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大きな音が響き渡った。
重い金属の何かが、床に落ちた音。
かなり長い間残響音を発していたそれら複数の物音が消えた後には、戦士用の鎧が一揃い転がっていた。
そしてその傍らには、女が一人。
濃緑色のローブと、手にした樫の杖が、彼女をメイジだと窺わせた。
彼女の名は、桜。
まだ二十歳には達していないようなあどけない顔立ちの彼女は、
この階で最も怖れられている守護者の一人だった。
怖れられるとは、誰に。
他でもない、守護者達に。
何故。
薄い桃色の美しい彼女の唇は、死を運ぶからだ。
どんな死を。
たった今殺された、この男のような死を。
鎧以外に痕跡も無く消し去られたこの男は、彼女をかどわかそうとして殺されたのではない。
彼女を驚かせてしまった罰として死を与えられたのだった。
マカニト。
抵抗力を持たぬ者を塵と化す魔術的な空気を生み出すこの呪文を、
彼女は全くの予備動作無くして唱えることが出来るのだ。
カドルトによる蘇生さえ許さぬ恐るべきこの呪文に殺された者は、この階層の守護者に既に三人いる。
それでも彼女が警護の任務を解かれなかったのは、ひとえにこの特異な才能によるものであった。
防衛本能。
生への執着。
呼び名はいくつかあれど、事実はひとつだった。
彼女は極度のショックを受けると、それを与えたものに死を与える。
それが敵であろうと仲間であろうと。
特に死者の警護という現在の彼女の仕事では、敵よりも味方の方が圧倒的に数が多い。
いくら稀代の大魔導士であったワードナと言えど、
復活する可能性などほとんど無いと信じられており、
墓所の警護という気味悪さにさえ耐えることが出来れば、
危険の割には破格の高い賃金が貰えるこの仕事は、
少ない人員補充の際にはいつも志願者が殺到する狭き門だった。
しかし他に類を見ない楽な仕事も、塵にまで分解されてはたまったものではない。
最初の犠牲者が誕生した時、冒険者達はまず雇い主に豪雨のような非難を浴びせた。
答えはこうであった──驚かせなければ良いだけのことだ。考慮する価値を認めない。
次いで彼らは彼女に直接抗議した。
答えはこうであった──驚かせなければ良いだけのことよ。私の知ったことじゃないわ。
全く悪びれない彼女はすぐに孤立し、共に巡回しようという者はいなくなった。
しかし彼女は一向に気にしなかった。
何しろ自分に与えられた天賦の才能は、仲間などいなくても全く問題が無いのだから。
かくて彼女は一人でジグラットの中を徘徊し、
おりしもたった今四人目の犠牲者を生み出したところだったのだ。
彼女が殺した冒険者は、彼女も良く知っている戦士だった。
この階層の警護を始めてもう長いその戦士は、もちろん彼女の危険も熟知していたのだが、
運悪く用を足そうと急いでいた所に彼女と出くわしてしまったのだ。
扉を開けた目の前に立っていた彼女の目が見開かれるのを見た男は、慌てて扉を閉めようとした。
しかし彼女のマカニトは熟練の戦士に一動作すらさせる余裕を与えず、
一人の人間を哀れな塵へと変えてしまっていた。
冷たい音を立てて転がった鎧を眺めた桜は、小さく鼻を動かす。
微かに漂う鉄や肉、そして血や魂などあまたの臭いが混じって出来る死の香りが、桜は好きだった。
それが性的な興奮をもたらすことに彼女が気付いたのは、二人目の犠牲者を生みだした時だ。
何もしていないのにしこる乳首、おびただしく染み出す淫らな体液に、
たまらずその場で行った自慰は、かつてないほどの絶頂をもたらした。
