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「しかし全くお前がいて良かったぜ。醍醐の野郎とじゃ図体でかすぎてすぐバレちまうし、
大体アイツは妙なところで真面目でいけねぇ」
旅館の裏手に続く薄暗がりの道を忍び歩きながら、
京一は愚痴ともぼやきともつかない独り言をずっと言い続けていた。
それに龍麻は答えようともせず、無言で京一の後ろに続く。
頭の中は既にこれから始まる夢の時間の事で一杯で、返事など考えるどんな隙間も無かったのだ。
京一もそれは判っているのか、龍麻に返事を促そうとはせずに歩いていく。
「おッ、ここここ。えッと…よし、あったぜ」
いつの間にチェックしていたのか、
覗き穴まで確保していた京一は早速壁の向こうに広がる桃源郷へ旅立った。
「おおッ! こりゃ…ぐっへっへ、来た甲斐があるってもんだぜ」
「おい、代われよ」
「もうちょっと待てって。……おおッ、おおおおッ!」
「おいってば!」
いつまで経っても譲ろうとしない京一に痺れを切らした龍麻が肘で小突くと、
ようやく京一は身体をずらして場所を代わった。
人として可能な限りの早さで穴に目を貼りつかせた龍麻は覗いた瞬間、
同級生達のみずみずしい肢体のあまりの近さに思わずのけぞってしまう。
こんな場所を見つけてきた京一に改めて感謝の眼差しを向けると、親友は全てを心得た表情で頷いた。
今、二人に言葉は要らなかった。
龍麻は思いつく限りの賛辞の言葉を頭の中で京一に贈りながら、再び桃源郷に旅立つ。
穴はそれほど大きいものでは無かったが、場所もアングルも絶好なのか、
五人ほどの裸体が確認できた。
同じ高校三年生なのに胸の大きさも身体の丸みも皆全く異なっていて、
どれだけ見続けていても飽きる事がない。
彼女達はツンと張った乳房を隠そうともせず、楽しげに何事か話している。
残念ながら正面からの姿──つまり顔と、下腹の最も見たい場所を捉える事は出来なかったが、
その代わりに尻を飽きるほど見る事ができ、龍麻はまばたきも忘れて映像を脳裏に焼き付けていた。
京一と交代しながら京都を堪能していた龍麻が何度目かの桃源郷に旅だった時、
突然、一番近い所にいる女性が振り向いた。
湯気と束ねた髪のせいで今まで判らなかったが、その顔がこちらを向いたとき、
龍麻はようやく自分が見てはいけない禁断の間を覗いていた事を知った。
その髪の色と同じ、黒曜の優しげな瞳がこちらを向いた瞬間、
龍麻は心臓を抉り取られたような痛みを覚え、よろめいてしまう。
人生の終焉を覚悟した龍麻だったが、
彼女は別に自分がいるのを知って振り向いた訳では無いらしかった。
その証拠に、確かに視線は重なったものの、それは数瞬だけで、すぐに別の方を向いたからだ。
しかしそれでも与えたダメージは致命的なもので、
動悸・息切れ・眩暈、その他諸々が一気に覗きをしていた不埒者に襲いかかり、
気が付いた時には大きな音が響き渡っていた。
訪れる静寂、そして阿鼻叫喚。
「やべェ見つかった、逃げろ龍麻!」
壁の向こうから混乱に満ちた叫びが襲ってくる中、飛びこんできた京一の小さく鋭い声に、
ようやく自分が尻餅をついて音を立ててしまっていたのを知る。
恐怖に駆られ、声がした方を薄闇に透かしてみると、京一は既に身を翻して逃げだしていた。
運動神経なら龍麻もそれ程京一に劣る訳でもないのだが、
こう言った事に場慣れしていない龍麻はどうすれば良いのか判らずその場に立ち尽くしてしまう。
「何やってんだ、こっちだ!」
後ろをついてこない龍麻に京一が振り返って叫ぶ。
龍麻はその声にようやく呪縛を解かれ、慌てて逃げ出す。
その後姿は、東京を人知れず護っているにしては、あまりに情けないものだった。
その後どこをどう走ったのか、龍麻は京一ともいつのまにかはぐれてしまい、ひとり歩いていた。
月明かりのおかげで道は迷わなかったものの、
騒ぎを聞きつけて教師達も出てきているはずであり、慎重に歩を進める。
三十分以上も時間をかけてようやく旅館の裏口に辿りつき、胸を撫で下ろした龍麻だったが、
本館に入る直前に守護天使に見放されてしまった。
長身の人影が前を遮り、驚いた様子で口を開く。
「あなた……龍麻クン?」
「先生……」
暗闇のせいで最初誰か判らなかったが、漂う匂いには大人の女性の香りがあり、
続いて聞こえてきた、どこか愁いを帯びた声に、龍麻は逃走を諦めざるを得なかった。
「全く……アナタがこんな事をするなんてね」
十数分後、龍麻は教師用の部屋で正座させられていた。
気を利かせてくれたのか、他の教師はおらず、部屋には二人だけだったが、
龍麻が恐る恐る顔を上げると、美しい蒼氷色の瞳は、硬色の輝きを放っていた。
