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激しい抽送が、終わる。
技巧も愛も何もない、欲望まかせの交わりは、男の側が爆ぜることで、
そのけだものじみた場面を収束させていった。
男が果てた女の横に身体を投げだす。
女は男の腕に頭を乗せ、つかの間心地よさそうに目を閉じた。
「龍麻……」
数十秒そうやっていた少女は、小柄な身体を蹂躙されたことを恨むでもなく、
精根尽き果てたようすの男にほほえみかけた。
彼の首を隠すくらいの長さがある髪に触れ、優しく撫でる。
彼女に髪をゆだねた男は、代わりに彼女の、大きく二つの房に束ねられた髪の、
片方を軽く握った。
濃い茶色がかった豊かな髪は、さっきまでの激しい蕩揺が嘘のようになめらかで、
汗ばんだ手で触れるのがいけないことのようだ。
けれども少女は嬉しそうに肌をすり寄せ、
弛緩した肉体を少しの疑いもなく男に預けてきた。
「紗夜」
名を呼ばれると少女はいっそう嬉しそうに顔をほころばせ、
ほっそりとした身体でしがみつく。
それはもちろん快美な肌触りだったけれども、
龍麻はもう、充分すぎるくらい欲望を満たしていたから、
少女に愛情以上のものは抱かなかった。
龍麻が比良坂紗夜といつからこうしているのか、定かではない。
そうした余計なことを考えられなくなるくらい紗夜との交わりは気持ちよく、
寝食を忘れて没頭していた。
紗夜は少し端の下がった眉と、穏やかな丸い眼という風貌からは
想像もつかないほど女であり、男である龍麻を離さない。
昼夜を問わずベッドの上でお互いを求め続けていたが、
龍麻はさすがに疲労を感じ、少しの間休みたかった。
こうして抱きあい、ゆるやかな愛撫をしていれば幸せだ。
そう思っていた龍麻だが、紗夜はまだ足りないのか、
汗や体液にまみれた龍麻の肌に、深いくちづけを落としていた。
普通女が求めるようなものではない、明らかにある意図をもってされるくちづけは、
まるで去ろうとする龍麻の欲望を引き留めようとするかのようで、
そのおとなしめの顔立ちからは想像もつかない淫靡な舌の動きに、
龍麻の情欲はあらがえず惹起していった。
「も、もういいよ……そんなにしたら、また」
「いいよ……龍麻がしたいなら、何度でも」
控えめな辞退も一蹴され、龍麻は深く息を吐く。
意識しないようにしていた紗夜の柔らかな肌を手足で感じた途端、
しおれていた男根が力を取り戻しはじめた。
「えへへッ、元気だね」
「あの、なんか……ごめん」
「ううん、わたしも龍麻と……いっぱいエッチしたい」
ほんのりと頬を赤らめる紗夜にたきつけられて、激しくキスをした。
二つの舌は絡み、溶けあって、無限の複雑さで交わる。
口を閉じる手間も惜しみ、唾液が垂れるのも厭わずに、敏感な器官でお互いを感じあった。
「ん……好き、龍麻、大好き」
「俺もだよ、紗夜」
言葉を舌に乗せて、伝えあう。
言葉が混じり、気持ちが溶けあって、たまらない気持ちよさがどこまでも続く。
全身の力を抜き、意識を舌だけに集中させて、穏やかで激しいキスを交わした。
「今度はわたしがしてあげるね」
二割の恥じらいと八割の淫蕩さを瞳に宿して宣告し、紗夜は愛撫をはじめた。
顎を舐め、首筋に吸いつき、鎖骨に歯を立て、龍麻の全身をくまなく愛する。
口だけでなく、両手と、さらには他の身体の部分も巧みに用いる紗夜に、
龍麻は翻弄され、堕とされていった。
「気持ちいい? いいよ、いっぱい感じて」
乳首を甘噛みし、たまらず龍麻がうめくと、
すかさず紗夜はそこに重点を絞って責める。