そしてそれ以後幾度自慰を繰り返しても、同じだけの快感は得られなかった。
他人の命と引き換えにのみ得られる快感──それを彼女は罪だとは思わない。
そんな倫理観などたやすく押し流す、ほとんど気も狂わんばかりの淫悦だったのだ。
常人には嗅ぎ分けられない死の臭いを吸いこみ、彼女は満足の吐息を漏らした。
少しでも臭いを肌で感じようと、フードを取り去る。
肩よりも少し長い、淡い水色の髪は、同じ色の瞳と共に、
大抵の男に彼女を美人だと言わしめる構成物となっている。
実際彼女に言い寄る男も少なくは無かったのだが、
今では彼女の恐ろしい特性が王国全土にまで響きわたっており、
死を覚悟してまで言い寄ろうとする男はいなかった。
そのことを彼女は一向に気にしなかった。
何しろ一人でも充分過ぎる快楽を得る方法を知っているのだ。
敢えて男性に媚を売り、独り善がりな快楽のお裾分けなど貰う必要などどこにも無かった。
フードを脱ぎ、軽く髪をかきあげた桜はゆったりとした長衣をたくしあげ、
既に熱く疼いている足の付け根に指を沿わせる。
柔らかな肉を隠すものは何もない。
一人で巡回し、他の巡回者と会うこともない彼女に、下着は必要なかった。
裾の長いローブは下着を履かずとも困ることは無かったし、
今回のように恍惚を味わえる機会が訪れた時、下着を脱ぐ手間さえ惜しみたかったのだ。
軽く触れただけでたちまち愛液が太腿を伝い出すのを感じた桜は、
男が着ていた胸鎧に顔を近づけ、愛おしげに舌を伸ばす。
別にこの男が好きだった訳ではない。
自分の為に死んでくれた人間が好きなのだ。
ひくついている秘唇に指を挿し入れながら、桜は鈍色に光る鎧を丹念に舐め回した。
「あっ、ああ……いい……はぁぁ……っ」
冷たい銅の鎧は舌に独特の味覚をもたらす。
臭いを嗅ぐのと舌を這わせるのとを交互に行った桜は、一度目の絶頂を迎えた。
待ち望んでいた割にはあっけない果てだったが、男と違って女はいくらでも愉しめる。
濡れた指を膣から抜いた桜は、その余韻に浸ろうともせず、新たな淫悦を求め、今度は鎧の上に跨った。
ひんやりとした金属に、達したばかりの秘所をためらいなく押しつける。
「はぁ……っ、あ、あぁ……ん」
鎧の凹凸が敏感な部分を叩き、桜は陶然と腰を振った。
めくれあがった小さな芯が時折擦れ、思いきり喘ぐ。
着衣の上から胸を鷲掴み、尖った先端を浮かび上がらせ、強くつねる。
爪先で痛みを感じるほど潰しても、もたらされるのは快感の方が強かった。
場末の踊り子のように肢体をくねらせ、桜は自慰を続けたが、やがて二度目の波を迎える。
甘い吐息を漂わせながら、桜は与えられた貴重な機会をこれで終わりにしようとはせず、
なお貪欲に快楽を求めようと手を下腹に伸ばした。
その時、突然扉が開け放たれた。
快楽に蕩けた脳は何が起こったのかすぐに把握出来なかったが、
身体が主を守ろうと致死の空気の生成を始める。
熟練の魔術師でさえ決して成し得ない、驚異的な速さで完成した呪文は、
彼女に新たな倒錯の糧を与えるべく空間に満ちていった。
ようやく事態を把握した──自分が驚いていることに気付いた桜は、
果たして眼前に、ローブを纏った男が一人たたずんでいるのを捉えていた。
自分と同じ長衣のみを纏っている人影は、わずかに覗く髭からすると、相当高齢の男であるようだ。
彼女にとって、死の塵の興奮を得るための対象は老若男女を問わない。
ただ、彼女の力によって抵抗することも出来ず、完膚無き死を与えられさえすれば、
彼女の性的な欲望を満たす材料となる栄誉を担えるのだった。
最近では他の冒険者も警戒を強め、中々驚かせてはくれない。
