『コリコパット』
  2008.02.09 
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強くなりたい。
誰よりも強く、格好よくなりたい。
子供は、誰でも一度はそう思うものだ。



「ランパスー、らーんーぱーすー」
「ランパスキャットなら、いないよ」

シャ――ッと、鋭く気勢を吐いたコリコパットは、黄色い毛並みの長身の猫を見分けて、きと吊り上げた眦をゆっくり収めていった。

「あれ……黄色いの。
お前、ランパスを見かけた?」
「いや、今日は一度も姿を見かけてない」

猫たちが集まる、ゴミ捨て場の中で、むっくり身を起こした黄色い猫を、コリコパットは目を丸くして見つめる。黄色い猫には隠れているつもりがなかっただろうけれど、硬く巻かれて円柱の棒のようになったカーペットに寄り添い、散乱する洗剤のパックや、お菓子の袋に埋もれるように眠っていた彼は、コリコパットからは完全に死角だった。思わないほど近くに、大きな影が突然現れたと思ったコリコパットは、果敢にも一瞬で戦う姿勢を見せたのだった。

「そっかー。あぁーあー。どこいっちゃったのかなぁ」
「何? どうしたの?」

コリコパットは、よく聞いてくれた! と黄色い猫にがぶりよった。

「あいつ! ギルバートには喧嘩のやりかた教えてやってたんだぜ! 知ってた?!」
「…ああ、それって、けっこう前のことじゃ」
「俺とは、遊んでもくれなかったくせに、ギルバートにだけ! ずるくないかぁ?!」
「うーん…」

なぜ、ギルバートだけが、ランパスキャットの手ほどきを受けることができたのか。心当たりがありすぎる黄色い猫は、気まずさのあまり嫌にニコニコするしかなかった。

「俺は、ランパスが誰にも関わろうとしないから、だったらしかたがないと思って、遠慮してたんだ……でも、ちがう。ランパスは、群に関わりたくないんじゃない。必要があると思ったら、ランパスは誰かのために何でもできるんだ、きっと」
「コリコ、ランパスがクールだと思ってたの? ははは、ばかだなー。あいつ、結構おせっかいだろう」
「俺だけは、それを知らなかったの!!」

コリコパットは黄色い猫の肩を掴むと、悔しそうに揺さぶった。

「だから、わかったらもう遠慮しないって決めた。ランパスキャットには俺を強くするギムがある! だって、俺は群の次のリーダーなんだからなぁっ! リーダーは強いほうが、群のためだって思うだろ? なあ?!」
「そうだねぇ」
「そうだよ!
ああーもう、絶対ランパスみっけてやっかんなぁーっとによー、あいつ何逃げてんだろうなあ」
「コリコ、ランパスをあいつ呼ばわりするのは…」
「いいよ。あいつの目の前であいつって言ってやる。お前って言うから。そしたら、あいつちょっとは怒って俺の相手する気になるだろう?」
「逆効果だと、思うけどね」

コリコパットは黄色い猫の言葉を聞き流した。猛禽のように鋭い目をして、折り重なるごみのどこかにランパスキャットが隠れているかと、ジャンクヤードをいちいち睨みつける。

「コリコ、あのさぁ」
「何」
「お前、マンカストラップを追い出してリーダーの座に座るの」

きょろきょろあたりを見渡していたコリコパットは、まっすぐ黄色い猫をふりかえる。彼の瞳は黄色い猫と同じ、平凡な琥珀色をしていた。

「そんなことわかんねーよ」
「だって、結局はそういうことだろ」
「わかんねえよ」

ぱっと見は、白がくすんだようなクリーム色。その中に、小さく複雑な模様が入り組んだコリコパットは、人間の目には薄汚れた猫と映っただろう。

黄色い猫は、わからないと白状したコリコパットの白い額と、涼やかな目元を見つめた。じいっと、見つめ続けた。少女のように細い面は、唇までも物柔らかな曲線で形作られていた。

彼は、ふと美しい顔を伏せて彼の手元に視線を落とした。白に、褐色の模様が跳ねつけられた泥のように混じる、彼自身の腕を。
若者らしい、滑らかな二つの掌と長いまっすぐな指。そこには、刃物のように鋭い爪が、白い三日月の姿で息づいている。

