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葵や小蒔の裸が見られると言うのはたまらなく魅力的だったが、やはりリスクが大きすぎる。
そう判断した龍麻は京一の申し出を断る事にした。
「けッ、そうかよ。まァいいさ、俺は一人でも行くぜ。後で吠え面かくんじゃねェぜ!」
そう捨て台詞を残すと、京一は本当に一人で実行するつもりなのか、走り去ってしまった。
京一を追いかけたくてむずむずする足に、
龍麻が自分の判断が本当に正しかったか悩んでいると、いきなり肩に重みが加わった。
「ふーん……何か面白そうな話してたみたいね。龍麻君、教えなさいよッ」
「と、遠野さん……」
頭の持ち主は、隣のクラスの新聞部部長、遠野杏子だった。
高校生ながら尋常ならざる取材能力の持ち主で、
龍麻も転校当時に取材され、自分でも忘れていたような過去まで記事にされて驚いた覚えがある。
龍麻は一応は京一を庇おうとしたが、
好奇心が服を着ているだけの彼女には全くもって儚い蟷螂の斧だった。
「隠すとためにならないわよ。次号の真神新聞の特集を
『秘密の逢瀬か!? 旧校舎に二人っきりで入っていく転校生のお相手とは!』
にしたって良いんですからねッ!」
京一はもちろん、小蒔でさえも知らない秘密を何故彼女が知っているのか、
今更尋ねようとは思わず、あっさりと降伏した龍麻は、
京一が女風呂を覗きに行った事を杏子に説明した。
「ふんふん、なるほどね。全くアホの京一らしい発想ね。
呆れて言葉も出ない……けど、何故かアイツには下級生のファンが多いし、
これをスクープ出来たら売上増のチャンスねッ!」
京一の運命を思って龍麻は内心で短い祈りを捧げたが、
すぐに龍麻も自身の運命と対峙させられるハメになった。
「それじゃ早速京一のバカ面撮りに行くから、案内してよ」
「……へ?」
「龍麻君、か弱い女の子を夜一人歩きさせるつもりなの?」
「……」
「あぁ、どうしようかしら。京一のことが記事に出来なかったら、
『お目当てはラーメン? それとも?? 
生徒会長と親しげにのれんをくぐる転校生の視線の先に映っているのは』
にするしか無いわねぇ」
「わかったよ、連れてくよ、連れてけばいいんだろ」
全てを諦めた龍麻は、せめて京一がもうその場から立ち去っているよう願いながら
杏子の前に立って歩きはじめた。

露天風呂の塀伝いに進んで行った二人は、
ほどなく月明かりの下で、お世辞にも格好良いとは言えない姿を晒している京一を見つけた。
「あ、いたいた。なんかバカそうな顔してるわね。バカだからしょうがないけど」
杏子は毒づきながらも的確に仕事をし、京一の姿をフィルムに納めていったが、
何枚か撮ったところで、全く動こうとしない被写体に物足りなくなったのか、
小石を拾い上げると露天風呂を隔てている戸板に向かって投げた。
「!?」
物音に驚いた京一は、更に大きな物音を立ててしまい、入浴中の生徒達に気付かれてしまう。
絶叫に慌てふためいて逃げる京一を余す所無く連写すると、杏子は満足そうに息を吐きだした。
「ふぅ、ちょっと明りが暗いから心配だけど、これだけ撮っておけば大丈夫よね」
「今のって、捏造って言うんじゃ……」
一人の野心の為にあまりに悲惨な結末を迎えさせられた京一に、
龍麻は恐る恐る抗議の声を上げたが、すぐにそれに倍する声が返ってきた。
さすがに大きさこそ抑えていたが、舌鋒の鋭さは衰えることなく龍麻を突き刺す。
「何言ってるのよッ! 私は同級生をアホの毒牙から守ってあげたのよッ!」
「……そ、そうだね。……それじゃ、俺達も戻ろうか」
「ちょっと待ちなさいよッ」
自分に火の粉が降りかかる前に話題を打ちきり、逃げ出そうとした龍麻だったが、
立ちあがろうとした所にベルトを掴まれた。