それが今日という日はなんたる幸運か、立て続けに二人も贄として己が身を捧げてくれるのだ。
一度に二人なんて勿体無い──そう思いながらも、
それがもたらす快感はきっとかつてないものになるはずで、
早くも桜は新たな淫滴が股を濡らすのを感じていた。
腰を銅鎧に擦りつけながら、桜はローブが肉体を失い、儚く床に落ちる瞬間を待ちうける。
しかし呪文はとうの昔に完成しているはずなのに、
目の前の、自分と同じメイジらしき男は全く塵と化さなかった。
乳房を掴む手もそのままに、桜は男がゆっくりとこちらに近づいてくるのを異界の風景のように見ていた。
呪文が失敗したのか──そんなはずは無い。
意思によらず紡がれる呪文は、それ故に決して間違えることはない。
発動を始めてしまうと、もう彼女自身でさえ止められないのだ。
ならば可能性はひとつだった。
この男は、マカニトの効果を退けるだけの魔法元素を有している。
カドルトによる蘇生さえ許さない絶大な効果を持つこの呪文も、
ある種の魔法元素によって完璧に阻害される。
それは冒険者としてある程度の鍛錬を積めば全く魔法に縁の無い戦士や盗賊の身体にも宿るもので、
そして阻害されたマカニトは蚊に刺されたほどの傷も対象に与えることは出来ないのだった。
だからその残虐性に加え、この両刃の剣とも言える呪文効果に、
冒険者の中にもこの呪文を好んで使う者は少なかった。
それでも平和が続き、わざわざ冒険者になろうと言う者も少ないこの時代では
脅威の呪文であるのは間違い無かったし、
それに早くに両親を亡くした彼女にはこれしか生きる術は無かったのだ。
だが、これまでは充分に生きる助けとなったこの特殊能力も、
それが必殺の武器であるが故に、外れた時、新米冒険者以下の存在に彼女を貶めていた。
武器を構えようとも、逃げ出そうともせず、ただ呪文が効果を及ぼさなかった理由を愚鈍に考え続ける。
だから男の背後に突然別の男が現れたのにも気付かなかったし、
その男が自分の方に近づいて来るのさえ関心を払わなかった。
その男を男というのは、やや不正確であったかもしれない。
ローブを着た老人と異なり、儀礼用にも見える豪華な法衣を着た男は、明らかに人間では無かったのだ。
青白い、病的な美しさを有する顔もそうであったが、頭部から生えた角は、
この存在が赤子にさえ悪魔であると知らしめるものだった。
アークデーモン──数ある悪魔種の中でも、神話や文献に名を残すほどの個体がいる悪魔が、
この恐るべき存在の種族名だった。
何故、そんな貴種がこんな所にいるのか。
そんなごく当たり前の疑問も、思考が麻痺した桜は抱くことが無い。
ただ呆然と、無表情のまま自分を見下ろす男の顔と、
自分に向けられた細く長い指先だけを見つめていた。
その指先から爪が伸び、無造作に上下する。
ただそれだけの動作で、桜のローブはすっぱりと縦に割れていた。
この階層には永続的な灯火の魔法がかけられており、
他の階層と異なりランタンの必要が無いほど明るい。
それはミルワやロミルワの呪文の必要が無いと錯覚させることで、
上層への梯子がある部屋への扉を隠す巧妙な罠であったのだが、
今、その灯火は女の曲線を浮かび上がらせる為にのみ用いられていた。
首元から足首まで、ほとんど肌の露出を防いでいた長衣がはだける。
臍とその下にある蔭りから露になっていった彼女の身体は、
濃緑の法衣が肩を滑り落ちていくにつれ、その華奢な身体つきの割に大きな乳房や、
芸術家が苦心しても生み出すことが難しいであろう腰のくびれをも晒していた。
アークデーモンの自然を超越した美には及ばないものの、
桜の身体は人間としてはかなり上位の部類に含まれるであろう美しさだ。
