動かす。
そのくせ亜柚子は片手で、九龍は両手で求める場所を撫で、
相手の肉体が不随意に跳ねるのを悦び、蕩けていた。
「あ……あんッ、あ、はぁ……んッ」
狂おしいほどに昂ぶっていく肉体を、抑えられない。
熟しきる寸前の肉体を、これまでもてあましなどしていなかったが、
今、亜柚子は肉体が燃える快楽を満喫していた。
男の硬い胸に乳房を押しつけるのが心地よく、興奮したペニスを掌に感じるのがたまらなく、
大きな手で尻たぶを乱暴に捏ねられて感じてしまう。
荒い呼吸を頼りに九龍の身体に触れ、
汗が乾いてやすりのようになっている頬に厭わず自分のそれを擦りつけた。
ざらざらとした質感は当然快いものではないが、男と密着しているという実感が不快さに勝る。
アルコールを腹に溜めたときのような、気道を灼く吐息を漏らし、
亜柚子はけだもののように自分の匂いを九龍に移した。
彼女が年上の、大人の女性だという認識も、恋人ではなく同行者に過ぎないという意識も
九龍からは消え失せていた。
目の前よりも近くにある、柔らかな肉体を夢中で貪る。
限界まで勃起してなお膨らもうとする性器を亜柚子に押しつけ、
彼女の手が肉茎をなぞるたびに衒いもなく呻き、
彼女の股の間にある、秘密の扉を開ける方法を手探りで確かめることに、
大いなる悦びを覚えていた。
「んっ、あぁ……そこ、九龍さん……ッ……!」
耳に直接注がれる甘い喘ぎが、死の恐怖で剥きだしになった理性を破壊する。
転げ回ってあちこちぶつけ、感覚が失せた五感に、女の、
牝の質感が怒濤のように流れこんできた。
たっぷりの肉たぶを揉みほぐす九龍は、ついに彼女を護る薄布さえ邪魔になる。
ショーツに手をかけ、皮を剥ぐように乱暴に引き下ろす。
手が届かない分は亜柚子が自分から脱ぎ、同時に九龍の下着もずり下ろされ、
不要な物を捨てた二人は、必要な部分を押しつけあった。
「九龍……さんッ……!」
「亜柚、子……!」
お互いの性器が熱と粘液に塗れているのを確認した二人は、
芋虫のように下半身を動かし、結合を果たした。
「あああァッ……!」
「う、ぁッ……!」
求めていた以上の快楽が入ってくる。
欲した以上の快感が流れこんでくる。
口を衝く淫らな音色を隠そうともせず、九龍と亜柚子は一時背を反らせて、それぞれ淫悦を満喫した。
そして、やがて最初の快感が消えると、二人は両手を掴みあい、結合を凝らしはじめた。
下から突きあげ、円を描くように回し、膨れる快楽を与え、受けた。
「ああッ、ん、はァッ、んあッ、あ、九龍さんッ……!」
驚くほど大胆に亜柚子は腰を揺らして男根を貪る。
床に着いた足と、九龍に支えられた手を片時の休みもなく動かし、
繋がっている部分を見せつけるように股を開き、
泡だった粘液に何度となく卑猥な音を立てさせた。
硬いペニスが身体の内側を掻くたびに、気持ちよさに浚われる。
息ができなくなるほどの快感は、苦痛に近いほどだが、
その激しさが生きていることを亜柚子に実感させるのだ。
腹を刺し、狭い路をこじ開けて侵入する銛に、亜柚子は痴れ狂う。
それは亜柚子にとって初めての感覚であり、何の疑問も抱かずに己が身を委ねた。
一方、九龍も負けてはいない。
はじめは女教師が見せる痴態に身を任せ、快楽を貪っていたが、
彼女の動きが緩慢になると、上体を起こして主導権を握った。
あぐらを掻いた姿勢で亜柚子を抱きかかえる。
深く、どこまでも深く、亜柚子の肉に己を埋め、白い肢体を汗と恐怖に塗れた掌で汚した。
「くぅゥッ……ん……」
わななく喉にむしゃぶりつきたくなる衝動を抑え、亜柚子を引き寄せる。
その拍子に弱いところを衝いたのか、亜柚子は身体をぶるりと震わせ、
九龍の腰に巻きつけた足を強く締めあげた。
「お、う……」
自らが与えた快感を、増幅して戻された九龍は、たまらず吼える。
どんな苦痛にも声を漏らすことがなかった宝探し屋だが、
たかだか十数センチの快楽に屈して放った声を情けないとは思わず、
むしろ秘められた獣性を解き放つ快さがあった。
女の背中と尻をしっかりと掴み、上下させる。
「あぅッ、九龍……さんッ、いいッ……!」
二十代半ばには見えない童顔をくしゃくしゃに歪め、