労を厭わず尽くす紗夜にどうしようもなく情感が高ぶった龍麻は、
おかえしとばかりに紗夜の柔らかな尻を掴んだ。
それほど大きくはない丘を、掌全体で捏ねる。
紗夜はくすぐったそうに身をよじるが、身体を離すことはなく、
なめらかな肌がくねるさまは、それすら計算して見せているかのような淫らさがあった。
「龍麻の手……大きくて、熱いね」
「気持ちいい?」
「もう、いじわる。……うん、気持ちいいよ、龍麻に触られるとすごく気持ちいい。
だから……ね?」
顔を上げ、唾液にまみれた舌を小さく出す紗夜に、
やり返したはずの龍麻が興奮する。
それは紗夜にもすぐに伝わり、腰を浮かせた紗夜は、
龍麻との腹の間で挟んでいた屹立を自由にすると、
右手を股間に這わせて逆手で器用に握った。
すでにたっぷりと淫水をたたえている秘裂に添えて、
脈打つ熱茎を焦らすように擦りつける。
「龍麻……挿れても、いい?」
否やのあるはずがない龍麻が懸命の動作でうなずくと、
紗夜は上体を起こし、龍麻の腹の上にまたがった。
「えへへッ……いっぱい、感じてね」
小さな洞に反り返った自身が呑みこまれていくところを、龍麻は見ていなかった。
すでに限界近くまで高められた感覚は、歯を食いしばっていないと
途端に射精してしまいそうだったからだ。
肉茎が熱い肉に包みこまれ、奥まで収められると、龍麻の頭の奥で耳鳴りが始まる。
それは痴れ狂いそうになる淫楽の、始まりを告げる合図だった。
「龍麻、の……が、わたしの中にいっぱい……!」
感極まったようすで叫んだ紗夜が、
より多くの快感を引きだそうとさっそく腰をあやつる。
その動きは円熟の境地に達していて、
龍麻は背中がぐずぐずに溶けそうなほどの恍惚に苛まれた。
「うぁ、紗、夜……!」
たまらず喘いだ龍麻は紗夜の動きを減じさせようとするが、
伸ばした手を握られてしまい、かえって腰の動きを複雑にさせてしまう。
「う、んっ……龍麻の……大きくて……っ、あんっ、ああ、いいっ……!」
軟体動物のように艶めかしく揺れる腰に、何度も精を吐きだして限界まで
鋭敏さを増している勃起は嵐の海原に浮かぶ小舟のように翻弄される。
しかも、紗夜はときおり肉棒を締め上げさえしてきて、
龍麻の理性の芯まで快楽に浸けこんでしまおうとするのだ。
「はぅっ、た、つま……! 龍麻、龍麻ぁっっ」
肉体を欲され、魂を求められる。
狂ったように爛れた宴に興じる紗夜に、龍麻は無我夢中で下から突きあげた。
肉がぶつかる音が響き、紗夜の膣内を埋めつくすシャフトが恥毛の狭間に見え隠れする。
「んうう……あはっ、ね、いい……? わたしの……気持ちいい……?」
「あ、ああ……凄く……気持ち、いいよ……」
「よかった……わたしもね、龍麻のおちんちん、凄く気持ちいいよ」
清楚な顔を熟れすぎた柘榴の色に染め、はしたなくも感じるままを口にする紗夜を、
龍麻は魅入られたように引き寄せる。
「んっ……ふ、あっ……んむ、うぅ……ん……」
伸ばした舌がもつれるように絡みあう。
大きく束ねた二つの髪の房からただよう幾種類かの花の芳香が龍麻の理性を麻痺させる。
紗夜の口からしたたる唾液をためらいなく嚥下し、
彼女に舌を吸われ、唾液を啜られて血流が奔騰した。
「ぷあっ……好き、龍麻、大好き」
もう何千回と繰り返されている同じ言葉。
それでも紗夜の甘い桃の味をした口から紡ぎだされるそれは、
聞くたびに龍麻の心を蕩かせる。
紗夜の奥にまで突きこみ、快楽が満ちて引くほんの一瞬、
龍麻の脳裏をなぜこの少女がこんなにも自分に好意を抱いているのかという
疑問がよぎったが、すぐに新しい快楽が押し寄せ、どこかへと浚っていった。