たまらず尻餅をついてしまい、痛みに声を上げそうになった口が塞がれる。
何が起こったかさえ判らず恐慌に陥る龍麻の、
妙に近くに顔を寄せてきた杏子は、普段の明晰な声とは程遠い、掠れた声で囁いた。
「ねぇ、龍麻君」
「……?」
「龍麻君もやっぱり、女の子の身体とか興味あるの?」
杏子の質問はあまりに唐突で、龍麻は意味さえ理解できなかった。
しかし、龍麻の返事を待たずに、杏子はやや早口で続ける。
「……あたしはね、男の子の身体……興味あるわよ」
「な、何言って……」
思わず後ずさりしたが、この日、天命は全くと言っていいほど龍麻を見放していた。
数歩もしないうちに木にぶつかり、根元にへたりこんでしまう。
これ幸いとばかりに龍麻の逃げ道を塞いだ杏子は、もどかしげにベルトを解いた。
「ちょっと、何して……」
「いいから黙ってなさいッ」
もともと女性に強いとはとても言えない龍麻は、杏子の鋭い叱責に身が勝手にすくんでしまう。
龍麻が固まってしまったのを良い事に、杏子はトランクスごと一気にズボンを脱がせた。
「ふぅーん……こんな風になってるんだ……ちょっと触るわね」
言うとほとんど同時に手を伸ばし、龍麻のモノに触れてくる。
それはまだ大きく……どころかすっかり萎縮していたが、
ほとんど解剖するような手つきで眺めすかされているうちに、やがてあるべき反応を示しはじめた。
「あら、大きくなってきたわね。これが勃起っていうのね」
杏子はあっという間に別の生きもののように変貌を遂げた男性器を、ますます興味深げに覗き込む。
「ね、すごく熱いんだけど、龍麻君も熱いの?」
「え? い、いや別にそんな事はないよ」
「ふーん……ますます不思議ね。ね、龍麻君は包茎ってやつなの?」
「そ、それは……違う……けど……」
「どういうのを包茎っていうのよ。教えてよッ」
やたらに包茎包茎と連呼する杏子にすっかり怯え、半泣きになりながら龍麻は説明した。
自分が何故こんな所で下半身を丸出しにしているのか、などすっかり忘れて。
「ここの所がさ、もっとこう、皮を被って……」
「ふーん……そう言われればここから先、色が違うわね」
木陰に入ってしまい、良く見えないのか、杏子はやたらに顔を近づけて観察を続ける。
鼻息が先端にかかって、くすぐったさとむずむずとした快感が
龍麻の下半身に広がっていたが、それが突然痛みに変わった。
「痛っ!」
「あら、ごめんなさい。……先っぽが敏感なの?」
形だけ謝った後、杏子は自分が立てた仮説を検証するようにぺたぺたと触れた。
少しだけ指に張りつく先端は、確かに亀の頭のように見えて、可笑しさがこみ上げてくる。
その形を確かめようと指先をなぞらせていると、龍麻が小さく呻いた。
「何? どうしたの?」
「ど、どうもしないよ」
「嘘おっしゃいッ。正直に言いなさいよッ」
答えなかったら噛みつきそうな勢いで迫る杏子に、
何故怒られているのか判らない子供のような、理不尽な恐怖を抱きつつ龍麻は答える。
「き、気持ち良かったんだ」
「あら、そうだったの」
杏子はそう答えたきり黙ってしまい、間に詰まった龍麻がとにかく何か言おうとすると、
突然、小刻みな振動が股間に伝わってきた。
「う、わ……っ」
「どう? こうすると気持ちいいの?」
どこで得た知識かは忘れたが、とにかく、
男性はこうやってするのだ、というのを杏子は知っていた。
その時は世の男性が皆そんな事をする所を想像して、
その滑稽さに思いきり笑った覚えがあるが、いざ実際にしてみると奇妙に胸が騒ぐ。
好奇心と、この時はまだ気付いていなかったが目覚めはじめた性への関心に衝き動かされるまま、
男根を改めて軽く握りこむと、ゆっくりと上下に動かし始めた。
「な、なんでこんな事……」
「嫌なの?」
「い、嫌じゃないけど」
「だったらいいじゃない」
背筋を縦に走った快楽に流されながら、うわ言のように呟く龍麻を、