マリアは物分りも良く、普段は生徒達の良き相談者として人気の教師だったが、
それだけに一度怒らせると氷の刃で切り裂かれるのを覚悟しなければならなかった。
「……すいません」
他にどう言いようもなく、龍麻はひたすら謝る。
「どうせ、蓬莱寺クンにでも誘われたんでしょう?」
「いえ、それは違います」
「ふふッ、かばってるのね。駄目よ、ワタシには判っているのだから」
優しく叱るマリアにも、龍麻は頑なに首を振る。
例えマリアが本当に判っていたとしても、
最低限の仁義として、京一が関わっていた事は死んでも認めないつもりだった。
しかし、何故かマリアは強く追求はしてこず、と言って、
すぐに解放してくれる訳でももちろん無さそうで、
龍麻は長い夜になるのを覚悟せざるを得ない。
痺れはじめた足を、軽く組みなおした時、部屋の空気がゆらめいた。
マリアが、神妙に反省している龍麻の後頭部に、先ほどまでとはまるで違う、
蒼い炎が揺らめく視線を投げ、妙に熱っぽい吐息を吐き出し、足を崩して身を乗り出したのだ。
ストッキングに包まれた膝頭が視界の端から覗いて、龍麻は思わず唾を飲みこむ。
ひどく大きく聞こえたその音に慌てて顔を上げると、暗赤色の唇が目の前で蠢いていた。
思わず何か言おうとすると、人差し指で口に封をされる。
成熟した色香に満ちた口紅と、ひどく子供じみた動きのアンバランスさが、
催眠術のように龍麻の思考力を奪っていく。
「でも──しょうがないわよね。龍麻くらいの年頃だと、女性に興味が出るのは当たり前だものね」
「は、はい……」
「それで──どう? 興味は満たされたのかしら?」
「あの……それは……」
何か、自分の声が、誰か別の人間が喋っているような気がして、
心臓の音だけがどんどん大きくなっていくのを感じながら、龍麻は再び畳に視線を落とした。
さっきよりも膝頭が開いた足に、スカートが窮屈そうにまとわりついている。
その裾に出来たしわは、龍麻には、もう誘っているようにしか見えない。
「……いえ──満たされて、ません」
三回、音を立てて生唾を呑みこんだ後、
とうとう、龍麻は、今、この時以外では決して選んではいけない答えを選んだ。
答えと共にを多量の息を吐き出した為、酸素を求めて深々と空気を吸いこむと、
古い部屋の空気と、むせるようなマリアの匂いが混じりあって鼻腔に流れこみ、
耳の裏がやたらに熱くなる。
さっぱり解らない英語の訳をあてずっぽうで答えた時の表情でマリアの顔色を伺った
龍麻は、自分の選択が間違っていない事を知った。
マリアはわざとらしくスカートの裾を直して、斜め下から龍麻を見上げる。
何時の間に下げられたのか、胸のファスナーは開いていて、
大きすぎる谷間がほとんど丸見えになっていた。
見えるのならどうしたってそこに目線が行ってしまうのが男の性というもので、
龍麻もご多分に漏れず眼球だけを下げる。
ぶらぶらとやたらに揺れるファスナーは、物理の法則を無視して双丘の頂きの下に留まっていて、
思いっきりずり下げたいのを必死に我慢しながら視線を上に戻した。
マリアが舌を出し、唇全体を湿らせる。
ひどくいやらしい滑った輝きを放ったそれに、マニキュアを塗った指を押しつけ、
逃げられるものなら逃げてみろといわんばかりにゆっくりと顎をなぞる。
「いいわよ。知りたければ、教えてあげるわ──」
「せッ、先生ッ──」
足の痺れと痛いほどの胸の鼓動、それにズキズキと痛む頭に、
もう何がなんだか判らなくなった龍麻は半ばヤケになってマリアに飛びかかった。
手が勝手に動き、先ほど自制した欲望を叶える。
勢い良く弾け出た乳房は、数十分前にみた同級生達のものとは比較にならないほど大きく、美しい。
男の妄想をそのまま具現化したような、完璧な丸みを帯びた果実は、
重みに負ける事なくわずかに上向いていた。
圧倒されて言葉も出ない龍麻に、マリアが年上の女性の余裕で語りかける。
「龍麻──女性の胸を見るのは初めて?」
「は、はい」
「そう。……フフッ、いいのよ、好きなだけ見て」
お墨付きを得られて、龍麻は豊かに盛りあがった胸をためらいなく凝視した。
大きな乳房に、不釣合いなほど小さな、乳白色の乳首が載っている。
それは、龍麻が知っている、その手の雑誌に載っている女性のものとは全く趣を異にしていた。
未だ触れられた事がないような、可憐な蕾。
マリアの年齢なら経験がないはずがなかったが、それでも、
そんな錯覚を抱かせるに充分なものだった。
呼吸に合わせて微かに上下している乳房に目を貼りつけたまま、唾を飲み込んで尋ねる。
「あ、あの、先生」
「何かしら?」
「さ、触っても、いいですか?」
「フフッ。ダメ──って言っていいのかしら」