「う、ん……」
屹立に触れる紗夜の膣壁が位置を変える。
穏やかな蠕動を伴う肉どうしの擦れあいに、龍麻の限界が近づいてきた。
「紗、夜……俺、もう……」
口移しで渡された言霊を、しかし紗夜は受けとらなかった。
射精しようとしたそのとき、快感が止む。
それはまったく突然で、龍麻は血走った眼で紗夜を睨んだ。
豊かな髪の何本かを額に貼りつかせた紗夜は、自身も絶頂が近いのだろう、
艶めかしく唇を引きつらせながら、奥深くまで咥えこんでいた龍麻を手放し、
隣に横たわった。
「最後は龍麻に……してほしいな」
媚びるようなしぐさで紗夜は股を開く。
ピンク色がてらてらと光る秘洞は湯気も立ちのぼろうかというほど熱く、
そこだけが別個の生き物のようにいやらしく収縮している。
龍麻にとってそこは、もはや征服すべき場所でしかなかった。
寸前まで高められて中断された欲望は、ひどく攻撃的な衝動を龍麻に与える。
犬のような息を隠そうともせず、彼女自身によって押し広げられた淫らな穴に、
ほとんど貫かんばかりの勢いで挿入した。
「……っ! あ、あ……!」
一気に最奥まで抉られた紗夜が、甲高い悲鳴とともに顎を反らせる。
小さな絶頂を迎えたのは明らかだったが、龍麻は一顧だにせず
噴きあがる欲望のままに抽送をはじめた。
「あっ、うんッ、はッ、う……んッ……!」
壊れた楽器のように紗夜が哭く。
白い喉が悲痛に蠢き、追いつけない喘ぎが掠れた吐息となって宙に消えた。
それでも、少女は抽送を止めようとはせず、
むしろより龍麻が突きこみやすいように腰を浮かせる。
「あんッ、あ、あ、龍麻っ、う、ううンッ」
もう目を合わせる余裕もないが、必死に名を呼ぶ少女を龍麻は容赦なく貫く。
揺れる乳房を鷲づかみ、のたうつ肢体を組みふせて、昂ぶる欲望をそのままぶつけた。
「わッ、わたし、もう、イク……から、お願い、龍麻も、いっしょ……一緒に……!」
哀願が、男の本能的な嗜虐心に火を点けた。
痺れる腰を酷く叩きつけ、痙攣をはじめた膣内を掻きまわす。
爆ぜようとしている男根に、歯を食いしばってあと一掻き、
あともう一突きと耐えさせ、紗夜が先に達するのを待った。
「あッ、龍麻ッ、あッ、ん、あ、イク……! イ、ク――ッ!!」
努力は実り、龍麻の眼下で紗夜は絶頂をはじめる。
それを手助けするべく、龍麻は渾身の力で紗夜の膣に
己の肉茎を撃ちこみ、叩きつけた。
「――ッ、――!!」
紗夜の腹部が弾み、同時に凄まじい力で肉壁が収縮する。
根元に至るまで締めあげる紗夜に龍麻は二度まであらがい、
三度目で欲望を一気に解き放った。
「あ――ッ……!」
粘度の高い白濁を胎に受け、紗夜が最後の嗚咽を漏らす。
蓄えられた精の一滴まで彼女に放った龍麻は、放心している紗夜を満足げに眺め、
自分もいっとき心を手放し、彼女の横に倒れ伏した。
狂熱が醒め、怠惰なまどろみが訪れる。
あれほど激しく犯したにも関わらず、なおさしのべられる両腕に身を任せ、
龍麻は紗夜の胸に顔を埋めた。
「龍麻……気持ちよかった?」
「ああ、良かったよ」
答えの決まっている問いは、口を開くのも面倒なくらいだったが、
男の義務として龍麻は応じ、嘘でないことを示すために自分からも両腕を巻きつけた。
「えへへッ。わたし、幸せだよ、龍麻」
大げさな、と思いつつも同意を、今度は口にせず頷いてあらわす。
それでも紗夜は嬉しいのか、やたらと頭を撫でてきた。
心地よさと同時に抱いたわずかなわずらわしさを、
頬に触れる乳房の柔らかさに意識を集中させることで感じないようにする。
せめて数分、こうしていたいという龍麻の願いは、だが、叶わなかった。
