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<無題>
灯里×藍華
(名無しさん@初代スレ>>69氏・作)
2005/10/16、2005/11/27、
2005/12/10、2005/12/28寄稿
 今日は、藍華ちゃんのお部屋にお泊りに来ています。
 藍華ちゃんの部屋にはもう何度か泊ったことはありますが、やはりお友達とのお泊り会というものは、何度経験してもとても楽しいことだと思います。そして、どきどきもしました。
 夕飯の材料を一緒に持ち寄って、二人で作って、食べて、お話して、おいしいジュースやお菓子をつまみながら、時間はゆっくりと過ぎていきます。
 おしゃべりをしているともちろん船の話にもなって、アリシアさんや晃さんにアリスちゃん、みんなの話にもなりました。好きな人と、好きなこと、好きなものの話しをすることはとても楽しくて、私たちは夜遅くまで話しこみました。
 それもこれも、休暇をくれたアリシアさんと晃さんのおかげです。明日にでももう一度、お礼を言いたいと思います。

「あれー、藍華ちゃん、どうしたのそれ」
 それは、藍華ちゃんがトイレから帰ってきたときのことでした。トイレに行く前にはなにも握られていなかった藍華ちゃんの手に、ひとつのビンが握られていたんです。
「えっへっへー、聞いて驚けー驚けー」
 藍華ちゃんは楽しそうににやにや笑いながら、机を挟んで私の向かいに座り、机の上に散乱しているお菓子を避け、ごん!と音を立てて私の目の前に置きました。
「じゃーん、晃さん秘蔵のお酒!」
 そう言って、藍華ちゃんはどこか誇らしげにずいっと私のほうにそのお酒を進めました。

「えっ・・・ええっ、いいの? 藍華ちゃん、勝手に持ってきちゃって」
「いいのいいのっ、晃さんだって、勝手に私のお菓子食べちゃうんだから」
 へーきへーき、と、藍華ちゃんは笑いながら言いながら、机の上に身を乗り出して、続けて口を開きました。
「だってこの前なんか、私のポテチ一袋に、ポッキーでしょ? それにとっておいた残りのクッキー5枚に、チョコに・・・」
「へ、へえ・・・」
 私は藍華ちゃんの勢いに少し圧倒されて、心持ち後ろに下がってしまいました。
「それにこのお酒ね、とーってもおいしいらしいのよ。飲んでみたくない?」
 藍華ちゃんは相変わらずお酒を私に薦めてきます。
「えーっ、えーっ」
 私がわたわたしている内に、藍華ちゃんはビンの蓋を開けてしまいました。

 透明なビンの中でキラキラと揺れるその液体は、薄い黄緑色からピンクへと綺麗なグラデーションになっており、思わずそれを飲んでみたいと私が思ってしまったことも確かです。
 ぼーっとそんなことを考えていると、藍華ちゃんは先程まで林檎ジュースが入っていたそのコップに、二人分お酒を注いでしまいました。
「ああー、藍華ちゃ・・・」
「いいのいいの」
 そう言って、藍華ちゃんは今度はそのコップを私のほうに差し出しました。
 私が流されるままにそのコップを受け取ると、藍華ちゃんもコップを手に持ち
「カンパーイ!」
 と、コップとコップを軽くぶつけました。そのコップはビンと同じように透明なガラスで出来ていたので、とても綺麗な音がなりました。
「か、カンパーイ・・・って、藍華ちゃん!」
 私がその言葉を口にした瞬間、藍華ちゃんはごっきゅごっきゅとそのコップに注がれたお酒を飲み干してしまいました。
「ぷっはー、やっぱり聞いた通りおいしいわ、これ。それにね灯里、灯里にはまだ言ってなかったけど、晃さんいつもはこれ私に見つからないように隠しておくくせに、今日は私の目の前で堂々と棚にしまっていたのよ。それって、今日飲めってことでしょ?」

