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 陸上自衛隊庚種特務師団所属、八汐沙和子。
奇縁という他はない関係によって、彼女は対霊を生業とする民間企業、夕隙社に出向となった。
 彼女を受け入れることで、夕隙社の立場も強化される。
夕隙社社長である伏頼千鶴はそう考えたのだが、現場の評判は決して良くなかった。
 その主な原因は、八汐沙和子の能力にあった。
極秘裏に自衛隊内に設立された対霊部隊。
隊員は霊に対抗するため、全員が何らかの身体強化を施されている。
沙和子もその一人であり、彼女は体液に多く鉄分を含むよう調整されていた。
鉄は霊の苦手とする物質であり、汗や唾液を肉体、あるいは武器に浸透させることで攻撃手段とする。
その考えは間違ってはおらず、彼女もそれを前提とした戦闘訓練を受けたプロフェッショナルだ。
だが、惜しむらくは、それらはあくまで机上の空論で導き出された研究であり、
実際に霊と戦闘を行った結果、霊に対する打撃力はきわめて微弱であることが判明したのだ。
はじめのうちは慰めていた夕隙社の面々も、生死が懸かる除霊に足手まといがいてはたまらない。
面と向かって言うには差し障りがある相手だと皆わかっているので、
次第に必要最小限のやりとりしかしなくなり、今では彼女の担当は、
もっとも遅くに加入した東摩龍介が、半ば押しつけられる形で受け持っていた。
 除霊を終えた龍介が、帰り支度を始める。
そこに、沙和子が傍目から見ても明らかに消沈した様子で近づいてきた。
「……すみません、自分のせいで」
「いや、気にすることはないよ」
 どう慰めればよいか、龍介にはわからない。
現に今回参加した萌市とさゆりは、ねぎらいの言葉もかけずにさっさと指揮車に戻っていた。
霊と戦うという特殊能力が必須である夕隙社の人員は、当然ながら少数精鋭となる。
一人が役に立たなければ残りにかかる負担は増すばかりで、
事実龍介という特異能力者がいなければ、今回の戦闘もかなり際どいものとなっていただろう。
「お気遣いは無用です。自分が役に立っていないのは事実ですから」
 龍介達夕隙社は民間のゴーストバスターとして経験と実績を積み上げてきた。
一方で陸上自衛隊庚種という、対霊に特化した秘密部隊は、その性質ゆえ実戦経験を積むのが難しい。
八汐を夕隙社に出向させた彼女の上官であり、
夕隙社の左戸井ともかつて上下関係にあった九門は、
民間会社である夕隙社をはじめは快く思っていなかったようだが、
失敗すれば報酬が得られない民間組織の方がシビアであることには気づいていなかったらしい。
「……」
 吐きかけたため息を呑みこんで、龍介は現場である高校の教室内にある机の上に座った。
沙和子は彼の左前方に、律儀に直立不動のまま立っている。
彼女も疲労しているはずで、それなのに姿勢に乱れがないのは、訓練の賜物だろう。
もう少し肩の力を抜けばいいのに、と思いつつも、今の彼女の立場では難しいとも思う龍介だ。
 霊と戦う力を、龍介は望んで得たわけでも喜んでいるわけでもない。
一方で彼女は望んで人体実験――口さがない深舟さゆりなどは、本人がいないところでそう言った――
を受けたのに、その能力を役に立てられないのだ。
国民を護ることを誓って自衛隊に入隊した沙和子とすれば、歯がゆくてたまらないだろう。
 かといって、龍介にしてやれることはない。
龍介のように、霊とほとんど人間同士のように意思の疎通を行い、
霊の首根っこを掴めるほどの特殊能力者は曲者揃いの夕隙社でも群を抜いて強力だが、
それは完全に才能であり、訓練や努力でどうにかなるものではないのだ。
 重い沈黙から逃れようと龍介が頭を掻こうとしたとき、インカムから支我の声がした。
龍介は無言でインカムを外し、スイッチを切る。
支我は驚いただろうが、おそらく事情を察して二人を置いていってくれるだろう。
あるいは、さゆりが待つ必要などないと急かすかもしれない。
いずれにしても今の龍介にはインカムの向こう側に関心がなかった。
 龍介はあらぬ方を向いたまま、目だけを沙和子の方に滑らせる。
沙和子はまっすぐ龍介の方を見ていた。
だが、暗闇にあっていつも芯の通った、直線的な彼女の姿は、どこか輪郭を失っているようにも見えた。