その肌にアークデーモンは滲みさえ遺さず、衣服のみを裂いていた。
「あ……ぁ……」
ほのかに上気した肌を隠すこともせず、桜は微かな、もう熱くはない吐息を漏らすばかりだ。
既にして意思を持たない人形のようになった彼女の腕を、アークデーモンは無造作に掴んだ。
アークデーモンの膂力は、左手一本で彼女の全体重を容易に吊り上げてしまう。
「い……た……」
しかしもちろん人間である桜の肩に自重を支えるのは辛く、死を唱える唇から苦悶の喘ぎが漏れた。
「女よ……人間の男では決して与えられぬ快楽を与えてやろう」
アークデーモンが嘲る。
肌が青白いことを除けば、まさしく絶世の美男子と言って良い悪魔の顔は嘲笑でさえも美しく、
桜は逃れ得ぬ死への恐怖を束の間忘れて自分を犯そうとする悪魔を注視していた。
「あ、ぁ……」
煉獄の焔を封じこめたような赤い瞳に、桜は自ら囚われる。
この人ならざる男に陵辱されるのを、待ち望んだ。
爪の長い悪魔の指先が、眉間に触れる。
そこから垂直に鼻へと降り、唇に辿りついた時、桜は口を開いてその指先を咥えこんでいた。
「ふっ、ん……ぅ……」
悪魔を悦ばせようと、丹念に指先をねぶりまわす。
唾液を蓄え、舌を巻きつかせて細く長い指を愛した。
全く血の通っていない指の、氷の如き冷たさが快い。
桜は容赦無く口の奥まで挿し込まれる指に嗚咽しながらも、
時には自ら顔を動かして悪魔の指を愛しんだ。
「んくっ! う……んっ……」
長い爪先が頬の粘膜や舌を掠る。
その都度鋭い痛みが走ったが、桜は口淫奉仕を止めなかった。
両手を高く吊るされ、つま先がかろうじて床に着くだけの状態で、ひたすらに指を頬張る。
もうローブを切り裂いた指に舌が触れていない場所は無く、
それでもねぶり回す舌にわずかに血の味が混じった。
一度去った昂ぶりを再び求めるように懸命に愛撫を続ける桜だったが、
アークデーモンはさかりのついた犬のように舐めるのを止めようとしない彼女に辟易したのか、
彼女の口から血と唾液に塗れた指を引き抜いた。
「あぁ……」
口の端から唾液を滴らせる桜の声は、媚に満ちている。
その媚態に応えるように、悪魔の指先は顎から喉へ、そして更に下へと向かっていった。
どこまでも垂直に降りていく指は、桜が触れて欲しいと望んだ乳房を一顧だにせず過ぎ、
腹の中心にある小さな窪みへと辿りつく。
「ひッ! ひ、や……」
爪が、臍へと沈む。
意識したことすらない部分に触れられ、本能的な恐怖が桜の脳裏を掠め、
堕淫に染まりかけていた顔が蒼ざめた。
悪魔は人の恐怖や快楽を糧とする。
アークデーモンも例外ではなく、その両方を一度に浮かべた桜の顔を、愉しげに眺めた。
身体ごと彼女を引き寄せ、涙と涎を垂らす女の顔に舌を伸ばす。
「ひぃ……ぁ……」
冷たい舌に顔を舐められ、桜は喘いだ。
その呼気に官能と恐怖、どちらが多く含まれているかは彼女自身にも判らない。
判ったのは、そのまま刺し貫くかと思われた臍の中の指が、
更に下方を目指して移動を始めたということだった。
茂る叢を辿り、奥深くへと続く亀裂の端へと着いた指は、
そうなっていることが判っているかのように、膨らみ、姿を現している陰核に触れ、その爪先を立てる。
「あくっ! や……ぁぁ……」
銅鎧に擦りつけ、敏感さをいや増している秘珠に与えられた痛みは、
一瞬ではあるが桜の意識を失わせるほどのものだった。
歯を噛み締め、閉じた瞼から涙が零れ出す。
だが、それと同時に、桜はこれまでのどれよりも強烈な快感をも味わっていた。
仲間を殺し、人倫に背いて得られる快感を上回ったのは、
悪魔という、やはり人倫に背いた存在に与えられるものだった。