女じみた嬌声を歯の間から絞りだす亜柚子を、どこまでも征服したくなる。
彼女の体内でその時が来るまで奮闘を続ける分身を、今すぐにも爆発させたい欲求に焦がれながら、
九龍は何度も亜柚子を持ちあげ、そして落とした。
「くゥ……ん、あッ、あァ、激、し……!」
根元まで屹立が埋まるたび、媚肉が激しく収縮する。
それは亜柚子の見た目から受ける印象とはもちろん異なるもので、
肉の疼きに堕したがごとき包柔は、九龍の淫欲をも焚きつけるのだった。
「あ、九龍さ、ンッ……ンむッ……」
亜柚子の背中を倒した九龍は、腰を浮かせて斜めに突きこむ。
体重をかけ、荒ぶる情動を一心に女に注いだ。
「あぁ、駄目……駄目ぇッ……!」
男が離れ、そして近づく。
九龍の体温を手放した亜柚子は、代わりに男の熱を腹の奥で手に入れた。
彼の首に腕を回し、協力して姿勢を保つ。
それは淫らを求めるということであり、そう自覚することで亜柚子の肉体は激しく燃えあがった。
硬い肉に爪を立て、上体を支える。
彼に与えた痛みは、息が出来なくなるほど奥へと挿入された屹立によって返ってきた。
「あッ、あ、う、んぐッ……!」
達する。
何度も。
頭蓋骨が震えるほど強く突かれるたび、亜柚子の意識は寸断した。
瞬間的な死と、そこからの生還。
どちらを望んでいるのか、もはや亜柚子にはわからなかった。
「ひうッ……!!」
だらしのない悲鳴を放った亜柚子の上体が反り返る。
彼女を支えるだけの膂力を九龍は充分に持っていたが、
中途で妨げられた劣情は、暴力的な衝動へと転化した。
「はッ……はッ……はぁッ……」
法悦に浸る亜柚子を無理やりに立たせる。
清楚な面持ちなど見る影もない、涎と愛液に塗れた弛緩した肉体を壁に押しつけ、
片足を抱え上げた。
「ま……待っ……て、お願い……」
亜柚子は哀願しようとしたが、声が出ない。
本能的に牡を押しのけようと手を伸ばした時、下腹に強い衝撃を感じた。
「ひぐッ……!」
貫かれる。灼きつくされる。
全ての神経が快楽の信号に染まり、脳の中枢で焔と雷とが、
記憶に残る石球の唸りをリズムとして狂奔した。
「あッ、あぁ、あぁああッ……!」
亜柚子の身体の中で大音響を奏でるそれらに加え、外側では淫水が混じり合う音と、
肉がぶつかる音とが奇怪な伴奏となっていた。
「く、はッ、くろう、さッ、あッ、あはあぅッ」
逃れようとする腰を掴まれ、奥まで挿入される。
抜かれ、突かれ、浅く、深く、不規則な繰りかえしは、亜柚子を翻弄し、虜にした。
ここが何処であるかも、なぜこうしているのかさえ一時忘れ、
ぐずぐずに開いた淫穴を埋める熱い猛りだけが亜柚子の全てとなる。
「んあッ、わたしッ、また、あッ、またイッちゃうの……ッ!」
はしたない告白も自覚などなく、ただひたすら、下腹に充満する悦びに耽るばかりだ。
それは亜柚子の叫びに衝き動かされた九龍が、
力を振り絞ってラストスパートをかけた時に爆発した。
「あ、だめ、イク、イク、イッちゃう――ッ!! あぁ、あぁッ、あぁあぁぁあッッ――!!」
玄室のみならず、迷宮中に響くかと言うほどの悲鳴で、亜柚子はのぼりつめた。
腹に満ち、爆発したものを、壊れたばねのように身体を震わせて放出する。
数秒にも満たない間に放出が終わり、力を使い果たした亜柚子が虚脱する瞬間、
亜柚子は腹に熱い飛沫が浴びせられるのを感じた。
「くぅ……ン……」
去るのを詫びるように男根が残していった、重みのある液体。
身体の中にへばりつき、重力に従って落ちていく。
亜柚子が身体を動かしたのは、それが外に出ていくのを少しでも遅らせようとしたのかどうか、
自分でも判断がつかなかったが、動いた先にある男の肉体に身を寄せたのは、
確かに意志がそうさせたのだった。
嵐が去り、凪が訪れる。
亜柚子の腰に控えめに腕を回し、九龍はこれからどうしたものか考えていた。
生命の危機に瀕したとき、人は己の遺伝子を残したいという本能が生じる。
すなわち亜柚子の痴態も彼女が望んでのものではなく、
この記憶を、すでに消したいと思っているのかもしれないのだ。
そうであるなら、彼女を支えている腕を剥がすべきだ。