「あ、れ……?」
腕の中の紗夜が薄れていく。
いや、自分が紗夜から離れている。
身体は確かに密着しているのに、いったい何が起こっているのか。
とにかく龍麻は紗夜から離れまいと、意識の全てを彼女に振りむけた。
あれほど濃く、皮膚の内側に至るまで感じていた紗夜が、ひどく希薄になっている。
栗色の髪も、なめらかな肌も、もうどこにあるのかさえ見えなくなっていた。
「お別れだね、龍麻」
「紗夜……?」
「えへへッ、短い間だったけど、ありがとう」
「お別れってどういう意味だよ」
「でも……きっとまたすぐに会える。わたし、待ってるから」
「紗夜……!」
消失する世界は、ついに自分の声さえ認識できなくなってしまう。
うろたえた龍麻は周りを見渡したが、そこにはなにもなかった。
そしてそれを疑問に思う意識さえも薄れ、やがて全てが消失した。
光が、瞼を照らす。
不快な痛みに目を開けると、そこには黒髪の少女がいた。
髪と同じ色の瞳に大粒の涙を溜める少女の名を、
思いだすのに龍麻は数秒の時間を必要とした。
「葵……?」
「龍麻……良かった……!」
それきり言葉を詰まらせた葵は、人目をはばからずに泣きだした。
どういう状況なのか混乱する龍麻に、別の方向から語りかける声がある。
「その娘に感謝するんだな。お前が担ぎこまれてからずっと付き添っていたんだからな。
せっかくワシが直々に治療をしてやろうというのに、だ」
「担ぎ……こまれた……?」
野太い女性の声は、桜ヶ丘中央病院の院長である、岩山たか子のものだ。
ということは、ここは病院……?
ベッドに横たわり、病衣を着ている自分の姿に、
予想は当たっていることを知った龍麻だが、完全な正解は、
泣きやんだ葵から説明を聞くまで得られなかった。
「龍麻は、斬られて……一時は危なかったのよ」
胸に触れてみると、確かに広い範囲にわたって何がしかの傷がある。
それが柳生宗崇によってつけられたものであることを龍麻は思いだしたが、
凄惨なはずの記憶はなぜか、もやがかかったようになっていた。
「他の傷は全て治療しておいたから、意識が戻れば退院してよかろう。
泊まりたいというならむろん歓迎するがね。イヒッヒヒヒ」
たか子の申し出を丁重に辞退して、龍麻は家へと帰ることにした。
病院の敷地を出たところで、ためらいがちに葵が口を開く。
「あの……いきなり重いものは食べられないでしょう?
よかったら、ご飯を作りに行ってもいいかしら」
「え? あ……いや、まだちょっと本調子じゃないみたいだし、
ごめん、気持ちは本当に嬉しいんだけど」
「あ……そ、そうよね、ごめんなさい、私ったら」
明らかに気落ちしたようすで去っていく葵を、龍麻は無表情に見つめていた。
倒れている間、献身的に看病してくれた、自分には過ぎた女性。
東京というよりも彼女を護るために戦っていたはずなのに、
龍麻の胸中は今、廃墟のビルさながらにからっぽだった。
どうしてなのか、自分でもわからない。
入院している間に何か夢を見ていた気がして、それが原因にも思えるが、
はっきりと内容を覚えているわけでもない。
ならばなぜ葵に冷たい態度を取ってしまったのか。
それを確かめるためにも、早く帰って眠りたいと思った。
そうすれば夢の続きを見られるかもしれない。
そうでなくても、葵に告げたことの半分は嘘ではなく、
妙に心が沈んでいて、一人になりたかった。
まだ明るい午後の東京を、龍麻は歩く。
その後ろ姿は、昏い陰に覆われていた。
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