 その言葉を聞くと、私は自分の目が見開くのが分かりました。
「えっ・・・、えーっ、なっなんで教えてくれなかったのー藍華ちゃん!」
「灯里のおろおろする顔が見たかっただけー」
 藍華ちゃんはへっへっへと笑いました。私はかつがれたと知り、少し顔が火照るのが分かりましたが、そうなると藍華ちゃんはよりいっそう楽しそうに笑いました。
 晃さんと藍華ちゃんの信頼関係というか、そんな感じの素敵なものを見せてもらったのに、なぜかちくんと小さく胸が痛むのが私は分かりました。
 何故でしょう、前までは、こんなことなかったのに。

「灯里も飲んでみなさいよ」
 私がこの胸の痛みの原因を考えていると、藍華ちゃんが自分のコップにまたお酒を注ぎながら、私へと薦めました。
「・・・うん」
 私は藍華ちゃんに気付かれなくてよかったと思い、そのコップの中に注がれた液体を眺めました。それはビンからコップの中へと場所を移しても、光を反射してきらきらととても綺麗に輝いていました。
 思い切ってそれを一口飲むと、途端に飲み心地のいい甘い味が口の中に広がって、それはまるで不思議なジュースを飲んでいるかのようでした。
「・・・おいしい・・・」
 私がそう感想を口にすると、藍華ちゃんがとても嬉しそうに笑いました。
「よねっ! うん、ほんとにおいしい。あ、ねえ灯里そこのポテチとってっ!」
 そうにこにこと言う藍華ちゃんは、自分の大好きな尊敬している先輩を褒められたと感じたからか、それともお酒を飲んだ所為でしょうか、いつもより嬉しそうでした。
 そんな藍華ちゃんを見ていると、私の胸の痛みもどこかに吹き飛んだようで、私まで嬉しくなってしまいました。
「えへへー、はいどうぞ、藍華ちゃん」
「サンキュー」
 藍華ちゃんの嬉しそうな顔を見ていると、私も嬉しいです。そして私も、嬉しくなると同時に満たされていくのが分かります。この感情は、一体なんというのでしょうか。
 私はまだそれには気付かずに、時間はこつこつと過ぎていきました。

「だってさあ、あーおいしいおいしいって言いながら、まるで見せびらかすように私の目の前でこのお酒を飲むのよ。飲んでみたくならないほうがおかしいっての」
 藍華ちゃんは頬杖をついて、ぶーぶーと文句を言っています。私はその光景がおもしろくて、つい笑ってしまいました。
「あはっ、晃さんらしいといえばらしいですね。でもどうして藍華ちゃんこれを持ってこれたの? 晃さんは?」
「んー? ああ、晃さん今日はいないの。だから楽しみましょうよ。鬼の居ぬ間に、ってね!」
「もう、藍華ちゃんったら・・・」
 嬉々としながらそう言う藍華ちゃんに、私は困りながらも笑うことしか出来ませんでした。
「確か今、晃さんアリシアさんのとこにいるわよ」
 藍華ちゃんがグラスに口をつけながら、そう言いました。
「え、アリアカンパニーに?」
「そう」
 そういう藍華ちゃんの顔はどことなく拗ねているようでした。
「藍華ちゃん、さみしいんだー」
「うるさーい、私が恥ずかしくなるセリフ、禁止っ」

 夜も段々と更けていき、藍華ちゃんはお酒が回ったのかいつもよりも更に饒舌になっていました。そして藍華ちゃんの口からは、いつもよりも晃さんのことがこぼれます。
 そしてそれに伴い私の胸はひどく痛みました。酔ってしまった所為なのかとも考えましたが、私には分かりませんでした。晃さんのことを話す藍華ちゃんは、とても眩しくてとても綺麗です。
 私は晃さんのことが、何故だかとてもうらやましく思いました。  私はこんな感情を抱いたのが初めてだったので、この感情の名前を知りません。
「・・・どした、灯里?」
 私がぼーっとしていたからか、藍華ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込みました。
 私は藍華ちゃんのその顔を見て、何故だか心臓が跳ね上がるのが分かりました。
 分かりません。すべてが分かりません。私はどうしたのでしょうか。
「・・・っごめん藍華ちゃん、私トイレにでも行ってー・・・」
 頭を冷やしてくる。そう言って私は立ち上がったつもりだったのですが、最後まで言葉をつむぐ前に自分の予想以上に酔いが回っていたのか
 私は上手く立ち上がれず、私はテーブルに足をぶつけてバランスを失ってしまいました。
 私の世界が回ります。
「灯里っあぶな・・・!」
 私が最後に見た光景は、ひどく心配そうな顔をして、私を受け止めようとする藍華ちゃんの顔でした。