適当にごまかした杏子は手の中でまだ大きくなろうとする屹立に意識を集中させる。
どこまでも大きくなっていきそうなそれが、自分の身体に入るのかもしれない、
という可能性に軽い恐怖を抱きつつも、手を止めようとはしなかった。
自分の掌とは違う温かさと、自分でする時とは異なったリズムが何ともいえない快感をもたらして、
龍麻は背後の木に頭を預けて目を閉じる。
「そんなに……気持ちいいの?」
「う、うん」
杏子は龍麻が実際に闘っている所は見た事が無いが、
日夜、その辺のチンピラから得体の知れない人外の者まで、幅広く闘い、
大した怪我もせず毎朝きちんと登校しているのだから相当強いのだろう。
そんな男が自分の右手ひとつでぐったりとしているのは気分が良かった。
もう少し続きを見てみたいと思い、龍麻が目を閉じているのを確かめた杏子は、
顔を近づけると、舌を伸ばし、雁首の辺りに触れさせた。
「なっ……」
「黙って」
手でしごかれた時などとは較べ物にならない快感にたまらず声を上げた
龍麻を無理やり黙らせて、再度舐めあげる。
本で読んで大体のやり方は知っていたが、いきなり頬張るのはやはり抵抗があり、
初めは猫がミルクを飲むように舐め、自分を慣れさせていく。
思ったよりも生じなかった嫌悪感に、幾度も同じ動きを繰り返すうち、
不意に肩に龍麻の掌が乗った。
そこで一度舌技を中断した杏子は、顔をわずかに傾けて、
いつでも再開できる体勢を保ちながら熱のこもった声で囁く。
「龍麻君、こういうの初めて?」
「あ、当たり前だろ」
「そう……」
何故か杏子はそれきり黙ってしまい、龍麻が何か言おうとした時、
冷たい京都の夜風に吹かれている屹立の先端全体が突然熱くなった。
「う、うわぁっ!」
「静かにしなさいよッ」
「んなこと言われてもっ……っ、ぅ」
口の中に雁首を咥えこんだ杏子は、ソフトクリームを舐めるように、
とあったのを思いだし、緩やかに舌を回す。
それ以上奥まで咥えこむのはさすがに出来なかったが、
先端だけでも充分すぎる、腰が砕けそうな愉悦に、龍麻の中で急檄に何かが高まっていく。
「と、遠野さん、よけて……ッ!」
龍麻は叫んだが、それよりも精が放たれるのは数瞬だけ早かった。
口内に欲望をぶちまけられ、驚いて口を離した所に残りの精液が飛び散る。
「きゃっ……! ごほっ、えほっ」
口の中に妙に張りつく男性の粘液と、異様な臭いを漂わせる顔にかかった白濁のせいで、
杏子はしばらく息も出来なかった。
急いでティッシュを取り出して拭っても、手持ちの分では全然足りず、
仕方なくハンカチを犠牲にして顔を拭く。
「なんて事すんのよ……。眼鏡、汚れちゃったじゃない」
「ご、ごめん」
「……まあいいわ。それより」
杏子は自分が射精させたことをさりげなく棚にあげ、謝る龍麻を当然のように睨んだ。
眼鏡を懸命に拭い、どこにも精液が残っていない事を確かめ、
なお嫌そうにしながら再びかけなおす。
杏子は今日のことはこれっきりで忘れるつもりだったが、
心底申し訳なさそうにしている龍麻を見ていると、
もう少しだけちょっかいを出そうと悪い虫が蠢いた。
「今日の事は秘密にしてあげるから、東京に戻ったらまた付き合ってよねッ」
「ええッ」
「何よ、なんか文句あるの? 美里ちゃんや桜井ちゃんに知られちゃってもいいのかしら?」
「……脅迫じゃないか」
「あら、人聞きの悪いこと言わないでよね。
……ああ、さすがに京都の夜は寒いわね。さ、戻りましょ」
がっくりとうなだれる龍麻に吹き出しそうになりながら、
さりげなく腕を取って歩き出す。
それに引き摺られるように歩いていった龍麻の影は、やがて杏子のそれと重なっていった。
……かなり嫌々だったが。



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