 言葉を選べないでいる龍介に、沙和子の方から口を開く。
「自分は、どうしたら良いでしょうか」
「どうって」
「ですから、その……このままでは、足を引っ張るだけです」
「誰でも最初からは上手くやれないだろ」
 沙和子は同調せず、違うと目だけで告げていた。
 龍介の見たところ、沙和子はゴーストを捉えられていないわけではない。
繰りだす攻撃が命中してはいるのだが、決定打が与えられないようなのだ。
「八汐は体液が特殊、って話だったよな。ナイフに塗って戦ってるのか?」
「はい、唾液を」
「……ほかの体液を試してみたことは?」
「あります」
 セクハラもセクハラな問いに怒らないかと危惧する龍介に、沙和子の返事は明快だった。
「汗はあまり効果がありませんでした。ゴーストの出現時は気温が下がるので、汗を掻きにくいという事情もあります」
「なるほど……血はかえって危険だし、涙はとっさに出すのが難しいしな」
「すみません」
 簡単に頭を下げる沙和子は、よほど堪えているのだろうか。
八方塞がりになった感に、龍介は顎に手をやった。
すると、一つの考えがひらめいた。
「もうひとつ……あることはあるな」
 龍介は最後まで言い切らなかった。
ひらめきをそのまま口にしただけの可能性は、途中であまりに馬鹿げていると思ったからだ。
 しかし、龍介が何かに気づいたと見るや、沙和子は必死の形相で詰め寄ってきた。
胸ぐらを掴まんばかりの勢いに、龍介は机から転げ落ちそうになる。
「お願いします、何か知っているのなら教えてください」
「あ、ああ、あることはあるんだけど、でも」
 言いよどむ龍介に、沙和子は引き下がらない。
「どんなことでも構いませんからッ。このままでは自分は原隊復帰もできません!」
 沙和子の気迫に圧される龍介の、背筋を悪寒が走る。
それは、沙和子のせいではなかった。
「待った」
「えッ?」
「隠れるんだ!」
 龍介はとっさに沙和子の腕を掴み、二人が隠れられそうな場所を探し、教卓の下に潜った。
 本来ゴーストは生物の存在を感知できるため、隠れていてもほとんど無意味だ。
しかし、ゴーストが人間霊であれば、生前の感覚、つまり視覚に頼ろうとするので、
姿を隠すのは有効なのだ。
「ゴーストが近くにいる」
 龍介がささやくと沙和子は緊張した面持ちでうなずき、ささやき返した。
「さっきの話の続きを」
 確かに千載一遇のチャンスではある。
ただし効果がなかった場合、佐和子の自信を一層喪失させることになりかねない。
迷う龍介の鼻腔に、沙和子の体香が漂ってきた。
化粧品の香りではない、彼女自身の匂い。
その微量の匂いが、龍介を決断させた。
「……!」
 真剣な眼差しで見つめている沙和子に顔を傾け、唇を押しつける。
近接よりも近い、完全な密着からの不意打ちに沙和子は対処できず、
右手で龍介の肩を突き飛ばそうとした。
その手首を掴み、龍介はさらに腕を差し入れて彼女を抱いた。
「な、何を……ん……!」
 沙和子の抵抗は強く、龍介は教卓の内側で身体のあちこちをぶつける。
それでも、手負いの獲物を仕留めるような辛抱強さでキスを続けていると、やがて彼女から力が抜けた。
龍介も手首を放す。
いきなり刺される――そうされるだけのことをしているという自覚はあった――危険も考えて、
手首を完全に解放はせず、掌へと滑らせる。
彼女の指先は、拒まなかった。
おそらくは乱心としか見えない龍介の行動に、軽い恐慌に陥っているのだろう。
その機に乗じて龍介は、沙和子のやや薄い唇を吸った。
唇の熱さがゴーストの存在を意識させる。
熱情と冷静を脳の左右に同居させて、龍介は沙和子の肢体をまさぐった。
「う……ぅ……」
 自衛隊の制服の上から、引き締まった尻を掴む。
掌に弾力は伝わってこないが、手をいっぱいに広げて揉みしだいた。
「こ、こんなことをしている場合では」
 沙和子の狼狽を聞き流して、スカートの内側へと手を入れる。
「……! ま、待って……!」
「しッ」
 強い口調でのささやきに、沙和子の動きが止まる。
呼吸も止み、つかの間二人の心音が暗闇に鳴った。
「近づいてる……けど、まだ部屋には入ってきてない」
 ならば早く戦闘態勢を、と言いかける沙和子を龍介は黙らせた。
「うッ……ん、んんッ」
 口を割り、舌を挿れる。
「んっ、ふっ、うぅっ」