だから桜は恥じなかった。
恐らく指の一振りで容易に自分を殺すことが出来るであろう悪魔が、身体を求めている。
それは桜にとって、大いなる悦びだった。
もはや恐怖も忘れ、人を凌駕する存在が次はどのような愛撫をしてくれるのか、桜は陶然と待ちうける。
期待に股がだらしなく涎を垂らし、中に入ろうとする悪魔の指を濡らす。
これだけのことで指を浸すほど蜜を溢れさせる秘唇に口を歪めたアークデーモンは、
吊るした腕を手繰り寄せ、腰と腰とを密着させた。
「あッ……あぁ……」
長大な男性器が入ってくる。
喉元までも貫かれるような衝撃に、桜はそれだけで達した。
身体が震え、どろりと愛液を吐き出す。
「あっ……は……」
だらしなく舌を出し、淫蕩な波を全身で受けとめながら、
桜は女の最も奥の部分をたやすく抉る男性器を逃すまいと、夢中で悪魔に足を絡ませた。
更にそれだけでは足りず、自分から足を器用に使って腰を前後に揺すり始める。
「はぁ……あおぉ……あはぁ……っ」
自分を見据える悪魔の軽蔑しきった瞳に心を灼かれながら、桜はますます淫らに喘ぎ続けた。
肉の全てで猛りを味わおうと、膝をすぼめ、下腹に力を込める。
収縮した膣肉が地獄の業火のような熱を感じた瞬間、
それは肉を突き破り、猛烈な勢いで肉壁を引っ掻き回した。
「うあぁぁっ! おお……それ、もっと……もっとぉぉ」
ほとんど白目を剥きながら桜は悪魔に魂を売り渡す。
悪魔はそれに過分なく答え、彼女の望むままに肉欲を与えた。
「いい……いいのぉ、たまらない……ひぃっっ」
悪魔の身体は全く動いていない。
にも関わらず、桜は奥深くを抉る男性器が体内を蹂躙するのを悦びと共に感じていた。
身体が震える。
異様に痙攣する桜は、もう何度達していたか判らなかった。
途切れることなく続く絶頂の波は、やがて永続的な法悦と化し、快楽が彼女のまさしく全てになる。
床にありとあらゆる体液を撒き散らしながら、桜はただ貪欲に快楽を貪る存在へと変じていた。
その彼女に、死が訪れる。
彼女が殺した幾人かと同じく、他人の快感の為に。
「か……はっ……」
忘我の境地にあって、桜は自分が喘いでいないことに気付いた。
おかしい。
息が出来ない。
ひどく痙攣する。
全身が。膣が。
自分が今まさに至高の快楽を与えていることにも気付かず、
桜は薄れていく酸素を求め、口を一杯に開け、舌を極限まで伸ばした。
苦しい。
狭溢な肉路を貫かれ、声にならない叫びをあげる。
気持ち良い。
二つの相反するものが、ひとつに溶けあって死の快楽へと彼女を導く。
死ぬ。昇る。死にたくない。殺して。
薄れいく意識の中、桜は胎(に熱い樹液が注がれるのを感じた。
悪魔の精液は、延びていく時間の中で子宮全てを満たすかのように延々と注がれ続ける。
たまらない。もう駄目。
淫楽が身体中に染み渡った瞬間、桜は死んだ。
最後の痙攣をした女の身体を、アークデーモンは放す。
力無く床に伏せた桜の顔には、忘我の恍惚が浮かんでいた。
死してなお快楽を求めているかのように開かれた足の間から漂う淫臭に、
アークデーモンはわずかに唇の端を吊り上げると、彼の主の後を追って玄室を出ていく。
そして玄室には、誰も居なくなった。
神殿と言う名の封印。
かつてあれほど彼女を頌(え、崇めた人間達は、
自分達の信仰が薄くなったせいで力を喪った神を、地獄に最も近い場所にぼろ屑のように棄てた。
自分達で作った彼女の為の神殿を壊し、
いかなることがあっても彼女がまた自分達をかどわかさないよう、決して出られぬ魔封を施して。
それを彼女は怨みはしない。
力が喪われたことを嘆きはしても、その原因たる人間を憎むことなど彼女はしなかった。