「・・・藍華ちゃ・・・」
「大丈夫、灯里?! 怪我とかしてない?」
 藍華ちゃんは、転ぶ私を受け止めてくれたようでした。
 私は数秒意識を失っていたようで、藍華ちゃんの心配そうな顔がまた私の胸をずきりと痛ませます。
 パジャマの隙間から、藍華ちゃんとの肌が触れ合いました。私は気が動転して、本当に、なにも分かりません。
 分からないんです。
「・・・藍華ちゃ・・・ごめんなさ・・・」
 私は、それしか言うことが出来ませんでした。自然と涙が溢れてきます。
 私には分かりません。なんで藍華ちゃんが晃さんのことを口に出すとこんなにも胸が痛く苦しくなるのか、藍華ちゃんの傍にいて、何故こんなにも心が満たされるのか。
「・・・なんで灯里が泣くのよ・・・」
 そう言って、藍華ちゃんは私の涙を拭ってくれます。藍華ちゃんの指が私の頬にふれます。幸せです、苦しいです、もどかしいです。
 私がこんな感情を抱くのは藍華ちゃんだけにです。
 この感情の名前は、多分、きっと。

「・・・私、嫉妬してたの・・・藍華ちゃんの口から晃さんの名前が出るたび、ずっと・・・」
「え? ・・・灯里、どういうこと? ちゃんと全部聞いてあげるから、言ってみてよ」
 藍華ちゃんが私の目の前で、首を傾けて聞き返します。
 まるでゆっくりと、私の心をとかしてゆくみたいに。私の口からは、言葉が溢れてきます。
「多分、私、藍華ちゃんのことが好きだと思うの。本当に。藍華ちゃんといると楽しいし、嬉しいし、本当に幸せな気分になるの。だけど、汚い気持ちも抱いちゃうの。藍華ちゃんが、私のことだけを見てくれたらいいのにって思うの。ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
 ぼろぼろと、今までに流したことないくらいの涙が溢れて止まりません。
 私には分かりません。もしかしたら、これは藍華ちゃんを裏切る行為なのかもしれません。
 私はただ藍華ちゃんに謝ることしかできません。私はただ藍華ちゃんの顔が見れなくて、目を瞑りました。私の頬にはまだ、藍華ちゃんの指がふれています。
 そして私はその指を離されるのがとても怖かった。

「・・・ばっかじゃないの、灯里」
「え?」
 思わず顔を上げると、照れくさそうに笑う藍華ちゃんがそこにはいました。
 それは私が予想していた軽蔑、失望、そのどれとも違う表情でした。
「私も灯里のこと好きよ。ううん、大好き」
 藍華ちゃんの指が、私の頬を優しく撫でます。
「・・・うそ・・・」
「じゃないわよ」
 そう言うと、藍華ちゃんは私をとても力強く抱きしめました。藍華ちゃんの胸が私の胸にあたり、私はどきりとしました。
 だけどそれ以上に、今のこの現実が信じられなくておろおろとするだけしかできませんでした。
 私は、藍華ちゃんを抱きしめ返すことができませんでした。

「・・・あっ、あの・・・藍華ちゃん・・・」
「嫉妬くらい、恋する乙女が抱いて当然よ」
「・・・でも・・・」
「そうでないと、なんで私はあのポニ男にあそこまでつっかからないといけないのよ」
「でもそれは、暁さんはアリシアさんが・・・」
「ちっちっちっ、甘いわね灯里。私はこれでも憧れと恋心の分別くらいはついてるつもりよ」
 藍華ちゃんは、ゆっくりと私の体を離し私の瞳を見つめました。
「大好きよ、灯里。灯里は?」
 藍華ちゃんは、こんなときにも私を励ますように、そしてなにか、これは勘違いじゃないといいのですが、いとおしい者を見つめるような表情で私の顔を真っ直ぐと、正面から見てくれました。
「・・・私も藍華ちゃんのこと、大好きです」
 自然と私達の顔は近付き、軽く、キスをしました。私はそれだけでも顔が真っ赤になるのが分かりましたが、私はそれ以上も欲しいとさえ思いました。
 私はここまで貪欲だったのか、と、自分自身に思い知らされました。
「・・・藍華ちゃ・・・」
「んっ」
 もう一度キスをして、今度は深く相手を求めます。藍華ちゃんの舌は温かく、とてもやわらかくて先程のお酒の味がしました。
 私達の体は、より密着していきます。今度は、私が藍華ちゃんを抱きしめました。藍華ちゃんは体も心もあたたかくて、やわらかかったです。
「ん、んぅ・・・はっ、灯里・・・」
「・・・ふぁ、はい、藍華ちゃん」
「安心していいから、ね」
「・・・はい」