「ただ、俺は強くなりたいんだ。誰よりも強くなりたいんだ。ランパスより、マンカストラップより、それで群を守りたいんだ。
もしマンカストラップが邪魔するんなら、俺はマンカストラップに勝つし、それでマンカストラップごと群を守るんだ」
「そう」

矛盾が、小さなコリコパットの体内に嵐のように渦巻いているのを、マキャヴィティは見届けた。




起き抜けにコリコパットを見つけて呼びかけた声には、作った音色が足りなかった。コリコパットは、ここで何度も耳にしたマキャヴィティの声を、聞きなれた黄色い猫の挨拶の中に、無意識に感じ取っていた。

だから、あんなに激しく威嚇した。

ランパスキャットを、彼はもう見つけ出しただろうか。

「もし、時がすこし違えば、ここで俺と敵対したのはコリコパットだったかもしれないね」

ジャンクヤードにひとり残されたマキャヴィティは、もう一度捨てられたカーペットにほお擦りして、ごそごそと眠るための姿勢を探した。



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『カーバケッティ』
  2008.3.06 
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薄い日差しが、一瞬でも遮られると肌寒さを感じる。冬のもっとも寒い時期だった。
カーバケッティは、猫としても優雅なポーズを取りながら、ひとつおおきなあくびをして見せた。

「ああ、起きていたんだ」
「ん、君ね、そこを退いてくれるかな。僕に光が当たらないじゃないか」
「ごめんごめん。てっきり、寝ているものだとばっかり」
「だから、僕の顔を覗き込んだのかい? いけないよ。もし、僕が本当に熟睡していたとしたら、不穏な気配に気付いて君の鼻面にきっちり爪を立ててやるところだ」

くすくすと、その黄色い猫は笑った。彼が大きな体を起こすと、カーバケッティの顔中にまぶしさと共に柔らかい光が振りそそいだ。

こんどは、カーバケッティの腰のあたりに日陰を落としながら、大柄な黄色い猫は佇んでいた。彼らがいるのは、ゴミ捨て場に捨てられた、小さな棚の上。手足を縮めて眠っていたカーバに、遠慮するように黄色い猫は、ちょこんと棚の角に両膝をそろえて座っている格好だった。

「カーバケッティは優しいから、本当にはそんなことはできないよ」

黄色い猫の声を、目を閉じて聞きながらカーバは重い口を開いた。

「君ね……そりゃ、起きていれば僕だって、君の言う通り親切に振舞おうともするだろうけれど、無意識での行動はね。いかに僕といっても御し切れません」
「そんなことはない。カーバケッティは、俺みたいな新参者にも最初から親切だっただろう? 君は、寝起きであれ何であれ、ちょっとでも正気があれば猫を傷つけたりはできないと思うよ」

まあ、それも猫としてどうかと思うけれど、とその穏やかな猫は言った。
彼のほうこそ、カーバケッティから見れば、よく今まで生きてこれたと思うほど、内気な猫に思えるのだが。

「それは君の、見込み違いだな。
ただ、この町には僕を怒らせるような愚かな雄猫はいなかったというだけのことだ。僕だって、喧嘩くらいはするよ」
「あれ、ひょっとして気を悪くした?
ごめん。君が雄らしくないとか、そういう意味じゃなかったんだ」
「ああ、こちらこそ。別段君を怒っているわけじゃない。ただ、君の勘違いに、ちょっと良心が咎めたものでね」
「ふうん」

黄色い猫は、大して詮索もせず、高い場所を渡る風に目を細めている。彼は知っているのかもしれない。紳士たれと振舞う事は、本能を押し殺すことに他ならない。誰にも本心を、悟られまいとすることだ。
礼儀正しい獣などいない。本当は。

カーバケッティは、するりと立ち上がり気取った挨拶をしてみせた。

「ごきげんよう」
「ああ、ごきげんよう」

カーバケッティが飛び降りて見上げると、もう黄色い毛並みを見つけることは出来なかった。棚に張り付くように、彼もねそべっているのかもしれない。あそこは、いい日当たりだった。





「こんばんは、カーバケッティ」

道で出会う、どの猫にも同じ微笑を返す。

「こんばんは、お嬢さん」

獣の本性を隠している。



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