怨まないことが彼女の存在価値であり、そして、彼女が棄てられた理由だった。
あまりに穢れ無き存在を、人は欲しない。
信仰は己を映す鏡であり、そこに完全なるものが映ってしまっては、
己の至らなさをまざまざと見せつけられるからだ。
絶対的な存在を求めながら、あまりに完全な存在は忌む対象となる。
救いがたい人の性を、彼女は憎まない。
何故か。
完全だからだ。
完全故に棄てられ、完全故に怨まず。
それが大いなるウシャビィの神、ドリームペインターと言う名を持つ彼女の神性だった。
しかし今や彼女がいる場所は、瘴気が心を灼き、陰風が魂を冷やす地獄の直上だ。
上層と言えども亡者が群れなして日々呪詛を叫び、生への執着を唄う声ははっきりと聞こえてくる。
この階層を守護する人間達の中には絶えることなき怨念の波動にやられ、
精神を病むものも少なくなかったが、彼女は汚れなかった。
全き白の羽根は地獄の業火の煤を浴びても一片の汚れすら宿さず、
この現世の煉獄にあって神々しい光を放っていた。
ただし余人がその光を見ることは決して無い。
彼女は、彼女の為に作られた墓所の中心部に、ひっそりとその身を置いていたからだ。
誰からの干渉も無い、広大な墓所の狭い墓室の中で、永劫の刻を過ごすのだ。
その彼女の許に、やって来た者がいる。
その眠りを、乱す者か。
「こんな所に迷いこんでくるとは……去りなさい。今ならその無礼を許してあげましょう」
小さな玄室にあって、彼女の声は荘厳に響き渡る。
その響きは地上のあらゆる音を凌駕し、天上のどんな音よりも澄んでいた。
他の神々の嫉妬を買うほどの声は、それ故に彼女の居場所を奪い、
この、天上でも地上でも、更には地下でもない、ジグラットと言う名の牢獄に彼女を追いやったのだった。
しかし、人影は立ち去ろうとしない。
人間の悪人如きでは、聞いた瞬間にひれ伏し、その悪を棄てるであろう声色にも、
その人影は下層の地獄から切り取って来たような瘴気を放ち、怯む色を見せなかった。
無論、神であるドリームペインターにはその程度の瘴気などいかほどのものでもない。
しかし、悪は臭い。
この世界において厳格に定められている戒律における悪ではない。
人が持っている、卑しい心のことだ。
それはどれほど着飾ろうと、どれほど見た目を整えようと、魂から放たれるもので消せはしない。
それにしても、目の前の人影の腐臭は際立っていた。
どれほどの悪ならばこんなになるのか。
稀代の悪。
人の命になど銅貨ほどの価値も見出さず、金を奪うと言う理由すら無しに人を殺せる悪でなければ、
ドリームペインターに意識させるほどの臭いを身に纏うことは出来ない。
そう、彼女の前に立っているのは、紛れもなくワードナだった。
悪が意識を持ち、肉を宿したような魔導師が、一体こんな所に何の用があるというのだろうか。
ワードナはただ一人、紫檀のような色をしたローブで顔を隠し、ゆっくりとドリームペインターに近づく。
その足取りが何を意味するのかは不分明だったが、どのような理由にせよ、
もう人間などとは金輪際関わりたくない彼女は、力を行使して不埒な侵入者を排除しようとした。
彼女の力を持ってすれば人間など消し炭にすることも容易いのだから、
侵入者は大いなる慈悲に感謝すべきであった。
ところがみすぼらしいローブを着たその人間は、あろうことか腰に手を構え、剣を抜こうとしている。
落ちぶれたとは言え、神を殺そうとするとは。
永きにわたって地獄のそばにいたことが、知らぬうちに影響を及ぼしていたのか、
かつてない感情を覚えた彼女は、その侵入者が絶望し、己の無知を恥じてから追い出すことにした。