 こんなにも藍華ちゃんのことが気になり、嫉妬までした私はとても汚いのに、藍華ちゃんはそれを受け入れてくれました。私はただ、幸福でした。
 幸せで、また涙がこぼれてしまいそうでした。
「もーっ、もういいかげん泣かないの!」
「・・・はひっ、・・・藍華ちゃん、ありがとうございます」
「こちらこそ、私なんかを好きになってくれて、ね。ありがと」

 そのときの藍華ちゃんの笑顔はもの凄く綺麗で、思わず見惚れてしまうほどでした。
 それは私の見たことのない藍華ちゃんの表情で、私は私の心臓の音が高まるのが分かりました。
 私が藍華ちゃんの笑顔に見惚れていると、いつの間にか藍華ちゃんが私の顔にその顔を近づけて、その舌で私の涙を舐めとりました。
「ん・・・っ藍華ちゃん」
「あはは、しょっぱーい」
「涙なんだから、当たり前じゃないですかー、くすぐったいよ」
「それもそうか、あはは灯里ったら照れちゃってかわいー」
「もう、藍華ちゃんったら」
 そうしてじゃれ合っているうちに、いつの間にか私はベッドに背中を預け、藍華ちゃんがその私の上に覆いかぶさっている状況になっていました。
 私達はなにかを確かめるかのように、もう一度キスをしました。
 ただ唇を軽く合わせるだけのキスなのに、それはなにかの儀式を行う様な、私達を取り巻く空気が浄化されたかのように、神聖な空気でした。
 夜は濃くなり、静けさも強いものへと変化してゆきます。
 思わず私と藍華ちゃんは顔を見つめ合わせます。
 まるで、なにかしてはいけないイタズラを誰かにしてしまったような、そんな感じです。

 まるで、ここにいきなり晃さんがきて怒り始めるような。

 晃さんは、藍華ちゃんの言うことによるとアリアカンパニーに居るはずです。
 時間からしても、場所からしても、決してそんなことはないとは思うのですが、私と藍華ちゃんは膝を付き、たまには四つん這いになり、この部屋を外から遮断している扉へと、そろそろと音を立てないように近付きました。
 扉の前へと行き、キィ、と小さな音を立て扉を開き、辺りに誰か居ないかと瞬時に見渡し、ちゃんと確かめた後、扉をばたんと閉めついでに鍵もしめました。
 廊下はとても静まり返っていました。晃さんの姿は見えません。
 藍華ちゃんと私が扉にかけた手を見て、そして藍華ちゃんを見ると、やはり藍華ちゃんも同じ心境だったのか、こう言いました。
「・・・晃さん、いなかったよね」
「・・・多分」
 そして急いで扉を背にしたまま走ってベッドへと向かい二人並んで座り、ベッドを盾にして恐る恐る後ろを振り返り、また扉を見つめました。
 その扉は扉のままでした。扉は閉じられたままです。
「・・・灯里、ちゃんとした扉よね」
「うん」
 それを封切りに、私と藍華ちゃんはくすくすと笑い出しました。
「・・・だって、なんかよく分かんないけど、晃さんに怒られる気がしたんだもん」
「私もした、した! はひー、もうどっきりしちゃって・・・」
 私はそう言い、自分の左胸に両手を重ねます。先程の藍華ちゃんとの行為の所為か、それとも晃さんがいるんじゃないかという恐怖の所為か、それはまだどきどきとしていました。
 ふと藍華ちゃんのほうを見ると、藍華ちゃんも私を見ました。
 急に静かな空気へとなり、私は藍華ちゃんの目から目を離せませんでした。