 慣れていないのか、沙和子はされるがままだ。
絡めとり、懐柔し、龍介は彼女の口腔に己を充満させていく。
まったくなすすべを知らない沙和子の舌は、龍介の唾液を植えつけられて逃れようとするが、
あえなく捕まって隅々まで陵辱されてしまった。
「う、うぅ、んぅぅ」
 沙和子の鼻から漏れる息は、凛々しい自衛隊員のものではなく、龍介と同じ歳の女のものだ。
男を焚きつける音色に魅了された龍介は、繋がっている口を通しても伝わってくるそれを、
もっと聞こうと舌を操った。
薄い沙和子の舌を追いつめ、激しく擦りあわせる。
龍介は自分のしていることの意味を充分理解していたはずだが、
それでも、女性を思うがままに弄ぶのは、牡の持つ本能めいた部分を否応なく刺激される。
しかも相手は褐色の肌を持つ歴然たる美女で、駿馬を思わせる肢体を手の内に収めれば、
心ゆくまで乗りこなしてみたいと思うのは自然なことだった。
 一度唇を放した龍介は、沙和子が一息つく前に再びキスをする。
沙和子は拒まず、むしろ龍介の服を掴み、消極的ではあっても受け入れたようだった。
そこで龍介は、次の段階に進むことにした。
彼女との交接を続けたまま、彼女の背中に回した腕を下ろしていく。
「ん……」
 小さく身をよじっただけで、やはり止めようとはしない沙和子に乗じて、一気に尻まで手を落とす。
臀部に硬さを感じるのは、彼女の肉体が良く鍛えられているからだろう。
むしろ愛おしさを感じた龍介は、情感を込めて双つの丘を撫でまわしてから、
次なる目的地へと向かった。
尻からタイトスカートの内側へ、奇術師も呆れる手際の良さで潜りこむ。
「んっ……!」
 さすがにそこへの侵入は拒もうと、沙和子は足を閉じる。
しかし、細い足は龍介の手を挟めはしても、勢いを止めるには至らない。
あっけなく砦は陥落し、龍介は沙和子の中心へと辿りついた。
「やっ……!」
 沙和子が手首を掴む。
おかえしに龍介は彼女のもう片方の手を掴み、後方に引いた。
「や、やめて……ください……!」
 佐和子の声がうわずり、高まる。
それに呼応するように、小さくガラスが鳴った。
おそらくはゴーストが扉を抜けてきたのだろう。
沙和子は一瞬で硬直し、龍介を怒ることも忘れ、
眼球だけを動かしてこの場での熟練者に対処を求めた。
わずかな冷気が頬を流れて、さすがに龍介も緊張する。
それでも沙和子の股間を弄ぶ手は止めず、むしろ状況を利用して一気に細い足の隙間をくぐらせた。
「……!」
 声にならない叫びを漏らす沙和子の、ストッキングの上から丘をさする。
火照りを帯び始めているその部分は、少し強く突いただけで崩れそうに柔らかく、
龍介の指は自ずと勢いを弱めた。
ただし弱まったのは勢いだけで、愛撫そのものを手加減したわけではない。
ストッキングの編目さえすり抜けるような繊細なタッチで沙和子の秘裂を刺激する。
「んっ……ぅ……」
 沙和子は龍介の袖を掴み、漏れでる喘ぎを押し殺そうと懸命だ。
力の意外な弱さに驚いた龍介の、欲望が膨れあがる。
「感じてるのか?」
「わ……わかり、ま、せん……」
「わからないはずがないだろう、自分の身体のことなんだから」
「ほ、本当……です……」
 沙和子の声には戸惑いも感じられる。
もしかしたら、本当にこうした行為をしたことがないのかもしれない。
「気持ちいいか、悪いか、それくらいは答えられるだろう」
 意識的に声を低めて龍介は言い、同時に、クレヴァスを下から上へ、ゆっくりとなぞりあげた。
おそらくは誰も足を踏み入れたことのない秘境は、いったいどんな全容を見せてくれるだろうか。
逸る心を抑えて龍介は、指を一本から三本に増やし、入り口を調査した。
「あ、あ……! き……気持ち悪くは、ありま……せん……」
「悪くない?」
 快感の源が隠された莢を探りあて、爪先で掻く。
刺激の強さと脅しめいた口調に、たちまち沙和子は屈した。
「んぅ……! い、いい……です……」
「もっとして欲しい?」
「ですが……こんな時に、何の意味が……」
「して欲しいか欲しくないか、それだけを聞いている」
 さらに強く訊ねると、沙和子は観念したように息を継いだ。
白い息がはっきり見える。
ゴーストの接近を意味する、危険な兆候であるが、
龍介にとっては欲望を加速する気体でしかない。
「……して……欲しい、です……」