ごく初歩的なかけひきさえ応じる余裕が無い龍麻は、
寸前でお預けを食らって、ほとんど泣きそうな顔になってしまう。
そんな姿に母性本能を刺激されたマリアは、教え子の手を取り、自らの胸に導いた。
手の重みだけで沈んでしまいそうに柔らかな質感に、龍麻の呼吸が荒くなる。
「──いいわよ。好きなように、触ってみなさい」
好きなように、と言われかえって混乱して、どう触っていいか判らなくなったものの、
それでも、はじめは指先だけに力を込めて、徐々に掌全体で乳房を愛撫する。
壊れ物を扱うような弱い刺激はマリアには到底物足りなかったものの、
そのぎこちなさが新鮮でもあり、自分の胸が形を変えるさまを陶然と眺めていた。
「どう? ワタシの胸は」
「柔らかい……です……」
直に触れた乳房のあまりの気持ち良さに、陳腐な感想しか出てこない。
胸を触っているだけで、自慰など比較にならない、強烈な快感が身体を駆け巡る。
これで、最後までしたらどうなってしまうのか──
そう考えただけで、股間のものははちきれそうになってしまう。
「龍麻は、意外と上手なのね。もしかして、もう誰かのを触った事があるのかしら?」
マリアの声が、龍麻を現実に引き戻す。
どこか楽しげに聞こえたのは、龍麻の気のせいではなかった。
「い、いえッ、ないです、ありません」
「フフッ、そうなの。──嬉しいわ。
これから先も他の人のを触らないでいてくれると、もっと嬉しいのだけれど」
「は……はいッ!」
一も二も無く頷く龍麻の手を取り、出来の良い生徒を褒めるように、
胸の、熟しきった頂きを探らせる。
「わかる? 硬くなってきたでしょう? ──いいのよ、吸っても」
夢とも思える言葉に、龍麻はマリアの顔と胸の頂きを交互に見比べた後、
思いきって小さな蕾に吸い付いた。
舌に触れる極上の感触に、加減も忘れて吸い上げてしまう。
「少し……強く吸いすぎよ」
マリアはそう言ったものの、それ以上止めることはせず、
むしろ、若い性欲を歓迎するように龍麻の、やや長めの髪の毛に指を梳きいれて導く。
マリアに操られるまま、龍麻は夢中になって乳房を吸い続けた。
放っておけばいつまで経っても胸から口を離そうとしない龍麻に、
マリアはもっと気持ちの良い事を教えようと促した。
ほとんど無心になりながら乳を貪っていた龍麻は、
中断させられて思わず不満を顔に浮かべたが、マリアの表情に、遂にその時が来たのを知る。
しかし、龍麻が下着を脱がせようと身体を起こした瞬間、
強すぎる刺激に耐え切れなくなった若茎が限界を超えてしまった。
「……!」
堪える暇もなく、たぎりきった欲望が下着の中で爆ぜる。
絶望的に気持ち悪い感触は、同時に夢の終わりをも意味していた。
少なくとも龍麻にはそう思え、自分の不甲斐なさが形になって、嫌な汗と共に全身から噴き出す。
動きの止まった龍麻に、事情を察したマリアは気づかれないよう小さくため息をつくと、
意気消沈した教え子の顔を優しく撫でた。
「フフッ、まだまだ授業が必要みたいね。
学校に戻ったら補習してあげるから、ちゃんと出なさい」
「はッ、はいッ!」
「それじゃ──部屋に戻りなさい。まだ修学旅行は明日もあるのよ」
再び顔を輝かせる龍麻に、マリアは最後の駄目押しをした。
龍麻の襟元の、ぎりぎり見えるか見えないかの場所に、強く唇を押し当てる。
「あ……」
「これは、ワタシと龍麻の秘密よ。いい?」
「はいッ!」
力一杯頷く龍麻に、マリアは艶やかに笑いかけながら部屋から送り出した。
下着の不快感も一時的に忘れ、スキップ寸前の軽足で部屋に戻った龍麻だったが、
その幸せも長くは続かなかった。
部屋の扉に手をかけた瞬間、肩に誰かの手が置かれ、
音も無く自分の背後を取った何者かに恐怖を覚えながら振り向く。
しかし、振り向こうとしたところで、頬に指が突き刺さった。
「うふふ、ひっかかった」
楽しげに笑うその声を、もちろん龍麻が知らない訳が無かった。
「あ、葵……」
「もう、見つからないように男の子の階に来るの大変だったのよ」
まるで関係無いことを話しはじめた葵に、
龍麻はなんとかこの場を切り抜けようと適当に出任せを言おうとする。
「そ、そうだ、葵、さっきさ」
「私達のお風呂覗いていたでしょ」
「!!」
初弾で放たれた致命的な一撃に、心臓を直接掴まれたようなショックを受け、
よろめいてしまう。
「今から私達の部屋……来てくれるわよね?」
死刑宣告に等しいその言葉に、それまでの幸福もどこかに消し飛び、
頭の中が真っ白になった龍麻はただ頷くことしか出来なかった。
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