「・・・ねえ、灯里」
 ぽつり、と藍華ちゃんが言葉をつむぎます。
「はひ」
「灯里は私の子と好きなのよね」
 その言葉は、なにかを確かめるようでした。藍華ちゃんは真っ直ぐに、私の目を見つめています。私が藍華ちゃんへと答える言葉は、たったひとつでした。
「うん、大好き」
「私も、灯里のこと好きよ」
「・・・嬉しい」
 私は先ほどのことを思い出し、薄く微笑みます。藍華ちゃん、大好きです。
 本当に、本当に嬉しいことです。
「うん、・・・でね、さっきのこと」
「・・・恥ずかしいことしちゃったね」
「うん」
 ここで、藍華ちゃんが頬を赤らめて少し顔を伏せました。
「それでね、その、もし灯里がよければだけど」
「うん」
 藍華ちゃんは慎重に慎重に、言葉を選び紡いでゆきます。私はそれを、しっかりと聞き漏らさないようにしました。
「・・・灯里とね、さっきのこと以上がしたいの」
「・・・えっ」
 それはそれは小さく、藍華ちゃんは私に言いました。私はその言葉を聞いて、顔が真っ赤になるのが分かりました。
 だけど
「・・・ゴメン、灯里が嫌ならいいの! ただそれだけっ! ああもう私、恥ずかしいセリフ、禁止っ!」
 藍華ちゃんがそうまくし立てるとその勢いで立ち上がり、いつものセリフを言いました。私が藍華ちゃんの顔を見上げると、藍華ちゃんも藍華ちゃんでとても照れているようでした。

「・・・いやじゃないよ」
「え?」
 私は藍華ちゃんを座ったまま見上げ、藍華ちゃんのパジャマの裾を、そっと掴みました。先程藍華ちゃんが私にそうした様に、私も藍華ちゃんの瞳を見つめて私は言いました。
「その、よくやり方とか分からないけど、藍華ちゃんとならしたいよ」
「・・・灯里」
 藍華ちゃんは、また私の隣にすとんと座り、私に勢いよく抱きつきました。
「わっ、藍華ちゃ・・・!」
 抱きつかれた勢いで、頭を横、いやもう後ろの壁に頭をぶつけないように私が体勢を立て直していると、藍華ちゃんは私の肩口に顔をうずめました。
「・・・よかった・・・」
 藍華ちゃんの少し泣きそうな声が、私の左肩から直接肌を通しているかのように、まるで藍華ちゃんの声が私の心の中に重く響くように、聞こえてきました。
「・・・藍華ちゃん?」
「・・・灯里に、嫌われたかと思ったの」
 藍華ちゃんの声は震えていて、儚げでした。そして私は、それをとてもいとおしく思いました。
「・・・嫌わないよ」
 そう言って、今度は私が藍華ちゃんをぎゅうと抱きしめました。
 私は、くすっと笑いがこぼれました。
「・・・なんで笑うのよ」
 藍華ちゃんの不機嫌そうな声が、私の耳元で聞こえます。
「えっと・・・、私達、同じだなあって思って」
 洋服越しに、藍華ちゃんのぬくもりが私に伝わります。
 それは私をとても安心させました。
「・・・」
「嫌われるのが、怖かったんだね」
「・・・うん」

 それからしばらくすると、藍華ちゃんが私から少し体を離し、私の両肩に手を置いたまま、私の目を見つめました。私も藍華ちゃんを見つめ返します。
 藍華ちゃんの目と頬は、少し泣いた所為かは分かりませんが赤く染まっていました。私も先ほど泣いたので、私も藍華ちゃんと同じようになっているんだろうなあと思いました。
 少し恥ずかしかったけれど、それでも藍華ちゃんとおそろいだと思うと、とても嬉しかったです。 「・・・灯里、好きよ」
「私も藍華ちゃんのこと、大好きです。」