 龍介は身体の向きを変え、沙和子を背後から抱きかかえた。
荒い息づかいが数度漏れたが、ゴーストが気づいた気配はない。
手早くブラウスのボタンを外し、隙間から手を入れた。
「はぁッ……はぁッ……」
 ブラジャーの上から乳房に触れ、沙和子が何も言わないと見るや、大胆に直接掴む。
掌に充分収まる、決して大きくはない膨らみを、彼女自身に形を意識させるような
卑猥な手つきで幾度も揉みしだいた。
「ん……んッ……」
 硬くしこった乳首を指腹で転がすと、沙和子は手の甲で口を押さえた。
それは防御的な行動であって、龍介を調子づかせる。
 未踏の渓谷に沿わせた中指を往復させる。
すでにパンスト越しでもわかるくらいに火照りを帯びているが、
もう少し確実なものとしたいと、龍介は彼女の首筋に舌を這わせた。
はだけたブラウスから覗くうなじは細く、かぶりつくように食む。
「あッ、んんッ」
 新たに加わった快感に、沙和子が身もだえする。
さかんに首を振るのは止めて欲しいという意思表示だろう。
龍介に止める意志はなくなりかけていたが、そろそろ潮時かもしれなかった。
 乳房を弄ぶ手を抜き、スカートのホックを外す。
パンストを破こうかとも考えたが、後の処理が大変そうなので止めておくことにした。
パンストに手を入れ、ついに秘唇を直接触る。
「東摩……さん……」
 何をされるか予感したのだろう、沙和子の声には諦めが混じっていた。
このまま最後までしてしまいたい、というのは当然の欲望で、自制するのには相当の努力が必要だった。
「こんなに濡れている……わかるか?」
「……え……?」
 どうにか耐えた龍介は、その反動で沙和子に意地悪をする。
わざわざ見せる必要はないのに、彼女の分泌物を掬いとった指を、粘りけまで見せつけたのだ。
「ど……どういう……」
「早く服を着ろ。試すぞ」
「は、はい」
 まったく事態の把握ができていない沙和子を強引にけしかけ、
彼女の腰にぶら下げられたナイフを抜いて採取した愛液を塗る。
時代劇で悪役がやるように、刃身を舐めてみたくなった龍介は、
さすがに思いとどまって沙和子にナイフを握らせた。
「俺がこっちから出て囮になるから、上手くやれよ」
「は……はい……」
 沙和子の息は荒く、返事は頼りなかったが、
愛用の武器を手にして指示に従うだけの理性は取り戻したようだ。
彼女が教卓の反対側を向いたのを確かめると、龍介は派手な音を立てて飛びだした。
「キシャアアァッッ!!」
 ゴーストが気づき、襲いかかってくる。
図体は大きいが思念はそれほど強くないようで、生前がどんな生物であったのか、
それすらも判別することが難しいほどだ。
とはいえ沙和子のナイフで対するにはいささか辛い相手かもしれず、
龍介はいざとなったら自分の身を盾にして沙和子を護れるようにも対応しなければならない。
 塊ごと突っこんできたゴーストを難なく躱し、
ゴーストが沙和子に対して背を向けるよう、巧みに位置取りをする。
あとは、馬鹿げた思いつきによる可能性が通用するかどうか――
龍介は沙和子のために祈った。
 龍介と沙和子を隔てるもやが、晴れる。
沙和子が突き出し、斬り下げたナイフは、快刀乱麻という言葉通りに、
一撃の下にゴーストを分断していた。
 予想以上の結果に目を丸くした龍介は、口笛を吹きかけて慌てて両手を前に出した。
勢い余った沙和子がバランスを崩し、こちらによろけてきたからだ。
「おっと」
「す……すみません」
「やったな」
 龍介が言うと、沙和子ははにかんだ。
疲労と、そもそもそうやって笑うことに慣れていない顔の筋肉が作りだしたのは、
いかにもぎこちない笑顔だったが、上気した褐色の頬はそれを補ってあまりある可愛らしさだった。
「本当にありがとうございました。龍介さんには感謝してもしきれません」
「これからは少し早めに現場入りして準備しないとな」
 諧謔を飛ばす龍介に、沙和子は笑いも怒りもしなかった。
「そうですね。よろしくお願いします」
 冗談を理解できなかったのかと危惧する龍介の、胸を沙和子が掴む。
「一人では、できそうにないですから」
 口づけを交わした龍介は、強く沙和子を抱きしめた。



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