九龍は後悔などしていないが、本能を呼び起こすきっかけが自分のミスだったので、
彼女を腕の中にとどめるにはためらいがあったのだ。
それでも、しなだれかかる虚脱した女の肉体は、自分から離れるにはあまりに魅力的で、
九龍は常の彼らしくなく、事態の変化を消極的に待った。
しかし、亜柚子は動かない。
下着も履かず、下半身を剥きだしにしたまま、九龍に寄り添って離れない。
寝てしまったのか、と九龍が声をかけようとしたとき、亜柚子が喋った。
「いつも……こんな怖い目にあったりしているの?」
「あんなトラップ、映画の中だけだと思ってたよ」
亜柚子の声は場違いに明るく、九龍も陽気に応じた。
おそらく彼女は、そうして水に流すつもりなのだ。
大人の判断に安堵し、同時に胸を刺す一針の痛みを覚える。
けれどもその程度は、当然耐えなければならない痛みのはずだった。
なおも陽気に亜柚子が喋る。
「もし轢かれていたら、ぺちゃんこになっていたかしら」
「ああ、それで空気を入れると元に戻るんだよ、きっと」
亜柚子は日本で、九龍はメキシコで観た同じアニメを思いだして、二人は小さく笑った。
だが、同時に始まった空虚な笑いは同時に収束し、一転して気まずそうにうつむいた。
設計図もなしに築こうとした城は空しく崩れ、後には何も残らない。
そうだろうか?
虚構の城は跡形もなく消え去っても、残された大地に草は生える。
そこから何かを創りだすことも、できるかもしれないではないか。
九龍はその可能性に賭けてみたくなった。
ただしそのためにはまず、がれきを片づけなければならない。
「……先生さ、自己保存本能って知ってるか?」
「……」
亜柚子が答えないので、九龍は続けなければならない。
「人間って死にそうになると子孫を残したくなるって本能があるらしいんだよ。
あの、でも、俺と先生がそうなったのがそうだって言いたいんじゃなくて、
いや、そうかもしれないけど、そうじゃなくて」
自分がこんなに饒舌だったのかと九龍は驚いた。
ただし内容はないに等しく、亜柚子が遮らなければ出口のない迷宮の如く同じことを
言い続けていたかもしれない。
とにかく、亜柚子の口調がいつになく強かったので、
九龍はしゃっくりが出たときのように不自然に話を止めた。
「違うわ」
「違うって」
「私があなたを好きになったのは、ずっと前からだもの。だから違うわ」
「へ!? あ、そう……だったのか……!?」
「全然気がつかなかった?」
間の抜けた鳩のように九龍は頷くしかない。
そんな九龍に亜柚子は、汗に汚れた顔に、子供のような笑みを浮かべた。
「言うつもりはなかったのよ。でも、駄目ね」
どうやって取り繕おうか考えている九龍さんの横顔を見ていたら、意地悪がしたくなっちゃった。
そう言って亜柚子は小さく舌を出した。
「九龍さんは何も気にしなくていいから、これまでどおりに探索を続けて」
「い、いや、そういうわけにはいかないだろ」
「そういうわけって、どういう?」
「だから、先生が俺のこと好きで、俺も……好きなんだったら、今までどおりってわけには」
「それは、これからは今日みたいに迷宮の中でしたくなっちゃうってことかしら?」
「ち、違うって! そんなつもりじゃ」
九龍はすっかりしどろもどろだ。
首を振り、手を振り、裸の下半身を今更隠そうと身をよじり、
挙げ句の果てに壁に後頭部をぶつけてしまう。
「だいじょうぶ?」
顔を覗きこむ亜柚子を、涙目で見ているうちに、
彼女がまだ意地悪を続けているのだと遅まきながら気づいた。
睨みつけても涙が滲んでいては威厳も何もない。
亜柚子がくすりと笑ったので、九龍は憮然として負け惜しみを言ってみた。
「なんだよ、やらせろって言ったらどうするつもりだったんだよ」
「そうね、毎日は駄目だけれど、探索が上手くいった日なら」
すまして言う亜柚子を膝の上に乗せる。
「駄目よ、今日は上手くいかなかったでしょう?」
「そうかな、割に上手くいったと思うけどな」
目を見交わし、意味ありげに笑いあった二人は、どちらからともなく唇を寄せあうのだった。
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