 そして私達は、隣のベッドへと移動しました。ベッドに膝を付くと、ベッドがぎしりと軋み、それは私の心臓を跳ねさせました。
 これが藍華ちゃんがいつも使っているベッドなのかと思うと、少しどきどきして緊張しました。私が藍華ちゃんの方を見ると、藍華ちゃんも少し緊張しているようで、どこか動きがぎこちないものでした。
 急に、藍華ちゃんがばふっと音を立てベッドへと横になりました。
「・・・あ〜もう! 駄目ね、妙に緊張しちゃって」
「あはっ、うん、そうだね。」
「別にそんなんじゃないのよ、やましいことなんてないの。それにこれじゃなくてもいいし、ずっとこのままでもいい訳だし」
「・・・うん。」
「でも、確かめたいの」
「・・・私もです。」

 私は貴方が好きです。だからすべてが知りたいし、確かめたいです。
 すべてなんて無理に決まっているけど、それでも出来る限りすべてを私のものにしたいです。
 誰かに邪魔をされる前に、誰かに取られてしまう前に、今貴方が私のことを好きだといってくれている間にすべて全部知っておきたくて、だけどそれをすることで、この関係が壊れるかもしれないというのが怖くてどうしようもなくて、ただ、この関係を壊したくなかった。だけどそれ以上にも進みたかった。

「・・・灯里、キスしてもいい?」
「もちろんです」
 そう言って私達は、また静かに唇を合わせました。ゆっくり、ゆっくりと私が本当にここにあるか確かめるように、キスをします。
 藍華ちゃんの手が私の服の隙間を通り、私の肌にやさしく触れます。
 私も手を伸ばして、藍華ちゃんの腰に静かに手を置きました。
 長く、静かなキスが終わります。
 私の視界の端にそろと写る藍華ちゃんの綺麗な髪の毛。私が藍華ちゃんの長い髪にそっと指を差し出すと、それはするりと通り抜けていきました。
 藍華ちゃんの髪はさらさらとしていて、とてもきれいです。
「・・・藍華ちゃん」
「うん」

 この関係が壊れてしまうかもしれないと考えるととても怖いけど、藍華ちゃんが私を好きで、私も藍華ちゃんが好き。
 それ以上の幸福があるでしょうか。



 まさか灯里から告白されるだなんて思ってもみなかった。

 本当は晃さんがくれたお酒で灯里を酔わせて、その隙に冗談めかせて私から告白して、この片思いを終わらせようと、ずっと、そう思ってた。
 ずっと頭の中で考えていた。まずは私が告白する。
『私、灯里が好きなの。恋人になりたいって意味で』って。
 そしたら灯里は驚きながら、私に聞き返すの。ただ、『え?』って。
 それで続けてこう言うの。『藍華ちゃん、私達女の子同士だよ』って。
 そして私は笑って言うの。『冗談よ、もうなに本気にしちゃってんのよ灯里ったら!』って。
 そうやって私はその光景を何度も何度も頭の中で繰り返した。
 毎日一日が終わる夜ベッドの上で布団に包まって、真っ暗な闇を見ながら何度も何度も何度も頭の中で繰り返して繰り返して繰り返して。
 だってそうしないと、そうして慣れておかないと、そうでもしてその辛さに慣れておかないと、最後に灯里の前で笑えないだろうから。

 自分で自分の体を抱きしめて、何度も頭の中で繰り返す。私なら大丈夫。
 うまくやれるわ。ただこの気持ちが終わるだけ。体が痛いわけじゃないもの。
 それに、いつかこの思いも薄れていくだろうから、って。
 最後に、最後に笑って終わらせるつもりだった。あれだけ繰り返したんだから、平気。
 ずっとそう思ってた。

 だってまさか、灯里が私のことを好きだったなんて考えてもみなかったのよ。

 私は灯里の指が私の髪を梳かす感触を感じながら、また泣き出しそうになるのをなんとか堪えた。一体、私はいつからこんなに泣き虫になったのだろうか。
 そしていつから、こんなにも貪欲になったのだろうか。
「――・・・灯里」
「んっ」
 私は灯里にこんな顔を見られたくなくて、灯里の額にキスをした。
「・・・藍華ちゃ」
 灯里に何か言われる前に、その口を私の唇で塞いで、舌を割り込ませ絡ませる。
 現実に起こっていることとは対照的に、私はどこか開き直ってしまったのか私の頭の中は冷静だった。
 そして単純に灯里が欲しいと、それだけが私の頭を支配していた。灯里が好き。すべてを私のものにしてしまいたい。心も身体も、ぜんぶ。