呪文の詠唱を中断し、恐らく魔導師であろう人間の出方を覗う。
笑止なことに、その人間は勿体をつけるようにじりじりとしか剣を鞘から抜かない。
人間の鍛えた武器などでは、彼女の持つ魔法障壁を打ち破ることなど決して出来はしないのに。
口の端に薄ら笑いを浮かべ、
斬りかかってきた瞬間に刀身を折ってやろうと待ち構えるドリームペインターは、
剣の鍔の部分から光が漏れているのに気付いた。
奇妙に心騒がせられるその光に、彼女は魅入る。
瞳が、光に灼かれる。
光はまばゆく、視力を奪うほどの光量を有していたが、
彼女は瞬きもせず、輝きに魂を奪われていた。
碧緑色の輝きそのもの。
それは遥かな昔、自分の力を崇めた人間達によって奉納された剣。
そして、一方的に奪い取っていった信仰の証。
彼女にとっては何の意味も持たないその剣は、しかし確かに彼女の力の証であり、拠り所であった。
それが今ここにあるということは、神殿が修復されたということに他ならなかった。
誰が。
目の前の人間に決まっている。
彼女はその人間が悪の塊であることも忘れ、ゆっくりと跪(いた。
胸の前で両手を組み、深々と頭を垂れる。
「おお……おお……!」
魔導師は剣をゆっくりと掲げ、頭上にかざす。
輝きが部屋を満たし、彼女を満たした。
歓喜がドリームペインターの裡を駆け巡る。
この数百年、久しく感じていなかった悦び。
光の粒子が身体のあらゆる部分から入りこみ、優しく愛撫する。
涙と愛蜜を垂れ流しながらワードナの許へ跪いたまま近づいた彼女は、
額(づき、その汚れた靴に恭(しく接吻した。
自分は、見捨てられていなかった。
人間などとうに見捨てていたはずの心が、むせび泣いた。
全き神が、拝跪(する。
頭(のみならず、白き羽根までも地に着けて。
「わたくしでよろしければ……何か御為になることは出来ましょうか」
それに対してワードナの口がわずかに動く。
空気を震わせるのがやっとという小声も、ドリームペインターは一言一句漏らさず聞き取り、
容易(く行える彼の願いに満面の笑みを湛えた。
「おお……そのようなことなら喜んで!」
早くも恍惚の表情を浮かべ、地に堕ちた神はワードナに額づく。
魂からの忠誠を誓った神は、その格好のまま微動だにしなかった。
やがてその口から、奇妙な声が漏れ出す。
およそこの場に相応しくない、淫猥な音色。
良く見れば穢れ無き翼を持つ神の腰が、額づいた時よりも持ち上がっていた。
揃えられていた足も開き、その間では手がだらしなく蠢いている。
片方の手で秘部をくつろげ、もう片方の手で淫壷を刺激する。
一見生えていると判らぬような薄い恥毛を蜜で浮かび上がらせ、
桃色に煌く果肉をあさましく弄りたてていた。
「はぁ……っん、はぁ……あぁ……」
擦るような動きだった手が、何かを挿しこむような動きに変わっていた。
その中央にある指は、時折短くなったように見える。
粘り気のある液体が立てる、奇妙に欲をそそる音が玄室に響き渡った。
ただ一筋の線に過ぎなかった秘裂は、今や目も当てられないほど卑猥な穴と化し、
その中で細い指が踊っている。
自らの欲する動きを、敢えて焦らすように聖なる蜜を掬い、桃色に煌く肉の隅々にまで塗りたくる。
とめどなく溢れる滴は指を伝い、手首をも濡らしていたが、彼女の動きは止まることが無かった。
単調な前後の動きはすぐに複雑な、掻き回すような動きへと変じる。
指を全て呑みこんでもなお奥まで刺激を求め、手首を捻り、腰をしならせて自らを恍惚へと導いた。
原罪の穢れさえ持たぬ全き白の羽根は天高く飛ぶ鳥のように広がり、