 ゆっくりと丁寧に灯里のパジャマを脱がせる。灯里は下着姿になって恥ずかしそうだったけど、特にこれと言って抵抗はしなかった。
「――・・・藍華ちゃん」
「なに、灯里?」
 今更やめるだなんて遅いわよ、と私が恨み言を言うかのように念を押して言うと、灯里はその迫力に押されながらも口を開いた。
「そうじゃなくて、あのね、藍華ちゃんにも脱いで欲しいなあって思って・・・」
「はあ?」
 正直、拍子抜けした。灯里のパジャマを握り締めて固まったままだけど、なんとか目だけを動かして灯里の瞳を見つめると、どうやら灯里は本気のようで私は自分の服に手をかけた。
「・・・ああもう、分かったわよ・・・」

「あっ、だめ! 藍華ちゃんの服は私が脱がせるの!」
「えっ」
 急に灯里の両手が私の両腕へと伸びてきて、その灯里の手は私がパジャマを脱ごうとするのを、しっかりと力強く止めた。
 私はパジャマに手をかけたまま、灯里の温かさを灯里の掌から感じながら、また灯里を見つめるとやはりその目は本気のようで、私はしぶしぶすべてを灯里に任せることにした。
「・・・ああもう、分かったわよ・・・」
「わーいやったあ!」
 その灯里の顔を見ると、どうやら本当に嬉しいようでこれはこれでまあいいか、と私はつい思ってしまった。
 私の計画は脆くも崩れ去ったのだけど、結果がこちらの方がはるかによかったということは考えるまでもない。

 灯里も私を求めてくれる。

 ベッドの上でふたり向かい合わせに座りあって、お互いの顔を見つめあった。
「ねえ藍華ちゃん、キスしてもいい?」
「・・・うん」
 そういえばもう今夜で私と灯里はもう何回かキスをしたが、それはすべて私から灯里にしたのであって、灯里からは初めてだった。
 一度そう考えてしまうとなんだか妙に緊張し、唇を軽く合わせただけなのにとても満たされていく気がした。
 灯里と唇を合わせている間、私の頭の隅で私が終わらせるために用意していた笑顔がちらついた。
 だけど今考えるとそれは笑顔ではあるのだけど、どう見ても私が今にでも泣きだしそうな顔だった。

 灯里の唇が離れる。

「・・・藍華ちゃん、どうしたの」
 私がゆっくりと目を開けると、灯里は私の目を見つめていた。
「・・・どうしたのって、ただ嬉しいだけよ」
 ぽろぽろと、私の瞳から涙がこぼれて頬をつたった。灯里がゆっくりと私へと片手を差し出して、灯里の指がその涙のあとをつたう。
「藍華ちゃんまた泣いてる」
「うん、せっかく堪えてたのに」
 今までずっと、今夜を終えるまでは泣かないでおこうと決めていたのに、それなのに私は泣きすぎだ。
 今はもうかなわなかった順序をどうこう言うわけでもないが、本当はすべて終わった後に泣こうと決めていたのに。
「でも嬉しそう」
「・・・当たり前じゃないの」

 今の私は笑顔で、しかも泣いているけどそれは私が用意していた笑顔とはかけ離れているものだった。
 涙でぼやけた目で灯里を見つめると、灯里は照れくさそうに笑っていた。
 その笑顔を見ていると、私はなんだか馬鹿らしくなってしまってついふきだしてしまった。
「はひっ、藍華ちゃんなんで笑うのーっ!」
「だっ、だって、だって灯里が・・・! 灯里が悪いんじゃない!」
「藍華ちゃん、私のせいにするの、禁止っ」
「なによそれは私のセリフよ。灯里こそ恥ずかしいセリフ、禁止っ!!!」

 灯里の肌に触れて、灯里も私の肌に触れて、お互い笑いあった。灯里と笑いあっても私の涙は止まらなかったけど、今の私は、

 この笑顔で終わらせるつもりはなかった。


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