同じくいかなる欠点も見つからない完全な肢体はほの赤く染まっている。
そして、羽根よりもわずかに色調の濃い金色の髪を振り乱しながら、
ウシャビィの神は自慰を続けた。
ただれた性欲を見せつけるように足を一杯に開き、秘部を露にして行為に没頭する。
体内に潜り込む指は今や三本に達し、そのそれぞれが淫らに蠢いて己を慰めていた。
「ああっ……っ、あっ、おうっ、あはぁっ」
娼婦も顔をそむけるような喘ぎを放ち、口から涎を垂れ流し、ドリームペインターは悶える。
しかしそれでさえも飽き足らないのか、遂にもう片方の手までもを淫楽の道具に使い始めた。
それも、塞がってしまっている前の穴ではなく、肉付きの薄い尻肉に閉ざされた、穢れた孔を。
「うっ……く……」
自らの意思で行っていながら、苦しげな呻きが彼女の口を歪ませる。
しかしそれが苦しくはあっても快楽を伴っているのは、
既に半ばほども埋まっている指からも明らかだった。
「あ……はぁ……」
ゆっくりと押し出された呼気には、砂糖を溶かしたようなねっとりとした響きが混じっていた。
弾き返される指の感触を愉しみ、再び押し入れる。
そして繰り返される、喘ぎ。
彼女は飽きることなく尻孔への挿入そのものを愉しんでいたが、
その指先は少しずつではあるが、確実に埋まる量を増やしていた。
「あっ! あぁ……んっ……」
突然、甲高い声が響く。
下腹の中で、前後から挿入した指が触れ合うような感触を得たのだ。
新たな快楽に気付いた彼女は、早速もう一度試す。
「う、ふぅ……んぁっ、ぁ……ひ……ん」
肉を掻き分け、指先同士を探り合わせる。
訪れるたまらない快感に、すぐに彼女は夢中になった。
体内で二本の指を触れ合わせようとする動きは、
それだけでは物足りないのか、腰全体をも卑猥に振って悶える。
腰が揺れるたびに白く泡立った体液が開ききった淫穴からぽたぽたと垂れ、
塵一つ無い床に染みを作っていた。
「あっ、は……う……うぁ、あ、ぉ……」
神が、獣じみた叫びを上げる。
処女雪の如き肌を燃やし、だらしなくめくれた唇から涎を滴らせて。
神の象徴である翼は彼女の悶えをその一身で表し、指が快感の源を捉えると幾度もはためいた。
翼から抜け落ちた羽根が玄室を乱舞するが、そのどれもが地に落ちる前に消えていく。
まるで彼女が堕ちるのを食いとめようとするかのように。
しかし、彼女は止めない。
自らを見捨てなかったたった一人の人間に、その穢れなき魂を差し出す為に、恥ずべき行為を続ける。
今や尻孔に埋めた指さえも、根元まで見えなくなっていた。
更にその指を掻きまわし、腹の中心に淫悦を与える。
膣内に沈めた指はより激しく、抉るような動きを繰り返していた。
「あっ、かっ……お、ぅ……っ」
ドリームペインターの全身が、痙攣を始める。
既に小さな絶頂の波が、彼女を蝕んでいるようだった。
尻肉が小刻みに震え、床に押しつけられた乳房もわなないていた。
それでも彼女は止めなかった。
ドリームペインターの名の如く、夢と現世の狭間を取り払おうと、指先を、鉤状に曲げた。
一際多くの羽根が舞う。
厳かな玄室に、淫らな叫びと臭いが広がっていった。
「ひ、ん……っ! あ、は……っ、ぐ……ぅ!!」
ワードナの見ている前で慰撫を続けていたドリームペインターは、
聴く者の魂を快楽に誘う喘ぎと共に果てた。
その喘ぎがか細くなっていくのにつれて、玄室の中をまばゆいばかりの輝きが満たした。
最後に残ったのは、ひとひらの羽根。
舞い降りた羽根は、静かに堕ちた。
ワードナの掌に。
邪悪の魔導師の許に。
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